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1-51 姫様と新たな従士


久しぶりに強い雨の降る朝、俺は誰かに起こされるように目を覚ました。雨の音のせい……というよりは、何か予感めいたものを感じたように思う。


(……)


寝床のハンモックから降りた俺は二階には行かずに、最近応接スペースの奥に増設した小さな竈に火を起こす。お茶を淹れるために二階に上がるのが面倒で作ったものだ。湯気を上げながらコトコトとコンロの上で揺れるポットをぼんやりと眺めていると、かすかに雨音に混じって扉を小さく叩く音が聞こえた。俺は湯の沸いたポットをコンロから下ろすと静かにドアを開ける。


「いらっしゃいませ」


そこには、予想通り傘を差したあの美しい姫様冒険者のソフィーヤが立っていた。麗しい高級な絹糸のような金髪が濡れて光を弾きより美しさを増している。しばし見とれていると彼女は丁寧にお辞儀をした。


「ごめんなさい、いつも朝早くから」


俺は気にしてませんよというように肩を少し上げてから中にソフィーヤを案内する。


「そろそろいらっしゃる頃かなと思って、お茶の用意をしていたんですよ」


「ジュンヤ様は、機械の技術だけでなくおまじないの才能もおありなのですか?」


俺の冗談を真に受けて目を大きくするソフィーヤ。ハハハと笑いで答えつつ俺は彼女を座らせて様子を観察した。


(綺麗にしてはいるが、やはり鎧やマントにはあちこち損傷がある。激しい戦いを重ねているんだろう)


「その様子ですと『ヴァルケルフ』の方もだいぶキズまみれになっているようですね」


俺の軽口にソフィーヤや申し訳なさそうな顔をすると、俺から受け取ったティーカップを置いて貸し与えた魔操杖を取り出した。それから工房の空いているスペースに愛機、『ヴァルケルフ』を召喚する。


「コイツは……」


現れたゴーレムの姿に俺は驚きで不覚にも言葉を失った。四肢は保っているものの全身の鎧は凹みと亀裂だらけ。盾は失われ、自慢のブレイドランスは真ん中から折れている。辛うじて火器の『火蛾の番』は無事のようだが、頭部のセンサーも破壊されていてほぼ戦闘能力が失われている状態だった。ここまでダメージを受けて修理に持ち込まれたゴーレムも珍しい。


「これじゃあ、とても護衛騎士など務まりませんな」


「すみません。出来るだけ大事に使うよう心がけているのですが」


ソフィーヤは本当に申し訳なさそうに眼を伏せた。俺は気にしないでくださいと彼女の肩に手を置く。


「迷宮の奥に行けば行く程魔物も強くなります。こうやって貴女が無事でお帰りなのでしたら、俺は充分に満足ですよ。……しかし、これは修理に結構かかりますね」


「お金ならお支払いします。ジュンヤ様の無理でないペースで直して頂けたら……」


ソフィーヤはそう言うとゴロゴロと革袋から宝石や古代金貨を出した。素人目でもどれも銀貨100枚は下らないものばかりに見える。


「わかりました、急いで修理しましょう。それと……もし良ければもう一台ゴーレムを用意しましょうか?」


「もう一台……ですか?」


意外そうな表情のソフィーヤに頷いて見せる。


「少しは『ヴァルケルフ』もパワーアップさせるつもりですが、さらに先に行かれるのであればコイツ一機では遠からず限界を迎えるでしょう。もう一台……援護型のゴーレムがあればより魔物を制しやすくなると思いますが」


「正直私も『彼』と二人で進むことに限界を感じつつありました。でも私に二台のゴーレムを使いこなす事は出来るでしょうか?」


「慣れればそんなに難しくはないですよ。丁度仕事も落ちついていますから取り掛かりましょう。しかし……」


言い淀む俺にソフィーヤは?と首を傾げた。俺は客のプライベートにはあまり踏み込まない主義だが、あまりにも気にかかるので意を決して口を開く。


「何故、そこまで急いで危険な迷宮の奥を目指すのです?財宝や名声目当てでは無いとお見受けしますが……」


工房の中に沈黙が流れる。いや、強くなった雨が窓を叩く音だけが。その時間があまりにも長く続き俺の首元に嫌な汗を滲ませた頃、ソフィーヤはようやく口を開いた。


「宿命、なのです。私の」


「宿命?」


聞き返した俺をソフィーヤは真剣な目で見つめ返した。まだ少女と呼んでもいい幼い顔が強張っているのを見ている俺の方が、肺を握り潰されそうになる。


「おっしゃる通り、私の目的は普通の財宝ではありません。この迷宮に隠された大事な……強い力を持つ宝玉を集めなければならない使命があるのです。深い奥底にあるそれらを誰よりも早く集めなければなりません」


「強い力……何のためにそれを?」


「今は……ジュンヤ様にも明かすことは出来ません。しかし、私の名誉……いや命にかけてこの街の人々を脅かすような事には使いません。信じてください」


必死にそう言うソフィーヤを見て、俺は穏やかな表情を見せるように最大限努めた。


「信じますよ」


「ありがとう……ございます」


俺の言葉にホッとしたように息を吐くと、ソフィーヤは冷えた両手を温めるためか紅茶のカップを両手で包んだ。俺は全力でこの仕事にあたる決意をして(宝石や金貨に目がくらんだわけでは無い、と自分に言い聞かせて)作業の準備を始めた。


「修理と新しいゴーレムの準備に六日はかかります。急ぐ気持ちはわかりますが、少し街で休んでください」


「わかりました、何卒よろしくお願いします」


そう言うとソフィーヤは小さく礼をして席を立った。雨の中去っていく彼女を見送った後ティーカップを方付けようと(そのままにしておくとリティッタがすごく怒る)した時。


(ん?)


ソフィーヤに出したカップの紅茶は少しも飲まれた形跡が無いように見えた。


「口に合わなかったかな……?」










「お姫さま、来てたんですか」


珍しく遅く起きてきたリティッタがベーコンエッグを焼きながらソフィーヤに会えなかった事を惜しんだ。脂のが香ばしく焼ける匂いが俺の眠っていた食欲を叩き起こした。


「ああ、ホントにすれ違いくらいだった。それより急いで持ってきてくれ、腹と背中がくっついちまう」


全く、世話の焼けるご主人さまですねとぶつくさ言いながらリティッタは朝食をテーブルに並べてくれた。ブラウンバターの乗ったトーストをたまらず手に取り齧りつく。


「私も一度会ってみたいものだな」


ウーシアはミルクを飲みながら呟いて、それから工房の奥で修理デッキに寝ている『ヴァルケルフ』を見た。


「あそこまでゴーレムを酷使する女の子と言うのは凄く気になる」


「気品があって、穏やかな人ですよ。受け取りに来る時にきっと会えますよ」


ニコニコとリティッタはパンにジャムをつけてウーシアに渡す。彼女はパンを焼かない派らしい。俺は次々とベーコンエッグにサラダを平らげて、コーヒーに手を伸ばした。


「もう、そんなに急いで食べちゃダメだって言ってるじゃないですか」


「とにかく久しぶりの大仕事だ。しばらく寝る時間も減るだろうが、それに見合う金は貰っている。みんなで頑張ろう」


リティッタの小言を聞き流して俺は大きめの黒板を取り、ガリガリとチョークでみんなのスケジュールを書く。ウーシアはまず『ヴァルケルフ』の装甲修復。リティはゴーレムの部品の発注に歯車やネジの補充。俺は新しいゴーレムの設計と武器の開発。全員ばらばらの作業だけど全員が力を合わせないと終わらない。ソフィーヤもそれほど待ってはくれないだろう。


 (中距離支援をさせるとなると弓か……前に作ったクロスボウでは貧弱だしブーメランは危ないし。どうするかな)


 ゴーレム本体の設計をしながら支援する武器の事を考える。火力と精度を重視するならおのずと選択肢は限られてくるのだが……。


 「気が進まないが、ソフィーヤならうまく使いこなしてくれるだろう」


 俺は悩みを切り捨てて最善と思われる策を取ることにした。新ゴーレムの右肘から下を丸ごと別のフレームに差し替え、長いレールを設計する。そこにつながるベルト状のパーツと精度の高いセンサーを腕にも搭載する。頭と腕の二点のセンサーで敵の位置を立体的に把握して命中精度を上げるためだ。リンクさせるための回路も必要なので少し作業が大変になる。


 ウーシアの方は作業量は多いものの着実に修理を進めてくれている。この数か月でずいぶん成長したもんだ。リティッタも歯車の加工ができるようになって生産性がだいぶアップした。少し前から二人の給料は同じにしている。


 「ウーシア、どのくらいかかりそうだ?」


 「胸の装甲は今日中に終わるだろう。明日は両腕で明後日は両足。もう一日で盾と仕上げとなると最速でも三日必要だな」


 「四日使っていい。ケガに気を付けて頑張ってくれ」


 「新しいゴーレムはどんな武器にするんですか?」


 そのリティッタの問いに俺は作っていた筒状の物体を見せる。直径2.5センチの穴を持つ鉄の筒


 「銃を使うゴーレムだ」


 「銃……遠い国の軍隊で使われてるとか聞きましたけど」


 急に不安そうな顔になるリティ。


 「ああ、魔法に匹敵する殺傷力に誰でも使える利便さがあるから暗殺にも用いられる。だから危険な武器なんだけどソフィーヤならそんな事には使わないだろう。基本的に俺は客に銃を作らないことにしていたんだが今回に限って作ろうと思う」


 「わかりました」 


 事情を話したところでリティッタには弾丸と薬莢も作ってもらう。俺が作るのは単純な種子島的ライフルでライフリングも無い。弾丸は小さな鉄球三つの後ろに火薬を詰めたものを丈夫な紙で包んだものを40用意する。


 俺は『ディゴ』フレームをベースに銃ゴーレムを組み立てていく。センサーの同調に予想外に手間取るがそれ以外は順調だ。心配していた給弾システムも問題なく動いている。


 翌日、俺は久しぶりにゲイルズ武器百貨店に向かった。安くていい盾があればそれを買った方が早いと考えたからだ。無いとは思うけどブレイドランスの新品もあったら買いたい。まず盾売り場を覗きに行く。


 (そう都合よく安くていいものは無いか)


 品質のいいものはやっぱり高価だ。ソフィーヤがこれから向かう階層の事を考えると安物の盾で済ませるわけにはいかない。ウーシアに頑張って丈夫なものを作ってもらおう。俺は次に槍売り場に向かう。


 「え」


 俺はそこにあったものを見て一瞬固まった。前に買ったブレイドランスがまたそこにあったからだ。しかも名前が『ネオブレイドランス』となっている。前のものより少し刃の部分が長く頑丈になっていて、他にもいろいろと改良されているようだ。俺がまじまじとそれを見ていると店員が近くに寄ってきた。


 「いらっしゃいませ。こちらのランスいかがですか?」


 「これ、ネオって書いてあるけど前のものはそんなに売れたのか?」


 俺の質問にまだ若い店員がポリポリと頭を掻いた。


 「いやあ、実はあのブレイドランスも一点物でなかなか売れなかったのですが、一本売れたと聞いて作った鍛冶師が喜んで改良型を作ったわけでして……。正直コイツももう2か月ここに置いたままなんです」


 先代と一緒じゃないか……値札を見ると銀貨40枚に×を書かれてその下に18枚と書き直されている。これも縁だろう、俺はその値段でネオブレイドランスを買うことにした。壊れた前のランスを直すより時間的に余裕が出る。


 「買っていただけるんですか!いやあありがたいです!」


 「売れたことをその鍛冶師に言わない方がいいんじゃないか?」


 「そうなんですが……割とこまめにこの店に来ては売れてるかどうかを見るんですよね。隣の街からはるばる売り込みに来るのでなかなか無下にもできず」


 困った鍛冶師だな。まぁ俺には関係のない話だ。願わくばその鍛冶師がスーパーブレイドランスなんてものを作らなければよいが。


 数日後、『ヴァルケルフ』の修理が完了した。全身の鎧は前より1割厚く、その重さに耐えるため各部の関節も強化。魔動力炉も30%出力を向上させた。新しい武器、ネオブレイドランスには同じように火蛾の番を内蔵させて、さらにランス内に火の魔法を収束強化する魔法のリング(メルテの店でまた安く買い叩いてきた)を組み込んだ。


 そしてもう一体、新しい銃ゴーレムが仕上がった日にちょうどソフィーヤも俺の工房に訪れた。


 「ちょうどよかった。完成したところですよ」


 「まぁ、なかなかスマートなゴーレムさんですね」


挿絵(By みてみん)


 右腕の肘から先が丸々ライフルになっている射撃型のゴーレムだ。その分装甲は軽めに抑え機動力や運動性を保持している。その攻撃力は弓やクロスボウの10倍はあるだろう。


 「『エルディゴ』と名付けました。銃火器を使います。人は撃たないように制限をかけていますが……うまく使いこなしてください」


 俺の言葉にソフィーヤは真剣な表情で頷いた。


 「わかりました。危険な武器なのでしょうが、これからの私には必要となるでしょう。ありがとうございます」


 「ソフィーヤさん、これを」


 俺の後ろからリティッタが顔を出し小さな包みを差し出した。


 「清めの聖水に漬けた薔薇が入っています。お守りになると聞いて……」


 「まぁ、ありがとうございます」


 ソフィーヤはそれを受け取り大事そうに腰のポーチにしまい込んだ。


 「絶対、無理はしないでくださいね。またうちの工房に来てください」


 「はい、必ず」


 お世話になりましたと丁寧にお辞儀をして、ゴーレムをマナ・カードにしまったソフィーヤは立ち去って行った。不安だが、ここまで戦ってきた彼女が無謀な事はしないだろう。俺はソフィーヤを信じ黙って見送った。


 「本当に不思議な人だな。何の根拠もないが本当に王族のような気品がある。何で迷宮探索をしているんだろう」 


 ウーシアの言葉に、俺も同意だと頷いた。


 「何かしらの深い事情があるらしいが……詳しい話は何も聞いていない。冒険者でない俺にはゴーレムを作ることでしか協力はできないしな。無事に帰ってくる事を祈ろう」


 気持ちを切り替え、ぱんぱんと手を叩いて振り返る。


 「さぁ、俺たちの客は彼女だけじゃない。修理依頼のゴーレムが溜まっているぞ、今日も頑張ろう」


 「わかりました!」

 


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