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1-53 女戦士と剣トカゲ:後編



『ラッヘ改』は地下30階以降の強い魔物を相手するために作った強化型戦士ゴーレムのフレームだ。一回り大型化した分出力の高い魔動力炉、頑強な関節ギアと鉄骨、威力のある重い武器を使う事ができる。それでも最近は更に魔物も凶悪な強さになってきているので『ラッヘ改改』を作らないといけないかもしれない。


(つーても今以上のパワーアップも難しいんだが……今は目の前の仕事に集中しよう)


拡大鏡を持ってきて破壊された大型ペンチを調べる。さっき見た通り切れ味で切ったものではないのは確かだが、パワーだけでは無くスピードも乗っている攻撃の痕跡だ。こうなると『グラッヘ』のように剣を受け止めて叩き折るという戦法は難しい。


「玉砕覚悟の武器を持たせないとキツイかな」


『瀑龍』やあの『ロゼンラッヘ』をぶつけても負けるかもしれないと思った俺は、一撃必殺の決戦機を制作することにした。せっかく高い金を払って買って貰ったゴーレムが一回の戦闘でオシャカになるのは客の立場でも嫌だし作った俺自身も辛い。しかし、場合によってはこういう判断を迫られることも承知している。


図面に長い持ち手、そしてその先に大きな球を描く。そしてゴーレムの前面には対斬撃用では無く耐圧用の装甲(丸みを持たせ、中にわざと空洞やバネを仕込み衝撃を逃がす仕組み)を設計する。手には決戦用の武器を持つが、一応通常戦闘もこなせるように両腕の外側にガントレットと剣を一体化させた固定武装を用意した。これならソードケロスとの遭遇前でも他の魔物との戦いで活躍できるだろう。


モーションプログラム用のマナ・カードには、汎用の『ラッヘ』に使う戦闘モーションに加え対ソードケロス用の攻撃技も入力する。素早い移動は全く必要ないカウンター技だがタイミングが命なので動体センサーとの同期速度も重要だ。いろいろテストをしながら製作に没頭すると、あっという間に三日が過ぎ去ってしまった。


「相変わらずウチは体力勝負の仕事ですねぇ」


目にクマをばっちり作ったリティッタが工房の床に寝っ転がっている俺とウーシアに冷たいお茶を持ってきてくれた。関節痛に苦しむ体を五秒くらいかけてゆっくりと起こしてお茶を受け取る。


「俺も店を立ち上げた時はこんなに忙しくなるなんて思わなかったよ。もう一人くらいゴーレム職人来ないかなぁ」


「しかし迷宮探索が終わりに近づいたら仕事が減るんだろう?もしかした50階でゴールかもしれないし、あんまり同業者が増えるのも考えものじゃないか?」


 ウーシアの言う通り、この世界には迷宮だのダンジョンだのが多くあるが地下50階より深い例は数えるほどしか聞かない。常識的な推測で言えば遠からずゴールは見えて来るはずだ。


 「そうなんだよな。もっと先があるかもしれんけど、なんにせよ不透明だ。まぁ食って行けなくなったら他の街でやるしかないさ」


 そうボヤいていると、工房のドアがノックされた。どうぞと言うとあのゼラが顔を覗かせる。


 「随分と酷い顔が並んでるな」


 「そう言ってくれるな、みんなゼラ達の為に頑張ってたんだから」


 俺はよいしょと腰を上げると魔操杖と小ぶりの手斧を持ち一同を引き連れて裏庭に出た。工房からかなり離れたところにぽつんと新作ゴーレム『ガーラッヘ』を立たせておいた。


挿絵(By みてみん)


 「背中に二本の……ハンマーか?やたら柄が長いようだが。それにしても随分遠くに置いてあるな」


 そう言って近づこうとするゼラを引き留める。


 「ちょっと待ってくれ。その前に実力を見せときたい。この手斧をここからあいつに当てられるか?」


 ほい、と手斧をゼラに渡す。彼女は意図が分からんと首を傾げた。


 「まぁまぁ、この手斧をソードケロスの角だと思ってさ。思い切り投げてくれ。それでアレが壊れても修理代とか請求しないから」


 「ホントにいいんだな?」


 ゼラの構えと同時に俺も魔操杖で『ガーラッヘ』にハンマーを一本握らせる。そのまま『ガーラッヘ』はハンマーを野球のバッターのように右側に構えた。


 「いくぞ!」


 ビュンビュンビュン!と唸りを上げながら回転する手斧が一直線に『ガーラッヘ』を目指す。目前まで手斧が迫ったところでゴーレムはハンマーを水平にフルスィングした。ハンマーの打突部分が手斧に見事に直撃し……。


 ドォォォォォォォォォン!


 「なっ、なんだ!?」


 突如起こった大爆発にゼラが狼狽する。事前に把握していた俺たち三人は耳をふさいでしゃがんでいたので被害は少なかったがそれでも耳がキンキンするし土ぼこりを結構かぶってしまった。爆発の煙の後には、ハンマーの先が無くなって棒だけになっている柄を持った真っ黒な『ガーラッヘ』が立っていた。


 「手斧を爆弾で吹っ飛ばしたんだ」


 「ば、爆弾!?」


 素で驚いているゼラが面白くて俺は重々しく、うむと頷いた。


 「ハンマーの中に起爆用の魔鉱石、それに反応する爆発魔法を封じた宝玉を18個詰めてある。爆弾ハンマーはあの残っている一本と工房の中に予備の一本。この二本でソードケロスの角をぶっ壊す。補充は出来ないから他の魔物との戦闘には腕についている剣を使わせてくれ」


 「大人しそうな顔して、物騒なものを作るんだな……」


 呆けた状態からやっと冷静さを取り戻したゼラが、こっちに歩いてきた『ガーラッヘ』をまじまじと見る。爆炎で煤だらけになり真っ黒だがそこは気にしていないようだ。


 「この両手の剣も強そうだし、なかなかカッコいいな。気に入った」


 「自分で作っておいてなんだがこの爆弾ハンマーはかなり強力だ。至近距離でソードケロスにぶつけるこの『ガーラッヘ』にもダメージが返ってくる。あと二回使えばコイツ自身壊れて動けなくなってしまうかもしれないが、そこは勘弁してくれないか」


 「わかった、そういう男気のある奴は嫌いじゃない」


 代金〆て銀貨93枚を支払ったゼラは『ガーラッヘ』を連れて意気揚々と帰っていった。その背中を見てリティッタがぽつりと呟く。


 「大丈夫ですかね」


 「俺の見立てなら五割以上で上手くいくと思う。それにあの性格なら失敗してもまたリベンジに行くだろう。とにかく久々にくたびれた。今日はもう寝よう」


 







 また数日後、ボロボロのゼラが棒を一本持ってやってきた。見覚えのある棒はあの『ガーラッヘ』の爆弾ハンマーの柄だ。


 「駄目だったか?」


 少し自信が無くなった俺が訊くと、ゼラはニヤッと笑い親指を立てた。


 「ばっちりやっつけてきたぜ。でも『ガーラッヘ』はバラバラにぶっ壊れちまった。悪い」


 「いや、ソードケロスが倒せたならそれでいいんだ」


 椅子を勧めて少し休んでもらう。ちょうど昼時だったのでリティッタにコーヒーとサンドイッチを頼んだ。


 「サンキュー……いやはや、長い事冒険者をやっているがあんな強くてしぶとい魔物は初めてだったな。『ガーラッヘ』がまず連続でヤツにハンマーを叩きつけて角は砕けたんだ。やっぱりゴーレムも衝撃で動きがおかしくなったんだけど、噛みついてくるソードケロスに剣で頑張って応戦してくれた。もちろんアタシらも全力で切りかかったんだがとにかくタフでさ、一人30回くらいは斬りつけたんじゃないかな……だいぶ長い間格闘していたよ」


 そこまで言うとゼラはコーヒーとついでに水も一気に飲み干してばくばくとサンドイッチも井の中に押し込めた。


 「あー、生き返る。美味い。お嬢ちゃんゴーレム屋よりメシ屋をやった方がいいんじゃないか?」


 「俺もそう言っているんだがな」


 「私がここを辞めたら、誰がご主人さまの面倒をみるんですか」


 連れなくそう答えて食器を下げていくリティッタの小さな背中を見てから、ゼラはニヤニヤとこっちを向く。


 「そんな目で見ないでくれよ」


 「いいじゃないか。この幸せ者」


 そんなんじゃないと言おうとしたところでゼラはよいしょと立ち上がった。


 「世話になったな。何か面倒なヤツに遭ったらまた来るよ」


 「ああ、待ってるぜ。ところで、この迷宮なんだが……地下50階より先に続きそうなのか?」


 「どうだろうな。特に今までと変わらないペースで続いてると思う。地下39階で砂漠迷宮と湖迷宮、それから45階で森林迷宮と荒野迷宮が繋がっていただろう?この先もそんな調子で接続階が出てくると噂されてるが、もう終点にたどり着いてしまっても不思議じゃあない。実際に自分たちで行って確かめるまではわからんよ」


 そう言ってゼラはじゃあなと立ち去った。開いたドアからは暖かい風が入り込んでくる。俺がノースクローネに来てから2回目の夏が近づいて来ていた。


 


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