1-60 結界とペンキ:後編
午後からは市長やマーテと合流し、街の北側の空き地……地下都市建設予定地に向かう。新しい地下都市はディルクローネと名付けるそうだ。ディルはこの地方の古い言葉で“地面の下”という意味を持つらしい。
「あれが今回、大穴を掘ってくれる先生だ」
空き地にはすでに一人の老人がいた。腰がくの字に曲がったかなりのご老体だ。高価そうなローブをまとい小奇麗な服の従者を連れていて身なりからすると高名な魔法使いというイメージを受ける。市長はその老人に駆け寄ると手を取って頭を下げた。
「先生、お元気そうで何よりです」
「何がお元気そうで、じゃ。ろくに顔も見せんとこんな時だけ呼び出してこの老体に仕事をさせるとは。ワシが教えた中でも相当の悪ガキじゃわい」
大先生は割とおかんむりのようだった。そりゃこんな高齢者を呼び出して大魔術を使わせようというのだから無理もない。
「そこをなんとか、先生の好きなお酒に可愛い踊り子を用意しましたから」
「そういう所も悪ガキのまんまじゃ。まぁ冥土の土産に受け取っておくがの」
(先生も相当のナマグサみたいだな)
クックックと笑う大先生が杖を握り直すと真面目な目つきになった。いくつも刻まれた深い皴の中の緑色の瞳がスウッと細くなる。
「あの辺りじゃったか?」
「はい、あの苔が生えている小さな岩を中心にお願いします」
「よし、この老骨の叡智と呪法、とくと見届けよ!」
大先生が大声で呪文を唱えながら杖を高く振り上げる。杖の先端がバリバリと光ると晴天だった空に四方から黒い雲が集まり、渦を巻き雷も鳴り始めた。地面が大きく揺れ、踏ん張っていないと立っていられないほどだ。
「コイツは……予想以上に大魔術みたいだな」
「そうですね、私も見るのは初めてですけど……キャッ!?」
揺れで倒れたマーテを引き起こし俺たちはお互いに支えあった。前を見ると市長やお付きの従者も膝をついて地面にしがみついている。ノースクローネの街の中も大騒ぎになっている事だろう。リティッタ達がケガなんかしなければいいが。
「今更だけど、迷宮の中に冒険者はいないんだろうな!?」
「大丈夫です!昨日中にギルドに登録している冒険者全員の帰還を確認しています!モグリやうっかり今日出発したような人たちは知りませんけど!」
「どさくさに怖いことを言うな!」
大先生の詠唱の声はもはや絶叫に近しいものになっていた。大先生がグルグルと光る杖を振り回してからィエイィヤァーーーーーッ!!と地面に突き刺すと、その地面から真っ黒な波動が轟音ととも空に立ち上り辺りに暴風と砂嵐を巻き起こした。
「グウッ!?」
吹き飛ばされないようにマーテをひっ掴んで嵐に耐える。暴風が止み恐る恐る目を開けると、そこには想像を絶する光景が広がっていた。
「すごい……」
目の前には直径20メートルはあろうかという大穴が開いていた。底の方は全く見えないがおそらくこの分だと約200メートル先、地下50階まで到達しているのだろう。穴にそって迷宮の断面が見えるのは奇妙な光景だった。迷宮の異変に興奮している魔物たちの騒ぎ声まで聞こえてくる。
(この穴にエレベーターを通すのか……これは大変な仕事になりそうだな)
実際にこの地獄の通路みたいな穴を見て俺は工事の大変さを認識し直した。まぁ実作業は他の連中がやるので俺は苦労しないけど、怪我人や死人が出るのは勘弁してほしいものだ。
「ふむ、久しぶりにしてはほぼ完璧にできたわい。じゃあワシは先に戻っておるから“報酬”の方は頼んだぞ」
「ありがとうございました先生」
大先生は自分の仕事に満足したように歩きだした。あんな大魔術を使ったのに元気そうなのも修練の賜物か、呆けている俺たちを置いて停まっていた馬車に乗り込む。市長はパンパンとズボンの汚れを叩き落としながら俺の横に来て穴を見下ろした。
「やれやれ、あの先生の接待費で本当に市の財源はゼロになるな。銀行に金を借りに行かないとならん」
「ちゃんと返せるのか?公共事業は収入が見込みにくって聞くけど」
「魔物の素材を輸出するルートを増やしている。冒険者達が持ってきた鱗や角をギルドで買い付けて倍額で売っていけばなんとかなるだろう」
ずいぶん乱暴なソロバンのはじき方だが、自称敏腕市長を信じるしかあるまい。簡単にマーテや市長と今後の街建設の算段を話して俺は工房へと戻った。
「ご主人さま!大丈夫でした?凄い地震だったんですけど!!」
あの揺れで散らかった工房の道具を片付けていたリティッタが俺の顔を見るなり飛んできた。相当怖い思いをしたのだろう、涙を俺のシャツでごしごしと拭っている。
「ああ、例の大穴を開ける魔術の影響だ。悪かったな、あんな揺れるとわかってればちゃんと教えておいたんだが」
「いいえ、ご主人さまが無事ならいいんです」
「そうだな、本当にダンナさまが無事で何よりだ」
奥からフラフラとウーシアも出てきた。結構汗をかいている所を見ると掃除が大変だったのかもしれない。
「二人ともケガはないか?あと炉や道具は?」
「かなり散らかったが幸運な事に壊れて使えなくなったものはなかった。しかし酷い揺れだったな、ワタシの田舎じゃ地震なんて話に聞く程度しかなかったから心臓に悪かった」
「ウーシアさんベッドの布団から出てこなかったですもんね」
リティッタの笑い声にウーシアが珍しく顔を赤くしてそっぽを向いた。俺は二人の頭をぽんぽんと叩く。
「仕方ないさ。とにかくみんな無事でよかった。仕事を再開しよう」
「あ、さっきリュネさんが来てペンキと文字の写しを受け取っておきました!」
ディルクローネの建設のためにも神聖文字の結界は早めに完成させないといけない。自動筆記ゴーレムの完成は急務だ。戦闘用ではないので作業タイプのゴーレムフレームを出しエンジンとなる十三番型魔動力炉を載せる。最大出力は低いが燃費が良く壊れにくいいい魔動力炉だ。
上半身のフレームは字を書きやすくするために肩幅を広く、腕も長く設計する。筆記スピードも確保するために腕周りの装甲は思い切りカットした。
(あとは肝心の文字の方か)
受け取った神聖文字の写しは21種類あった。漢字ほど複雑ではないものの、細い所や点を打つ文字もありバリエーション豊かだ。これは刷毛で書くより筆で書く方がいいだろう。
「筆か……確か絵筆は馬だのタヌキだの豚だのの毛を使うと聞いたけど……」
「お馬さんの尻尾の毛なら馬車ギルドに頼めば安く買えるんじゃないですか?」
「そうなのか?じゃあリティッタ、ちょっと聞いてきてくれ。もし大した金額じゃないなら買って来ちゃっていいから」
「わかりましたー」
筆の毛の方はなんとかなりそうだ。ゴーレムの本体の方はウーシアに任せて、文字の書き方をマナ・カードに入力する工程に入る。
(文字のバランスとか崩れると結界の性能が下がるとかあるんだろうなぁ……書道なんて二度とやらないだろうと思っていたが)
自分の字の下手さがゴーレムに伝染らない事を祈るばかりだ。各文字の特徴を掴みながら慎重に筆の運び方をモーションメモリに記録していく。全部の文字の入力は丸一日はかかるだろう。
「そう言えばペンキを入れるバケツがいるな」
「今は鋼板の在庫が少ないから、安く買えるならそっちの方がいいかもしれないなダンナさま」
「そうか?でも都合のいい大きいバケツあるかなぁ」
買い物と言えばリティッタ大臣だ。都合のいいことに丁度お使いから帰ってきた。両手に二束ずつ馬の尻尾の毛を持っている。長さ、艶共に十分だ。
「ただいまです!結構たくさん売ってもらえました!」
「おお、こんだけあれば大丈夫だろう。でかした!と褒めたところで悪いんだが今度は俺と買い物に付き合ってくれないか?」
「いいですけど、何を買うんです?」
「道すがら説明しよう」
俺はウーシアに留守番を頼み、リティッタに話をしながら街に足を向けた。
「バケツですか……安く買うならやっぱりあそこですかねー」
そう言ってリティッタは俺を見覚えのある一軒の店に連れてきた。確か前に接客用の椅子を買いに来た中古家具店だ。あれからずいぶん経つ気がするがごちゃごちゃした店構えは何も変わっていない。
「逆に安定感があるな」
「さぁ、探しますよ。ご主人さまはあっちの端からお願いします」
リティッタに命令されるまま店の奥に行くと暇そうな顔をした店主が面倒くさそうに姿を見せた。
「いらっしゃい……またあのお嬢ちゃんか」
「アイツそんなにこの店に来るのか?」
俺の質問に老いた店主がいやいやとかぶりを振る。その腕に抱かれた黒い老猫も相槌を打つように、ニャアオと鳴いた。
「そんなにしょっちゅうってワケじゃあないが……必ず納得いくまで値引きさせられるからのう。この前も新婚の夫婦を連れてきて結構な数を値引きさせられたわい」
アイツ休みの日にはそんなお節介な事してるのか。
「そりゃあなんか……すまんな」
「まぁ言うてもこんな店に来てくれるのはあのお嬢ちゃんくらいだから、ワシも文句は言えんのじゃがな」
ハッハッハとひとしきり笑うと、じゃあ買うものが見つかったら呼んでくれと言って店主は引っ込んでしまった。客の探し物は手伝ってくれないらしい。
(まぁ、いいけどさ)
ぽりぽりと頭を掻いてバケツの捜索に入る。掃除や家庭菜園に使うようなサイズのものはそれなりに転がっているけど中々欲しいサイズのバケツは見当たらない。
「……そりゃあデカイ金属製のバケツなんてそうそう普通の家では使わないだろうからなぁ。仕方ないバーラムにでも安く作ってもらうか」
「ご主人さま!これはどうですか?」
諦めかけた俺の所にリティッタが持ってきたのは、彼女の下半身がすっぽりと入りそうな程の大きいドラム缶のような筒だ。そんなに重くなさそうだし錆や歪みも見当たらない。
「おお、いいじゃないか。なんか底が抜けてるようだけど」
「そうなんですよね。抜けてるというか最初から無かったようなんですが……ダメですか?」
「いや。底くらいならウーシアが作ってくれるだろう。安ければこれ買っちまうか」
了解です!とリティッタはその筒を持って老店主の元へ走っていった。俺が追いつくころにはもう値段交渉も終わり間際になっているから恐ろしいものである。
「じゃあ銅貨47枚でいいですね」
「ああ。まったくお嬢ちゃんにはかなわんわい」
結構質のいい鉄を使っているので銀貨数枚は覚悟したが、さすが値引き師匠だ。今日は朝から名人芸ばかり見ている気がする。
「ところで爺さん、コイツは何なんだい?あまり見かけないもののようだけど」
「市あのタワーの水道で使った配管の余りとか聞いたが、よくわからんな。本当なら金物屋にでも売ればいいんだろうがもう持っていくのも面倒でのう」
「そうか、こっちとしちゃラッキーだった。ありがとう、また来るよ」
「お爺さん、お元気でー!」
戦利品を担いでリティッタがぴょんと店から飛び出す。この子は値引きに生きがいを感じているのだろうか。
、二日後の午後。
「こんにちわ、お邪魔します」
シスターリュネが訪ねてきた。俺は中に案内して完成したゴーレムにかぶせてあった布を外しお披露目する。
「まぁ、可愛らしい」
俺の作った自動筆記ゴーレムを見てリュネさんがそんな感想を漏らした。俺は内心そうか?と思ったが気にせず説明をする。
「このバケツの中にペンキを入れて持ち運びます。バケツは歩行の邪魔にならないように前後に動かせます。この大きな筆で文字を書くわけですが、自衛用に反対側を槍にしておきました。気休めですけどね」
それからゴーレムに魔操杖を向け、プリセットしておいたスイッチを押し込む。バケツに入れておいた安い塗料に筆をつけ、ゴーレムは足元の大きな紙に字をさらさらと神聖文字を書き上げた。
「まぁ凄い。完璧ですわ」
「いただいた文字は全部書けるようにしておきました。もし不都合があれば言ってください。あ、代金は市長から貰うのでご心配なく」
俺が冗談めかしてそう言うのに、シスターは深々と腰を折ってお辞儀してくれた。
「本当にいつもすみません。助けられてばかりで……」
「いえいえ、いいんですよ。自分の住んでいる街の事ですから」
リュネさんはそれからも何度もお礼を言いながら帰って行くのでこっちも腰が痛くなってしまった
「さて、その市長に請求書を叩きつけに行くか。リティッタ、いくらになった?」
「しめて銀貨93枚ですね」
「え、そんなにか?」
いくら特注とはいえ戦闘用のゴーレムでは無い。予想外の値段に俺は戸惑ってしまった。
「文字記録用のマナ・カードを結構使ってしまいましたからね。材料費も上がってますし」
「最近街の開発ラッシュで資材が足りなくなってるもんなぁ……気が重いが行ってくるか」
俺は財務大臣の期待を背中に受けながら工房を後にした。一仕事終わったのに気が重いのは経営者の宿命なのか。




