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1-47 タワーとチェーン:後編




翌日、俺の工房にはバーラムと市役所の職員のオヴィルがやってきた。


「そんな訳で二人にはエレベーターの仕事を手伝ってもらいたい」


「昨日軽くウーシアから聞いたが……クソ長い針金をたくさん作ればいいのか?」


あまり気乗りしない顔でバーラム。確かに鍛冶屋としては退屈な仕事かもしれない。


「かなり大量生産になるから大きな仕事になるよ。新人に回すのにぴったりだろう」


「そうかもしれんがなぁ」


「私は何を担当すればよろしいので?」


相変わらず微妙そうな顔でウチのコーヒーを飲むオヴィル。そのくせしっかり最後まで飲みきるからよくわからん。


「図面はこっちで用意するから、オヴィルは現場で職人に指示を出してくれ。材料の手配と費用の管理も頼む。俺は忙しいからこの図面の金額だけ貰ったらそれでいいから」


「ブン投げ、と言う事でございますか」


「元々市の仕事だろうが……」


苦情を言いたそうな顔のオヴィルに俺も言い返す。だいたい建造前に言ってくれればもっと楽に事を進められたのに。


「そう言われますとこちらとしても肩身が狭いですな」


「技術的なトラブルの対応には顔を出すからさ、実務面と金銭関係は頼むわ」


「たらい回しのようで納得行きかねますが、ジュンヤ殿には我々も少なからず世話になっておりますのでお受けしましょう」


良かった、意外と素直に引き受けてくれた。渋い顔をしながら帰って行く二人をお見送りしてから、本業のゴーレムの設計に入る。


「どんなゴーレムにするんですか?」


「激しい光で攻撃って言ってたから、その線で攻めよう。倉庫には鎖の在庫はあったかな?」


「こないだ使いきっちゃった気がしますけど」


「鎖くらいならワタシが作ろう」


 ゴーレムの剣を研いでいたウーシアが振り返って言ってくれた。前よりも鍛冶の腕も上がり、武器だけでなくいろいろなものを作ってくれている。俺は手近な紙にさらさらとスケッチを描いてウーシアに渡した。


 「頼む。それから鎖の先にこんな物もつけて欲しい。リティッタは街で頑丈なガラスの球を2個探して買ってきてくれ」


 「?」


 それぞれ頭に疑問符を浮かべる二人にいいからいいからとウィンクして、俺はゴーレム本体の改装に入る。精密さが欲しいので『ディゴ』フレームをベースに、両肩のトルクを1.8倍に引き上げる。両腕での同時攻撃を可能にするためだ。

 頭には念のために遮光ゴーグルを取り付けて、敵の怪光線とこちらの閃光攻撃からセンサーを防護する。マシンゴーレムが敵を認識するのは温度や振動センサより人間と同じく映像情報の割合が大きい。怪光線がどんなものかはわからないが用心した方がいいだろう。


 (発光用の機械と攻撃に同期させるマナ・カードが必要だな……コンバーターと巻き上げ機もだ。コイツにもいろいろ作らないと)


 新しいゴーレムを造る喜びは、また新たな苦労を伴うことでもある。よって趣味と仕事は一緒にしてはいけないと思うのだが、この喜びがあるからゴーレム屋は辞められない。


「因縁、ってやつかな」


独り言を言いながら追加のフレームを乗せてボルトで繋ぐ。魔動力炉、マナ・カード収納部、筋肉代わりの太いバネにオイルシリンダー。魔法と機械と言う異なる技術を頭を切り替えながら組み合わせてゆく。


明けて次の日、俺は気分転換を兼ねてチェルファーナの工房に顔を出すことにした。サボっているとは思わないけどもどのくらいでゴーレムが用意できるのか把握しておきたい。ノックをして入ると、そこには建造途中のゴーレムの間で談笑する男女がいた。チェルファーナと、見かけない若い冒険者だ。少なくとも俺の店に来たことは無い。


「よう、仕事は順調か?」


「だからノックして返事待ってから入ってって言ってるじゃない!」


「まぁまぁ、そう怒ったら可愛い顔が台無しだぞ、なぁ?」


チェルファーナの怒りを軽くいなしつつ冒険者の方に話を振る。若い……まだ16くらいか?マーテよりも少し暗い髪の剣士と思しき男も笑った。


「そうですね、勿体ないよ」


「からかわないでよ、もう!」


同世代という事もあり、二人は結構気さくに話す間柄のようだ。俺は若い冒険者に手を出しながら自己紹介する。


「すぐそこでゴーレム屋をやっているジュンヤだ。よろしく」


「ウェインです。見ての通り駆け出しの冒険者です。よろしくお願いします」


素直で明るい感じの挨拶に俺も好印象を覚えた。むさ苦しい冒険者連中の中では珍しいタイプだ。


「楽しくおしゃべりしてるとこ、邪魔して悪かったな。ちょっと市長から頼まれてる仕事の話があってさ」


「いえ、自分もそろそろ行かないと……じゃあチェルファーナさん、よろしくお願いします」


「あ、うん。出来るだけ早めに作っておくから……暇な時にまた来てくれる?」


了解です、と爽やかに答えるとウェインは工房のドアの向こうに行ってしまった。チェルファーナは結構な間……五秒くらいか、彼の閉めたドアを見つめている。俺はわざとその背中に回って声をかけた。


「どうなんだ、チェルファーナ」


「べっ、べべべ別にまだ付き合……ご、ゴーレムならあと二日半もあれば用意できるわよ!」


振り返りざま、ニヤニヤしている俺の顔に唾を吐きかけながら顔を真っ赤にして言うチェルファーナ。


 「別に俺は、チェルがちゃんと仕事をしててくれればそれでいいさ」


 「じゃあさっさと帰りなさいよー!」


 「いいじゃねぇか、彼氏も帰っちゃったんだし」


 「だからまだ彼氏じゃないんだってば!!」


 ジタバタと暴れるチェルファーナを見るのは本当に楽しい。と、机の上にあったスケッチとメモ書きが目に入る。


 「今の、ウェインの依頼のゴーレムか?随分スピード重視みたいだけど……」


 「そうね。私もパワー型の方が得意なんだけどって言ったんだけど作ってくれって頼まれちゃったから、何とか工夫してやってみるつもり」


 少し見ただけでも際どいバランスのゴーレムに見える。しかし何事も経験だろうと思い俺は特に助言する事は控えた。チェルファーナももう素人でもなし、うまくやるだろう。工房に立っている3体の作りかけのゴーレムの方に視線を移す。どれもがっしりとしたパワーの出そうなゴーレムだ。


 「こっちも順調そうだな。さすが首席卒業、安心してられそうだ」


 「当たり前でしょ。こっちの方はともかくエレベーター本体の方は大丈夫なんでしょうね」


 「俺もエレベーター屋じゃないからなぁ。ま、みんなで頑張ればなんとかなるだろう」


 「ジュンヤもちゃんと頑張るのよ!」


 へいへいと言って早めに退散する。それから鍛冶ギルドと市庁舎、タワーの方にも顔を出しに行く。バーラムはタワーの方で作業に入っていた。


 「バーラム、調子はどうだい」


 「ジュンヤか」


 作業場から離れたところでタバコを吸っていたバーラムが振り返る。


 「鉄がすごい必要になるがあの市庁舎のボウヤが順調に仕入れてくれるから、材料的には何とかなってる。手間取っているのは……ええとケーブルだったか。あの鉄のロープみたいなの。アレがすごく面倒くさい。おまけに6本も作れってんだからよ」


 バーラムが文句を言っているのはエレベーターを吊り上げる鋼鉄ケーブルの事だ。70メートルの頑丈な縄を中心に細い針金を編んで作った金属のロープを編んで強靭なケーブルにする。それを3本ゴーレムが巻き上げてエレベーターを上昇させるという訳だ。あとの3本は予備で作ってもらっている。どうせ疲労で切れるのだから、あらかじめ用意してもらおうというわけだ。

 とにかくその長くて細い針金をこしらえるのが大変なようで、技術的には不可能ではないものの作っている途中でもげたりすると最初からやり直しになるので酷く歩留まりが悪いらしい。


 「文句なら市長に言ってくれよ」


 「お上には逆らわないのがウチのギルドの方針なんだ」


 「じゃあ諦めるこったな」


 俺の少し冷たい言いざまに、バーラムが若造のくせにと苦々しい顔をする。


 「いいじゃないか、カネはちゃんと貰えるんだし。カゴとレールの方はどうだい?」


 「まぁまぁだな。ドアをスムーズに開けるとことか少し改良の余地はありそうだけど」


 さすが実作業では俺より経験のあるバーラムだ。実際にあちこち見た所、俺の図面より良くなっている所がいくつもあってとても頼もしい。ここは任せて大丈夫そうなので帰ってゴーレムの続きをやることにしよう。


 「終わったら飲みに行こう、親方」


 「そうだな、このタワーの上で乾杯してやろうぜ」


 バーラムが見せた手の平にぱん、と手を打って俺はタワーを離れた。





 





 依頼から一週間後、あのバルバンボがやってきた。この前よりはいくぶんか元気そうだ。


 「やあジュンヤ。ゴーレムはできてるかい」


 「ああ、待ってたよ」


 ウーシアが工房の中に立てておいたゴーレムを覆う白いシートをめくる。その下から出てきたシルエットにバルバンボはほう、と息を漏らした。


挿絵(By みてみん)


 「振り子のついたゴーレムなんぞ初めて見たのう」


 バルバンボの依頼で作ったゴーレム『ラシュディゴ』は、確かに両肩の先に大きな振り子のようなもの……見た目的には大きな裸電球を金属のフレームで囲っている照明のようなものを鎖で吊り下げている。何も知らずに見た人は確かに振り子を二つぶら下げているように見えるかもしれない。


 「振り子じゃなくてチェーンフレイルみたいなもんなんだが……説明するより一度見せた方がいいな。外に来てくれ」


 お馴染みとなった裏庭の空き地にバルバンボとゴーレムを連れていく。その後にはバレーボールの半分くらいの大きさの砂袋を持ったリティッタとウーシアが続いた。バルバンボの前で魔操杖のスイッチを押すと、『ラシュディゴ』の両肩のロックが外れ振り子……もとい鎖につながれたフレイルががしゃんと落ち、ゴーレムは両手でそれぞれの鎖を握るとフレイルをぶんぶんと振り回す。


 「おお、勇ましいのう」


 「リティッタ、ウーシア、やってくれ」


 俺の合図に二人は頷くと順番に持っていた砂袋を空に放り投げる。それに反応した『ラシュディゴ』が鎖を握り込みフレイルを砂袋に叩きつける、その瞬間。


 カッ!


 フレイルの先端の中に入っていた電球(正確には電気でなく魔鉱石で光らせているが)が激しく発光し辺りを真っ白に染めた。全員が涙を流しながらぱちぱちと目を見開くと、そこには破けて中身のこぼれたボロボロの砂袋が二つ落ちている。


 「どうだい、これならデカい目玉にはよく効くんじゃないか?」


 「確かに。いやあ若いせいかな、面白いものを作るのうお前さん。これならあの憎たらしいビッグアイもたまらんじゃろうて」


 感心した、という風に拍手をしてくれるバルバンボ。


 「で、いくらになるかね?」


 「ざっと銀貨で81枚ってとこかな」


 「意外と高いもんじゃのう」


 値段を聞いて急にぶつくさ言い始める爺さんを宥めるようと俺は営業スマイルを見せた。


 「まぁまぁ、魔物を倒して採掘できれば爺さんも儲かるんだろう?」


 「そうじゃったな。仕方ないここは大人しく払っておくか」


 「まいど。じゃあ気をつけて頑張ってきてくれ」


 世話になったな、とゴーレムを連れて帰っていくバルバンボ。後日酒場の噂話で聞くところによると、彼は見事ビッグアイを討伐してかなりの量の銀や魔鉱石が掘り出し一財産を手に入れたらしい。正直もう少しフっかけときゃ良かったなと少しだけ惜しい気持ちになった。


 (まぁ、しょうがないけどな)


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