1-26 聖水と水鉄砲:前編
ジェフが学生達と調査から帰ってきて三日後、少し肌寒い曇天の日に冒険者ギルドの職員が俺の工房へやってきた。マーテではなく少しぼんやりした若い男だった。新しい職員だろうか。
「出来れば早めに、市長室まで来てほしいとの事です」
「仕事の依頼で、市長室へ?」
なんだか校長室に呼び出される悪ガキみたいな気分になりながら市長からの手紙を受け取る。男は忙しいようで、用件だけ伝えると足早に帰って行ってしまった。
「なんの仕事なんですか?」
「なんだろうな……と」
リティッタが覗きこむのを手で押さえながら手紙の封を解く。別に中身を見せたくないわけではなくただ単に開けにくいからだ。中の文書は思ったよりも短い。
「ええと、悪霊退治用のゴーレムが用意できるか相談させてほしい?」
「悪霊……お化けですか?」
この世界の悪霊がどんなものかは知らないけれど、俺の作るゴーレムはあくまで物理攻撃がメインだ。『瀑龍』には火炎属性を刀に纏わせる技があるがこれは特殊な魔鉱石と機械が必要になる。単純に火炎放射などで撃退できない魔物なら、俺のゴーレムでは対処が難しいのではないかと思えた。
(あるいは、悪魔を退けるような聖剣でもあれば……でもそんなのがあるならわざわざゴーレムに持たせることもないか)
とりあえず話を聞かないとよくわからなそうなので、リティッタに留守番を任せ冒険者ギルドに出向く事にした。市長から呼ばれてきたと受付に伝えると、マーテが出てきてすぐ向かって欲しいと言われる。何回か訪問しているので市長の部屋までは迷いながらも行く事が出来た。
ドアをノックすると、中からどうぞと返事が返ってくる。
「失礼します」
できるだけ静かにドアを開ける。中にはコーヒー(おそらく砂糖たっぷりの)を手にしている市長と、そのデスクの前に座っている修道女の様な恰好をした女性がいた。
「いいタイミングだ」
市長がそう言うと、修道女が立ち上がり首を垂れる。
「こちらはこの街の教会でシスター長をしているリュネさんだ。主に冒険者の治療や支援にあたられている。少し話を聞いてほしい」
話は分からないがとりあえず頷いてシスターと握手する。
「始めまして、ジュンヤといいます」
「はじめまして、リュネです。お忙しい所すみません」
丁寧に挨拶するシスターは、年の頃30くらいだろうか。綺麗な顔立ちをしているが肌には少し疲れも見える。優しそうな垂れ目気味の表情が、シスターにふさわしく感じた。椅子に掛けてもらい、自分も開いている椅子に腰を下ろし、市長から直々にコーヒーを淹れてもらう。
「実は、冒険者の皆様の為に迷宮の中に休憩所を作りたいと考えていまして」
「休憩所?」
山小屋でも作るような口ぶりで言うので、俺はオウム返しに聞き返してしまった。
「はい、聞けば冒険者の皆さんは数日間も危険な迷宮の中を進む過酷な探索をしていると聞きます。そこで手ごろなスペースの部屋に魔物が侵入できないよう聖石やお札で結界を張り、せめて一時でも安心して仮眠したり食事したりできるようにしたいのです」
「なるほど」
確かに俺自身、前に迷宮に潜った時はかなり長時間緊張を強いられてとても疲れた。いくらそれを生業にしているとはいえ、休憩ポイントがあれば冒険者的にも楽だろう。これから更に奥へ進むとなれば半月は戻れない冒険にもなるかもしれない。
「話は分かりました。シスターがその場所まで直接行く護衛が必要という事ですか?」
「いや、シスターの護衛に関してはもう手配がついている」
市長はそう言いながら俺にコーヒーカップを渡した。砂糖壺は丁重に辞退する。
「すでに草原迷宮の5階、森林迷宮の6階に簡易的な休憩所も用意している。次に目星をつけていた荒野迷宮の5階の部屋が難物でな、最近実体を持たぬ霊の類が棲みついたのだそうだ」
「体が無いので怪我をさせられたりという事は無いのですけど、なにせ昼夜を問わず大勢で呟いたり奇声を上げたり啜り泣いたりと、とても休憩の出来るような環境ではないのです。部屋的にはそこそこ大きく出入口も少ないのでなんとかその部屋を使用したいのですが」
「はぁ」
なんだか迷惑な住人を追い出したい大家の相談を聞いているような気になってきた。いや、本来の住人は魔物なんだろうが。
「完全霊体の魔物と言うのはなかなかレアでな……いろいろなパーティに話を聞いたがそういうのの対処が得意な人材はあまりいなくてな。二人ほど霊体に効く魔法が使える魔法使いがいたが安い依頼はやりたくないと言われてしまった」
全くあいつらにはボランティア精神が足りんと憤慨する市長。
(ボランティアするような連中なら冒険者にはならんと思うけど)
俺はその件はスルーしてシスターに質問をしてみた。
「ウチのゴーレムももっぱら肉体を持つ魔物の退治が専門で……教会ではそういった悪霊の類に効く道具などはないのですか?」
「清めのお札などでは進入を防ぐ事が出来ませんでした……他の魔物は嫌がって近づかないんですが。火を焚いても怖がる様子はありません。ただし教会で精製した聖水は効果がある様で、入っているビンには近づかないですし振りまけば逃げていきます」
「聖水……ですか」
ゲームとかではよく聞くが、清めの水がお化けの類に本当に効くとは思わなかった。
「はい。直接かける事が出来れば退散させることもできるのかもしれませんが、意外に動きが早く聖水をかけることが難しい上に数もそこそこいるものですから」
「ジュンヤなら、そのあたりいいアイデアがないかと思ってな」
シスターの後に市長がそう続ける。なんとなく話は読めてきた。
「聖水は、必要であれば大量に使っても大丈夫ですか?」
「他にも使うものですから無尽蔵というわけにはいきませんが、人が入れるくらいの大壺一杯ぶんくらいでしたら……」
了解しました、と答えてコーヒーを飲む干す。
「とりあえずやってみよう。5日ほど時間が欲しい」
「悪いな、頼む。予算はできるだけ用意しておく」
「よろしくお願いいたします」
市長と、深々と頭を下げるシスターに別れを告げ、俺は工房へ戻った。




