1-24 学生とブーメラン:前編
仕事を終え、夕飯を食いにぶらぶらと街を歩いていると(リティッタには休みをやっていた)冒険者ギルド近くの通りであの若手パーティのリーダー、ジェフに会った。今日迷宮探索から帰ってきたとの事で向こうも特に用も無く晩飯を食おうとしていたようでちょうどいいやと二人で酒場に行くことにした。
「どうだい、最近は」
まずはビールで乾杯しつつ、ジェフ達の話をツマミにすることにする。ちなみにジェフはまだ二十歳になっていないらしいが、こっちの世界には未成年飲酒不可というような法律は無い。
「ようやく7階まで潜れるようになりましたよ。ちょっと魔物が強すぎるのでお金を貯めて魔法の剣でも買おうかなと思ってるんですけど」
魔法の剣とは、魔法で強化された特別な剣の事だろう。切れ味が上がったり折れにくくなったり、モノによっては刃から雷だの吹雪だのを出すスーパーなソードもあるらしい。ただしそういった強力な物はだいたい迷宮から発掘される古代王国の遺産で、現代の魔法で作れるのは多少強度を上げたり少し軽くしたりがせいぜいなのだと言う。
「そんなもの買う金があるならゴーレム買ってくれよ。少しは安くしとくぜ」
「17階で一人でオーファムサファイアを見つけてくるレベルなら、冒険者やった方が良いですよジュンヤさんも」
ジェフが笑いながら小魚のフライを食べた。例の件はだいぶ噂になってしまったらしい。
「今最深部を潜ってるパーティも結構先に進めなくなってきていると聞いているので、今が追い付くチャンスなんですけどね」
「そのトップのパーティってのはやっぱり装備も強かったりするのか?」
「そうですね……」
次々とフライを口に運びながら、ジェフは少し考えているようだった。
「それぞれ特長は違うみたいです。『灼光の槍』というパーティは魔法の武器や古代魔術を使って強敵をどんどん倒しているって聞きます。森林迷宮専門の『ザルヴェスの風』は戦闘訓練を毎日積んでいて、一発で敵の首を斬り殺す特殊な戦闘術を使う人もいるとか。ちょっと変わっているのは『巨人の鎚』ってパーティでメンバーが多いです。ローテーションを組んで体調管理をしているみたいで、順番にAチームBチームCチーム……と潜っていくんだそうです。戦えない罠専門や治療専門の人も加入できるので人気のパーティみたいですね」
「一口に迷宮探索と言ってもいろいろな方法があるんだなぁ」
俺は感心してサングリアを飲みながら脳内で商売の事を考えた。
(その『巨人の鎚』とかいう所にはゴーレムは売れないだろうなぁ。他の二つも特にゴーレムは必要としてなさそうだ。トップパーティに使ってもらえればいい宣伝になるんだが……そうそううまくはいかないか)
今の所地道にやるしかないな、と結論付けて俺はウェイトレスにソーセージの盛り合わせを頼んだ。
「噂になっている、草原迷宮と荒野迷宮がくっついてそうって話は?」
「聞いています。だいぶ探索は進んでいておそらく間違いないだろうという事なんですが、まだ繋がってはいないみたいですね」
「繋がったら結構探索の方法も変わったりするんだろうなぁ」
「そうですね、15階層までは草原迷宮の方が比較的安全と言われてるので荒野迷宮の方を地上から潜るパーティは減るんじゃないかと言われています。でも荒野迷宮の13階あたりの探索は終わっていないので、潜るパーティがゼロにはならないんじゃないですかね」
「おもしろいね」
なんだかRPGによくある裏道みたいだ。もし5つの迷宮が繋がる道が見つかればタイムアタックで最短ルートを探すパーティも出てくるだろう。
俺達はほどほどに呑み腹を満たすと、またなと別れた。工房の二階の自室に帰った時には三つの月も頂点に上る頃合いで、俺は着替えもせずにそのまま寝てしまった。
翌日、リティッタに起こされて部品の補充やら『ラッヘ』のフレームの組み立てなどをしていると、来客がやってきた。昨日一緒に飲んだジェフだ。その後ろには三人の黒いローブを着た若い男たちがついて来ていて、冒険者と言うよりは学校で勉強していそうな連中だった。痩せたのっぽに大きなメガネ、最後に坊主頭と言っちゃ悪いが全員モテそうな感じではない。
「昨日はどうも、ジュンヤさん」
「ああ、どうしたんだい大勢で」
中に入ってもらい、リティッタにはお茶を用意してもらう。
「彼らは魔法学院の学生なんですけど、今朝冒険者ギルドを通して依頼を受けまして。それでジュンヤさんのゴーレムが必要になりそうだったので……」
「そりゃありがたい。話を聞かせてもらおう」
人数が多いのであのグラついていた手作り椅子も引っ張り出す(捨てないで良かった)。お茶が行きわたった所でのっぽの学生が話し始める。
「自分たちはこの街の魔法学院の学生です。卒業用のレポートの題材に冒険者の皆さんが探索されている迷宮を選び研究を進めてきたのですが、流石に学院の中の書物だけでは情報が少なすぎて……」
「特に湖迷宮の8階にある壁画の間という所に行ってみたいのですが、魔物の巣となっている上にもう財宝も無くなかなか護衛を引き受けてくれるパーティがいないのです」
のっぽの後を次いでメガネが説明を続けた。
「壁画の間?」
「壁一面に古代文字や絵が書かれているという部屋です。きっと迷宮の成り立ちなどが記されていると思うのですが、バンパイアエイプという空飛ぶ吸血モンスターが大量にいるという事で……」
「大型で結構タフな魔物です。その壁画の間は迷宮の主幹ルートからは離れた所にあるので、冒険者が立ち寄らないうちに増えてしまったんでしょう」
ジェフがそう教えてくれた。俺はなるほどと言って腕を組む。
「そのバンパイアエイプを倒すゴーレムを用意すればいいんだな。で、予算はあるのかい?」
三人はしばし顔を見合わせて頷くと、どしゃりとボロボロの革袋を机に置いた。中には銅貨や銀貨が詰まっている。
「1年バイトして稼いだんです。銀貨で50枚分あります。あと30枚ありましたがそれはジェフさん達に支払うお金なので」
「50枚か」
くいくいと俺の服を後から引っ張るリティッタにわかってると目で返事をする。経理に厳しいリティの考えもわかるが、学生がバイトして貯めるお金の大事さは、貧乏学生だった俺にはよくわかる。
「結構な大金だが、研究費に全部使ってしまっていいのか?これだけあれば可愛い女の子を誘ってデートしたりプレゼントあげたりもできるだろうに」
「いいんです。学生の本分は勉強ですから」
「それに俺たちみたいなのがオシャレしても、お金のあるうちしか相手されないし……」
「結局女なんてのはイケメンしか見てないです。そういうの、学校でよくわかってますから……」
三人はどんよりとそう言うと揃って肩を落とした。リティッタが物申したそうにしているがそれを押しとどめて俺は立ち上がる。
「わかった。このジュンヤ、ゴーレム技師の名誉にかけて君らの気持ちに応えよう。この金で必ずその壁画の間の魔物を駆逐するゴーレムを作ってみせる。君らは立派な論文を作ってそのイケメンクラスメート達を見返すがいい。あとは俺のゴーレムを街で宣伝してくれれば十分だ」
「ホントですか!?」
「約束します、ありがとうございます!」
学生たちは歓喜の涙を流し、お礼の言葉を言いながら学校へ帰っていった。彼らの姿が見えなくなってから、俺はリティッタに尻をつねられる。
「なにすんだよリティッタ」
「そんなノリでやってたら、いつまでたってもお金は貯まりませんよ」
「そうは言うけど、宣伝だって大事なんだぜ」
俺の言い訳は聞かず、ふーん、とコップを片付けるリティを横目に俺は残ってもらったジェフにも尋ねる。
「30枚って聞いたけど、ジェフ達は大丈夫なのか?」
「まぁ儲けは出ませんが冒険者ギルドからの依頼はこなしておくに越した事はないです。ジュンヤさんのゴーレムが強ければ、俺たちは楽できそうですし」
「なかなか悪知恵が働くようになってきたじゃないか」
俺はジェフにまた席に座ってもらい作戦会議をすることにした。とは言っても魔物の情報やそれまでの障害を確認するくらいだが。
「そのバンパイアエイプ?ってのは強い魔物なのか?」
「弱くは無いです。ただ飛行能力がやっかいなだけで、その辺の強い狼と戦うくらいのレベルですが。この工房の三倍くらいの広さに、10匹以上が群れで棲んでいると聞いています。正直自分達だけでは厳しいかもと思ってこちらを案内しました」
「次からはもう少し金持ちを連れてきてくれ」
俺がこっそりリティッタの方を親指で示すと、ジェフも苦笑いしてくれた。
「いつ出発する?」
「ボクらのパーティはしばらく他の仕事の予定はありません。二、三日休めば万全の状態で出られます」
「それまでにゴーレムを一台仕上げる、か」
狼くらいの頑丈さならそんなに攻撃力特化しなくてもいいだろう。俺は頭の中でアイデアを転がしながらわかったと言って立ち上がった。
「余裕を持って三日かな。朝に来てくれ。それまでには何とかしてみる。学生君たちにもそう伝えてくれないか」
「了解です、よろしくお願いします」




