1-38 学者とテント:後編
と、言っては見たものの夜までかかってもいいアイデアは思いつかなかった。すっかりすり減ったチョークを投げ捨てて俺は屋上で気分転換をすることにした。
「寒いな……」
珍しく少し冷える夜だ。空には星空が広がっている。並木道を挟んで少し向こうに建っているチェルファーナの工房はすっかり灯りが落ちていた。最近はそれなりに客が付きはじめ(見た目は美少女だから若い男の冒険者のウケは良いようだ)安定してきたらしい。さらにその向こうにはノースクローネの中心街が見える。飲み屋通りには煌々と灯りが並び、厨房から上がる煙突の煙が並んで昇っている。まだまだあの辺りが暗くなることは無いだろう。
ガチャ、と屋上に入る扉が開いた。
「リティッタか、風邪ひくぞ」
「ご主人さまこそ、そろそろ寝ないと体に悪いですよ」
寝間着の上にガウンを羽織ったリティが俺にコーヒーを渡す。わざわざ淹れてきてくれたらしい。俺は礼を言ってその湯気の立つ暖かいコーヒーをもらった。
「まだいいアイデアが出ないんですか?」
「ああ、こういう魔物退治以外のものはちょっと苦手だな」
「頑張ってくださいね……明日は雨になるかもしれませんね」
「雨?」
俺の言葉にリティッタは南の空を指した。確かにそちらの方に浮かぶ緑の月が雲を被っている。
「私もウーシアさんも傘は持ってないけど……出かけなければいいだけの話ですし」
「そうか、傘なら俺でも作れるかもしれんが……傘、傘か……」
その時、俺の頭に何か小さな火花が閃いた。
「行けるかもしれない。サンキューリティッタ。すぐに降りるからお前も早く寝ろ。明日から忙しくなるぞ」
「あ、はい。ご主人さまも無理しないで下さいね」
リティが寝室に入るのを見送ってから作業場に戻った俺はまた黒板をひっ掴みチョークで設計図を描き始めた。さっき閃いた考えをスケッチにしながらその機構を考える。ゴーレム作りはこの瞬間が一番楽しい。脳内でふわふわと浮かんでいるアイデアをまとめ、図面に落としていく。まるで子供が粘土で好きなものを作り上げていくように。
(フレームがだいぶ多くなるな…銀貨100って言ってたから70枚くらいの原価でまとめたいが…そこはリティッタに見ていてもらうしかないな)
量産品ならコスト削減のために各パーツの選定や省略化を考える時間も必要だが、今の仕事のように客に合わせてワンオフで、しかも早急に実戦用のゴーレムを作るとなるとパーツの査定はなかなか出来ず高級で頑丈なパーツをつぎ込んでしまう。結果として原価も跳ね上がって稼ぎが悪くなるのだが迷宮から帰る前に壊れてクレームを貰うよりはマシだ。
今までのゴーレムより折りたたみの部分や大胆なスライド部分が多くなってきた。戦闘能力はすっぱり諦めてもらおう。その代わり小屋としての完成度アップに力を入れる。出入り口のドアや照明、ベンチレータ……テントに必要な装備を加えながら素案を完成させた時にはやっぱり朝になってしまっていた。
「やっぱり徹夜したんですね」
リティッタが上からトーストを焼いて持ってきてくれた。それにスクランブルエッグとサラダとスープ。素敵な朝食だ。
「仕方ないさ。おかげでなんとか形になりそうだ」
「どれどれ……うわ!?こんなの本当に作れるんですか?」
「作れるさ、ウチの三人なら」
俺はトーストを齧りながら寝不足の顔でニッとリティッタに笑って見せた。
起きてきたウーシアにもメシを食ってもらいながら図面を見せて説明するが、ややこしくてわからないからパーツ作る指示だけくれと言われてしまった。機械に疎いので仕方ない。小屋の外板を先に作ってもらう。俺はそのうちに“変形”部分の図面をしっかりと計算する。1㎝でもズレたら上手く小屋が完成しない。慎重なすり合わせに時間がかかる。
二日、三日と時間は過ぎアナスタシアおばさんとの約束の日がやってきた。俺たちが必死に作り上げた怪作……いや、快作を見てアニーが唸り声を上げる。
「これは……またけったいなゴーレムだねぇ」
のっぽの細長いゴーレムが四方に板をくっつけているという、外見的にはとてもわかりやすいゴーレムだ。とても戦闘に使えるとは誰も思わないだろう。そこはアニーも必要ないと言っていたので文句はないはずだ。
「で、見た目は小屋になりそうだけどさ、本当に変形?できるのかい」
「そこは実際に見てもらうしかないね」
俺はその小屋ゴーレムを工房の外に出した。魔操杖を向け、おりゃ!とボタンを押す。
ギゴガゴゴゴ!
騒がしい機械音を立ててゴーレムが変形をする。重なっていた壁板がスライドしながらつながり、両足が傘の骨のように広がって柱になる。最後に頭の部分がロック代わりに沈み込み背中の主動力からぷしゅーと圧力ガスが漏れ、ゴーレムはすっかり円柱状の壁を持つ小屋になった。
「おお!」
こっちの説明を待たずに、興奮したアニーは中に入って行った。
「いいねぇこりゃ!思っていたより広いし壁も頑丈だ。中には明かりもついてるし窓もある!充分にくつろげそうだ」
一通り中を見て満足したらしいアニーが出てきて俺の手を握った。
「いやー、こないだ会った時はぼんやりした若造だと思っていたが、いい仕事するじゃないかアンタ!エライエライ!」
バンバンと俺の背中を叩くアニー。力がありすぎて鍛冶ギルドのバーラムに叩かれているのかと思うほど痛い。俺は苦笑いして逃げながら使用上の注意を始めた。
「バランスには気を使っているが出来るだけ水平の安定した所で使ってくれ。この魔操杖に水平器を付けておいた。斜めの所で展開すると倒れるかもしれないし、隙間から虫やネズミが入り込んでくる」
「そりゃよろしくないねぇ」
「それからこの壁の内側にフックを付けておいたが、運搬能力はそれほど高くない。毛布とかマントとか軽くてかさばるものをここに括りつけてくれ。わかっていると思うが戦闘には全く不向きだ。オーガーにでも殴られたなら一発で壊れると思っていてほしい」
わかった、と言ってアニーは重そうに持っていた革袋を俺に渡した。
「これは代金だ。アタシャ早速潜りに行くことにするよ」
「主にどういう所に着目して調査をしに行くんだ?」
銀貨を受け取りながら俺は気になっていたことを聞いてみた。
「いろいろさ。魔物の分布や建築方法……通路の広さ一つ取っても迷宮ってのは千差万別だ。しかしノースクローネ迷宮群は他のものに比べても広大すぎる。あの伝説のダンジョンと言われたドールート女王幽閉窟よりも広いかもしれない。それでいて建築された目的がわかっていないというのはどうにも不穏当だ。それで国王から命を受けたアタシが調査しに来たってわけだ。まぁ言われなくてもそのうち勝手に潜りに来たろうがね」
ハッハッハと豪快に笑ってから、急にアニーは真面目な顔になって鼻の上の小さな眼鏡をくいと上げた。
「娯楽や酔狂で作られたダンジョンならまだいいけどね、大抵この規模の迷宮は何かしらいわくつきってのが定番だ。ここの市長は迷宮をダシに人を集めて街を発展させているがもしかしたら冒険者たちが迷宮を荒らしたせいでトンデモない事が起きるかもしれない。そうやって滅びた街は過去にいくらでもある」
俺の隣のブルッと震えたリティッタの頭をアニーは優しく撫でた。
「脅かすわけじゃないけどね、そうなる前にどういうダンジョンなのかアタシみたいなのがちゃんと調べていかないといけないワケさ」
「大変な仕事だな」
「そうさ」
ドヤ顔をしてアニーが応える。
「じゃあコレは貰っていくよ。また世話になるかもしれないけど、そん時はよろしくね」
「ああ、いつでも来てくれ」
遅ればせながら明けましておめでとうございます。
昨年末から毎日更新を続けてまいりましたが、残念ながらストックを全部使い果たしてしまいました…。
今後も出来るだけ早めの更新を心がけますので、どうかよろしくお願いいたします。




