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1-62 変形と転職:前編

更新が遅くなって申し訳ないです。仕事と通院の都合で出勤中の電車の中くらいしか書く時間が取れず執筆が遅れている次第であります。できる限り頑張っていきますので気長に続きを待っていただけたら幸いです。




クローネタワーの最上階にある展望レストランは他の街からの観光客に人気で今日も満員だった(逆に当のノースクローネ市民には値段が高いと不評である)。俺たちは月に一度のエレベーター点検の代金として三人分のランチの代金を無料にして貰っているので、この日も景色を楽しむのはそっちのけでがつがつと高級魚のムニエルやフルーツいっぱいのタルトを貪っていた。


「地下都市の建築は順調みたいだな」


たっぷり二人前はありそうなピラフを平らげたウーシアが窓から北の大穴を眺めながら呟いた。地下都市ディルクローネに降りるエレベーターはひっきりなしに資材や作業員を乗せて稼働している。町として稼働するのもそう遠くはないだろう。


「ああ、探索を休んで力仕事を手伝っている連中も多いみたいだしな。さすが冒険者の街ってわけだ」


「チェルファーナさんも作業用ゴーレムを貸し出してましたね。寝る暇もないって愚痴ってましたよ」


サクランボを食べながらリティッタがそんな事を言う。最近はすっかりチェルファーナの工房に売り上げが追いつかれてしまっていた。製造コストの問題さえ解決できれば一つ一つ部品を作って組み立てなければならないマシンゴーレムより術式だけで完成させられるマテリアルゴーレムの方が生産スピードの面で非常に有利だ。特殊な魔物には対策を用意できる俺のマシンゴーレム、とにかく雑魚を蹴散らす用にはチェルファーナのマテリアルゴーレムという使い分けが冒険者の間では定番になっているらしい。


「稼ぎが追いつかれるのも面白くないが……それ以上にあいつの体力も心配だな」


「昨日からムトゥンドラに行っているはずですよ。なんかレポートを提出しなきゃいけないんだそうで」


「もう卒業したってのに首席は大変なんだな」


ゴーレム研究院からすれば実戦で使われているゴーレムのデータはぜひ欲しいという所だろう。実戦的過ぎて生徒の教育に悪いとか言われそうでもあるが。


(チェルがムトゥンドラに行くと聞いてれば、エレベーター用のゴーレム職人を連れて帰ってこいとか言えたのにな)


チェルファーナも冒険者達のニーズがわかってきて迷宮探索に適したゴーレムが作れるようになってきている。ただエレベーターを上げ下げするような単純なゴーレムはもっと凡才なゴーレム職人にやらせた方がいい。


「まぁ、それは帰ってきてからでもいいか」


「何がですか?」


「いや、独り言さ」










食事を終えて帰ると、工房の前で見覚えのある男が一人立っていた。よく焼けた腕に細身の槍と無数の傷跡を持つ冒険者、湖迷宮専門のオーザーだ。俺達の姿を見て軽く手を上げる。


「やあ久しぶり。『ウェラッヘ』が壊れたのかい?」


「いや、実は新しいゴーレムを頼みたくてな」


軽く握手をして俺はオーザーを工房に招き入れる。今日もとても暑い、リティッタにはアイスティーではなくオレンジ多めのサングリアを頼んだ。


「また妙な魔物でも出くわしたのかい」


「妙、というか魔物自体は前と同じような人食い魚だ。以前の時よりも大きくて凶暴ってだけで俺一人なら対処できるんだがな」


そう言うとオーザーは懐から年季の入ったパイプにタバコを詰めて火をつけた。若いのに渋い趣味だと思うのは現代日本的な感覚だろう。


「今度向かうのは湖迷宮の地下54階だ。あるパーティに腕を買われてヘルプで参加しているんだが、昔作られた橋が落ちているフロアがあるんだ。そのパーティは重装備ばかりの上にカナヅチ揃いで、とても人食い魚の群れている水場を泳いで渡れない。おまけに橋の落ちている水場はいくつかあるようなんだ」


「カナヅチなら湖迷宮は避けた方がいいんじゃないか?」


俺のツッコミにオーザーは笑い声を上げた。


「好き嫌い言ってたら冒険稼業はやってられないのさ。正直俺も向いて無いとは思っているけど、カネを貰っちまってるから仕方ない。試しに収納式のマナ・カードにボートを入れて持っていってみたんだがあの魚ども、ボートに体当たりしてバランスを崩させたりオールに齧りついてきやがったりする。無視して向こう岸に渡ることができない」


「じゃあその魚を抹殺しまくるゴーレムを?」


それなら前にオーザーに作ってやった『ウェラッヘ』をパワーアップしてやれば解決しそうだ。だが、俺の言葉にオーザーが首を横に振る。


「軽く潜ってみたんだが奴らとんでもない数だった。全滅させるのにどれくらい時間がかかるかわからん。だらだらしているとイーヴィルマーマンまでやってきて陸上でも戦う羽目になるしな」


「じゃあどうする?」


「そこで相談なんだが……例えば人を乗せて水上を進めるゴーレムなんかはつくれないか?」


ストレートな要求に、俺は逆に言葉に詰まった。人を乗せて水上を進むとなると一般的なゴーレムのフレームは使えないだろう。すぐに答えを出す事はできない。


「予算は?」


「130くらいまでなら用意させる。儲かっているパーティだからな」


「二日くらいしたらまた来てくれるか?何とか策を練ってみる」


わかった、と言ってタバコを消すとオーザーは槍を取って立ち上がる。その顔には明らかに疲労が見てとれた。


「少し疲れてるみたいだな」


「大手パーティなんて、ソロ冒険者を便利な使用人くらいにしか考えて無いんだなというのがよくわかったよ。このヤマが終わったらしばらく一人で気ままにやるさ」


半分は本心だろう彼の皮肉に俺は肩をすくめるようなジェスチャーで答えることしか出来なかった。オーザーを見送ってから俺は一人作業机につく。


(安全に複数の人間を岸に渡すなら、やはり船だ。バランサーを内蔵して鉄で補強したボートを作るのは難しい事じゃない……でもオーザーは水場はいくつかあると言っていた。その度にボートを担いだり高価な収納式のマナ・カードを使い潰すわけにはいかないだろう)


ボート程の大きさを収納出来るマナ・カードはだいたい使い捨てだ。質にもよるが価格はだいたい銀貨10枚前後。市場にもそれほど出回っていないので金持ちパーティでもそうそうたくさん買えるもんじゃない。


その上魚以外にも陸から攻めてくる魔物もいるらしい。オーザーがゴーレムを欲しがるのもわからないではないが……。


「どうします、ご主人さま?」


「まぁ、メシ食って風呂に入ってゆっくり考えるさ。心配するな」









その夜、三人で夕飯にスパイスの効いたワニ肉のフライ(ウーシアの故郷ではメジャーな料理らしい)を楽しんでいると外から慌ただしい声が聞こえてきた。


「何でしょうか?」


「チェルファーナの工房の方から聞こえる、何人かいるみたいだ」


耳のいいウーシアが不審な顔をして早足で玄関から出ていくのを俺とリティッタも追う。丁度うちとチェルファーナの工房の間の道を二、三人かの冒険者が駆けているのが見えた。その中には旅装姿のままのチェルファーナも混じっている。


「チェル!どうした!?」


「ジュンヤ!ウェインが……ウェインが!」


近づいてきた俺たちを振り向いたチェルファーナの顔は真っ青だ。呼吸が乱れているのは走っているからだけでは無いだろう。


「ウェインが?どうしたんだ?」


「話は後だ!チェルファーナさん、急ごう!」


事情を聞こうとする俺を中年の冒険者が制した。なにがしかウェインに良くない事が起きたに違いない。俺たちも慌てて一行について走り出す。


辿り着いたのは一軒の治療院だった。この街でも中堅の冒険者が世話になる古株の医者や治癒魔術師がいると聞いている。その二階の個室にチェルファーナと俺たちは案内された。


「ウェイン!大丈夫?」


個室の中でベッドに寝ているウェインが俺たち、いやチェルファーナを見て驚きの表情を見せた。よかった、幽霊やゾンビになったわけではないようだ。ウェインの隣には少し血で汚れた白衣を着ている老医者が付き添っている。


「チェルファーナさん!?ジュンヤさん達も、わざわざこんな時間に……ムトゥンドラに行ってたんじゃないんですか?」


「さっき帰ってきたら、冒険者のお客さんからウェインが大ケガをしたって……大丈夫なの?一体どうしたの?」


切羽詰まって問うチェルファーナにウェインは恥ずかしそうに右手で後頭部を掻こうとして……その手は包帯でグルグル巻きになっていた。


「右手をケガしたの!?大丈夫?治るわよね?」


「実は……ポーンデーモンとの戦いでゴーレムがやられそうになって、ついかばったらこんなケガを……」


「バカ!!」


照れ笑いで言うウェインにチェルファーナが凄い剣幕で怒鳴りつけた。


「いつも言ってるでしょ!ゴーレムなんかいくらでも直せるんだから!ウェインの体は一つしかないんだよ?もっと大事にしなさいって!」


「ごめん……せっかく作ってもらったのに壊されるのが辛くて……」


もう本格的に泣き始めてしまったチェルファーナに何も言えなくなるウェイン。何とも居づらい雰囲気になる前に俺は隣で立っている医者に尋ねる事にした。


「それで先生、彼の体は元通りに回復しそうですか?」


「……さっき本人にも言ったんじゃが」


喋りにくそうに声のトーンを落とす老医者。


「彼が帰ってきたとき、右腕は申し訳程度にくっついてるだけという感じじゃった。急いで治癒魔法、あと薬草やポーションで手当をしたおかげで何とか腕の形は戻ったんじゃが……その、筋肉の再生まではおっつかなくてのう……正直に言うと矢を数本持ちあげるのが精一杯の筋力しか残っておらん」


俺たちは老医者の言葉に息を飲んだ。ゴクリと唾を飲み込んだウーシアが恐る恐る口を開く。


「じゃあ、剣を握って迷宮探索なんてのは」


「……自殺行為じゃな。せっかく助かった命を捨てるようなもんじゃ」


「アアッ!」


あまりのショックに悲鳴じみた声を漏らして、チェルファーナが顔を覆いながら病室から走り出た。リティッタとウーシアに頼むと言うと二人はすぐにチェルの後を追ってくれた。それから振り向いてうなだれているウェインを見下ろす。


「ちゃんとチェルファーナに謝っておけよ。お前のために作ったゴーレムのせいで逆に怪我されたなんて、冗談じゃすまされないからな」


「はい……」


根は真面目な青年だ。それに俺がこれ以上怒る筋合いもない。勤務時間を終えた老医者も見送って二人きりになると俺はベッド横の小さな椅子に座った。


「で、どうする?冒険者に戻るのは、魔法使いにでも転職しない限り無理そうだが」


「正直なところ、こんな事になってしまって落ち着いていないというか……まだ先のことは何にも。何か働き口を探さなきゃいけないなと思ってはいますが……」


茫然とそう言うウェインに俺は少しだけ、あの市長のような皮肉の混じった笑みを見せる。


「それならいい話があるぜ。しかもチェルファーナご機嫌も治せるというオマケ付きのな」






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