1-44 異世界とサムライ:前編
「ご主人さま、知ってますか?」
ウーシアと一緒に客から預かった戦士型ゴーレムのメンテナンスをしていると、お茶を持ってきたリティッタに話しかけられた。近頃の傾向に反せずこのゴーレムも激闘でボロボロだ。ゴブリンやスケルトンウォリアのような低級モンスター相手ではない、もっと強敵用の戦士ゴーレムの開発をしなくてはいけないなと考えさせられる。
「面白い話なら聞かせてくれ」
「ご主人さまって地球の、ええとニッポンってとこから来たんですよね」
「ああ、そうだ……すまんウーシア、そこの歯車を少し回してくれ」
ウーシアの細い褐色の指が二凸分歯車を回しクランクと噛み合う。サンキュー、とお礼を言ってから俺はリティッタに話の続きを促した。
「最近、地球のエドっていう街から来た人がノースクローネに引っ越してきたらしいんです。エドってわかりますか?」
「知ってるけど、そりゃあ俺が生まれるより随分と昔の……ざっと150年以上前の地名だぞ。滅茶苦茶お爺さんとかか?」
「いえ、ご主人さまより一回り上とかじゃないですかねぇ。見慣れない服を着て、変わった髪型って聞きましたけど。仕事は……何だっけ、オサムライ?」
サムライとなると本格的に江戸時代の人か。いったいどういうことだと考えているとウーシアがお茶に手を伸ばしながら教えてくれた。
「地球からの転移者の話はじいさまに聞いたことがある。こちらの世界と地球の間では時間の流れが全く異なるのだそうだ。例えばダンナさまがこちらの世界に来てから10年後にダンナさまの親が飛んでくることもあるし、その10年後にダンナさまの曾爺さんが来ることもあり得ないわけじゃない」
「まじか」
となると、江戸時代の人にこっちで会うことも不思議ではないわけだ。なんか得した気分になるし、そのサムライ自身にも興味があるのでぜひ会ってみたい。
「仕事が落ち着いたらゆっくり会ってみたいな。どのあたりに住んでるんだ?」
「南門の方みたいです。静かなところが好きで、わざわざ街の真ん中からは離れた所を選んだとか」
聞いておいてこういう事を言うのも何だが、女の噂話の情報量はホントに多いなと思わさせられる。どのくらい井戸端会議をしたらこんなに話が仕入れられるのだろう。そんな事を考えながら俺もお茶を飲んでいると、工房のドアをノックする音が響いてきた。
「ごめんください」
「マーテさんの声ですね」
声は市長秘書のマーテだった。リティッタがお盆をウーシアに渡し迎えに行き、代わりにウーシアは新しいお茶を淹れに行ってくれた。最近は二人の仕事場での息が合ってきてくれて嬉しい。
「こんにちは皆さん。お仕事中すいません」
「また市長からの難題かい?」
皮肉を込めて言うと、マーテは苦笑いしながら肩をすくめる。ボブカットの髪が小さく揺れるのが彼女のチャームポイントだ。
「最近はチェルファーナさんにも結構仕事をしてもらっていますよ。今日は別の方からの依頼を請け負ってきたの。少しお時間貰っても?」
「ああ、良いよ」
わざわざ市庁舎から仕事を持ってきてくれたマーテを追い返すのも申し訳ない。二人に休憩だ、と伝えて俺はマーテと接客用のテーブルに向かう。ファイルを開きながらマーテが話し始める。
「最近やってきたオサムライさんの話はご存知?」
「ついさっき聞いた。俺と同郷のようだから会ってみたいなって」
「そのオサムライさん、トウジロウさんって言うんだけどジュンヤさんに稽古用のゴーレムを作って欲しいそうで」
「稽古用?迷宮に潜るんじゃないのか?」
俺が首を傾げると、マーテはニッコリ笑って説明を続ける。
「冒険者としてノースクローネに来たわけじゃないみたい。なんでも剣術をより磨くためにいろんな剣士と稽古したくて来たんだけど、なかなか稽古に付き合ってくれる人がいないらしくて」
「そりゃあ、この街でそこそこの腕のある剣士はみんな迷宮探索に忙しいだろうからなぁ」
「本人からは冒険者ギルドに稽古相手募集って依頼だったんだけど、担当がそれならジュンヤさんにお願いしたら?って話をしたみたい」
苦笑いしながら俺は便利屋じゃないんだがなぁと言うと、もう口癖みたいになってるわねとマーテに笑われた。確かに最近そんな事ばかり言っている。
「わかったよ、同郷のよしみだ。とりあえず会ってみよう。明日剣士ゴーレムを一台持ってお邪魔しに行くよ」
「ありがとう、そう伝えておくわね」
翌日、リティッタを連れてそのトウジロウというサムライの家を訪れる。家は木造の平屋建てで、壁では無く雨戸と障子の合いの子のようなスライドできるドアで囲まれていて日本らしい家屋になっていた。その庭のような所で袴を履き、上半身裸で木刀を素振りしている三十路過ぎの男が一人。おそらく彼が噂のトウジロウだろう。俺が近づくのを察した彼は構えを解くとこちらに向き礼儀正しく頭を下げた。
「ごきげんよう、トウジロウ殿で?」
俺の挨拶に少し表情の硬かったトウジロウが笑みを見せる。
「ご足労痛み入る。拙者はナガミネトウジロウと申す。江戸にて剣術試合の最中、この世界に迷い込んで来てしまった。文字通り浪人でござる」
いきなりの江戸ジョークに俺も笑いが漏れた。歩み寄り握手を交わす。
「いや、失礼。初めまして、俺は嶋乃ジュンヤといいます。貴方の生まれたずっと後の日本からやってきたものです」
「話は聞いていたが、実際に遭っても信じられぬものだな……公方様のお名前は?」
「公方様と言うと……ええと、徳川様の?」
「左様」
日本史は得意では無かったんだがな……と思いながらも首を捻って俺は一生懸命思い出す。
「家康公、秀忠公、家光公、家綱公、五代が綱吉、家宣、家継、で吉宗……」
「結構、嶋乃殿が日本生まれなのは良くわかりもうした」
トウジロウ氏が納得してくれた。よかった、自慢じゃないがそこから先は全然覚えてない。
「試すような事を聞いて失礼をいたした。さあ、大した家ではないがお上がりください。茶を用意させましょう。おおい、デューシャ」
トウジロウ氏の声に玄関から一人の女性が姿を現した。リティッタより五歳程年上だろうか、ウーシアと同じような褐色の肌にストレートの黒髪、そして着物風の装いのアンバランスさが逆に美しい。俺とリティッタにわずかに視線を合わせると深々とお辞儀をしてくれた。
「御新造様で?」
「そのような大層なものではござらんが、こちらにやってきたときに世話になりましてな。これも縁と思いまして」
二人に案内されて座敷に入る。流石に畳では無かったが板の間に分厚い織物の絨毯が敷かれ、壁にも掛け軸が掛かっているなど久々に日本らしい空気を感じる。デューシャさんが淹れてくれたお茶(ほうじ茶のようだ)をいただきながら、トウジロウ氏の話を聞く。
「拙者は家継様に仕えていた者で、拙技ながらあちこちの大名のご子息に剣を教えておりました。ある日御前試合をする事になったのですが、その試合の最中猛烈な霰と雷に見舞われましてな……気が付いたらこちらに飛ばされてしまったようでござる。いろいろ帰る手段も調べ申したが、遥か遠くの国の神主に大金をお布施し儀式をしてもらう外は確実な手段が無いと聞きましてな」
「俺も似たようなものです。まぁこちらに来たのも何か故あっての事と思いました」
「嶋乃殿はお若いのに肝が据わっておいでのようだ」
からかわないで下さいと言うと、トウジロウ氏はいやいや、と手を振って笑う。どうやら堅物ではなさそうだ。俺はそろそろ仕事の話に入ることにした。
「稽古の相手が欲しいと聞きましたが?」
「そうだった。郷里には帰れなくとも剣を捨てる気には慣れませんでしてな。こちらでも市長殿の依頼で近々剣術道場を開こうとしているところでござる」
(あの市長、本当にいろんな事をやっているな)
「しかし肝心の師範である拙者の腕が鈍ってしまっては何にもならない。教えるだけでなく自らもより高めるためには、やはり強い剣士との研鑽は欠かせぬと」
「なるほど……今日会ったばかりでこんな事を申し出るのもなんですが、俺の作った剣士ゴーレムを持ってきています。トウジロウ殿の腕前を見せてもらうために一度手合わせをお願いできますか?」
「なんと、願ってもない」
パッと表情を明るくすると、トウジロウ氏は木刀を取りウキウキと奥さんのデューシャさんに試合じゃ試合じゃと呼びかけた。俺の後ろで小声でぽつりとリティッタが呟く。
「意外と子供みたいな人ですね」
「やめなさい、聞こえるかもしれん」




