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1-41 タコとプライド:前編


 「暑いですね……」


 そう言ってリティッタが顎の下に滴る汗を拭く。この娘が暑いだの寒いだの文句を言うのは珍しい。つまりそれほど暑い日だと言う事だ。


 「流石にこう暑いと、仕事に身が入りにくいな」


 ウーシアも椅子の上でだらりと足を投げ出しながら水を飲んでいる。こっちはほっといたらもうすぐ全裸になりそうな勢いだ。とりあえず水風呂にでも入ってこいと言うと、何も言わずのろのろと風呂場の方に向かった。


 「リティッタも一緒に行ってきていいぞ」


 「お掃除が済んだら行ってきます……」


 この地方では年に数回、こういった熱波が東からやってきて街を包むらしい。学者が言うには炎の精霊のバランスがどうのこうのとか言われているが余所者の俺にはよくわからない。とにかく暑くて街中がだらだらしている感じだ。野菜や果物もみんなしなびているし、肉も魚も不味い。非常に不健康な数日間である。


 そんな中、工房のドアが叩かれた。どうせマーテかチェルファーナあたりがアイスティーでも飲みに来たのだろう。俺はだらしなくドアに声を掛けた。


 「どうぞー」

 

 「ゴーレム職人のジュンヤというのは、アンタかい?」


 意外にもやってきたのは客だった。20代半ばの、髪の長い男だ。前髪も長く左目は殆ど隠れてしまっている。俺は相手の力量を見定めながら、商談用のテーブルを手で指し示した。


 「ああ、そのジュンヤだ。どんなゴーレムが欲しいんだ?」


 「タコに強いゴーレムだ」


 「タコ?」


 俺とリティッタは一瞬その言葉の意味が分からず首を傾げた。暑さで理解力が低下しているのかもしれない。


 「タコだ。水の中にいて頭の丸い、吸盤だらけの足をもつイカじゃない方のあのタコだ」


 「あのタコか」


 いかん、まだ話がよくわかっていない。客はリティッタの出したアイスティーを受け取ると一気に飲み干した。


 「自己紹介が遅れたな。俺は『銀の蹄鉄』というパーティのヨーゲム……もうそのパーティは解散だがな」


 「なにかあったのか」


 俺の言葉にヨーゲムは皮肉そうに笑う。


 「全員タコにやられたのさ。死人は出なかったが俺以外全員半死半生の大怪我だ。活動資金も少ないし、パーティとしての実力も伸び悩んでいたからこれを機に解散しようだとさ。タコにやられて!」


 ガン!と最後の一言と共にテーブルを叩きブルブルと震えるヨーゲム。よほど悔しかったのだろう。俺たちが黙っていると、彼はゆっくりと拳を戻した。


 「すまん、みっともなかったな……パーティが解散するのはいい。みんなで決めたことならな。でも俺は戦士としてタコなんかに負けっぱなしは嫌なんだ。絶対にリベンジしたい」


 なんだかまだ話は分かっていないが、ヨーゲムがタコ狩りをしたいという事はよく分かった。彼の怒りを酌み俺は話を進めることにする。


 「どんなタコなんだ、そいつは」


 「外見上は普通のタコだ。緑色で大きさが人の三倍くらいある以外はな」


 「三倍か」


 そりゃデカい。迷宮内では魔物も移動の為に体の大きさはそれほど成長しない傾向にあるが、その中でも5メートルを超えるのは極稀だろう。


 「そんなタコが湖迷宮の27階に住み着いているんだ。ちょうど真ん中あたりに大広間があるんだが、そこは一面水没していて橋を渡って向こう岸に行かなきゃいけない。タコは橋を渡る俺たち冒険者を見つけると水中から出て来て触手を振り回し痛めつけて最後には食べちまうって訳だ」


 「そいつはまた厄介な番人だな。なんか弱点とか無いのか?」


 「恥ずかしながらよくわからなかった。表面がぬるぬるしていて物理攻撃は通用しにくいし、一通り魔法攻撃も試したんだが雷系が少し手ごたえあるくらいで」


 ふむふむと言いながらメモを取る。雷に弱いのは水棲動物の宿命みたいなものか。しかし彼の言い方だとそれほど有効打にはならなかったようだ。


 (少し調べてみる必要があるな)


「予算は?」


「どうせ解散なんだ。ヤツを確実に殺せるゴーレムを用意してくれたら銀貨100枚くらいなら喜んで払うよ」


 「……わかった。そのタコに有効なゴーレムを考えてみる。三日後くらいに顔を出してくれるか」


 「ああ、宜しく頼む」


 ヨーゲムは期待するような物言いを残して街に帰っていった。汗だくのリティッタがコップを回収する。


 「悪かったな、風呂入ってきていいぞ」


 「ありがとうございます。でもどうするんですか?また市長さんの書庫に行って調べます?」


 「それもアリだが、まずは近くにいる秀才に話を聞いてみよう。ちょっと出かけて来る」


 俺はそう言うと手土産代わりにリティッタお手製のクッキーを包み工房を出た。歩いて数分程度先のチェルファーナの工房のドアを開ける。


 「おっす、調子はどうだー」


 「なっ!ノックも無しに入らないでよバカ!!」


 入った中で目に入ったのはネグリジェみたいな薄着で本を読んでいるチェルファーナだった。しかしそれも一瞬の事で、彼女の声に反応したゴーレム(アリアシェンとか言ったか)が割り込み彼女の姿を隠す。


 「んなこと言ったって、そんな恰好じゃ客が来た時にすぐ出られないんじゃないのか?」


 「客なんか来ないわよこのクソ暑いのに!」


 (俺の所には来たんだけどな……)


 と口から出かけたがそれは一応飲み込んでおいた。プリプリと怒りながらゴーレムの向こうで着替えるチェルファーナ。


 「全く、いきなりレディの家に入り込んでくるなんて何考えてるのかしら!」


 「んな事言っても、まだまだ色気も無いんだから気にしなくてもいいじゃねーか」


 「そういう所がデリカシーが無いって言うのよ!!」


 ムキ―!と頭から湯気を出しそうな勢いで怒るのが逆に面白い。だがあんまりからかうと肝心な頼みが聞いてもらえなくなるかもしれないのでこのくらいにしておこう。


 「すまんすまん、反省するよ。ホラ、これリティッタのクッキーだ。リキュール漬けレーズンが入っていてうまいぞ」


 「ほんと、ちゃんと反省してよね!」

 

 そう言いながら俺の手から紙袋を奪いぼりぼりとクッキーを立ち食いするチェルファーナ嬢。言っちゃ悪いがレディにも見えないし首席で卒業した優秀な学生にも見えない。もてなしもされなさそうなので俺はしょうがなく二人分の紅茶を淹れ始めた。彼女の工房にも冷蔵室があり、氷を常時保存しているのを知っている。


 「最近はどうなんだ?うまくいってるか?」


 「なんと!昨日10体目のゴーレムが売れたのよ!褒めて褒めて!」


 「そりゃめでたい」


 彼女がこの街に来てから約1か月。最初は大分つまづいたがだいぶいい調子で活躍できていると思う。時々街で話を聞くと、多少高級な割に融通の効かないゴーレムだが、耐久力は抜群で燃費もいい(チェルファーナのゴーレムは彼女自身が魔力を注入して稼働時間を回復させるのだそうだ)。俺もハンパな仕事はしていられないと思わされる実力だ。


 (痛し痒しという奴か)


 「まぁジュンヤにアドバイスをもらったおかげってのもあるけど……今は装甲を軽くしながら耐久性を上げる勉強と、自動で魔物を索敵補足する機能の研究をしているわ。学校にいた時よりもいいゴーレムが作れそうな気がする」


 「いい事だ。人生一生勉強だからな」


 「年寄みたいに偉そうに……で、今日はどうしたの?私の様子を見に来たって訳じゃないんでしょ」


 「察しがいいな」


 俺はアイスティーを二人分用意しながらチェルファーナにさっきの話をした。


 「タコ……ねぇ」


 ヨーゲムの依頼を聞いて眉の間にしわを造りながら唸り、本棚の中から分厚い本を取り出してきた。最新!イラストと解説でわかるモンスター大辞典と背表紙に書いてあるがどこの誰が編集したものだろう。


 「有名なので言うと、この『ウラヴィオラ』とか。船と同じくらいの巨体で嵐の夜に現れ船体や時に灯台までも破壊しちゃうんだって」


 「おっかねぇ魔物だな」


 「後は『バーノ』、これも巨大系ね。それに毒液を飛ばす『ケベスラ』、砂の中に住む『オゴン』それに『ゾフェンパ』……」


 (タコの魔物多すぎじゃねぇか?)


 若干ビビりながら見ている俺の横でチェルファーナは楽しく魔物図鑑をめくっていた。どのタコも特撮映画に出そうなグロテスクな外見をしていて、たかがタコと侮れない凄みがある。


 「例外はあるけど、どのタコも触手による直接攻撃が主流。相手は脚が八本あるからチンタラ接近戦をしていたら不利は免れないわね。一撃で仕留めるか長距離から体力を削るか……」


 「ヨーゲムは足場が悪いと言っていたから遠距離からの攻撃は難しいかもれんなあ。電撃が有効かもと聞いたんだが、その辺は何か書いてあるか?」


 「ちょっと待ってね……ええと、あった。“雷系の魔法は確かに有効だが、表面を覆う粘性の体液に阻まれ致命傷には至らない。この粘液は刃物や打撃攻撃も軽減する”だって」


 「つまりその粘液の上から電撃を浴びせても無駄というわけか。水中にいつでも逃げられる相手の体液をはぎ取るのは難しそうだしな……」


 二人してあーだこーだと考える。相手は同業者だが、こうしてたまにアイデアを出し合うのは刺激的だし結構楽しかった。日も傾き、夕方に差し掛かったあたりで二人のアイデアがまとまり始める。


 「つまり、こういう……槍見たいな武器に、発電装置をつけてビビビビビ!って……」


 「じゃあここのあたりに電魔鉱を配置して……ここで変磁石を回転させるか。それに電気を逃がすアースも必要だな」


 「取り回しが悪くならない様に、持ち手の太さや長さはバランスに注意よ。それから……」


 話が盛り上がっている所で、ドアがノックされリティッタが入ってきた。


 「すいません、お邪魔しまーす……って、まだやってたんですかお二人とも」


 「ああ、すまん。帰るのを忘れてた」


 「もう、ご飯できてますよ。今日はトマトと黒オレンジの冷製パスタです。ウーシアさんも待ちくたびれてるんですから」


 そいつは旨そうだ。昼飯も抜かしてたので余計に腹の虫が騒ぎ出す。俺はアイデアスケッチをまとめて立ちあがり、チェルファーナの肩を叩いた。


 「付き合ってもらって悪かったな、助かったよ。一緒に飯食っていってくれ」


 「え?いいの?」


 同じように腹を空かせたチェルファーナがぴょこんと飛び上がる。


 「もちろんですよ。ご主人さまがいつもお世話になっていますし」


 「わーいリティのご飯美味しいから大好きー!」


 バタバタと鍵も閉めずにさっさと俺の工房へ駆け出していくチェルファーナ。確かリティッタより年上のはずだがあんなんで将来大丈夫なのだろうか。とにかく新しいゴーレムの目星はついたので深くは考えないことにしよう。





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