1-58 エレベーター再び
地下50階の到達、そして魔法巨人ジグァーン討伐を祝う祭りは三日三晩続いた。俺やチェルファーナもあちこちの酒場に連れ出され何度も乾杯に巻き込まれた。酒は好きだが流石にゆっくり休みたい。
「市長がバカンスの約束を守ってくれるのを信じるしかないな」
「守らなかったらあの立派なデスクと部屋をゴーレムで叩き壊してやるわ」
目の下にクマを作ったチェルファーナが物騒な事を言う。本当にやらかしかねなかったので酒場で見かけた新米冒険者のウェインに家まで送り届けてもらった。近くで呑んだくれていたマーテを捕まえて、二人ともしばらく店を休むことと、市長にバカンスの手配を急がせるように伝えてから俺も工房に引き返すと夜もだいぶ更けたのにリティッタが甲斐甲斐しく起きていて俺を迎えてくれる。
「本当に毎晩そんなに呑んで……仕事に障るから控えて下さいって言ってるじゃないですか」
「みんなが無理やり飲ませるんだよ。それにウチもチェルファーナもしばらくは休みだ。みんなでパフォマイに行くぞ」
「荷造りもとっくに終わってますよ、ご主人さま以外は。楽しみですねぇ」
疲れた身体を椅子にどっかと座らせた俺にリティッタが水を持ってきてくれた。酒で火照った身体に冷たい水がよく染みる。
「いつも、サンキューなリティッタ」
「何ですか唐突に」
照れくさそうにそう言うリティッタの頭を撫でてやる。
「心の中ではいつも思ってるんだぞ。たまにはちゃんと言おうと思ってさ」
「最近は鍛冶ギルドと大して変わらないくらい働かされていますからね」
「ここんとこは本当に忙しかったな……リゾートでゆっくりしよう。俺も楽しみだ……」
そこで俺の意識は沈んでいった。リティッタが苦笑しながら毛布を掛けてくれた気がするのだが、それに礼を言う体力もすら俺には残っていなかった。
パフォマイは想像以上に良いところだった。南国の海のど真ん中だが暑すぎもせず、ノースクローネとは違って非常にゆったりした空気が流れていた。メシや果物も美味いしウーシアに似た肌の(そして露出度も)美しい女性達は大変目の保養になった。リティッタとチェルファーナはサマードレスや地元のアクセサリーのショッピングを楽しみ、ウーシアは港で毎日釣りに没頭していた。
ジグァーン対策で張りつめていた体と脳がゆっくりとほぐされていくのがわかる。
「ハワイとかバリ島って行ったことないけどこんな感じなんかなぁ……」
「ハワイって、地球のリゾートですか?」
「ああ、でもこっちの方が居心地がいいかもな」
「また来れるといいですね。……今回の旅行でたぶんみんなで銀貨千枚はかかってると思いますけど」
「ウチの工房を大企業にしないとそんな金は生まれないんじゃないか」
暗い話は止めにしよう。群れを成して飛ぶトビウオやイルカ、水平線にに沈む夕陽の美しい景色、そして南国のサングリアを楽しみながら俺たちは二日を掛けてノースクローネに戻ってきた。
そして帰った早々に市長から呼び出しを受ける。行きたくはなかったがバカンスの礼も言わなくてはいけないので俺は土産のココナッツクッキーとワインを持って市庁舎に出向いた。
「随分とリフレッシュしてきたようだな、ジュンヤ」
仕事が忙しかったのだろう。疲弊した顔でこちらをチラリと見たきりまた書類に向き合いながら市長がそう言う。おれはあくまで気にしないように明るく応えた。
「ああ、おかげさまでな。これは土産だ。ワインはマーテに」
「わーい。ありがとうございます」
「相談がある」
嬉しそうに土産を受け取るマーテを無視して、市長がゴホンと咳払いをした。
「地下50階の調査を行った。相当の広い……ノースクローネの三分の一がすっぽり入るほどの地下空間だ。そして更に地下に降りる階段が五つ。これまでの草原迷宮や砂漠迷宮の続きがあると予想される」
「いよいよノースクローネも大迷宮都市を名乗れるな」
俺の皮肉に市長はウム、と頷いた。
「この先どこまで迷宮が続くかわからん。だが地上から出発して地下50階より先を進むのは、いくら休憩所を増設しても効率が悪い。休憩所の管理や保護も楽ではないしな」
確かにそうだ。この間は大勢で協力しながら行ったから比較的安全に辿り着けたが、ボロボロになって地下50階まで行ってさぁ探索だというのはキツイだろう。
「で、何か作戦が?」
「地下50階は調査によると魔物がほぼ出現しない。この広大な空間を活かさない手は無い」
「地下50階にデカいホテルでも建てるのか?」
冗談だろうという顔の俺に市長は大真面目に頷いた。
「食料品店や治療院も建てる。第二ノースクローネ市というわけだな。これで50階から冒険者は元気に先に進めるだろう。増加している冒険者の居留地問題も同時に解決できる」
一応筋は通っているようだ。諸問題を解決できれば、の話ではあるが。
「上下階からの魔物の対策や治安問題もありそうだが……そもそもどうやってそこで建築作業をさせるんだ?大工も材料もとても安全に持っていける距離じゃないぞ」
「私がそんな事を考えていないとでも思ったかね?」
市長がドヤ顔で地図を広げた。ノースクローネ市の地図だ。北側の街を取り囲む壁の外に赤いインクで×が描いてある。街の北門から歩いて10分ちょっとという距離だろうか。
「ここは……特に何もない荒れ地だな」
「そうだ。そしておそらく、この×の真下が地下50階のフロアの中心地だと思われる」
そこまで聞いて俺は猛烈に嫌な予感がした。
「まさかと思うが……そこまで直通の穴を掘るのか?」
「流石ジュンヤだな」
今度こそ本当に呆れた俺の前に市長は次の紙を広げる。迷宮の断面図だろうか、一番上にノースクローネの街が描いてありその下50フロアをぶち抜く縦穴。そして一番下には小規模な町の絵が描いてあった。俺の予想と異なり縦穴は直径20メートルから30メートルはありそうな大きなものだ。
「こんな穴、掘るだけで10年はかかるんじゃないか?」
「まともに人力でやったらな。心配ない、地球と違いこの世界には魔法という便利なものがある」
「魔導学院に市長のお知り合いがいるんです。トンネル魔法第一人者の」
ポカンとしている俺にマーテが説明を加えてくれた。
「トンネル魔法?」
「正確には平行式位相差消滅魔法という学問らしい。便利な魔法である一方で習得に非常に深い知識が必要らしく、また犯罪防止のためのライセンス登録も厳しいことから若者には酷く不評のジャンルなんだそうだ」
(まぁ、そんな魔法がポンポンその辺で使われたらエラい事だもんな)
「で、その先生がこんな大穴を開けてくれるってのか?」
「そうだ。今夜にでもノースクローネに到着される予定だ……で、察しはついていると思うがジュンヤに頼みたい事というのはな」
「またエレベーターか」
みなまで言わせる前に答えると、市長はうんうんと愛想よく頷く。
「タワーに作ってもらったものを大型化してくれるだけでいい。協力してくれないか」
「設計だけならな。実作業はまた鍛冶ギルドとチェルファーナの担当になるはずだ。そっちの説得と予算の確保をしっかりやってくれるならいいぜ」
バカンスの礼もある。そのくらいはやってやっても罰はあたるまい。チェルファーナはまた文句を言うだろうけど。
「そうか、ありがたい。話は回しておくので設計だけ先に頼む」
「ああ、わかったよ」
「またエレベーターですか」
ゴーレムの修理に追われ体中に黒い機械油をつけたリティッタが俺を出迎えた。休んでいた間、ゴーレムの修理の依頼が17件も溜まっていたのだ。
「ああ、すごーく長いケーブルが必要になるけどみんなが頑張ればなんとかなるだろう。一番大変なのはチェルファーナかな……それにしても随分と真っ黒だな。今日はもういいから風呂に入ってこい。飯にしよう」
「帰ったそうそう人使いが荒いんですね」
文句を言うリティッタのお尻を叩いて風呂に向かわせる。鍛冶場で剣を打ち直していたウーシアにも一緒に行くように声をかけた。
「急がないと引き受けた修理が終わらないぞ、ダンナさま」
「このペースで仕事を受注していったらみんなパンクしちまう。少し納期を延ばしてもらうようみんなに頼むよ。この街でもそんなに新参者じゃなくなってきたしな」
ジグァーン討伐の主要メンバーとなればみんな無理な話を通そうとはしないだろう。たぶん。俺も荷物を下ろし楽な部屋着に着替えた。それからパフォマイで買った地元名産のランプに灯をつけて(程よいオレンジ色でお気に入りだ)エレベーターの基礎的な図面を引く。穴の手前側にタワーのより大きなエレベーターを二基。これを交互に降ろすことでバランスを取りやすくし、回転率も上げる。建築資材を運ぶので耐荷重も強化しなければならない。
ゴーレム屋の仕事ではないし格安で引き受けているので儲かりもしないけど、この街で飯を食っていくならこれくらいのことはしてもいいだろう。ノースクローネの発展は俺の生活の発展にも繋がる。風呂から出てきた二人と、ウーシアの釣った白身魚のパイを楽しんでその日はゆっくりと休んだ。
次の日、続けてエレベーターの図面を詰めている俺のところに怒りの化身が顔を出しに来た。
「ちょっとジュンヤ!勝手に仕事増やさないでよ!」
言わずもがなの同業者、チェルファーナだ。後ろにはいつもの用心棒のゴーレムでは無く冒険者のウェインが困った笑顔で付き添っている。相変わらず仲が良いようだ。
「しょうがないだろ。他にやれる人はいないんだし」
「それでも先に話を通してよ!ウェインの新しいゴーレム作る約束があるんだから!」
「いや、僕のはゆっくりでいいから」
なだめるように言うウェインを振り向いてチェルファーナはぶんぶんと手を振った。
「そんな呑気な事じゃ駄目よ!まだ28階までしか行けてないんだから。みんなに置いてかれちゃうよ!」
ウェインは28階か。素人レベルではないけど地下50階を進んでいるトップパーティと比べると確かに見劣りする。ソロ剣士だから仕方ないのか。
「まぁ……それを言われると辛いんだけどね。とにかくこっちの方は後回しでいいから、エレベーターの方頑張ってね!ジュンヤさんも頑張って下さい!」
「あ、ちょっと!ウェインったら!」
これ以上火の粉を浴びるのは危険と感じたのか、ウェインは愛想笑いと共にそそくさと撤退した。冒険者としては優秀な引き際と褒めざるを得ない。
「もう!あんな急に帰らなくてもいいのに」
「可愛い彼女が怒ってるのを見るのが嫌なんだろ」
「だから彼女じゃないって言ってるのに!」
ぷんぷん怒りまくるチェルファーナを無視して俺は図面を広げて見せる。
「これが今度のエレベーターの図面だ。二個カゴを作ることによってカウンターウェイトにし、動力のゴーレムの負担を軽減したぞ。優しい俺の配慮に感謝しろよ」
「優しい人は勝手に他人に仕事を押し付けないっつーの……結局これ、どのくらいのパワーが必要そうなの?」
文句を言いながらも仕事には向き合うのはチェルのいい所だ。
「こないだの転ばせゴーレム、回収できたっけ?」
「二機はね。あと二機は踏みつけられて壊されちゃったわ」
「あのレベルのゴーレムが三機あれば回せると思う。予備にまた一機かな」
俺の言葉を聞いてチェルファーナはやれやれと肩の力を抜いた。
「じゃああと二機か。なんとかするしかないわね……」
「よろしく頼むよ。あ、それからウェインだけど、あんまり先を急がせるなよ。迷宮探索は焦りは禁物なんだから」
「そんな事……私だってわかってるわよ!」
最後までぷりぷりと怒りながらチェルファーナは帰って行ってしまった。上で掃除をしていたリティッタが降りてきて残念そうな顔をする。
「せっかくお昼チェルファーナさんの分も作ろうと思ってたんですけど……あんまり怒らせちゃダメですよ、ご主人さま」
「これでも結構アイツに優しくしてやってるつもりなんだけどなぁ」
「さりげない優しさとかアピールしなくてもいいんですよ」
残念ながら俺の思いは若い女達には伝わらないようだ。俺はリティッタの作ったカニサンドを胃に収めるとまた市庁舎へ出向いた。
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不本意ながら本業の方が多忙になってしまい、これからは更新が不定期になってしまいますが完結まで続けますので、今後ともよろしくお願いいたします。




