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1-28 冒険者と狼人間:前編


 「……うまくいかないな」


 新しい魔導力炉の出力が予想より上がらない。おかしいなと呟きながら魔鉱石の配置を確かめていると、リティの俺を呼ぶ声が聞こえた。


 「ご主人さま、お客様ですー!」


 「入ってもらってくれ」


 作業台から降りて、応接スペース(作業場の隅のテーブルと椅子があるだけの所)に行く。汚れた手袋を脱いでタオルで汗を拭いた。こっちのタオルはごわごわしていて顔を拭くと痛い。


 「仕事中、失礼」


 固い挨拶に役人か騎士の類かと思ったが、見ると普通の冒険者の様だった。金属製の胸甲に盾、長剣、革ベルトにポーチをいくつか。スタンダード中のスタンダードと呼ぶにふさわしい風体だ。

 歳は20前後だろうか。黒髪に少し焼けた肌、あまり愛想のない涼しげな黒い瞳が印象的だった。


 「『砂塵の弓』のラドクリフという」


 「ゴーレム屋のジュンヤだ」


 握手をしてから椅子を勧める。軽く礼をしてから姿勢よく座るラドクリフに俺は心の中で驚いた。こっちの世界に来てからこんなに礼儀正しい奴に会ったことは無い。なんで冒険者なんかやっているんだ。


 俺の疑問を余所にラドクリフが話を始めた。


 「さっそくだが強いゴーレムを1台、用意してもらいたいんだ」


 強い、という言葉に俺の興味がそそられた。


 「何をやっつけるんだ?」


 「ブルーデミュルフの群れだ」


 「ブルーデミュルフ?」


 聞いた事の無い魔物だ。


 「ざっくり言うと青毛の大きな狼人間だ。武器防具も使い、駆け出しの戦士ならあっさり殺されてしまう事があるくらい強い。厄介な事にこいつらが森林迷宮の19階で増えまくって、大広間を中心に占拠しているんだ。これを3つのパーティが組んで共同戦線で討伐しようって話になった」


 「増えまくっていると言うとどのくらいなんだ」


 「正確にはわからんが30は下らない。もしかしたら40はいるかもしれない」


 「そりゃあ確かに厄介だ」


 いくら駆け出しとは言え戦士が殺されるようなレベルのモンスターがそんなにいては迷宮探索どころじゃないだろう。俺はリティッタが持ってきてくれたアイスティーをラドクリフにも渡した。暑い日はこれに限る。


 「……すごいな、氷が入っている」


 「ウチはいろいろ冷やしとかなきゃいけない薬品とかあってね。そのついでに肉を凍らしたり氷を作ったりしている」


 「うまい。これはいいな。暑い日はココに来れば楽に過ごせる」


 「あんまり言いふらさないでくれよ」


 「いいじゃないか、ついでに茶屋でもやれば」


 だんだん会話にジョークも混ざってきて、向こうもリラックスしてきたようだ。


 「で、強いって言うのは前に立ってガンガン戦うようなのがいいのか?」


 「そうだ。まさしくそんな頼りになる奴が欲しい。攻撃力もそうだが、いつまでも立ちはだかって倒れないようなゴーレムが理想だな。そうすればその裏から弓使いや魔術師が攻撃できるし怪我した奴も退避させやすい」


 「なるほど」


 そうなると実は俺が作るマシンゴーレムよりも、魔術でつくるストーンゴーレムやアイアンゴーレムの方が頑丈でいいかもしれない。しかし生憎というか都合よくと言うかこの街にはゴーレム屋は俺しかいないらしいのだ。それにこういうハードルの高い仕事はやりがいがある。


 「30匹の魔物にやられないゴーレム……用意できるかもしれんが、なかなかお高くなるぞ?」


 俺の言葉にラドクリフがどさっと重そうな革袋を置いた。


 「銀貨で200ある。あと100くらいなら工面できる」


 おおおーと小さく驚くリティッタの声が後から聞こえた。確かに今までの客とは段違いの太っ腹さだ。しかしこういう時こそ慎重にソロバンを弾いておかないといけない。


 「ちょっと材料費を検討するので待ってくれるか」


 「わかった」


 黒板とチョークを手に取ってざっくりと試算を始める。普通の戦士型に使うブルフレームより大型のロッソフレームを使った方が良いだろう。装甲も厚めにしてギアもトルクの大きい丈夫な物にして長時間戦える魔導力炉を積んで……となると。


 「今ある資材で出来るだけ頑丈な物を作って、ざっと270ちょっと……ってとこか」


 300貰ってもあまりウマい仕事とは言えないかもしれない。話の内容からそんなに工期に余裕のある感じではなさそうだし。


 「それを300でやってもらえるか?」


 「うーん、ちょっと悩みどころだが……そっちこそそんなに払っていいヤマなのか?300って結構な大金だと思うんだが」


 「一応緊急事態という事で冒険者ギルドから補助金が出ている。デミュルフはそれなりに貯め込んでいると聞くしな。第一アイツラを排除しないと森林迷宮の探索が進まない」


 なるほど、そういう事なら相手の懐事情の心配はしない事にしよう。一応ウチの店の財務大臣になりつつあるリティッタを一瞬振り向いた。彼女も少し悩んでいたようだったが、俺と目を合わせると小さく頷いた。


 「わかった、引き受けよう。討伐はいつの予定なんだ?」


 「盾になるゴーレムがいないと出かけられない。しかし、七日以内には出かけたいな」


 「とりあえず五日くれ。もしかしたら六日になるかもしれんが」


 ラドクリフは了解した、と言って席を立った。銀貨は置いていくつもりらしい。パーティリーダーなのだろうがなかなかの大物ぶりだ。俺たちは彼を見送りながら、大変な仕事になりそうだなとため息をついた。



 


 


 


 

 「さぁて、やるか!」


 ばしっと手を打ち鳴らして気合を入れた。作業台には前に組んでおいた大型ゴーレム用のフレーム、ロッソフレームが立っている。『瀑龍』と同じくらいの大きさだがあれは特殊なフレームを使っているので量産化が難しい。一般に売り出すならスピードはあまりないが堅牢で壊れにくいこのロッソフレームを使うのが現実的だ。


 心臓部となる魔導力炉には長時間稼働できる燃費のいいものを使う。各関節の歯車も固くて歪みにくい物に変えて、フレーム自体にも補強の鉄板をつけていった。ここまででもうまる一日かかってしまっている。


 「結構時間的には厳しそうですね、ご主人さま」


 「今後の評判を考えてもこの仕事を落とすわけにはいかん。出来るだけ精のつく料理を作ってくれ」


 「わかりました!」


 工房の天井からハンモックを釣り、メシとトイレ以外は一歩もゴーレムから離れない覚悟で臨む。リティッタもこまめに飲み物を持ってきてくれ、夜には肉や魚を惜しみなく出してくれた。朝もガーリックトーストなどガッツの付くものを作ってくれる。


 二日目。フレームの動作試験をしつつ、装甲を作っていく。このサイズの装甲は余分に作り置きしていないので全部1からスタートだ。敵は前面から来ることを想定して装甲を厚めに、一方で軽量化も合わせて背面はペラペラの薄い鉄板で覆う事にした。不本意だが時間と材料費の事を考えてもこれが最善手だと思う。代わりに正面にはトゲだの針だのをつけて攻防一体を図る。


 「盾はどうしますか?」


 「重量的にも時間的にもキツイ。……大型の手甲を作るか」


 そんなわけで左腕用にデカい手甲を作る。これにもトゲを8本ほど溶接した。コイツでパンチを繰り出せば結構破壊力になるだろう。この日は主な大きい装甲パーツを作った所で真夜中になったので濡れたタオルで軽く汗を拭いて速攻で寝た。


 三日目。装甲の乗せ具合を見ながら、弱点になりそうな隙間を埋める小さい装甲をさらに作っていく。武器の重さを決めるためには先に本体の大体の重さの見積もりをつけないといけない。


 「浮いた重量は……こんなもんか。リティッタ、この図面を持ってバーラムの所へ行ってくれるか」


 「この剣を打ってもらうんですか?」


 渡した紙にはあまりお上品ではないシルエットの剣の絵と大きさが書いてある。


 「この大きさの剣は、俺一人じゃあと二日で打てない。鍛冶ギルドでももてあますかもしれんが刀身だけでもできるならやってもらいたい。銀貨50出すって言ってくれ」


 「わかりました。最近は仕事が減って暇そうにしてたので大丈夫だと思いますけど」


 鍛冶ギルドにいい思い出の無いリティをお使いに出すのは心が痛むがやむを得ない。俺もその間休まずに手を動かす。足裏には踏ん張りが効くようにスパイクをつけ、隙間の装甲をボルトで止めていく。場所によっては戦車についているチェーンカーテンもぶら下げていく。

 

 夕方になる頃には買い物かごを下げたリティが帰ってきた。


 「遅くなってすみません。事情を説明してたら長くなっちゃって……なんとか明後日の夜までにやってくれるそうです」


 「ありがたい、よくやってくれたリティ」


 頭を撫でてやりたいが全身油まみれだ。リティッタが夕飯の準備をしてくれている間に風呂に入り体の凝りを少しでも抜く。晩飯は白身魚のムニエルだった。


 「リティはこんなものも作れるのか」


 「今日、魚屋さんのおばあちゃんに習ったんです。それもあって遅くなっちゃったんですが……どうですか?」


 さっそく一口。美味い。日本のレストランで食うムニエルと遜色無い美味さだ。いい香りと味付けで食も進む。


 「俺的に言うなら、完璧というヤツだ。なんか元気が出てきた」


 「良かった、暑い日の疲れに効くって聞いたので」


 ニコニコ笑うリティッタ。俺は実にいい助手を持った。

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