1-48 コックと料理
よく晴れた秋の終わり頃。俺たちは至極見晴らしのいいレストランで食事を取っていた。
「凄いですねぇ、湖のはじっこまで見えますよ」
「あっちの望遠鏡なら隣町まで見えるらしいぞ」
「ホントですか?後で見ましょうねウーシアさん!」
酷くはしゃいでいるリティッタをわかったわかったと相手するウーシア。何だかんだで彼女の方が年齢的に落ち着いている。そのウーシアが背後の方を振り返り、それから視線だけをこちらによこした。
「“えれべえたあ”も順調みたいだな、ダンナさま」
「ああ、思った以上にな」
俺たちが食事をするテーブルの後ろには巨大な鉄の箱があり、時折ドアが開いて人が出てくる。先日仮オープンしたクローネリアタワーのエレベーターの最上階だ。ここには展望デッキと予約制のレストラン(夜はバーになる)があり、市長はこれを観光名所にして冒険者以外も街に呼び込もうという考えらしい。
その最大の肝が70メートルを駆け上るこのゴーレム動力のエレベーターだ。チェルファーナの作ったハイパワーゴーレム三台がケーブルを巻きあげたり下ろしたりしてエレベーターを上下させる。安全装置としてレールに緩降装置、下には大量に水を吹きあげてカゴを受けとめる魔法陣を書いて貰っているが今のところ順調に稼働している。ケーブルやゴーレムも定期的に交換するよう市長には指導しているのでこのままいけば安全に運用できるのでは無いだろうか。
分厚いステーキにナイフを入れると予想以上に柔らかい。あの市長が高級レストランと自慢するだけの事はある。
「なんとかホテルより美味いかなこの店」
「ホテル・リャンパーニですよ。そうですねぇ……同じくらいには美味しいと思いますね」
なるほど。今日はエレベーターの点検ついでに(市長の奢り……というか点検代代わりに)レストランに来たのだが、これは結構得をしたかもしれない。久しぶりに高級な店に来れてリティッタもウーシアも満足そうだ。社員の喜ぶ顔を見るのは経営者として嬉しい。
そこに、背後から聞き覚えのある声がしてきた。
「あ、ジュンヤ達じゃん」
「ホントだ、久しぶりー!」
嫌な予感に振り向くとやはりそこにはプレク達『レデュカの涙』の三人がいた。俺たちだって上等な服を着ているわけでは無いけども、武器を持っている上にどちらかと言えば半裸に近い彼女たちの格好はレストランの中で酷く浮いている。
「やぁ、こんなとこで会うなんて奇遇だな」
「商店街の福引きで招待券が当たったんだ。せっかくだから食いに来たんだけど……」
「メシは上等だが、私たちのような冒険者には少し入りにくいな」
「ちゃんと着替えれば大丈夫ですよ」
リティッタの言葉に苦笑いしながら肩をすくめるプレク達。
「まぁいいや、また相談に乗って貰いたいことがあるんだ。これから時間あるかな」
「ああ、いいよ。用事も済んだし……リティ、ウーシアと二人でしばらく楽しんでから帰ってきていいぞ。俺は先に工房でコイツらと仕事の話をしてるから」
やった!と喜ぶリティッタとウーシアを置いて、俺はプレク達とタワーを下りる事にした。それから少し離れた馴染みの酒場に入り、適当に串と酒を注文する。
「いいの?可愛いあの子が怒っちゃうよ」
一応ジムマが心配してくれるが、俺はいいよいいよと手を振った。
「たまにはこういう店で飲まないとな。ああいう店は肩が凝っちまう」
「そうそう、ジュンヤの言う通り」
「アンタはいつもココで呑んでるじゃん」
とりあえずビールで乾杯をして話を聞く事にする。
「それで今度はどんなゴーレムが欲しいんだ?」
「いやー、アタシらもどんどんレベルアップしてるから戦力的には問題ないんだけどさぁ」
「迷宮に入ってる時間がこう長い上にアッチの方も我慢してるとさ、もう食欲を満たす事くらいしか楽しみが無いんだよね」
ふむふむと頷く。確かに暗い迷宮の中では食事くらいしか楽しみが無いだろう。だがこの話の流れだと……。
「もうガチガチの燻製肉やガサガサのビスケットばかりは嫌なんだ。というわけで料理が出来るゴーレム作ってくれないか?」
「へ?」
さすがの俺も一瞬言葉を失った。食材を冷蔵できるゴーレムでも作らされるのかと思ったらまさか調理する方のゴーレムを要求してくるとは。言っちゃ悪いが俺は料理に関しては知識も技術もほとんどない。
「ざ、材料とかどうするんだよ」
「保冷の魔法とかあるし普通に持ってくけど。何だったら食べられそうな魔物の肉でもいいし」
「えー、ホントにあいつら食えるのー?」
「とにかく」
ロパエが酒瓶を取ってワインを注ぎながら続ける。
「あったかいスープとか早く作れると嬉しいんだ。火を通したり温めたりするのに時間がかかるとそれだけ寝る時間や探索する時間も減るから」
「魔法でぱーっと温めようとしても結構火加減が難しいんだよね。下手したら魔物に炎魔法ぶつけるより精神的に疲れちゃうもん」
「わかるが……つったってなぁ」
ぼりぼりと俺は頭を掻いた。いろいろなゴーレムを造ってきたがまさかこんな用途まで求められるとは。
「少し時間をくれ。ほんとに専門外の事なんで上手く作れるかわからん」
「ああいいよ。アタシたちももし出来たらラッキーってくらいの気持ちだし」
工房に帰り一人考える。
(スープが欲しいという気持ちはわかる。疲れていても飲みやすいし、栄養のバランスも整えやすい。消化の面から言っても冒険者の食事に最適だ。問題はこれをどうゴーレムに作らせるか……)
「ただいまでーす」
唸っている所にリティッタが帰ってきた。やはりこういうのは自分より上手い人に聞くしかあるまい。
「おう、お帰り。ウーシアは?」
「そのまま夜釣りに行くって湖に行っちゃいました。明日の朝ごはんは焼き魚ですよ」
「本当に釣りが好きなんだなぁ……まぁいいや、リティッタちょっと教えてくれ」
なんでしょう?と歩み寄ってくるリティッタに俺はプレク達からの依頼を話した。
「お料理を作るゴーレム……?ゴーレムってお料理作れるんですか?」
「ある程度パターンを組めば、数種類の料理は出来るかもしれない。コンロを付け加えるのは難しくないからな。しかしスープとか俺は作ったことが無いんだ、そこんとこ教えてくれ」
「そうですか。私の実家の料理になっちゃいますけどそれでよければ」
助かる、と言って俺はメモの用意をした。リティッタ先生がごほんと偉そうに俺の前に立つ。
「スープと簡単には言いますがいろいろな種類があります。裏を返せば味や材料を変えることで飽きの来ないようにすることも難しくはありません。例えば野菜メインのスープとお肉メインのスープは全然違います。パスタを入れればスープスパにもなりますし、リゾットのようにして食べる事もできますね。大事なのはダシで、これはお肉やお野菜をベースにしたものを煮込むことで作ります。後でレシピを書いておきますね」
「なるほどなるほど……じゃあスープを作る事を専門にしたゴーレムでもいいのかな」
「それだけだと飽きるので、可能なら鉄板料理とかもできるといいかもしれませんね」
さすが料理となるとリティッタは頼りになる。俺の頭の中でとっ散らかっていたアイデアが急速に具現化し始める。
「なんとなくわかってきた。サンキュー、とりあえず手を動かしてみるよ」
「頑張って下さい。今夜はハンバーグを作りますね」
ハンバーグはこちらの世界でもハンバーグと言うのか。何か感動を覚えながら俺は料理ゴーレムの設計に入った。
(取りあえず背中に三人分のスープを作れる寸胴鍋、その下にコンロ……材料を切る装置とダシガラをすくい出す機能もいるな。調味料のケースは……三つくらいあればいいのか?うーん難しい)
図面を何度も書き直しながら、設計を進めていく。歩行スピードは前に作った荷物持ちゴーレムと同じにしておくとして、もし移動中にダシを取るとなれば熱湯を背負いながらの移動になるからバランサーには力を入れなければならない。結構コストの高いゴーレムになりそうだ。
次の日、リティッタにアドバイスを受けながら試作ゴーレムを組み立ててみる。野菜をみじん切り出来る細かい腕の動きの調整、安定した火力の維持、鉄板料理をするための関節……魔物を倒すのとは違う精密さを求められて、歴代屈指の調整の厳しいゴーレム製作になってしまった。
「いつもより細かい歯車ばかりだな……」
額の汗を拭いながらウーシアがボヤく。小さい歯車の溝を一つ一つ手作業で掘って噛み合わせの具合を確かめているので手首にも相当負担がいっているハズだった。
「みじん切りする時のナイフの力の入れ具合と上下運動の速度が両立しにくいな……食材によって抵抗も変わってきちまうし。まさか一々これは野菜ですこれは肉ですと作業する前に入力するわけにもいかんしなぁ」
「パワーを上げたらどうなんですか?」
「まな板が傷つくし折角切った食材もバラバラに散らかっちゃうかもしれない。そうなったらもったいないだろ」
マナ・カードの数値入力ももう8回目だ。力の圧力調整にバランサー制御値に火力管理で入力領域がもう一杯になりつつある。これ以上複雑な式にするとダブルスロットにしなくてはならない。そうするとざっと売値で銀貨100枚をオーバーしてしまう。
「たかが、って言っちゃいけないが料理ゴーレムをそんな値段で買うものだろうか」
ウーシアの指摘はもっともだ。俺はいったん作業を中断する事にして、ウーシアには気分転換にプレク達に事情を話しに行ってもらう事にした。残った俺とリティッタはあちこちに散らかった部品の整理や掃除をする事にする。
「ご主人さまって元いたところではご飯どうしてたんですか?」
「師匠の所でなら、俺が適当に肉を焼いたり麺を茹でたりしてたな。味付けは塩と胡椒だけで、師匠は俺のゴーレム作りの腕は褒めてくれたが料理の方は三流以下だって毎日文句を言っていたよ」
はぁ……とため息をつくリティ。
「じゃあ地球ではどうされてたんですか?お母さんとか……彼女さんとかに作ってもらってたんですか?」
「いや、学校を出てからは一人暮らしだ。食い物に無頓着だったからなー……でも地球では弁当が手軽に買えたからそんなんばっかだった。もう少し自炊しておけばよかったよ」
「本当ですよ。もったいない」
「でも今はリティッタがいるから全然いいな。俺の体の1割くらいはもうリティッタの料理で出来てるだろ、きっと」
何気なく言ったその言葉に、リティッタが顔を真っ赤にした。
「……じゃ、じゃあ、あとどのくらい食べたら10割になりますか?」
「そりゃあお前……あと60年くらいはかかるんじゃないか?」
「先は長いですね……」
それきり、俺たちは黙って二人で掃除を続けた。
「おおおお!これが頼んだ料理ゴーレムか!」
リティッタとウーシアがシートをはがした中から出てきたゴーレムにプレク達が興奮する。結局彼女たちはどうしても料理ゴーレムが欲しく、銀貨110枚払ってでも作ってくれという希望だったからだ。俺たちもその期待に応えるべく一生懸命に仕事をした。
「この背中の鍋がコイツの本体みたいなものだな。普段の移動中は歩きながらダシをとる。キャンプ地に着いたらダシガラを引き上げて、スープの具材と調味料を入れて煮込む。具材はこのまな板でゴーレムが適当に刻むんだがこの適当さの調整が難しかった……スープだけでなくシチューや煮込み料理も作れるようにしておいた。少しはいい食生活が送れると思うぞ」
「ありがたい、これでまた元気に迷宮に挑めそうだ」
ロパエが満足そうに頷いた。それから持っていた銀貨の袋を渡してくれる。
「いつもありがとうね、ジュンヤ」
「どういたしまして。こっちも珍しい仕事が出来ていい経験になったよ……しかし荷物持ちにコックのゴーレムを引き連れて潜るなんてのはロパエ達だけだろうな」
くっくっと笑うと三人も確かにそうだなと大笑いした。
「じゃあ潜ってくる。財宝見つけられたらみんなでこないだのレストランにメシ食いに行こうぜ」
「おう、期待してる」
意気揚々と迷宮に向かう三人の背中を見送ってから俺は傍らのリティッタに聞いてみた。
「リティにもあのゴーレム作ろうか?家事が楽になるだろ」
しかしリティッタは俺の方を見てから目を伏せてふるふると首を振る。
「ちょっと欲しくなりましたけど、いいです」
「なんでだ?」
「いいんです。さぁ、一仕事終わったし片つけてご飯にしましょう」




