1-57 冒険者と巨人:後編
5つの迷宮から分かれて進んできた討伐隊が再び終結した。各リーダーが集まり最終確認をする間、チェルファーナにはゴーレムを呼び出してジグァーンに気づかれないように背後に回してもらう。
「でかいわね……」
「ああ、デカイな……」
地下50階の暗闇の中に、なお暗い巨大な影が屹立している。それは人の影というより夜に見る山と言った方が的確にすら思えた。おそらく……身長15メートルはありそうな巨人だ。手はどうやってこしらえたかわからない太い棍棒を握ってじっと立っている。近づくものを全て排除するための番人。
戦う相手としてはデカ過ぎて、なんか大仏でも遠くから眺めに来たような気分になりそうだ。
「……あんなの倒せるの?」
「正直言うと、あんな奴に喧嘩売るなら違う迷宮で稼いだ方がいいんじゃないかと思うわ」
そんな事を年下の娘に言ってしまうほどその巨人から放たれる威圧感は凄かった。はっきりとどのような姿かわからないのも恐怖に拍車をかけている。
「ゴーレムマスターの二人がそんな事では困るな」
後ろからラドクリフが声をかけてきた。冒険者たちの準備が整ったらしい。
「ここまで来て手ぶらでは帰れんよ。ジュンヤだって市長から解雇されるだろうな」
「別に逃げようってしてたわけじゃないだろ。怖いこと言うな」
俺はこっそりと瓦礫の陰で目くらまし用のゴーレム『ディスリィ』を出した。背面の二個のコンテナを開いて中のファイアフライを確認する。
「俺もチェルファーナもいつでもいいぜ」
「わかった、みんなを呼んでくる」
ラドクリフが冒険者に準備を始めさせた。各自弓やクロスボウを出し矢に攻撃力倍加の魔法をかける。これでダメージはだいたい二倍近くになるらしい。続いてそれぞれ自慢の剣や槍にも同じ魔法をかける。70人の一斉近接攻撃ならあの巨人を倒せる……と信じるしかない。ラドクリフが弓をつがえながら小声で全員に告げる。
「みんな、ゆっくりしている時間はない。ジュンヤのゴーレムがあの巨人の目を回させたら一斉に弓で攻撃だ。いくぞ!」
慌ただしいがこんな所でのんびりしていたら巨人に気づかれるかもしれない。俺は『ディスリィ』のコンテナを開きながら巨人に向かわせた。動くものの気配をとらえたのか微動だにしなかったジグァーンがゆっくりとこっちを向くのを見て、魔操銃のトリガーを引く。
「いけ、ファイアフライ!」
『ディスリィ』のコンテナから左右9機ずつ、18機の小型飛行機・ファイアフライが飛び出した。機首のライトをまぶしいほど輝かせ、ジグァーンの頭部の周りを四方八方からめちゃくちゃに旋回する。
グォアアアアアアー!!
突然の眩しい光の交錯に虚を突かれたのか、ジグァーンが口もないのに咆哮を上げ暴れだした。振り回される棍棒に2、3機のファイアフライが巻き込まれて爆散したがまだまだ数は残っている。
「今だ!一斉射!」
ビュビュビュビュビュッ!!
文字通り風を切り裂く音と共に無数の弓矢が巨人めがけて射出された。一本一本は大したダメージではなくても三百以上の矢が飛べばバカにはできない。暗青色の肌が一気に銅色の血に染まる。
「行け、チェル!!」
「わ、わかったわ!ゴーレムたち、走りなさい!」
ジグァーンの後方に潜ませておいた彼女の操る4機のパワーゴーレムが、ケーブルを持ってこちらへ走り始めた。その鋼鉄ケーブルは見事足首のあたりをすくい、力任せにひるんでいるジグァーンを仰向けに転倒させた。ドゥゥゥン!という地響きと共に土ぼこりが大量に巻き上がる。巨大棍棒もジグァーンの手を離れ石畳に転がった。
「やったぞ!」
「よし、全員突撃!!」
ラドクリフの号令で冒険者たちは手に武器を持って巨人に襲い掛かった。暴れるジグァーンのスネを、太腿を、腕を指をと四方から切り刻んでいく。俺は巻き込まれないようにチェルファーナの手を取って後方へ下がる。
「ここまでは怖いくらい上手くいったな」
「このまま倒せるかしら」
「みんなを信じるんだ」
この混戦の中ではみんなを傷つけずに『瀑龍』を使うのは難しい。戦闘のプロ達に任せ行く末を見守る。70の刃が巨大な魔物に突き刺さり、肉をえぐり更に血を噴出させた。ジグァーンも倒れたまま手足を振り回し冒険者を叩き飛ばす。雄叫びと悲鳴が入り混じりそこは戦場のようなカオスとなった。
(しかし、このままでは……)
接近戦が始まり5分は経過したか、ラドクリフたちは順調にダメージを与えている。けれど巨人の生命活動を断つ所までは全然至っていない。ようやく冷静さを取り戻したのかジグァーンが群がる冒険者を手で払いながら起き上がろうとした。もしまた立ちあがればこちらが負ける可能性がグンと高くなってしまう。
巨人の強烈な打撃に討伐隊メンバーにも重傷者が出始めた。全員の間に嫌な空気が流れた瞬間。
「皆様、あきらめないで!」
闇を裂いて凛とした女性の声が響き渡った。続けてバンバンバン!とジグァーンの顔面に弾丸が炸裂し巨人は思わぬ攻撃にもんどりうって倒れた。この迷宮の中で銃火器を持っているのは俺の知る限り一人しかいない。
「ソフィーヤ!?」
「もう一息です!」
俺たちの後ろからゴーレムを二機従えたあのソフィーヤが走ってきた。『エルディゴ』のライフルは連射しすぎて銃口が真っ赤になっている。その前を騎士ゴーレム『ヴァルケルフ』が走り、巨人の胸板に飛び乗るとブレイドランスを深々と突き立てた。流石のジグァーンも痛みを感じたのか絶叫を上げ地下空間全体がビリビリと震えわたる。
「ジュンヤ様、トドメを!弱点はあの目玉です!」
周りを見ても余裕のある冒険者は残っていない。俺は頷くと魔操銃にマナ・カードを挿入し、叫びながらトリガーを引いた。
「わが命により界封の楔を解く!出でよ、『瀑龍』!!」
巨人の前、銃から放たれた光の魔法陣を切り裂くように『瀑龍』が飛び出す。続けてその二本の刀に灼熱の炎を纏わせた。巨人の体に飛び乗った『瀑龍』は、引き剥がされないようにランスを突き立てている『ヴァルケルフ』の背中を踏み台に一気にその頭部まで跳躍する。
「くらえ、“劫火殲刀・瀧漣斬”!!」
高空から『瀑龍』の自重を乗せ、二本の刀をジグァーンの目玉に突き刺す!!傷口から炎が溢れ渦となり、『瀑龍』をも巻き込みながらジグァーンの頭部を焼いた。ゴムを燃やしたような嫌な臭いが辺りに立ち込める中、戦いの行方を冒険者達と見守る。
グォォォォォ……!!
巨人が頭を火に呑まれながらも立ち上がった。続けて両手で火の中の『瀑龍』を掴み、投げ捨てる。20メートルもの高さから地上に叩きつけられた『瀑龍』の四肢が衝撃で圧し折れた。
「『瀑龍』!」
『瀑龍』に魔操銃を向けるも、一切動く事はできない。打つ手無しか……と絶望の空気が流れる中、ジグァーンの頭部の炎がたち消えた。真っ黒に焦がされた頭を抱えるように両手を上げた巨人はよろめくように二、三歩後ずさるとそのままゆっくりと、ゆっくりと仰向けに倒れる。
ドゥウウウウン……。
爆弾でも落ちたかのように土煙が暴風となって俺たちを取り囲んだ。煙がたっぷり十秒以上かけて地面に落ちたが、巨人は全く身動きしなかった。
「勝った……のか?」
誰かの呟き。俺の横にいたラドクリフがゴクリと唾を飲み込むと、警戒しながら落ちていた槍を片手に巨人に向かった。指の先から腕を伝い胸板まで登っていく間もジグァーンは全く動かない。胸板の上から黒こげの頭部を見つめていたラドクリフは、勢いよく槍を巨人の胸に突き刺し、雄叫びを上げた。
「勝ったぞ!!」
一斉に冒険者達から勝どきが上がる。両手を上げ、抱き合い涙を流しながら全員が喜んだ。チェルファーナも俺にしがみつきながら涙を流し喜んでいる。腰を抜かしたのだろう、俺は背中から腕を回し支えてやった。
「やった、やったねジュンヤ!」
「ああ、チェルファーナもよく頑張ったな」
無事に帰れそうで俺もホッとした。早くリティッタの手作り料理が食べたい。そんな事を考えている俺のところにラドクリフやプレク達がやってきた。
「本当にありがとうジュンヤ」
「全く、ゴーレム屋のくせに美味しい所持っていきやがってよ」
だいぶ頭から出血しているプレクが不満混じりに笑った。その後ろからジムマが乱暴に治癒のポーションを頭からぶっかけている。
「もう少し丁寧にやってくれよ」
「怪我人は黙って休んでろ」
そんな女戦士達を見ながら自分にも包帯を巻いて、ラドクリフが口を開く。
「とにかく全員余裕がない。他の魔物に襲われないうちに街まで帰ろう。ジュンヤ達のゴーレムも前衛に借りたいんだが」
「わかった、すぐ用意する」
そう言えばと俺は辺りを見回した。大事な人間を忘れていた。
(ソフィーヤが……見当たらない?)
大事なところで助っ人に入ってくれたあの姫様冒険者、ソフィーヤの姿はどこにも見当たらなかった。
(先に引きあげたのか?心配だけど、ゆっくり探している時間もないか)
単独でここまで来れる彼女の実力を信じるしか無いだろう。俺は唇を噛んでゴーレムの準備をする事にした。
暗闇の中で冒険者達の勝どきはまだ続いていた。




