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1-39 兄と妹と:前編





「こりゃまた随分と使いこんだなぁ」


冒険者ギェスが持ってきたゴーレムの様子を見て俺たちは嘆息した。


「怪我知らず疲れ知らずだからつい頼っちまうんだな。相棒の方はまたケガして入院中だ。しばらくは休暇だな」


ボロボロのゴーレム『ラッヘ』の頭を叩きながらギェスも反省するように呟く。彼に売った戦士型ゴーレムは全ての鎧部品がボコボコに凹まされヒビだらけ。シールドと右手の指は無くなっていてロープで剣を縛り付けられているし、見えている部分だけでも歯車の欠けが10箇所はある。何匹の魔物と戦闘をくりひろげてきたのか検討もつかない。


「今度からもう少し早くオーバーホールしに来てくれ」


「帰って来てすぐ持ち込んでるんだぜ。ただどんどんと深い所へ進んでいるだろう?そのせいでどうしても行き帰りの戦闘が多くなっちまうんだ」


やれやれと肩をすくめるギェスに俺はわかる、と首を振った。


「今はどのくらいまで探索は進んでいるんだ?」


「俺たちはやっと草原迷宮の地下20階に着いたところだ。大手の連中は24階に到達したらしいぜ」


「随分とハイペースだな」


「みんなジュンヤのゴーレムに助けられているんだろうさ」


「それが本当なら職人冥利に尽きるな」


ギェスは今日は暇だというので、俺の作業を見ながら横で冒険の話を聞かせてもらうことにした。リティッタやウーシアも近くで剣の手入れやリベットの打ち込みをしてもらう。『ラッヘ』を天井のクレーンに吊り下げ俺はその鎧パーツをはがしにかかった。フレームに飛び散った潤滑油はガビガビに汚く固着しているし、心臓部の魔動力炉も限界運転を何回かしたせいか焼き付いて調子が悪くなっているようだ。ここも取り替えてやった方がいいかもしれない。


「やっぱり地下に行くと魔物も強くなるのか?」


「そうさ。地下10階までの魔物と比べたら全然違うな。こないだ戦ったアンデッドなんか腐った体の癖にパンチがすげぇ痛ぇんだ。オマケに鼻がもげる程臭いしよ」


ギェスのアレはまいったという顔に女二人が大笑いする。


「笑い事じゃねぇぞ。街に帰ってから服全部買い替えたんだから」


「じゃあゴーレムも出来るだけパワーアップした方がいいか」


「そうだなぁ……言いにくいがやっぱり力不足を感じる事が増えてきたな。なんせ四か月も前に買った装備のままだし」


「もうそんなになるか」


忙しい忙しいと毎日を過ごしてきたが、気がついたらそんなに経っていたかと俺は少しばかりこれまでの事を振り返った。何だかんだでノースクローネで落ち着いて商売ができるようになったのはありがたい。更に顧客が増えればいいのだがこれ以上は従業員を増やさないと厳しいだろう。


「わかった、格安でコイツを強化してやるよ。ギェスは俺の記念すべき最初の客だからな」


「ありがてぇ、よろしく頼むわ」


リティッタに頼んでこの前武器市場で仕入れた魔法の盾を台車で持ってきてもらう。銀貨数枚分の重さなのに鉄より堅いという優秀な武具だ。武器も試作で作った複合素材のヘビーハンマーを握らせる。足回り、肩周りのギアは北の鉱山都市から輸入したロデット合金の物に組み替えた。これでそうそう歯こぼれする事は無いだろう。反応回路も一つ上のランクのマナ・カードを差し込みソフト面を強化する。鎧はウーシアに今までより七割厚のものを仕上げてもらった。


「これでデバストロールに遭っても逃げ回らなくて済むかもしれんな」


「なんだその前歯の長そうな魔物は」


ウーシアの質問にギェスが苦笑しながらクッキーを齧る。今日のクッキーはオレンジの皮を乾かして砂糖漬けにしたものを混ぜたものとチョコチップを乗せたものだ。甘さと苦さのバランスがちょうどいい。


「本来の名前はデバステイター・トロール。毛むくじゃらの怪力野郎で何回か戦ったが勝てる相手じゃなかった。ベテラン連中でもアイツらからは逃げが得策と言われてるな」


「冒険者稼業も大変だな」


「まったくだよ。……そう言えば、噂の“お姫さま”を見たな」


「“お姫さま”?ああ、あの人か」


前にゴーレムを買いに来たあの高貴な装いの令嬢を思い出す。ソフィーヤとか言ったか。彼女には強力なゴーレムを仕立てたがそろそろ力不足になっているかもしれない。


 「一人とゴーレムで相変わらず進んでいるようだったな。時々他の冒険者と共同戦線を取る事もあるみたいだけど、財宝なんかには全然目もくれないんだそうだ」


 「一体何が目的なんだろうな」


 「聞くところによると、何か大事な宝玉を探しているとかなんとか」


 宝玉ねぇ……と言いながら俺はゴーレムのネジを締め続けた。何か家に伝わる大事なものだったりするのだろうか。そんな物が迷宮内にあるのも妙な気がするが。


「結構使いこんでいるようだったぜ、槍の先なんか真っ黒に焦げついていたし。近いうちにジュンヤの所に来るんじゃないか」


「修理の準備をした方がいいかもしれないですね、ご主人さま」


「そうだな、ヤンバさんに発注するリストをまとめておいてくれ。明日手紙を出そう」


分かりました!と倉庫の方へ行くリティッタ。その後ろ姿を見てギェスがボヤくように独り言を言った。


「俺もそろそろ嫁さんをもらわんといかんかな」


「嫁じゃねえよ、アレは」


照れんな照れんなと俺の背中を叩くギェス。この街にはほんとうに人の話を聞く奴が少ない。そもそもこのいかつい無頼漢のような男が嫁が欲しいと言うのにも驚いたが。


「嫁なんかもらったら危ない冒険稼業なんかやってられないんじゃないのか」


「たまに夫婦で迷宮に潜るって酔狂なのもいるらしいが、まあ普通は嫌がられるだろうな。そしたら道具屋でもやるさ。後はキャラバンとかでもいい。これからもっと必要になるだろうし」


「いろいろ考えているんだな」


そりゃそうさ、と言ってギェスは席を立ちゴーレムの出来具合を確認した。


「ま、コイツがオシャカになるまではモグラ暮らしよ」


「引退前にたんまり財宝見つけられるといいな」


「おう、任されといてくれ」


修理の終わった『ラッヘ』をマナ・カードに収納してギェスは荷物をまとめると、陽の傾きかけた街に帰って行った。入れ替わりに別の冒険者が入り口から顔をのぞかせる。


「いらっしゃい」


見かけない顔だ。紺色の長髪をターバンで巻いてまとめて、やはり紺色の革鎧を着ている。武器は短い曲刀だった。幼い、というか女っぽい顔立ちをしているが長身の割に痩せているので男か女かはわからない。


「もう、店じまいですか?」


おどおどと聞くその声は高めだ。どうやら若い女の子らしい。この冒険者の多いノースクローネでも珍しい年ごろだろう。俺は後ろで作業しているウーシアを振り返る。褐色の顔をニコッとさせて、いいんじゃないかとジェスチャーで返事をくれた。


「いや、長話でなければ大丈夫だ」


「よかった」


トコトコと少女が入ってくる。それなりに装備を整えているけれどもどれも買って日が浅い。何より、冒険者にしては筋肉が少なすぎるようだ。とりあえずテーブルに案内するが俺が言うのも何だがあまり冒険者に向いているようには見えなかった。


「ゴーレムが入り用で?」


「はい、まだ初心者なんですが……」


「ウチは金さえもらえれば初心者でもベテランでも大歓迎さ」


その一言で固くなっていた少女の肩も少しほぐれたようだ。


「良かったです。私はキュリオといいます。ごらんの通り駆け出しの冒険者で、テュシマーから来ました」


「テュシマー?随分と遠いな」


遠い西の港町のはずだ。向こうにも迷宮や古代の塔などが多く冒険者が船であちこちから集まると聞く。


「なんでわざわざノースクローネに?」


「兄を探しに……この街で迷宮探索をしているはずなのですが、ここに着いてから話を聞くと、最近行方不明になったと聞き……」


キュリオは青ざめた顔をしてそう話したが俺にはまだ話が読めなかった。迷宮内で遭難したのなら冒険者ギルドの捜索隊の仕事だ。俺の表情を読んだのかキュリオは先に口を開いた。


「その……兄はここのギルドに登録せずに迷宮に入っていたらしいのです」


「モグリか」


ウーシアが少し困ったように言いながら、リティッタのかわりに紅茶を淹れて来てくれた。ありがとうございますと小さく頭を下げてカップを受け取るキュリオ。


「そうなんです。ですからギルドの方には救助を断られてしまいました。強いパーティの方々に依頼する程のお金も持っていなくて困っていると、こちらに相談に言ったらどうだとアドバイスを頂きまして……」


(ウチは便利屋じゃ無いんだがな)


と流石に口に出していう事はしなかったが、冒険者でもない俺にできることと言ったらゴーレムを作ってやることしか無い。この初心者の娘がゴーレム一体連れてここの迷宮から生きて帰ってこれるのだろうか。


「お兄さんはどこのあたりでいなくなったのかわかるのか?」


「いくつかの酒場で聞き込みしたところ兄らしき冒険者を、数日前に草原迷宮の18階で見たという話がありました」


「18……相当深いぞ。初心者が行くような所じゃない」


「はい、ですから戦闘用より周りを探索したり敵を察知できるようなゴーレムを作っていただけたら、それで逃げ回りながら兄を探そう……と思ってお邪魔したんですが」


キュリオの考えに俺はちょっと感嘆してしまった。初心者という割にはなかなか考えているらしい。


「予算はどのくらいあるんだ?」


「銀貨69枚と銅貨13枚。今の残り全財産です」


悲しそうに革袋を出すキュリオ。流石にこの額では救助を引き受けてくれるパーティはいないだろう。そして新型ゴーレムを作るにもギリギリの金額だ。俺の難しい表情を見てキュリオが肩を狭くする。


「難しいですか?」


「引き受けましょう、ご主人さま!」


後ろからリティッタがバタバタと駆け寄ってきた。


「テュシマーからはるばるお兄さんのためだけに来たんですよ!これを断ったら人でなしですよ!冷血漢!悪党!人間のクズ!」


「断るとは言っていないだろう!」


滅茶苦茶な言いざまに思わず怒鳴り返す。その俺の前でキュリオの顔が一転明るくなった。


「引き受けていただけますか!?」


「引き受けたいのはやまやまだ。しかしいくつか懸念点がある」


一つ、と俺は空いたクッキー皿の上に角砂糖を置く。


「新しいゴーレムを作るなら、キミの全財産全て貰うことになる。まぁ……後払いでも良いが迷宮に潜るための装備や食料の代金、帰りの旅費とかいろいろ金策を考えなきゃならんだろう」


そしてもう一つ、と横にまた角砂糖を置く。


「探知ゴーレムを使い逃げに徹するとはいえ、知らない迷宮の深くまで一人で潜るのは無謀すぎる。最低一人はボディーガードの冒険者を雇うべきだ。兄さんと心中したくなければな」


「金策は……他の冒険者さんのお手伝いや運び屋の護衛でもなんでもやります。宿に泊まれなくても野宿でも大丈夫です。でもとにかく兄さんの救助を急ぎたいんです」


真剣なキュリオの顔を見て、俺は仕方なくこの娘にいろいろ援助してやる事にした。


「わかった、仕方ない。キュリオはゴーレムが出来るまでウチで仕事を手伝ってもらう。飯と寝床もここで面倒見よう。ボディーガードは……まぁ探すしかないな」


「え……そ、そんなにお世話になるわけには……」


「いいんですよ、何だかんだ言ってご主人さまはお節介のお人よしなんですから」


リティッタがよろしくお願いしますね、とキュリオの手を握った。いろいろ言いたいことはあるがとにかく時間が惜しい。


「キュリオにはみっちり働いてもらうからな。リティッタは今から冒険者ギルドに走って、明日朝一でマーテに来てもらうように伝言に行ってこい」


分かりました!と飛び出していくリティッタの横でキュリオが深々と頭を下げた。


(本当に、嫌になるほどお人好しだよ、俺は)





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