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1-43 木こりとチャラ男


 一度会ったら、10年会わなくても忘れられないヤツというのは誰の記憶にもいると思う。今日の客は、まさにそんなヤツだった。


 「いやー、久しぶりだねジュンヤさん!元気だった?」


 にこやかにそう笑うのはあの『月光一角獣(ムーンライトユニコーン)』のリーダー、ケインだ。前以上に刺繍の派手なマントに細かい装飾の鎧を纏っている。剣もかなり高価そうな(装飾的な意味で)ものを帯びていて、全身がキラキラして目が痛いほどだ。


 「おかげさまでな。ケインも随分稼いでいるようじゃないか」


 「わかる?流石ジュンヤさんだなー!」


 (これ見て分からなかったら節穴だろ!)


 ツッコんだら負けだと思いつつも心の中でそう言ってしまうのが腹立たしい。本人は別に悪い奴ではないのだけども。今日はリティッタとウーシアに休みをやって(どこだかの新しいカフェにお茶しに行くと言っていた)いるので自分でコーヒーと茶菓子を二人分用意する。


 「装備も良くなってきたし実力も付いてきたし、結構ギルドの中でも話題になってきたんだぜ俺たち。この剣なんか魔法のレイピアで持ってると力が上がるんだ」


 「今はどのくらいの所を探索しているんだ?」


 「ええと、荒野迷宮が21階、森林迷宮が29階かな」


 「29!?凄いじゃないか」


 俺はケインの思わぬ躍進に本気で驚いてしまった。トップのパーティは30階を越えたと聞いていたがまさか彼らがそんなところまで行っていようとは。


「ケイン達もやっぱり迷宮踏破一番乗りを目指しているのか?」


「そうだなぁ……最初は面白そうだし、そこそこ稼げればいいかって中の良い連中とつるんで始めた冒険だけどね。仲間も少し増えて今は結構真面目に活動してるかもなぁ。俺は結局モテればそれでいいんだけど、一番ってのは気持ちいいし狙ってもいいかって感じ。でもそのために仲間を必要以上に危険な目には合わせられないよ」


ハハッと軽く笑うケイン。何だかんだでリーダーとしての自覚が備わってきているらしい。


 「前に売って貰った『ディケルフ』もたまに使ってるよ、雑魚が多い時はまだまだ頼りになるからね。ジュンヤさんの方はどうよ?」


 「ウチはボチボチかな。こないだ数えたらここに来てからゴーレムを50ばかし売ってたらしい」


 ヒュッとケインが口笛を吹いた。

 

 「そっちこそ凄いじゃん。この街の冒険者パーティでまともに活動してるのって100くらいらしいぜ」


 「じゃああと50売らなきゃダメだな」


 そう言って二人でクックッと笑う。コーヒーもできたので俺は本題に入ることにした。


 「で、今日はどうしたんだ?」


 「また厄介な魔物に遭っちゃってね。力を貸して欲しいんだ」


 「どんな奴なんだ?」


 「でっかい木のお化けみたいな奴」


 頭の上に?マークを浮かべた俺に、ケインは窓の外を指さす。そこには高さ6メートルほどの庭の木があった。


 「ほら、あの木よりちょっと太いくらいかな。森林迷宮の通路をあんなのが3本くらいで通せんぼしてるんだ。近づこうとすると空気が濁るくらいの花粉をまき散らして、我慢して切りかかると枝を振り回したりクソでかい木の実をぶつけてくるんだ。コイツがまた鉄鍋でも降ってきたのかってくらい痛くってさ」


「なんか草とか植物に恨まれるような事をしたんじゃないのか」


そうかなぁ?と頭を捻るケイン。その頭には確かに痛そうなコブの痕が残っていた。草の恨みはともかく優秀な冒険者の行く手を阻むとなるとたかが木と侮るわけにはいかないだろう。俺はもう少し話を詰めることにした。


「ぶっちゃけ、花粉をどうにかしたら倒せそうか?例えば強い風で吹き飛ばすとか」


それなら前に作った扇風機ゴーレム『ファンガルー』で事は足りる。足りなければ二機貸してやってもいい。しかしケインはダメダメと手を左右に振る。


「俺たちもそう思って魔法使いのレティアンに上級の風魔法を使ってもらったんだけど、通路が狭すぎて花粉が舞い上がるだけだったよ」


(流石にすぐ思いつく程度のアイデアではダメか……ケインも成長したもんだな)


「最近は道を塞いでる魔物やトラップを排除したらギルドからボーナスが貰えるんだ。多少お金がかかっても頑張る甲斐はあるよ」


「通路が狭いなら一気に大量のゴーレムを突っ込ませるというわけにはいかないんじゃないか?」


「そうだね、できればあのブルーデミュルフの群れを倒したって言うアイツが使えればって思ったんだけど」


ロゼンラッヘか。度々冒険者から問い合わせがあるが、噂になるほどの活躍したらしい。もしかしたら俺の知名度を一番高めてくれたゴーレムかもしれない。


「アレは高価だぞ。それに図体がでかいから狭い通路じゃなかなか本領は発揮できない。用意してもいいけどオススメはできないな」


「そっか……どうしたらいいかな」


本気で困ったように呟くケイン。前のチャラチャラしたイメージは改めた方がいいかもしれない。俺も本腰を入れてこの仕事に当たる気になってきた。


「考えてみる。少し時間をくれないか」


「それは全然いいよ。よろしく頼むね」










「またあのチャラ男が来たんですか」


相変わらずリティッタのケインに対する評価は厳しい。せっかくの美味しいグラタンを食べながらしかめ面を見せるリティにウーシアが不思議そうに聞いた。


「地下29階と言えば相当な手練れだ。そんなチャラチャラした性格じゃ辿り着けないんじゃないか?」


「腕前は知らないですけど、街で見かける分には派手に着飾ってるしなんか遊び半分で毎日生きている感じで好きじゃないんですよねー」


印象というものは恐ろしいものだ。ケインも13、4の小娘にここまで言われているとは夢にも思っていないだろう。


「お客様なんだから、目の前でそんな態度とるんじゃないぞ」


「わかってますよー……で、どうするんですか?」


どうするってもなー、とスプーンをくわえたまま天井を見る俺。その隣でウーシアがパンと手を打った。


「木なんだから燃やしちゃえばいいんじゃないか?」


「外ならな。地下空間で大きな火を焚くのは危ないんだ。下手したらケイン達が窒息するかもしれない」


そう言えば地下で冒険者が酸欠になったという話は聞かない。地球では地下トンネルには空気を送る換気ファンなんかが必須だけど異世界ではそういうのは無粋なのかそれとも異世界人が頑丈なのか。

  

「じゃあ遠くから爆弾でなぎ倒すとか」


「アリかもしれん、でもやっぱり爆風とかが心配だな……狭いエリアだって聞いてるし」


「と、なると素直に伐りに行くしかないんじゃないですか?」


リティッタの言葉に一同が顔を見合わせる。捻りが無いようでなんかゴーレム屋としては不満が残るけど(リティッタには時々「捻りはいりません」とか言われる)俺は素直に伐採ゴーレムを作ることに決めた。


翌朝、早速設計図の作成に入る。とにかく頑丈な斧を作りたいと言ったら、ウーシアが鍛冶ギルドで作った方が良いと言うので大体の大きさを伝えて向こうで作って来てもらうことになった。後でギルドにショバ代を払わなきゃいけないだろう。


(相手は木だからあまり機動力はいらないな。しっかりした足腰と防御力……そして木を伐るスピード。流石にチェーンソーは俺にも作れないからなぁ)


図面机の前で唸っているとリティッタがコーヒーを持ってきてくれた。


「単純な割に随分と悩んでますね、ご主人さま」


「まさか伐採ゴーレムが必要になるなんて思わなかったからなぁ。どんな仕事が舞い込むかわからないもんだ」


 とは言いつつもやる事が分かれば自ずと方法は絞られてくる。俺は魔動力炉からのパワーを重点的に腰にバイパスする回路を引き、四肢については頑丈である事を重点的に設計を進めた。武器はシンプルな斧一丁なので本体の構造に集中できるのがありがたい。合間に飯を食いながら一日机の前に張り付いた結果、実用に耐えられそうなゴーレムの図面が出来上がった。


 そこからリティッタと二日がかりでゴーレムを組み立てていく。基本は『ラッヘ』フレームだが手足の大部分を別のパーツに換装したり胴体に多数の歯車を組み込んだりとかなりの手を入れている。最後の方には斧を打ってきてくれたウーシアも加え、全身に頑丈な鎧をつけて完成させた。


 「なんだかちょっと……辺境の人みたくなりましたね」


 組みあがったゴーレムを見てリティッタが少し失礼なことを言う。


 「こういうのはな、オリエンタルって言うんだ」


 「おりえんたる?」


 「わからなくてもいいや。とりあえず今夜は寝てケインが来るのを待とう。明日辺りには来るだろう」


 予想通り、翌日の昼前にケインはやってきた。俺の客はみなゴーレムが出来上がると何かテレパシー的なやつでわかるのだろうか。そしてそのケインもリティと同じく変な感想を言った。


 「今回のはちょっと……何か知らない宗教の人みたいになってるねジュンヤさん」


挿絵(By みてみん)


 「こっちの人間は知らないだろうけど、俺の国じゃそこそこメジャーな木こりの恰好なんだ。……たぶん」


 「まぁ実力さえあれば俺は文句は無いんだけどさ。この頭のでかい兜みたいなもので木の実を防ぐのかい?」


 日本でいう編み笠を模した防具をコンコンと叩きながらケインが訊いた。軽さと頑丈さを両立させるためにウーシアと苦心して作った複合素材のシールドを流用したものだ。頑丈さで防ぐのではなく、バネ構造になっていて全体に衝撃を拡散しながら弾くようになっている。


 「そうだ。吸気系は布でフィルターをしてあるから花粉は大丈夫だと思う。ただできるだけコイツの突撃前に弓矢や魔法で木の実を落としてやってくれないか」


 「わかったよ。それくらいなら頑張れると思う、ありがとなジュンヤさん。で、いくらくらいになる?」


 「そうだなー、80でいいぜ。サービス価格だ」


 俺の言い値にうげ、と変なリアクションを漏らすケイン。


 「ホントにそれサービスしてる?」


 「ウチは明朗会計がウリなんだ。儲かってるんだろ?ケチケチすると運が逃げていくぜ」


 「商売上手だなぁ」


 簡単に諦めてくれたケインはバッグから銀貨の詰まった袋を取り出した。素直なのが彼のいい所だ。


 「はい、確かに。じゃあ頑張ってきてくれ」


 「ああ、うまくやってくるよ。ところでコイツ、なんて名前なの?」


 「『ヨサク』だ」

 

 胸を張って名前を告げたが、当然ケインにもリティッタ達にもその意味は通じなかった。







 一週間後。


 「ジュンヤさん、いるかい」


 思った以上にボロボロに傷ついたケインがやってきた。自慢の金髪も服も泥や煤で汚れて酷いものだ。見かねてリティッタがお湯と櫛を持ってきた。


 「ありがとう、可愛いお嬢さん」


 「駄目だったか?」


 心配になってつい身を乗り出してしまう。あの『ヨサク』はその辺の木なら10分もあれば伐り倒してしまうパワーとスピードを持たせたが、迷宮の奥深くで育つ魔物の木には通用しなかったか。


 「いや、大苦戦したけどやっつけられたよ。結局あの木の近くで枝から『ヨサク』を守りながら戦う泥試合になったけどね」


 「そっか、なかなかこっちの予想通りにはならないもんだな」


 残念がる俺に、顔を洗いながらケインは笑った。


 「でも『ヨサク』がいなかったら勝てないのは確かだったね。がっしり踏みとどまってガンガン斧をぶち込んでいくのはすごい男らしかったよ。俺ももっと体を鍛えようかな」


「それがいい、街の女の子にもっとモテるようになるぞ」


「これ以上モテモテになってもなー、困っちゃうなー」


ケインの後ろからシベリア寒波のような視線をよこすリティッタにやめろやめろと目で合図する。


「また使うかもしれないから修理を頼むよ。急がないからさ」


「ああ、預かっておく」


ケインからマナ・カードを受け取って俺はベルトのカードホルダーにしまい込んだ。


「この頃はみんな凄いスピードで地下に潜っていくから強いゴーレムを作るのが大変だよ」


「ジュンヤさん達のゴーレムの影響もあるけど休憩所の設置や戦士職の冒険者の増加はたくさんのパーティの強化に繋がってるよね。俺たちもおちおち街で遊んでいられないよ」


じゃあまた、と言って傷だらけのイケメンは街に帰って行った。


余談だが『ヨサク』の話をどこかから聞きつけた本職の木こりギルドが後日俺の工房にやってきて、装甲を減らした簡易型『ヨサク』が10台売れる事になった。本当に商売はどう繋がるかわからないもんだ。



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