1-34 新たなゴーレム職人:前編
ダリオが使ってくれた『キーライア』の活躍が評判になったのか、俺の工房にはあれからたくさんの客が来るようになった。通常型の戦士ゴーレムから援護用の弓ゴーレムまでいろいろなタイプの発注が来る。仕入れもヤンバさんの巡業では間に合わず、南のムトゥンドラから別の業者にも来てもらう事になった。
「そういうわけで仕事が多いのはありがたいんだが、こんなんじゃみんなに休みもやれない、なんとかならないか」
俺がそう愚痴っぽく言うと、市長はいつもの砂糖壺を手に取ってコーヒーの中に入れながら頷いた。
「心配ない、やっと次のゴーレム職人が来てくれることになった」
「ほんとか」
俺は安堵の溜息を吐いてからありがたくコーヒーを頂く。昨日の夜に市庁舎のスタッフから呼び出しを受けた時は、また急な仕事かと嫌な夢を見たりもしたが、それは杞憂に終わったようだ。
「どんな人なんだ?」
俺の質問に市長は手元の紙を取り眼鏡をかけた。
「若いな、16歳。ムトゥンドラのゴーレム研究所付属学校を首席で卒業している優秀な職人だ。ジュンヤと同じようにまだ客がいないという事でノースクローネで経験を積むよう研究所のトップが手配してくれたらしい」
「首席?」
俺にはその一言に引っかかった。市長が俺の方に視線をやる。
「どうかしたか?」
「俺もそれほど詳しいわけじゃないが……ムトゥンドラのゴーレム研は、ゴーレム関係ではこの大陸一だ。その学校で首席ともなればだいたいどこかの国や貴族が専属で雇うと聞いたんだが……」
俺の言葉に市長もふぅむ、と唸る。
「まぁ、優秀な人材が来てくれることには間違いないだろう。お互いゴーレムを生業にする者同士、仲良くやってくれ。明日にはこの街に到着するそうだ」
「わかった、期待してるよ」
その翌日、リティッタにその話をすると彼女も嬉しそうな顔を見せた。ウーシアには7日ぶりに休みを上げたので湖に釣りに行ったそうだ。
「それはありがたいですねぇ、ご主人さま」
「ああ、これで少しは楽が出来る。ここんとこ本当に働きづめだったからな。リティッタもゆっくり休んでくれ」
「おかげでしばらく作れてなかったベストを完成させることが出来そうです。でも、どんな人がくるんでしょうね」
リティッタの言葉に、俺も少しだけ冷静になる。
「16歳で学生上がりだからな、ゴーレム作りは優秀でも商売や交渉にはまだ慣れていないかもしれん。冒険者たちとうまく付き合えるような奴ならいいが……」
そんな事を言っている中、部屋の中に前触れも無くバリバリ!と何かが壊れる穏やかでない音が響く。俺とリティッタが驚いて玄関の方を見ると、木のドアがバラバラに壊されていて、そして外から巨大な腕……大仏の腕みたいな石でできた腕が入り込んでいた。
「な、な……」
「あらやだ、壊れちゃった」
その腕の下から、少し小さめの少女……リティッタよりやや背が大きいくらいの娘が入り込んできた。鮮やかなピンク色の髪をツインテールにしている、生意気そうな釣り目が印象的だ。学生っぽいコートを来ている事から自然とその正体は理解できたが、それ以前に俺たちには理解が出来ない事があった。
「なんで他人の家のドアをゴーレムで破るんだ!」
「壊す気は無かったのよ。同じゴーレム職人として、やはり自分のゴーレムをお披露目しなければと思ったんだけど、ちょっと勢い余っちゃって」
「ちゃってじゃねー!てめーちゃんと弁償しろ!」
「ま、まぁまぁまぁ。落ち着いてくださいジュンヤさん」
俺が怒りながら粉々になったドアを指さしていると、少女の後に続いて市長秘書のマーテも入ってきた。
「とりあえずご紹介させてください、こちらチェルファーナさん。ムトゥンドラ市から来てくださったゴーレム職人さんです。こちらはジュンヤさん。珍しいマシンゴーレムのマイスターで、この街でも人気のゴーレム職人さんよ」
汗を拭きながら慌てて取り持つようにそう言うマーテだったが、こちらとしては酷く第一印象が悪い。
「まったくもう、ドアの一つや二つでギャーギャーと男らしくないわね」
そう言うとピンクのツインテール娘、チェルファーナは持っていた杖をドアの残骸に差し向けた。二言三言、何かの呪文を呟くと杖の宝石から緑色の光が放たれ、木片と成り果てていたドアが時間が巻き戻るかのように元の形に復元されていく。
「すごい……」
リティッタが息を飲むようにそう言った。言葉が出ないほどの鮮やかな魔法技術だ。
「これで文句ないでしょ」
杖をベルトのホルダーにしまうと、チェルファーナは得意げに笑った。
「改めまして、私はチェルファーナ・バストリアーデ。ムトゥンドラでゴーレム学を学んできたわ。これからこの街で冒険者のためにゴーレムを売っていくつもり。よろしくね」
ニッコリと手を差し出してくるその仕草にはある程度しっかりしたマナーが見受けられる。俺も年上としてドアの件にはこだわらない事にした。
「ジュンヤだ。地球から来た。この街でマシンゴーレムを作って売っている。こっちはリティッタ、いろいろと仕事を手伝ってもらっている。よろしく」
握手した俺たちを見てマーテもホッと胸をなでおろした。この人もいろいろと大変な目にあう人だ。
「チェルファーナさんにはジュンヤさんの家から少し離れた所の空き家に住んでもらう予定です。冒険者ギルドや市庁舎もバックアップしますが、何か困ったことがあればジュンヤさんも力を貸していただけると……」
「ああ、それは了解だ。いきなり一人暮らしで商売始めると言うのも大変だろうからな」
俺はあっさりと了承した。マーテとチェルファーナがよかったーと両手を合わせる。
「あ、忘れてた。私のゴーレムも紹介しなきゃね。おいで、アリアシェン」
「おい待て」
嫌な予感をして制止するも、その声は向こうのゴーレムには届かなかった。家の外にいた大きな……身長4mくらいのストーンゴーレムが俺の工房の屋根や壁を破壊してのそりと入ってくる。俺たちは天井から降ってくる木材や二階の荷物から必死に逃げ惑った。
「どう、この滑らかな曲線で包まれた繊細なボディ!そして力強い四肢のライン!強度、パワー、美しさを備え持ったこのチェルファーナの最高傑作……」
「いいからさっさと外に出せーーーー!!」




