1-36 潜水とアドバイス
暑い南風の吹く日の午後の事。
「ダンナさま、お客を連れてきた」
外から帰ってくるなり、ウーシアはそう言うと一人の男を工房に入れた。くしゃくしゃの天然パーマみたいなクセっ毛に細い切れ長の目がアンバランスな若い男だ。細身の槍を持ち薄い革鎧を着ているが、駆け出しの戦士と言う雰囲気ではない。
「オーザーだ。湖迷宮を主に潜っている」
硬い表情のまま差し出された手を握る。肩からむき出しになった腕は無数の切り傷の跡があった。
「ジュンヤだ。冒険者向けのゴーレムを作っている」
「ああ、ウーシアに聞いた」
応接用のテーブルに案内して、リティッタにいつものアイスティーを出してもらう。この冷たい紅茶も最近では街で有名になってきたらしい。
「さっき飲み屋で隣の席になって飲んでたら、冒険の話になってオーザーが困り事があるって言うから」
そう言いながらウーシアは着替えに二階へ行った。俺は頷いてオーザーと向き合う。
「やっかいな魔物にでも?」
「ああ、俺は湖迷宮の中でも水中に沈んでいる財宝を主に探している。重い鎧を着ている連中じゃ取りに行けないような深い所だ。しかし今度潜ろうと思っている水場には強いモンスターがいて、一人じゃ太刀打ちできないんだ」
一人?と俺が聞くとオーザーが小さく肯定する。
「俺はパーティを組まず一人で活動している。ギルドには登録しているしたまに他の冒険者と組むこともあるが」
「めずらしいな。理由を聞いても?」
「俺と同じくらい泳ぎの上手い奴がいないからさ」
オーザーはそこで初めて冗談っぽく笑った。俺も納得して話を進める。
「どんなモンスターが邪魔をしているんだ?」
「名前は知らないが、人食い魚の類だ。俺の腕位の大きさで何匹もいる」
「普通に槍とかは通じるのか?」
「ああ、しかし数が多くて対処できない。水の中で長く戦える相棒が欲しいのだが、ゴーレムならあるいはと思ってな」
なるほど。大きなピラニアみたいな連中ということか。しかし通常攻撃が通じるなら普段作っているゴーレムを水中用に改造するだけだ。手間はかかるが悩まなくて済むのはありがたい。
「どの位で作ってくれる?」
「納期と言う意味なら1週間は欲しい。今は他の仕事も立て込んでてな。あと値段なら……そうだな、80くらい欲しいが」
「少し高価いな……75では?」
俺はチラッとリティッタを見る。特に文句を言いたそうには見えなかった。ここの所仕事が多く収入が安定しているからだろう。
「善処してみる。少しははみ出すかもしれないが」
「わかった、よろしく頼む」
そういうとオーザーは槍を手にして工房を出て行った。
二日後、受けていた諸々の修理やパーツ交換の仕事を片つけ、オーザーの依頼に取り掛かる。
「ありがとうな、ウーシア。仕事を取って来てくれて」
「私、ダンナさまの役に立ったか?」
「ああ、最近は酒場に行って新しい客を探す暇もあんまりないからな。新規客はありがたいよ」
ゴーレムの素体を引っ張り出しながら俺は二人を振り返る。
「この仕事が落ち着いたら三人でピクニックでも行くか。湖の方には俺はまだ一度も行ったことないし」
「いいですね。お弁当作っていきますよ」
「私も、また釣りに行きたいと思っていた」
休暇に楽しみがあるのは良い事だ。三人ともいろいろ脳内で休みの事を考えながらそれぞれの作業に移る。ウーシアには武器になる銛とその収納部分を任せた。俺はゴーレムに潜水用の装備を用意する。リティは二人が使う部品をチェックしながら飯や風呂の用意をしてくれる。リティの計算が無ければ俺たちはゴーレムの費用がどれくらいかかったのかもちゃんと把握していない有様だ。
(ゴーレムは酸素は必要としないが濡れると良くない部分が多くある。大がかりな防水対策をしないといけないだろうな)
水中用と言うのは、今まで考えてこなかったわけではないが必要性がそれほど無いと思っていたので研究を後回しにしていた。他のマテリアルゴーレムとかでも水中に強いというゴーレムは聞いた事が無い。
「ご主人さま、これは風を起こす部品なんじゃないですか?」
リティッタが俺が作っていたプロペラを指さした。
「ああ、地上で使えば風を吹かせられるな。でもこれは水の中で使うペラだ。出来るだけ小さくしてひねりも強めにしてある。これで空気より重い水を押し出して移動するんだ」
「へえ、水の中でもこの部品が使えるんですね」
ミシンがあるのに船用のプロペラが無いのは地球出身者としては少し不思議である。そのうち豪華客船でも作って儲けようかと思ったが、この世界では海にどんな魔物がいるか想像もつかないので俺はその考えを止めた。海難保険会社とかあるとは思えないし。
(俺はゴーレム職人だからな)
師匠の顔を思い出しながら自嘲するように心の中で呟く。ゴーレムには推進用プロペラを4つつけることにした。脚に二つ。そして肩後方に二つ。この配置だとトップヘビーになるが水中ではひっくり返っても問題ないからいいだろう。
アップダウン用の注水タンクも簡単ながら用意する。だんだん潜水艦を作ってるような気分になってきた。
「いままでの子たちに比べても、ちょっと変な形のゴーレムになりそうですね」
「そうだな、水の中で戦うってのはやっぱり地上とはワケが違うからな」
ガワだけでなく部品を繋ぐチューブやオイルにも気を使う。水圧で潰れることは無いだろうが機体内の圧力が変わる事は間違いない。腕一つ上げるにも二重三重のチェックが必要になるはずだ。
とはいえ時間にはまだ余裕がある。あと二日もあれば完成に漕ぎ着けられるだろう。二人には早めに上がるように伝え、俺も適度な所で寝酒を飲んでハンモックに身を沈めた。
翌日。また仕事を始めようとしたところで同業者のチェルファーナが眠そうな顔で俺の工房へやってきた。
「どうした」
「うまいことゴーレムの性能を決められなくて……ちょっと相談に、乗ってほしいんだけど……」
腐っても首席の経験のあるお方だ。素直に教えを乞うのはプライドが傷つくのだろう、肩がぷるぷると震えている。
「仕方ない、この私が相談に乗ってしんぜよう」
調子に乗って偉そうにそう答えると本当に悔しそうにダンダン!と床を踏みつけるのが面白い。
「というわけでちょっと行ってくる。リティ、チェルファーナの分も昼飯用意してくれるか」
「わかりましたです。しっかりサポートしてくださいよご主人さま」
釘を刺されてしまった。肩をすくめてからチェルファーナと連れ立って彼女の工房へ向かう。
「どんな注文を受けたんだ」
「人間サイズのゴーレムで、アンティークスケルトンの集団を1体で面倒みられるような奴って言われたんだけど……」
重い溜息をつくチェルファーナ。アンティークスケルトンと言うのは、言葉の響きはオシャレっぽいが要は古い骸骨戦士だ。古代魔術で作られているため現代の悪い魔術師が作るものより強靭で攻撃力も高いと言われている。古代魔術師のガードマンとしてよく作られたらしい。
チェルファーナの家は俺の家と同じように二階建てで、一階の奥が工房になっている。そこはウチとは違い、いろいろな薬品や魔法陣、書物、蝋燭などが所狭しと並ぶいかにも魔法使いらしい部屋だった。その中央に非常にシンプルな人間大のアイアンゴーレムが立っている。ピカピカの銀色の装甲が小さい窓から入る陽光にを弾いていた。
「なにが悩みどころなんだ?」
「両腕の装甲を厚くしたんだけどアンティークスケルトンは強い魔法の剣を持ってたりするっていうから、数で攻められるとどうしても背中や首回りを壊されそうで……」
「ふぅむ……」
改めてぐるりと回りを見回す。やはりスキの無い完成度の高さだ。装甲の継ぎ目にスキマは少なく、各パーツには緩やかに曲線を入れることで打撃攻撃の衝撃を逃がしやすくなっている。足回りの稼働も大きく採られておりアイアンゴーレムにしては運動性が高いと見てとれた。
「ここから小改造でどうこうって話ではなさそうだな……いっそ四本腕にしたらどうだ?」
「はぁ!?」
俺の何気なく言ったアイデアにチェルファーナは目を丸くした。想像もしていなかった発想なのかもしれないがそれにしたって驚き過ぎである。
「四本って……腕をあと二本増やすの?」
「だって、1機で多数を相手にしなきゃいけないんだろう?」
「四本腕なんてデキの悪い同期が教授のウケ狙いで作ってるのを見たくらいで……実用性があるなんて思わなかった」
「ちゃんとプログラムを組めれば大丈夫さ。あとこの胴回りやスカートも重くないか?」
俺はそう言って拳でそのあたりを軽くたたいて見せた。完全に鉄が詰まっていてとても中に空間があるようには思えない。
「そうよ、少しでも空気が入っていたら防御力が下がるでしょ。学校ではその方が評価は高かったし」
「学校じゃそうかもしれんがそれほど装甲の必要のないところは肉抜きした方がいい。材料費も安くなるし、客が買いやすくなる。安いって言うのはなんだかんだ言ってもアドバンテージになるからな」
「でも空間を作るとだいぶ防御力が下がっちゃうわ」
彼女の意見に頷いて紙に絵を描き始める。
「そこはこうやってだな、トラス……こんな感じの骨組みを入れるんだ。魔法での成形は難しいかもしれないがこの骨を入れるだけで軽量化と頑強さは両立しやすくなる」
「なるほど……」
素直に俺のアドバイスを飲み込み始めるチェルファーナ。優秀なだけあってただの堅物ではないようだ。この分なら程なく一人でやっていけるようになるかもしれない。俺はそれから装甲や関節についていろいろ助言をし、昼飯を食わせてそれぞれの仕事場に戻る。
「チェルファーナは大丈夫そうか?」
「ああ、経験がないだけで理解力はあるし柔軟性もある。もう何回かは手助けしなけりゃいけないところもありそうだが、半年もすれば一人でもやってけるようになるだろう」
「それは安心だな」
田舎から鍛冶の腕一つで出てきたウーシアには他人事には思えない存在なのだろう。ほっと胸をなで下ろして水を飲むとまたハンマーを手に取った。
「そしたらご主人さまも仕事が減ってご飯の心配をしなきゃいけなくなるかもですよ」
「そこまで素直に負けてやるつもりはねぇよ。この街でゴーレムったらやはりジュンヤだと言わせなきゃな」
「期待してますからね」
ニッと少し意地悪く笑うリティッタの頭をぺちんと叩いて俺も仕事に戻った。
「按配はどうだ?」
約束の日の朝、槍を持ったオーザーがやってきた。なるほど改めて見ると漁師というかダイバー的な雰囲気がある。
「出来てるよ」
俺は工房の奥の方を親指で指す。そこには少し大型になった潜水用ゴーレム『ウェラッヘ』の姿がある。
頭には昔の潜水夫のような丸いポッドをかぶり肩の上には背中を囲むように潜水、移動用のプロペラユニットを背負っている。両手には武器として射出できる銛を装備した。大型魚くらいなら貫通できるほどの威力を発揮する。下半身は軽量化のために最低限の装甲しかつけていないが、極論両足が破損しても水中での戦闘には問題が無いようにした。
「コイツは……また変わった形のゴーレムだな」
「だいぶ水中用に改造したからな。陸上ではまともに戦闘もできないけどかわりに水中ならかなり速く動けるぞ。あの上のハンドルを握ればオーザーが乗って移動することもできる」
「マジか。それは有り難い」
意外だったのだろう、俺の一言にオーザーは顔をほころばせた。
「水の中に沈んでいる財宝って言うのはそんなに儲かるのか?」
「あくまで湖の迷宮に限ればだがな」
オーザーは槍を担いでからこっそりと声のトーンを落として話した。
「水中に財宝が沈んでるなんて知らない冒険者の方が多いんだ。もし水中呼吸の魔法が使える連中に知られたら俺の稼ぎはウンと減ってしまう。だからあんまり口外しないでくれよ」
「わかった、ウチはコンプライアンスもしっかりしているんだ」
オーザーはには俺のジョークは伝わらなかったようだが、ゴーレムの出来には満足して握手した。
「珍しいものを見つけたら今度見せてくれよ」
「わかった、また寄らせてもらう」
そう言って彼は迷宮の方へ歩き出した。
後日の話だが、オーザーが俺のゴーレムと共に湖迷宮で暴れていたエビルマーマンを一掃して大金持ちになったという噂でが街に広まった。あちこちのパーティが彼を勧誘しに言ったがオーザーはその全てを断り今でも一人で潜っているという。




