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1-56 冒険者と巨人:前編


 俺とチェルファーナは冒険者達と草原迷宮の入口にやってきた。ラドクリフは砂漠迷宮班のリーダーなので別行動だ。代わりに50階までの護衛として『レデュカの涙』のあの三人が俺たちについてくれることになった。これから大一番だというのに気楽そうにしているのは流石ベテラン冒険者と言うべきか。


 「また世話になるな」


 「こうなるとジュンヤともそろそろくされ縁って奴よね」


 「ワタシはもっとお尻でも仲良くなりたいんだけどね」


 ジムマのジョーク(?)にアハハハハとバカ笑いする三人の横でチェルファーナがすごい顔で俺をにらんでくる。


 「別になにもしてないだろ」


 「何かあったらリティッタにすぐ言いつけるからね」


 「だからしねえって」


 さてと、とロパエが少しだけ真面目な顔をして草原の中にぽつんと建っている石や岩を積んでつくった祠のような建造物を指し示す。


「あれが草原迷宮の入り口だ。地下20階までは若手の冒険者に依頼を出してもうほとんどの魔物を駆逐してあるはずだ」


「アタシ達は陣形を組み今日中に38階まで進む。他の迷宮から入った連中と連絡を取りながら休憩して明日地下50階で合流、巨人とご対面ってわけだ。本番は明日だが今日も結構大変な強行軍になる。しっかりついてきてくれよ」


俺もチェルファーナも体力的には自信のある方じゃない。音が鳴るくらいの唾を飲みながら頷く。


「まぁ体力回復のポーションならたくさんあるから疲れたら言ってね。じゃあ行こうか」


「ハイキングにでも行くような気楽さだな」


俺のボヤキにジムマが怖い笑顔を見せる。


「ビビって帰るのは49階に着いてからでも遅くないでしょ?」


「……確かにな」


リーダーの号令で冒険者たちが順番に迷宮に出発する。俺たちは特別待遇で真ん中に守られていて、そのそれぞれ前後の10人を3階潜るごとに入れ替えする作戦らしい。これで全体の疲労度が偏らないようにするのだそうだ。俺とチェルファーナ、そしてプレク達の後からはあのコックゴーレムと荷物運びゴーレムも付いてくる。この隊の中にも他の隊の中にも俺やチェルの作った荷物運びゴーレムが従軍していた。


ロパエが言っていた通り、地下20階まではほとんどの戦闘らしい戦闘も起らなかった。暗い回廊をランプの明かりを頼りにひたすら歩いては時々小休止を挟みまた歩く。


「迷宮ってもっと歩きやすいところなのかと思っていたわ。これじゃあストーンゴーレムやアイアンゴーレムがあまり人気無いのも判るわね」


チェルファーナが息を乱しながらそんな事を言った。確かに迷宮内は段差も激しいし岩や壁から剥がれたレンガもよく落ちている。柱が折れて道に横たわっているなんてのもザラだ。


「砂漠迷宮は砂まみれで歩くのも大変な通路があるぞ」


「帰ったら歩行周りの改良も考えなきゃだめね」


地下20階から降りる前に全員が体力回復のポーションを飲む。一人一本、街中の道具屋から買い集めただけでなく近くの街からも買い入れてきたそうだ。ヤンバさんもたまたまノースクローネに来ていたところを捕まって(俺の紹介で市庁舎や冒険者ギルドの仕事も結構請けているらしい)ポーションや傷薬を仕入れてきているのを見かけた。


(帰ったらヤンバさんにメシでも奢らないとな)


ポキっとポーションのふたを折って中身を飲み下すと甘苦いというか不思議な味が口内に広がる。たくさん飲みたいとは思わないが確かに体力は回復した。仕事がキツい時用にうちの工房でも買っておこうか。


 21階からは1時間おきくらいのペースで魔物達が行く手を阻んできた。今回はスピードが大事なので魔法使いがバンバンと派手な火炎や電撃で敵を吹き飛ばしていく。肝心のジグァーン戦では通用しない分ここで活躍しておこうくらいの勢いだ。俺たちは真ん中にいるので先頭の方の戦闘(ギャグでは無い)の詳細は分からないが誰かが使った爆炎魔法が通路をぐらぐらと揺らすのがわかる。


 「冒険者ってすごいのね」


 「ああ、俺たちのゴーレムだけでは魔物退治は出来ないんだなって思わされるな」


 自分たちも作ったゴーレムがさぞ大活躍してるのだろうと想像はしているのだが、こう凶悪な魔物が次々と出て来るような所ではとても無双していると胸を張って言う自信が無い。あくまで冒険者の手伝いに過ぎ無いのだ。


 なんだかんだで強敵にも出会わず第一次休憩地点の地下38階へ到達できた。この階は5つの迷宮全てで比較的広い部屋が多く多人数が休憩を取りやすいというメリットがあった。冒険者たちがめいめいに寝床や飯の準備をする中、俺は遠距離通信ができるトランシーバーのようなマジックアイテムでラドクリフに連絡を取る。


 「ラドクリフ、こちらジュンヤだ。草原迷宮の班は全員に38階へ到達した」


 「……ジュンヤ……か、無事……によりだ」


 ザザッと雑音混じりに向こうの音声が届くところまでトランシーバーそっくりだった。


 「砂漠め……は1名怪我……湖迷宮……2名怪我……脱落、他……無事らしい」


 何人か被害を受けてしまっているようだ。残っているのは97人という事か。


 「……明日、50か……連絡する……気をつけ……」


 「了解した。そちらも注意してくれ。また明日」


 それっきり通信は止んだ。ラドクリフの声には疲れがあったように思う。戦いは明日だというのに脱落者が出たことを不安に思っているのかもしれない。


 「他の隊の人数が減ったのか」


 ロパエが耳元でそっと聞いたので俺も黙って頷く。


 「みんなには言わないほうがいいだろう。リーダーには全隊とも38階に着いたと報告してくる。ジュンヤも休め」


 「ありがとう」


 プレクたち三人の中では彼女が一番気が利くようだ。俺は感謝しながらチェルファーナと食事と睡眠の用意をした。今日の食事は干し肉と硬いパンに水とワイン。スープは明日のお楽しみだ。冒険者たちが交代で警戒をしてくれるのでゆっくり寝られるのがありがたい。


 パンを食べやすいように切り、ランプの灯で軽く炙ってからチェルに渡してやる。少しずつ食べてはいるが緊張と疲れで食が進まないようだった。


 「無理にでも食べておけよ。明日はもっと大変なんだ」


 「わかってるわよ」


 よかった、まだ士気は落ちて無い様だ。作戦の要のチェルファーナがしっかりしてくれないことには始まらない。


 「ゴーレムは何体持ってきたの?」


 「攪乱用のゴーレムに『瀑龍』、護衛用の『ケルフ』2機、盾ゴーレムの『ルライア』くらいだな」


 「言っちゃあ悪いけど『ケルフ』じゃ何も役に立たないで壊されるんじゃないの?」


 「気休めだよ。『ケルフ』に頼るようじゃ作戦は失敗してるだろう。そうならないよう頑張らないとな。怖くて寝れないなら添い寝してやろうか?」


 ふざけないで!と言ってチェルファーナは干し肉を噛み砕くと自分のテントに逃げ帰っていった。俺のゴーレムを貶した仕返しだ。事実だけども。


 (『瀑龍』さえあれば俺は無敵だと思っていたけれど……現実は厳しかったな)


 『瀑龍』の入ったマナ・カードをホルスターにしまい直しながら俺は自嘲した。いや、成長したのか。世の中にはまだまだ上がいる。それこそ今回のようにとんでもない強さの巨人とか。それを認めただけ、俺は少しは大人になれたのかもしれない。その事に満足して俺も寝袋に潜り込んだ。


 翌朝……朝かはわからないが目を覚ます。固い石畳で凝った体をほぐしてから朝メシ代わりの果物とチーズを腹に入れると再び前進が始まった。魔物の襲撃はさらに数を増し思うように進めなくなってくる。ラドクリフや他の冒険者達の心配もしていられないほどだ。


 草原迷宮隊も少しずつ脱落者が出始める。凶悪なキメラやカースドアーマーとの戦いでそれまで火力担当だった魔法使いのポルタ爺が魔力切れになったのも痛い。爺さんはすっかり無力化して杖を突きながらチェルファーナの後をとぼとぼついてくる羽目になった。


 「魔法使いはこうなると肩身が狭いんじゃ」


 「でもお爺ちゃんはここまで魔物をいっぱい焼き払ってきてくれたじゃない」


 「お嬢ちゃんは優しいのう」


 チェルファーナとのまるで祖父と孫のような会話を背中から聞きながら、そして前で繰り広げられるロパエたちの激闘を見ながら迷宮を先へ先へ進む。もういい加減緊張と疲れが限界に達した頃、ようやく俺たちは地下50階に下る階段に到達することができた。


 その手前の広間でそれぞれが体力回復のポーションの配布や傷の手当てを始める。俺もポーションを飲んでから通信機でラドクリフを呼び出した。


 「ジュンヤ、無事に……着いたか?」


 「ああ、なんかこっちの方が話がよく聞こえるな。少し遅れて聞こえるけど」


 「距離的には下で話す方が、近いからな。こちらは……結局5人脱落した。他の、隊も3人から6人地上へ戻っている。そっち……はどうだ?」


 「こっちは2人が街へ帰った。あとは大けがで帰れないのが1人に魔力切れの魔法使いが1人かな」


 溜息が聞こえる。ラドクリフにしては珍しい深刻な奴だ。


 「結局80人を割ったか」


 「悪いが、落ち込んでる場合じゃないぞ。ここまで来たんだから」


 「わかってるよ……隊を一度集める。集合地点は草原迷宮の50階階段出口だ。さっきシーフに偵察に行ってもらったらそこが一番ジグァーンから離れているらしい。俺たちは壁沿いを気づかれないようにゆっくりと歩いてそちらに向かう」


 「了解した。気を付けてくれ」


 


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