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1-52 女戦士と剣トカゲ:前編


冒険者達はどんどんと迷宮探索を続け、遂に地下50階が目の前に迫っているらしい。冒険者では無い街の住人たちまでもなんだかざわざわと浮足立っているように見える。気の早い事で有名な『三国駱駝』の店主はもう50階踏破記念飲み放題セールをの準備を始めているとかいないとか。


当然冒険者向けの道具屋や武器屋も、50階一番乗りを目指す客がガンガン買い物をしていくので(酷い話では、他のパーティに強い武器や魔道具を使わせないように予備として複数買いしていくような連中もいるらしい)空前のバブル景気である。一番繁盛しているのは無理な強行軍で大怪我して帰ってくる奴らが入院する病院という皮肉な話がオチにつくのだが。


ざわめく街を見ながらリティッタも嬉しそうに口を開いた。


「50階到達ってすごい事なんですね、ご主人さま」


「だろうなぁ。俺が来た時にはまだ20階ちょっとってくらいだったし、俺はそもそもそんなに深い所まで続いていると思ってもいなかったよ」


「やっぱり凄い魔物とかいるんですかねぇ」


「そりゃもうとんでもないでかさのドラゴンとか首が10個くらいある地獄の番犬とか猛毒の息だけで100人くらい殺せる悪魔とかがうようよしてるんじゃないか?」


俺の与太話を聞いてひぃ!と青ざめるリティッタを見てハハハと笑う。


「そんな連中の退治は冒険者の仕事だ。俺らはその手伝いをする。さぁ帰って仕事の続きだぞ」


リティッタの買い物に付き合って街に来たのだがあまりのんびりはしていられない。三機くらいゴーレムの修理が来ているからだ。特にヒム達が使う盾ゴーレム『ルライア』の損傷が激しい。もう二回くらいアップグレードを図り盾も希少金属のリステラ鋼を使っているのに、なんか凄い強い牛の魔物に体当たりされたとかでバラバラになって帰って来た。


「チェルファーナさんの所も仕事大変そうですもんね」


「ウェインとデート出来なくてイライラしているだろうな」


「笑ったらかわいそうですよご主人さま」


冒険者のウェインはチェルファーナのゴーレムとコンビを組んで今は15階くらいを探索しているらしい。俺やチェルファーナが来てからソロでゴーレムを使いながら潜る冒険者も増えてきたようだ。よく修理やなんやででチェルの工房に通っていると聞くが、肝心の彼女とはまだまだ“清い”交際と聞く。


 工房に帰りドアを開けようとしたところで、後ろから声を掛けられた。振り向くと日焼けをしたガタイの良い体と長い赤毛、そして肩に担いだ巨大な片刃のバトルアックスが印象的な女が立っていた。俺より少し年上か、切れ長の鋭い瞳と肌に見える無数の切り傷から相当な戦いを積んできた猛者だとわかる。


 「あんたがゴーレムマスターのジュンヤ?」


 「そんな肩書を名乗った覚えはないけど、たぶんそのジュンヤだ」


 細かい事はいいや、と女は肩をすくめてバトルアックスの先をどすん、と地面に落とし杖代わりにした。


 「アタシはゼラ。『赤朱鷺の翼』というパーティのリーダーをやってる。仕事を頼みたくてやってきた」


 「いらっしゃい。まぁ中に入ってくれ」


 押し入り強盗ではなさそうなので、中の応接テーブルに案内する。半休をやったウーシアは釣りに行っているはずだ。


 「魔物退治用かい?」


 「ああ、砂漠迷宮の地下48階だ。凶悪な奴が巣食っててな、みんなバラバラにされちまう」


 「バラバラ……武器を使うんですか?」


 お茶を持ってきたリティッタがそう聞くとゼラは横に首を振った。


 「正確に言えば違うな。簡単に言うと二本足で歩くデカいトカゲだ。すでにいくつかのパーティがソイツにやられていて、ソードケロスと呼ばれている。鼻っ先に角が付いているんだが、この角がまさに剣のような形をしていてものすごい頑丈なんだ。剣で受ければ叩き折られ、盾で受ければ切り裂かれちまう。アタシのバトルアックスもこの有様だ」


 よくよく見れば、片刃だと思っていたバトルアックスには刃の反対側が破壊されたような形跡がある。もともとは両刃だったという事か。鋼鉄製の分厚い刃を叩き割って平気な顔をしているなら相当の強度を誇るのだろう。


 「なかなか難儀な相手だな」


 「こちらも少し手傷を負わせたので、回復しないうちに出来るだけ早くリベンジしたい。すぐ持っていけるゴーレムは無いか?」


 「んー、そう言ってもなぁ」


 剣対策と言えば前に『色眼鏡』の二人に作ってやったダンスサーベル対策のゴーレム『グラッヘ』(後から名前を付けた)がある。あれから他のパーティからもダンスサーベルの亜種との戦いに使いたいという依頼があり何台か作ったうちの一台が余っていたので、俺はそれを引っ張り出した。


 「こいつは剣をへし折る為に作ったゴーレムだ。今すぐ出せるのはこれくらいしかないけど、アンタの話を聞いてるとこの武器ごと切り裂かれて真っ二つになるような気がするな」


 謙遜抜きでそう言ったがゼラは『グラッヘ』の巨大ペンチを見てだいぶ気に入ったようだった。


 「いいじゃないか。変な形だが大きくて強そうな武器だ。いくらだ?」


 「銀貨で75。でもいいのか?保証はしないぞ」


 「いいさ、とりあえずぶつけてみる。銀貨75でカタがつくなら安いもんだ」


 慎重そうな性格かと思ったがやはり戦士という事か、少し先走っているようにも感じる。けれどそれは初対面の俺にはあまり関係の無い事だし買ってくれるというものを断る事も無い。


 「まいど。じゃあリティッタ、使い方を説明しておいてくれ。俺は仕事に入るから」


 「わかりました」


 「ありがとな、できるだけ大事に使うよ」













 数日後。俺の工房にまた、少しボロボロになったゼラがしょんぼりとやってきた。手にはバトルアックスでは無く先日売った『グラッヘ』のペンチの残骸を持っている。


 「すまん、壊されてしまった」


 「いわんこっちゃない」


 内心覚悟はしていたのでそれほど落ち込みはしない。しかし想像以上にバッサリとやられたようだ。この分では持っていた『グラッヘ』もひとたまりも無かっただろう。


 「悪いけど代金は返せないぞ」


 「それはいい、とにかく奴をなんとかできるゴーレムを頼む」


 ゼラはまたリベンジしに行く気まんまんらしい。こうなると俺たちも半分足を突っ込んだようなもんだ。本腰を入れて対策を考えることにした俺はゼラに話を詳しく聞く事にした。


 「普通の武器でも傷をつけられるのか?」


 「ああ、皮はそこそこ固いがアックスが通じないほどじゃない。一撃離脱というか角を向けてすごいスピードで突っ込んでくるからこちらも攻撃を当てるのが大変なんだけど」


 「一撃離脱、か」


 もう一度壊されたペンチを見る。鋭利な断面というよりは無理やり押し切られた跡だ。金属でもないトカゲの角がここまで出来るというのが脅威ではある。


 「例えば、角を避けて首根っこを押さえこむというのはダメかな」


 「結構な力があるし、抑え込んだ奴を角で切りつけるかもしれない。あれで結構器用なようで剣さばき?も上手いと感じた」


 (やはり角をなんとかしないといかんか)


 俺はそのソードケロスとかいう魔物の角を破壊する方向でゴーレムを作る事にした。固いだけの生体組織なら何かしら方法はあるだろう。


 「だいたいわかった。時間が惜しいだろうが三日ほど時間をくれ。なんとか作ってみる」


 「わかった。よろしく頼む」


 一度リベンジに失敗したことで少しは冷静になったのか、ゼラはそう言ってとぼとぼと帰っていった。


 「ダンナさま、大丈夫か?」


 あの屈強な女戦士が二度も負けたと聞いて少し心配になったのか、ウーシアが俺の後ろで呟くように訊いた。振り返らずに道具の準備をしながら答える。


 「ゴーレムだけで相手を倒せ、と言われたら無理かもしれない。でもそいつの角さえ破壊すればいいのなら何かしらやりようはあるだろう。ウーシアはリティッタと『ラッヘ改』フレームの準備に入ってくれ。俺は新しい武器を考える」


「了解だ」


「わかりました!」


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