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1-40 兄と妹と:後編



 

 翌朝、飯を食い終わった頃にやってきたマーテの顔は、やっぱりねと言いた気な表情だった。


 「ジュンヤさんのとこに行ったと聞いて、引き受けちゃうんじゃないかと思っていたけど」


 「やっぱりマズかったかな」


 リティッタ達には倉庫で作業をさせている。マーテと二人話をしながら俺は偵察ゴーレムの図面を描いていた。今まで作ったことのないタイプなのでなかなか捗らない。


 「モグリの遭難者を減らすためにギルドでは断っているのに、ジュンヤさんのところでこういうの引受けちゃうとやっかいな頼み事がどんどん増えるわよ」


 「今度からモグリの仕事はウチも断っているって言いふらしておいてくれ」


 「そこまで面倒見切れないわ」


 呆れたようにそう言い返したマーテはちらりと壁の時計を見た。今日はいくつか仕事が入っていて忙しいらしい。


 「で、彼女が兄貴探しに行くのにゴーレムだけじゃなくてボディガードも付けた方がいいと思うんだが」


 「そりゃあそうでしょうね。ここの迷宮の事を知らないで潜るよりは経験者がいた方がずっと早く18階まで行けるでしょうし。でも、規約に従えばモグリの救助はギルドからの斡旋はできないわ。お金も無いんでしょう?」

 

 「俺が個人的に知り合いに依頼するのはアリか?」


 俺の提案にマーテはすごく苦い顔をした。


 「……ダメ、と言いたいところだけど。今回だけって約束してくれるなら目を瞑ってもいいわ。でも何があってもギルドからの手助けは出来ないわよ」


 やむをえまい、と俺も苦笑しながら肩をすくめて見せた。


 「誰に頼むつもり?」


 「ギェスだ。ちょうどちょっとした貸しもある。草原迷宮の地下20階まで行けるようになったと言っていたし」


 なるほど、とマーテは頷いた。


 「彼なら見かけによらず紳士的だし、実力もあるし大丈夫なんじゃないかしら。引き受けてくれるかどうかはわからないけれど」


 「見かけたらウチに顔を出すよう伝えてくれないか」


 「分かったわ。無事に見つかるようソヤゥ神に祈っておいてあげる」


 「ありがとよ」


 マーテがギルドに帰るのを見送る頃に偵察ゴーレムの設計も形になった。結構特殊パーツを使うが、装甲面を削って何とかしてコストを抑えるしかない。早速『ケルフ』フレームを引っ張り出して不必要なパーツを引っこ抜いていく。


 (戦闘用では無いから、腕や足も短くていいな。関節保持用のバネも少し安いものに変えちまおう)


 改造ポイントを考えながらウーシアに頼む部品の図面も用意する。実作業を任せられる人が増えたのはいいが、頭の中にある設計図を誤解の無い様に他人に伝える準備をするこの時間が結構厄介だ。さらに社員が増えたら俺は指示出しだけで一日が終わってしまう気がする。結局今日は下準備だけで夜を迎えてしまった。








 さらに翌日。朝から伝言を聞いたギェスが顔を出しに来てくれた。依頼主のキュリオを混ぜて三人でテーブルについて話し合う。


 「……大体の話は読めた。モグリってのは気に入らねぇが、この可愛いお嬢ちゃんの兄貴を心配する気持ちはわかる」


 「力を貸してくれないか、ギェス」


 俺の頼みに、ギェスはやはり難しい顔をして腕組みをした。


 「ジュンヤにも世話になっているし力になりたいのはやまやまだが、簡単に引き受けられる話じゃあ……ねぇわなぁ」


 その言葉にキュリオの顔も肩もずぅんと下がってしまった。それを見てギェスが慌てて手を振る。


 「いや待て、まだ断るとは言ってねぇ」


 (コイツ強面の割に、意外と女に弱いのかな?)


 顔を上げたキュリオを見てなんとか落ち着きを取り戻したギェスが汗を拭きながら話を続ける。


 「まだいろいろ聞きたい事が有る。お前さんの兄貴……キュアンとか言ったか、行方不明になってからだいたいどのくらい経つんだ?」


 「私が酒場を回って話を聞いたところでは……もうすぐ一週間くらいになるかと……」


 その言葉に場の空気が重くなる。そのキュアンの実力は知らないが、このノースクローネの迷宮で単独で一週間も生き抜くのはかなりキツイ。実際前に自分がやったからよくわかる。


 「どのくらい食料や薬を用意していたかは知らんが……もう厳しい頃合いだな」


 「兄さんは大丈夫です!カエルやトカゲだって平気で食べれます!子供のころ閉鎖された廃鉱に迷い込んだ時も二週間コウモリとモグラの生き血で生き延びましたし!」


 勢いよく立ち上がってそう力説するキュリオに俺もギェスも頷くしか出来なかった。


 「……わ、わかった。じゃあやるだけやってみるか」


 「本当ですか!?ありがとうございます!」


 勢いに押されてギェスも依頼を引き受けてしまった。もしかしたら意外とこの娘には有無を言わせぬ何かがあるのかもしれない。とりあえずまた明日な、と言ってそのままギェスは帰って行った。俺も明日までにはゴーレムを仕上げなければならないだろう。


 (仕方ない、今夜は徹夜だな)


 人の命が掛かっているとなると、俺もおちおち寝ていられるほどズ太くは無い。ウーシアやリティッタにも協力してもらい一気にゴーレムを仕上げることにした。代わりにキュリオに飯や風呂の準備をしてもらう。


 「ご主人さま、このネズミみたいなものは何ですか?」


 リティッタがゴーレムの左足から細いケーブルで繋がっている、そのままパソコンのマウスのような機械を見つけ尋ねてきた。


 「偵察機だ」


 「ていさつき?」


 意味が分からないでいる女三人の前で、俺は魔操杖をかざして見せる。この杖は普段客に売っているものより短く、代わりに先端近くに広いレンズをつけてある。俺が杖を振るとマウスはひとりでに進みだした。


 「わ、動いた」


 「ケーブルは巻取り式になっていて家二、三軒分くらい先まで行ける。そうすると……」


 車輪で走行するマウスは静かに工房の玄関から外に出た。俺はそれを見てから魔操杖のレンズを三人に見せる。


 「わ、外が見える!」


 「ほんとだ。チェルファーナの家も映っている」


 レンズに映る外の景色に三人は驚いてポカーンと口を開けた。俺はちょっといい気になって自然と鼻が高くなる。


 「こんな感じでこのネズミだけ先に行かせて様子を見ることができるんだ。これならゴーレム本体がのぞきに行くより見つかりにくいし万が一攻撃されてもキュリオたちは逃げることができるだろ?この左腕についているトンボみたいな機械も同じだ、活動範囲はあのネズミより狭いが無線で飛べるから偵察の自由度が高い」


 「すごいです。ゴーレムってこんなこともできるんですね!」


 「これはご主人さまだから作れるんですよ。キュリオさんは運が良かったですね!」


 何故か俺の隣で一緒に鼻高々になるリティッタ。しかしキュリオは気にせずにまだ未完成のゴーレムを見て目をキラキラさせている。


 「この子さえいれば兄が助けられる気がしてきました!」


 「とにかく完成させないとな。みんな、もう少し頑張ってくれ」


 「わかりました!」


 



 




 開けて翌日。ここの所忙しかったので久々に日付が分からなくなる感覚を味わった。一同寝不足の真っ赤な目をしてギェスを出迎える。一応兄探しに迷宮に潜るキュリオは無理やり寝かせておいたので元気そうだ。


 「おう、また面白そうなゴーレムを造ったな」


 「ああ、『ダギュール』だ」


挿絵(By みてみん)


 ギェスとキュリオの前で俺は偵察用新型ゴーレムの説明をした。


 「この腕についているトンボと足の装甲の中に入っているネズミは偵察用だ。危なそうな通路の様子を見るのに使ってくれ。それからここのボタンで煙幕が出る。逃走に役に立つはずだ。この耳のような部分は鋭敏な振動センサになっていて近くに生き物がいたら反応がある。戦闘には全く力にならないが、兄貴探しには役に立つはずだ。うまく使ってくれ」


 前に砂漠迷宮で味わった経験を元に作ったゴーレムだ。必要は発明の母とはよく言ったものである。


 「わかった。たまにはこういう慈善事業もしないとな」


 魔操杖を受け取り自嘲するようにギェスは笑った。それから傍らのキュリオに向かい真面目な顔になる。


 「いいか、お前さんも初心者とはいえ冒険者だ。これから向かう所は生易しいその辺の洞窟なんかじゃなく古代の危険な迷宮だって事を忘れるなよ」


 「わかりました、宜しくお願いします!」


 キュリオの返事に、よしと仰々しく頷くとギェスは彼女とゴーレムを伴って出発していった。その後ろ姿を見てリティが小さい手を握り合わせながら心配そうにつぶやく。


 「うまく見つかりますかねぇ」


 「さぁなぁ。後はギェスに任せるしかない。俺たちにも明日から仕事がある、今日はもう休もう」


 「そうだな、彼らの無事を祈って」


 ウーシアはサッサッと閉じた目の前で不思議な印を切ってから工房に入っていった。たぶん彼女の故郷のお祈りなのだろう。俺たちもそれぞれキュリオたちが無事に帰ってくることを祈り、そして丸一日ぶりにゆっくりと寝た。








 ドンドンドンとドアをノックする音で夢から現実に戻される。どんな夢を見ていたのかは覚えていないが、窓から見える外の様子はまだ暗い。もう少し寝ていたかったという体の欲求をなだめすかしてのろのろと俺はドアに向かった。


 「誰だい?仕事の話ならもう少し明るくなってからに……」


 「ジュンヤさん!ありがとうございました!」


 開けたドアの向こう、暗がりの中から泥だらけのキュリオが勢いよく飛び込んできた。その向こうには疲労困憊のギェスが立っている。


 「すまん、まだ寝ている頃合いだろうと思って止めたんだがどうしても行くっていうから……」


 「すみません。でも、本当に嬉しくて、お礼を言いたかったものですから!」


 あまりの騒がしさにリティッタとウーシアも瞼をこすりながら上から降りてきた。ウーシアなんかは殆ど下着なので朝っぱらから目に毒である。


 「その様子だと、無事に生きて見つかったのか」


 「いえ、残念ながら死んでました」


 「ええええ!?」


 ケロっとキュリオがそう言うので俺たちは眠気も吹っ飛んで飛び上がる。しかし当のキュリオは大変落ち着いた様子で続けた。


 「でもカースドアーマーか何かにサクッと剣でやられたみたいで、傷跡もきれいだし身体の欠損もないし腐敗も進んでなかったので、ギェスさんがこれならソヤゥ神殿に持ち込めば蘇生させてもらえるんじゃないかとおっしゃって下さって」


 「急いで虎の子の帰還魔術の巻物を読んで帰って来たんだ。アレ長いし読み上げるの苦手なんだが、おかげで兄ちゃんは無事に蘇生できたよ。今は神殿で静養させてもらっている。『ダギュール』は……最後の最後で魔物に壊されて置いて来てしまったが、そのうち回収に行くつもりだ」


 ギェスのその言葉に俺たちはホッと胸をなでおろした。どうやらハッピーエンドで落ち着きそうだ。


 「ゴーレムは最悪また作れるしな。その兄貴も生き返れて良かった。でも死者蘇生代って結構高いって聞いたことあるけど、そこは大丈夫だったのか?」


 「ああ、銀貨で1000枚だった。俺の貯金がスっとぶどころじゃなかったな。兄貴探しより金貸しを探し回る方が大変だったよ」


 「せんまい!!」


 俺たちはまた三人で飛び上がった。自分たちもそれなりに高価な商品を取り扱っている自覚はあるが、一気にそんな金額を用意するのがどれだけ大変か想像するのも難しい。俺は半分呆れた口調で訊いてしまった。


 「よくそんな借金こさえる気になったな。最終的にはキュリオが稼いで返すんだろうけど、今はギェスが借りてるんだろう?」


 伝手の無いキュリオがこの街でそんな大金都合できるわけがない。会ったばかりの女の子の為にそんな大金を借りるのは気風がいいとか男気があるとかそういうレベルでは無い気がする。しかしギェスは後悔しているどころか、なんか顔を赤くしてもじもじし始めた。


 「いや、まぁ……キュリオの借金というか、俺の借金というか」


 「何言ってんだ?」


 「二人で頑張って返そうと思ってな……つまり、その……結婚するんだ、俺たち」


 「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!?」


 今度こそ完全にド肝を抜かれ、俺たちは開けた口が戻らなくなった。うっかり大声を上げてしまったけどここが郊外で良かった。多分チェルファーナの家以外には聞こえていないだろう。見るとキュリオも恥ずかしそうに顔を俯かせモジモジしていた。嘘や冗談ではなさそうだ。


 「な、なんで、そうなったんです?」


 「いや、最初は全然そんな気は無かったんだ。迷宮に潜って、死んでる兄貴を見つけて、生き返らせるのはいいけど金も無いしなー、借金返すの大変だぞ?って言ったら、この子が『なんでもお手伝いしますから協力して下さい』って言ってな、んじゃあ嫁さん探しでも手伝ってくれって俺が言ったら、急に『私じゃダメですか?』って……」


 「ギェスさんが、私たちの為にすごく頑張ってくれたんです。魔物の攻撃から私をかばってくれたり、ご飯も一生懸命作ってくれたり、食料もギリギリなのに兄を探し続けてくれて……そんな姿がすごく頼もしくて……もっと、一緒にいたくなっちゃったんです」


 「はぁ……」


 モジモジ身をくねらせながらそう言う二人を見て言葉を探しているとウーシアが俺の気になってる事を代わりに聞いてくれた。


 「二人は結構歳が離れてるみたいだけど、いいのかキュリオ」


 「え?全然大丈夫ですけど?」


 「そ、そうか。すまん、失礼な事を聞いた」


 きょとんとした顔で答えるキュリオを前に俺たちは顔を見合わせてから、とりあえずこくりと頷いて二人に向き直る。


 「とりあえずおめでたい事だ。お祝いしなきゃな」


 「そうですね、ケーキも作らないと。それに花嫁衣装も」


 「そりゃありがたいけど借金まみれなんだから、あんまり派手にやってくれるなよ」


 驚く事ばかりの事件だったが、なんだかんだでいい方向に話が転がったようだ。異世界生活は実に面白い。


 

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