1-27 聖水と水鉄砲:後編
「やっぱり幽霊退治ですか」
「ま、そうなるな」
リティッタの作ってくれた湖エビのグラタンを二人で食べながら、今日受けた依頼の話をする。
「聖水に弱い……つまり剣に聖水を付けて斬ればやっつけられる!……とか?」
「なかなかいいアイデアかもしれんなぁ」
でしょ?とドヤ顔をするリティに、ポテトサラダを食べながら俺は続ける。
「しかし斬るたびに聖水をまんべんなく塗るのは大変だろ。剣そのものが有効なわけでもないし」
「そっか……じゃあどうするんですか?」
「そこを何とかするのが、ゴーレム屋としての腕の見せ所なわけよ」
「フォークを咥えながらしゃべるの止めて下さい」
「はい」
10歳も年下の女の子に怒られてしょぼんとしてから真面目に考える。
シスターは直接聖水を悪霊にかけるのは難しいと言っていた。それは戦い慣れていない女の腕だからであって、一流の戦士なら柄杓やおたまで水をかける事も難しくないかもしれない。しかしどちらにせよ高い技術を必要とするしビジュアル的にもよろしくない気がする。
となると、やはり液体で攻撃となれば(現代日本人的には)水鉄砲と言う選択肢が出てくる。水鉄砲自体はシンプルな構造の為作る事は出来るだろうが、給水と照準システムをどうまとめあげるかが問題となるだろう。
「なんにしても、少し難しい設計になりそうだな」
「頑張ってくださいね。グラタンおかわりありますよ」
「いただこう。リティッタは何を作っても美味いな」
お世辞抜きで心の底からそう思う。この街に来て仕事で食っていけるのは幸運な事だが、リティを雇えたのはそれに匹敵するくらいラッキーと言えるだろう。だが、当のリティッタはただのご機嫌取りとしか受け取ってくれない。
「ご主人さまは貧乏舌なんですよ」
「どこの世界でも、素直な評価というのは伝わりにくいものだな」
開けて翌日、仕事に取り掛かる。ベースとなるフレームには『ディゴ』型を選んだ。重くない水鉄砲を取回すなら射撃型のこのフレームが適しているだろう。『ラッヘ』フレームより馬力に劣るが、腕周りにギアを多く組み込んであり素早く細かい射撃が可能だ。
背中にはとりあえず軽量の金属タンクを背負わせる。相手は物理攻撃をしてこないとの事なので可能な限り厚みを薄くした。ここからチューブを二本接続し、それぞれを水鉄砲に繋げる。チューブには一応可動式の鉄片を装甲代わりに取り付ける。シリンダー内に入った水が圧力を受け、トリガーで解放され目標に飛ぶ……という身も蓋も無いほどのまっとうな水鉄砲だ。
とはいえ、水量とスピードを十分なレベルで両立するのはなかなかに手間取る作業だった。真面目に水鉄砲など作ったことが無かったので玩具会社の人々も苦労してるのだろうなぁと遠い日本に思いをはせる。
重量バランスのコントロールも課題の一つだった。タンクには水が入っているが射撃を続ければ当然水が減り軽くなる。そうすると重心位置が下がりそれぞれでバランスが変わってしまうのだ。満水時と空っぽの時では総重量が30%も変わる為、バランサーの適宜変更は不可避要件となる。
意外と作業が進まず苦戦している俺をリティッタが不思議そうに見ていた。
「なんか、最初は順調に見えてたんですけど」
「重量が変化するゴーレムなんか作ったことが無いからな……俺もここまで難物だとは思わなかった。マナ・カードもう一枚取ってきてくれ」
「わかりました」
バランサーのコントロールは難しいしトップヘビーのままで万一転倒したら自力で立ち上がるのもシスターたちが起こすのも大変だろうから仕方なく運動性を犠牲にし装甲板代わりのスカートを履かせる。パッと見修道女みたいに見えるのでこれはこれでいいかもしれない。頭部に視覚センサーをつけ(幽霊相手では体温や臭気での追尾が出来ない)、それを両腕に連動させる。握った鉄砲にはフライホイールを仕込み安定した高圧連射が可能なように改造をした。
「射撃回数は両方合わせて38回。射程5メートル、射撃速度は4/sec。射出量は76cc……これでダメなら二機目を作るしかないな」
ひとまず完成したゴーレムの点検をしながらボヤく。まさか聖水を水鉄砲で撃つゴーレムなど作るとは思わなかった。市長に依頼を受けてから、もう4日目の夜になろうとしている。
(明日辺りには一度進捗報告にいかないといかんか)
「ご主人さま、市長さんがいらっしゃいましたよ」
「なにぃ!?」
リティッタの唐突な報告に振り向くと、そこには私服姿の市長が立っていた。
「邪魔するよ」
「な、いきなりなんで……?」
「近くまで寄ったので、つい気になってな」
「そうですか……」
やましい事をしていた訳ではないが、急に抜き打ちチェックされるみたいで心臓に悪い。市長はそんな俺の気も知らず工房の中やゴーレムを興味深そうに見回している。
「ジュンヤの作ったゴーレムと言うのは、冒険者の連中が使っているものを何度か見たことがあるが実際工房の中や仕事ぶりは見ていなかったからな。もう少し早く来たかったんだが、なかなか職務中には時間が作れなかった」
「そういうの、気になるので?」
「そりゃあそうだろう、ゴーレムによる冒険者支援は私の発案だ。問題が無いかどうかいつも気になっているよ」
「今のところ苦情も無いし赤字経営も免れているが、全く問題が無いと言うわけではないかな」
俺の言葉に市長は、ほう?と少し予想外の顔をした。
「どんな問題かね」
「忙しすぎて休みが無い」
「なるほど、それは大問題だ。私でも7日に1日はしっかり休むようにしている。どうすれば解消できるかね」
愚痴混じりに言った俺の一言に市長は真摯な態度を見せてくれた。意外と親切なのかもしれない。元はと言えば急に仕事をぶっこんできた市長にも責任の一端はあるが。
「まぁ……そうだな、やっぱり実際に鉄を打って部品を作る工程で時間がかかる。俺は生粋の鍛冶師じゃないからな。鍛冶ギルドに相談はしているけどなかなか向こうも人手が余っているわけではないらしくてね」
「私の方からもすこし手を回してみよう。ジュンヤはともかくそこの可愛いお嬢さんも仕事に追われているのは市長として大変心苦しい」
紳士的な市長の言葉にてへへと照れるリティッタ。
「それで、これが例のゴーレムか」
「ああ、ほぼ完成だ。聖水をこの銃で撃ち出して悪霊を撃退する」
「なるほど、頼もしそうなゴーレムだ。期待できそうだな。費用はいくらぐらいだ?」
俺はリティッタに合図をして見積もり表を持ってきてもらった。彼女はかなり几帳面で使用したパーツ全ての数と単価を一つもらさず計上してくれている。
「銀貨で……部品だけで68、作業費込みで80ってとこかな」
「意外と高いな」
「特注タイプだからしかたないんだよ」
財務大臣の前で金払いを渋られるわけにはいかない。どういう過去があったのか知らないがリティッタは本当に金勘定に厳しいのだ。前に新米パーティに気前よく値引きしたら3時間くらいこってり絞られた。
「仕方ない、市庁舎裏の石畳修復の予算を流すか」
「市の財源ってそんな簡単に動かしていいのか?」
「いいんだ。市長は私だからな」
冗談ではなく真面目にそう言い放つ市長の顔を見て俺はそれ以上何も言わないことにした。
ゴーレムを引き渡してから数日後、またも市長に呼びだされたので市庁舎に向かう。
「来たか。忙しいのに呼び出して悪いな」
「まぁ、市長は俺の雇い主だからな。呼び出されれば行くしかないさ。散歩ついでに気分転換にもなるし」
今日は珍しく紅茶を振る舞われた。カモミール風のハーブっぽいお茶だった。
「例のゴーレムな、上手く仕事をしてくれたよ。シスターも礼を言っていた」
市長の話によると俺の作った聖水射撃ゴーレムは10匹(?)程の悪霊を見事全部消滅させたらしい。今のところお役御免だがまた同じような魔物の出現に備えて冒険者ギルド預かりで保管してくれるそうだ。
「そりゃよかった。休憩所もできたのかい?」
「ああ、これで初心者から熟練の冒険者まで回復に余裕が持てて助かるというわけだ。人気が出過ぎて休憩所に行列ができなければいいんだが」
俺はハーブティー独特の匂いに少し顔をしかめながら(味はともかくこの匂いが苦手だ)少しずつ冷まして飲んだ。
「そんなにいいところなのかい、その休憩所は」
「我々街暮らしの人間からしたら殺風景なただの部屋さ。しかし地下五階まで進むのに、どんな慣れたパーティでも半日はかかる。そこでしっかり休めれば深い階層でも今までより実力を発揮できる。違うかね?」
「まぁ、理屈は合ってるわな。でもその休憩所だって門番とか見回りに行く人手が必要なんじゃないか?」
「それだ」
市長は俺とは対照的に美味そうに紅茶を飲み干すと、またティーポットからカップにおかわりを注いだ。
「特に掃除とかな。アイツらは使えば使いっぱなしで汚していく一方だ。最初は冒険者の誰かに見回りと清掃を依頼しようと思ったがこれも片っ端から断られてしまった」
(この人、やっぱり冒険者ギルドの運営に向いていないんじゃないか?)
「結局修道院のシスターたちに頼むことになったんだが、休憩所に行くまでの護衛が必要だ。協力的でない冒険者に頼むより文句を言わない機械の方がアテになる。一応、彼女たちの中にも従軍経験のある神官戦士がいるとの事だし」
「つまり、新しい仕事の依頼って事ですかい」
「そうなるな。支払いに関しては休憩所の利用料金を還元する予定だ。一回の休憩で一人銅貨2枚を徴収していて、これが結構なペースで集金できている」
「よくみんな素直に払っているな」
「冒険者ギルドの日頃の教育の賜物というわけだな」
誇らしげに言う市長。しかしその話の流れだと、今度のゴーレムの代金は少なからず後払いという事になる。
「またリティッタに怒られるなぁ」
「金額に関してはしっかり支払うから安心してくれとお嬢さんには伝えてくれ」
グダグダ言っていてもやるしかなさそうだ。俺は頭を掻きながらその話を承諾した。
「できるだけ早めに用意しよう。標準型の戦士タイプで良いな?何体くらい必要なんだ?」
「シスター数人を護衛するからまぁ3機。予備として1機でとりあえず4機用意してくれるか」
「……来週でもいいか?」
「週明けすぐなら」
市長はニコリともせずに即答する。俺はやれやれと言って席を立ち家路につくことにした。




