1-45 異世界とサムライ:後編
俺達も彼に続き先ほどの庭先に出る。前に市長の依頼で訓練用に作った『ケルフ』を召喚し、借りた木刀を握らせてからリティッタに魔操銃を持たせた。
「え?」
「俺は観察に集中したい。大丈夫、お前もゴーレム操作は上手くなってきただろう、やってみろ」
「わ、わかりました」
緊張の面持ちで魔操銃を握るリティッタ。稽古ならいい経験になるだろう。『ケルフ』の前ではトウジロウ氏が着物を着て真剣な表情で立っている。
「からくり仕掛けを相手に戦えるとは、なかなか面白い」
「こちらの準備は済みました。いつでもどうぞ」
では、と言うとトウジロウ氏は立会人の位置に立つデューシャさんに目で合図をする。無言で頷いたデューシャさんは凛とした声と共に掲げた右腕を振り下ろした。
「始め!」
リティッタが合図に弾かれるように『ケルフ』を走らせる。一方のトウジロウ氏は構えたまま微動だにしない。『ケルフ』は上段に構えた木刀を勢いよく振り下ろす!
(あえて初撃を打たせる気か)
ガシィッ!
真っ向に一撃を受け止めたトウジロウ氏の顔がわずかに歪む。剣を翻すように『ケルフ』の木刀を振り払ったトウジロウ氏は裂帛の気を吐いた。
「……ゥゥオアッ!!」
「!?」
横から見ていた俺の目にも止まらない早業が炸裂した。トウジロウ氏の木刀の切っ先が『ケルフ』の胸元に突き刺さり、そのわずかに後に『ケルフ』の首がごとりと落ちた。『ケルフ』は外から見えないはずの魔動力炉の中央を貫かれて、完全に“死んで”しまっている。
(首を切ってから突きを入れたのは間違いない……が、見えなかった!それに木刀で合金製の『ケルフ』のフレームを打ち砕くなど……)
驚きで俺もリティッタも動きが止まってしまった。トウジロウ氏は息を吐くとゆっくり木刀を『ケルフ』から抜いた。息絶えたゴーレムは支えを失ったように、がしゃりと一気に崩れ落ちる。これが一流の剣士の実力なのか。
「申し訳ない、予想以上の速さと力に本気で打ってしまった」
(本気……か)
その言葉に嘘はないのだろう。しかし俺にはまだこの人の実力を感じ取れていない。なにより、練習用のゴーレムとはいえこんな一瞬でやっつけられてはゴーレム職人の名が廃る。
「トウジロウ殿。恥ずかしながらあまりに早すぎて、貴方の力が図り切れませんでした……恥を忍んでもう一度、別のゴーレムと手合わせ願えますか」
「望む所でござる」
予想通りの返事。俺はリティッタから魔操銃を返してもらうと、一枚のマナ・カードを差し込み、構えた。
「我が命により界封の楔を解く!出でよ、『瀑龍』!!」
輝く魔法陣。その中から出現した大柄のゴーレム『瀑龍』の姿にトウジロウ氏もデューシャさんも驚きを隠せないでいる。
「素晴らしいゴーレムですな、嶋乃殿」
「『瀑龍』です。コイツは見た目だけでは無いですよ」
『ケルフ』の持っていた木刀を『瀑龍』に持たせ、俺は構えを取らせる。旦那もまた木刀を構えるのを見てデューシャさんが再び合図を放った。
(いくぞ!)
先ほどと同じように速攻を仕掛ける。『ケルフ』よりも速い『瀑龍』の踏み込みにトウジロウ氏も反射的に木刀を横に掲げた。だが、それは俺のフェイントだった。
「!?」
『瀑龍』は刀を振り下ろさず、直前で右手側に回り込みながら突きを入れる。トウジロウ氏は歯を食いしばりながらそれを受け流した。そして彼の放つ必殺のカウンターを今度はこちらがバックステップで避ける。
(接近戦は、危険だ!)
所謂つばぜり合いと呼ばれる距離こそが彼の得意とする距離なのだろう。1秒、いや0.5秒でもこの距離に留まるのはこちらにとって不利すぎる。『瀑龍』の長いリーチを活かすべきと判断して俺は徹底的にアウトレンジからの立ち回りを意識した。
しかしトウジロウ氏も本職の剣士、すぐにこちらの読みに対応してくる。下から大振りに切り上げる『瀑龍』の一撃を流し返す刀で突きを放つ。稲妻の如き速度の剣先が『瀑龍』の右肩アーマーを歪ませ、その姿勢までも揺らがせる。
「こらえろ!」
マニュアル操作で俺は『瀑龍』が転ぶのを防いだ。上段で逆手に持ち替えた木刀を振り下ろす!大体の魔物なら仕留められるだろうその攻撃も、トウジロウ氏は駿足の動きで避け切って見せた。気配ではなく完全に目で動きを見切っている。ものすごい運動能力と反射神経だ。
そのトウジロウ氏が構えを正し気勢を上げた。大きく両手で木刀を振り上げ、飛び込んでくる!!
「……ィィィィェアアアアアッ!!」
(来る!)
集中していたおかげで今度はなんとか見える、あの『ケルフ』の首を撥ねたあの斬撃!『瀑龍』はフルパワーを持ってその初撃に木刀を叩きつけた。
バキィィィィ!
耳障りな音と共に、二本の木刀が真ん中でばっきりと折れる。それぞれの折れた刀身は空中でくるくると回り、そして地面に突き刺さった。
「……やはり、あまり手の内は見せるものでは無いですな」
トウジロウ氏は折れた木刀をデューシャさんに渡しながら、てぬぐいのような布で汗を拭いた。それを見て俺も両手どころか首も背中も汗でびっしょり濡れている事に気づく。すごく喉が渇いていた。
「冷や汗をかきました。さすがに俺の持つ最強のゴーレムがあっさりと負けるのは悔しいですから」
「拙者も久々にいい試合が出来ました。感謝します」
深々とお辞儀するトウジロウ氏に俺たちも慌てて頭を下げた。
「こちらこそ……とりあえず、稽古用のゴーレムを造ってみます。それなりに金額はかかるかもしれませんが、そのあたりは?」
「市長殿から補助金を預かっているでござる。銀貨で100枚くらいならなんとかなり申す」
「わかりました、ではまた後日に」
俺たちはそれぞれ握手を交わすと、ゆっくりと工房に引き返した。
「結局、市長からの仕事って事になりそうだな」
真っ白な図面用紙を広げながら俺はボヤいた。不服なわけではないが彼からの依頼は何かといい思い出が無いのも確かだ。
「仕事は選んじゃいけないぞダンナさま」
「わかってるよ」
ウーシアに少し不満を含めた声で答えながら、俺は昼のトウジロウ氏との戦いを反芻していた。
(最初は四本腕のゴーレムでも作ってやろうかと思っていたが、なんかそれも邪道だな。素直に剣一本で強いゴーレムを目指してやるか)
凄腕の剣士との戦いで俺はそういう気分にさせられていた。銀貨100枚貰えるならそこそこいいゴーレムが作れるはずだ。とにかく頑丈な歯車と鋭敏なセンサー、伝達速度の速いマナ・カードが要る。歯車はウーシアに頑張ってもらうとして、他の物はヤンバさんに頼もう。もうすぐ顔を出してくれるはずだ。
「ハード面はいい物を揃えればそれでいいんだが、剣術プログラムが難題だな……」
ゴーレムの攻撃は基本的にワンパターンだ。学習能力の低い魔物相手ならそれでも通用するが、熟練の剣士相手に単純な動きのゴーレムを差し向けてもすぐに動きを覚えられてしまう。それでは練習相手として失格だろう。様々な攻撃パターンを習得させる必要がある。
スピード、パワー、テクニック、すべてを要求される難しい仕事だ。関節の自由度が高い『ケルフ』フレームをベースに更に攻撃速度のアップ。そして多数の技を覚えるためのメモリ増加にバランサーの強化。図面での作業は『瀑龍』の設計を流用しつつ更に無駄をそぎ落とす事で完成した。
「あとは、組み立てるだけですねご主人さま」
「いや、今回はここからが本番だ。攻撃のテクニックを充実させないといくらゴーレムのスペックが高くても案山子扱いされちまうからな」
俺は三日をかけて、新しいゴーレムに剣術プログラムを入力し続けた。基本の突き、斬りはもちろん『瀑龍』が今まで経験した戦闘のメモリーやこちらの世界の剣術書(市長の書庫から10冊ほど借りてきた)、ケインやギェスからアドバイスまで貰って正統派から邪道な実戦技まで多数のパターンを仕込むことが出来た。
外見にもせっかくなので日本的なデザインを取り込んでいる。得物も刀にし、意匠の凝った鍔を用意した。
「あー、今回もしこたま疲れたなー!」
夜もかなり更けた頃合いですべての作業を終え、俺はばたんと工房の床に転がる。リティッタが俺の横に丁寧に正座して水の入ったコップをくれた。ウーシアには先に寝てもらったので二人きりだ。
「サンキュー、優しいなリティは。いつも感謝してるよ」
「時々ご主人さまはそう言ってはくれますけど、なんか口だけで心がこもっていないように思えるのはなんでなんでしょうかね」
「俺も何で心から思っていることが相手に伝わらないのか、それが不思議でしょうがないよ」
やれやれと俺は水を飲むとまた寝っ転がった。リティッタがそんな俺をうどんを打つ棒のように左右に転がす。
「やめてくれ、身体が痛い」
「こんな所に寝ているからですよ、ちゃんとベッドに行きましょう。添い寝してあげますから」
「子供じゃねぇよ」
「好き嫌いも多いし、私みたいな年下の女の子にパンツを洗わせてるようなご主人さまはおっきいだけの子供ですよーだ」
恥ずかしながらそういう事を言われるとぐうの音も出ない。俺は大人しく起き上がり、ニッコリ笑うリティッタに連れられてベッドに横になった。
翌日、トウジロウ邸にゴーレムを納入する。俺の苦心作を見てトウジロウ氏も息を飲んだ。
「素晴らしい、素晴らしいですな嶋乃殿!」
興奮してペタペタとゴーレムを触るトウジロウ氏。
「早速手合わせ願いたい!いや、失礼、このごうれむの名をお教え願えるか?」
「『虎伏』と名付けました」
俺の答えに、ほう、とトウジロウ氏が息を漏らす。
「その心は?」
「このゴーレムで修業した剣士が皆、虎以上に強くなれるようにと」
「素晴らしい!」
トウジロウ氏は涙も流さんばかりに感動して力強く俺の手を握った。
「嶋乃殿!生まれた時は違えど貴殿は間違いなく侍の血が流れてござる。貴殿に会えて吾輩は本当に……」
「まぁまぁ、とりあえず腕前を見て下さいよ」
「早速!」
『虎伏』に自分で木刀を握らせて、トウジロウ氏は早速稽古に入った。トウジロウ氏は流石に全力全開では無いだろうが、激しい剣戟を交わしているようでお互いにいい勝負に見える。仕事としてはとりあえず合格と言えそうで俺は安堵した。
「嶋乃殿!素晴らしい稽古相手でござる!これで拙者も門弟もさらに修行に磨きがかかりそうですぞ!」
剣を振りながらウキウキとした声でそう言うトウジロウ氏。その様子を見て、俺たちの横にいた奥様のデューシャさんが申し訳なさそうに口を開いた。
「本当に子供のようにはしゃいでしまって……お見苦しい姿、お許しください」
「私のご主人さまも、いつもあんな感じですよ」
「いつもじゃないぞ」
と、俺は否定したが女二人は無視して笑いあっている。
「殿方なんて、みんなあのようなものなのです。貴女も苦労なさるでしょうが、諦めて寄り添ってお上げなさいね」
「わかりました」
何も言っても無駄なようなので、俺はやれやれと肩をすくめてトウジロウ氏の稽古を見続ける事にした。




