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1-46 タワーとチェーン:前編


 

 ノースクローネに新しい名所が出来た。クローネリアタワー。冒険者ギルドのすぐ近くに建てられれた高さ60メートルほどの高層建築物だ。水色の壁面に青いフレームを持つお洒落な外観のタワーでノースクローネの街だけでなく5つの迷宮の入口までも一望できる、観光収入を目的に市長が計画した物件である。


 俺とチェルファーナはオープンを控えたそのクローネリアタワーの裏口に呼ばれてやってきた。呼んだのはもちろん市長その人である。


 「諸君、ごきげんよう」


 タワーが完成したせいか、いつになく市長はご機嫌だ。だが俺たちにはまだ呼ばれた理由が良く分からないでいた。


 「普段の頑張りのご褒美にランチをおごってくれる……ってわけじゃなさそうですね」


 嫌味を少し混ぜて牽制するチェルファーナ。こいつもなかなか市長相手の駆け引きが分かってきたようだ。


 「ランチくらいなら用意させよう。仕事の話の後になるが」


 「やっぱり仕事か」


 俺とチェルファーナはそろってため息を吐いたが、当の市長はまったく気にしていないようだ。案内されて俺たちはタワーの中の暗い通路を進む。3分ほどで目的地とおぼしき扉に到着した。市長は鍵を開けゆっくりとその扉を開く。


 「うわぁ……」


 そこには“何も”無かった。俺の工房の半分くらいの面積の、レンガ壁で囲われた何も無い部屋だ。ただ、何か違うところを挙げるとすれば、天井が無いという点だろう。見上げれば遥か遠くに空からの光がわずかに見える。クソ長い煙突の底にいるような感じであった。


 「市長、ここは?」


 チェルファーナの問いに市長がわずかに笑みを見せる。大体ロクでもない依頼の時の顔だ。そして俺には何となくもうその内容が予想出来ていた。


 「ジュンヤ、君の世界にはエレベーターと言うものがあるそうだね」


 (ほーら来た)


 どこで聞いてきたかは知らないが耳のいい御仁だ。俺がまぁね、と気乗りしない風に答えるとチェルファーナがちょいちょいと俺の袖を引いた。


 「エレベーターって何?」


 「簡単に言うと、機械で自動的に高い所へ登れるでかい箱だ。その箱に乗ればこのタワーのてっぺんにも疲れずに行けるって訳だな」


 「なにそれすごい!」


 確かにすごいだろう。このタワーにももちろん上の展望台まで行く階段があるが、元気な大人が登っても一時間近くかかると聞いている。それでは観光資源にはならないだろう。エレベーターの設置は必須項目と言える。

 

 「と、いうわけで二人にはそのエレベーターを造ってもらいたい」


 「この上の展望台まで行くエレベーターを?」


 「何か問題点でも?」


 不思議そうに言う市長に俺はまた肩をすくめる。


 「ありまくりだ。頑丈で長い鋼鉄製のケーブルかチェーンに安定したパワフルな動力、安全装置、自動開閉ドア、停止階での緩速装置、操作機械、この世界にないものの塊だぞ。簡単に作れるようなものじゃない」


 「そこをなんとか」


 すげえストレートな言葉で押してくる市長。俺がすごく苦い顔をしていると、チェルファーナがまた俺の袖を引っ張る。


 「そんな事言ったって、上まで簡単に行く方法が無いとこのタワーそのものが意味無くなっちゃうじゃん。ちょっと考えてみようよ」


 「さすが学院首席。若者らしい前向きなこの姿勢を君も見習いたまえ」


 「……この仕事、高くつくぜ」









 とにかくチェルファーナを連れて一旦タワーから家に引き返し、工房のテーブルにタワーの図面を広げながら対策会議を開始する。


 「乗る箱はともかく、チェーンと動力が一番の問題だ」


 「お金さえあれば、鎖は鍛冶ギルドがやってくれるんじゃないか?」


 ウーシアの言葉に俺も頷く。この街でそんなものをつくろうとするなら、バーラム達に頼む他無いだろう。


 「とにかく頑丈で粘り強い鉄が必要になる。ウーシア、ちょっと話をしてきてくれ。時間のある時にバーラムに来てもらった方がいい」


 「わかった」


 身軽な恰好で出ていくウーシアを見送ってから俺は次の課題を口にした。


 「次に動力だが……制御も含めてこれはもうゴーレムでやるのが一番手っ取り早い。チェルファーナ、頼むぞ」


 「えー、なんでよう」


 いきなりぶーたれるチェル。俺も負けじと口をとんがらせてツッコミをする。


 「お前が市長の前でなんとかしようって言っちゃったんじゃないか。純粋なパワーだけなら俺のマシンゴーレムよりお前のマテリアルゴーレムの方が上だ。素材は石とかでいいから三体ぐらい強い奴を用意してくれ」


 納得いかないようであったが押し切って俺はチェルファーナに動力担当を押し付ける。ぶーぶー言いながらチェルファーナが自分の工房に帰っていくのをリティッタも同情の視線で見送っていた。


 「いいんですか?」


 「いいんだよ。ゴーレム分の金はちゃんとアイツにくれてやる。どうせ建造費にちょっと上乗せした予算しかないんだろうし、あのタヌキ市長」


 それからエレベーターの寸法、ガイドレール、壁面の網(軽量化の為)、照明、滑車の取り付け器具などの図面を引く。地球にいた時に少しビル関係の仕事をしておいてよかった。


 (仕事は何でもやっておくものだな)


 この仕事に限って言えば、あまり稼ぎは良くなさそうなので図面と現場指揮だけやってウチからはなるべく労力も資源も提供しない方向で行く。他の冒険者からの依頼も来ているし両立はできない。そういえばチェルファーナは社員とか増やさないんだろうか、今度聞いてみよう。


 そんな事を考えながら机で仕事をしていると、玄関のドアをノックする音が聞こえた。


 「どうぞ」


 「邪魔するよ」


 ゆっくりと入ってきたのは、背は低いががっしりした体格の男だった。茶色の固そうな髭をサンタクロースのように蓄え、そしてサンタクロースのように大きな荷物をしょっている。皴の刻まれた顔とぎょろりとした大きな目が俺とリティッタを見定めた。


 「いらっしゃいませ!……ええと、ドワーフさんですか?」


 俺もそう思ったけど、おそらく違うだろう。耳は人間のものだ。


 「違う。まぁこんなナリだから間違われるのはしょっちゅうじゃがな」


 そう言って彼は荷物を床に置くとゴキゴキと肩を鳴らした。体がほぐれたところで自己紹介を始める。


 「ワシはバルバンボ。冒険者……というより採掘屋じゃ。迷宮の中で貴重な鉱石などを探している。魔物とも戦うけど専門は罠じゃ」


 「俺はこの工房のマイスター、ジュンヤだ。こっちは助手のリティッタ」


 宜しくお願いします、と頭を下げるリティにバルバンボもぺこと頭を下げた。礼儀は知っている客のようだ。彼を応接用のテーブルに案内しリティにはお茶を用意してもらう。


 「何か困りごとで?」


 「アンタが便利なゴーレムを作ってくれるって聞いての」


 「ツルハシを振るうゴーレムなら、すぐに用意できるが」


 そんなモンを買いに来たわけじゃあ無いとバルバンボが首を振る。俺もそんな依頼ではないだろうと思っていたが。


「荒野迷宮でいい鉱石が掘れる所を見つけたんじゃが、困った魔物に遭ってしまってな」


「と言うと?」


「聞いたことあるかの、ビッグアイと呼ばれちょる大きな空飛ぶ目玉じゃ」


えらくストレートな名前だけど聞いたことがない。俺とリティッタが揃って首を振るとバルバンボが両手をいっぱいに広げた。


「この位の大きさの目玉に羽が生えてて、意外とすばしっこく飛ぶんじゃ。目から怪光線を出してきてそれを浴びると幻覚を見たり混乱したりしてまともに戦えなくなってしまう」


「それは厄介ですねぇ」


リティッタからコーヒーを受け取ってうむ、とバルバンボ爺さんは頷いた。


「ありがとうお嬢ちゃん。この前、クロスボウの上手い冒険者を雇って討伐に行ったんじゃがまんまとそやつらが光線を浴びてしまっての。危うくワシが穴だらけになる所じゃったワイ」


ガッハッハと哄笑するバルバンボ。この位の歳になるとこういう事でも笑えるようになるのだろうか。


「脳に影響する光線なら、確かにゴーレムには効かなそうだが……何か弱点はあるのか?」


「あんだけデカい目玉なら、やはり眩しい光とか苦手なんじゃないかのう。目まいを起こして地面に落ちてくれればワシが罠やハンマーでなんとかできそうなんじゃ」


「なるほど……やってみよう。少し時間を貰ってもいいかな?仕事がたてこんでいてね」


わかった、と言って爺さんは立ち上がり荷物をしょい上げた。


「少しオボリェツに行って静養してくるかのう。いい温泉があるらしいから湯治と洒落込んでくるわい」


「羨ましいな。ゆっくりしてきてくれ」


帰って行くバルバンボを見送って、リティッタは空いたコーヒーカップを下げた。


「忙しくなっちゃいましたね、ご主人さま」


「俺も温泉に行きたいが、仕方ない。しばらく真面目に仕事をする事にしよう。エレベーターの件は……アイツに手伝ってもらうか」




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