1-23 闇の砂漠で宝石さがし:後編
そんなこんなで俺は砂漠迷宮は地下17階までやってきたのだ。
プレク達は俺をこのフロアまで連れてくると、迷宮探索しながら一度街に戻ると言っていた。俺の食糧が尽きる5日後にまた迎えに来てくれる算段だ。それまでに俺がオーファムサファイアを見つけられればよし。見つけられないならともかく、迎えが来る前に野垂れ死にという結果すら現実味を帯びてきた。
出てくる魔物も3メートルほどもある巨大ムカデや炎を吐く凶悪なコウモリ、四本の鋏を持つアバレスナガニなどなどなど……冒険者で無い俺が対処するのはとても大変だ。『瀑龍』がいなければ俺は一時間もしない内にあの世行きだったろう。
(リティッタは心配しているだろうか)
どうにもいい言い訳が思いつかなかったので、素直に迷宮に潜ってくるとだけ書いた手紙をマーテに預けておいた。事情はうまく彼女から話してくれるだろう……帰ったら謝るしかない。それも無事帰れればの話だ。
ぶっ、と口に入ってくる砂を唾と共に吐き捨てて、呟く。
「プレク達、強かったな」
俺は砂漠を歩きながらここまで連れてきてくれた三人の戦いぶりを思い出した。丸二日をかけて最短距離で突っ切ってきたのだが6回ほど魔物との戦闘に遭遇したのだが、そのすべてにおいて彼女たちは危なげなく勝利した。プレクは戦士なので多少ケガを受けるも、魔法使いのジムマの防御魔法でダメージを軽減し、持ってきた傷薬やポーションですぐ回復していた。飛行する魔物はロパエの弓が的確に射落す。チームワークもよくかなり完成されたパーティだと思える。……たびたび寝込みにちょっかいを掛けてこなければ、だが。
宝石探しの間も護衛を頼めれば良かったが、彼女たちの食料や傷薬のストックは行き帰りの分しか詰めずやむなくその案は不採用となった。自分のリュックには緊急用の傷薬、そして5日分の水に干し肉、パンやドライフルーツが入っていて、これを少しずつ一日二回食うという貧相な食事だ。そしてその食料は既にあと一日分を残すのみとなっていた。水筒の水も、もう空に近くなっている。
(腹減ったなぁ……)
こんな環境で探索をしなきゃいけないとは冒険者は過酷な仕事だ。俺は真面目にコツコツ街で働こう、と思った瞬間、足元……靴の先ギリギリの部分が淡く光り、次の瞬間に爆発が起きた!
「!?」
砂と共に空中に舞い上げられた体を捻り、なんとかバランスを整えて着地させる。が、その着地地点にもまた光が灯る。ボンボン!と続く爆発から転がりながら逃げつつ、ランタンをかざして左右を見渡すも敵の姿は見当たらない。
(左右でなければ……!)
暗い天井を見上げる。そこにはハロウィンのお化けのような笑みを浮かべるガスの塊の魔物がいた。邪気を含んだ笑い声と共に不可解な言葉で呪文を紡ぐと、再び俺の足元で爆発が起きる。何発か避けながら様子を見るものの敵に消耗の気配は見られない。無尽蔵に連射できる攻撃と思った方が良さそうだ。
「テロリストみたいに物騒な奴だな」
敵を認識した『瀑龍』が跳躍し魔物に一太刀を浴びせた。魔物は真っ二つに切り裂かれたが、ふわふわとくっつき何事もなかったように憎たらしい笑い顔に戻る。
「やはり物理攻撃は効かないか……なら!」
懐のベルトに手を伸ばす。続く敵の爆破攻撃を避けながら俺は魔操銃にマナ・カードを挿入した。
「我が命により界封の楔を解く!出でよ、『フリュガルー』!」
魔操銃から放たれた光が魔法陣を空中に描く。その中から出現したのは飛行型ゴーレム『フリュガルー』。前にザッフの為に作った『ファンガルー』の兄弟機だ。同じように扇風機に似たファンが機体下部に下げられている他、高縮退エーテル結晶を用いた冷媒機もつけてある。その二つの機械を同時稼働させることによって氷点下に近い冷風を放射することが出来るのだ。
魔物が増えたゴーレムに対し攻撃を始める。しかしそこそこの空中機動力を持つ『フリュガルー』には地面を爆発させる攻撃は効果が薄い。俺は一気に勝負を決める事にした。
「ファン起動!」
魔操銃からのコマンドを受け『フリュガルー』のファンが回転し冷風が吹き始めた。空中を舞う砂粒すらも凍らせながら風は魔物を徐々に固まらせ、動きを鈍らせていく。
グ、ゴゴゴゴゴ……。
ほんの数秒で苦悶の声を上げるガス状の魔物は凍った綿あめみたいになり、地上に落ちてきたかと思うとパリンとあっけなく砕け散った。汗をぬぐいながら俺はゴーレムをカードに戻す。
「何でも用意しておくものだなぁ」
ザッフからの依頼の後にエアコン代わりに使おうと思って作ったのだが、あまりの風の冷たさと燃費の悪さにお蔵入りになっていた。こんな所で役に立つとは。
水を飲んで一息入れようと俺は砂地に座り込んだ。と、左の掌が何か硬い物に当たる。
(!)
オーファムサファイアはこの辺りの岩などの表面で見つかると聞いた。期待を込めて手元を見ると、ごつごつした暗い茶色の岩石が砂から露出しており、その砂に埋まっているギリギリの所に、ランタンの光を受けオレンジ色の輝きを放つガラスの様なものが見える。
「やったか!?」
ここで見つけられれば、あとは出来るだけ安全な所でプレク達の迎えを待つだけで済む。急いで掘り返すと30センチくらいの細長い岩石が出てきた。都合のいいことにオレンジ色の宝石の原石が大小二つくっついている。
「頑張った甲斐があったなぁ、『瀑龍』!」
あまりの嬉しさに相棒の背中を叩く。が、物事は都合の良い事ばかりではないのが世の常だ。
グォオオオオッ。
再び足元の砂地が盛り上がる。しかし、これは先ほどの魔物の攻撃ではない。盛り上がりは比較的ゆっくりで……そして大きかった。
「!」
盛り上がった砂山から転げ落ち、砂まみれになりながら俺はその正体を見た。トカゲだ。巨大な、コモドドラゴンと呼ばれるオオトカゲをそのまま10倍にもしたような体躯を持つ。陸ガメの甲羅のように肥大化している銅色の鱗を纏い、爬虫類特有のあの意思の読めない目が俺達を見下ろす。おそらく美味いか不味いかくらいしか考えていないのだろうが……。
「『瀑龍』!」
俺の呼びかけに応え、『瀑龍』が前に出た。ガッとかみついてくるトカゲの口を躱し、その頬のあたりを切りつける。
ビッ!
鋭い切り傷がトカゲの横顔に刻まれ、青い血が流れ出すが傷自体は浅いようだった。痛みそのものを感じていないのかその血を蛇の様な細い舌で舐めると今度は尻尾を振り上げ俺と『瀑龍』に振り下ろしてくる。
『瀑龍』は俺を庇うように立ちはだかると二本の刀を十字に構え尻尾を迎え撃つ。が、逆にそれを斬るどころか砂地に足首が埋まるほどの衝撃を受けていた。全身の歯車やシリンダーがミシミシと嫌な音を立てている。
(『瀑龍』だけでは無理か!?)
それは、未知の経験であった。師匠と共に作り上げた『瀑龍』は一騎打ちのエキスパートとしての能力を与えられていた。複数に囲まれるならまだしも、(相手が巨大とは言え)一匹のトカゲごときにこうも遅れをとるとは。
忌々しい気持ちを噛み潰すようにしながら俺はまたベルトに手を伸ばした。二枚、マナ・カードを手に取り続けざまにゴーレムを開放する。
「我が命により界封の楔を解く!出でよ、『ジュラッヘ』!『ラディゴ』!」
光の魔法陣の中から『瀑龍』の両脇に二体のゴーレムが出現する。両手持ちのヘビィアックスを持つ戦士型の『ジュラッヘ』と太矢を撃つクロスボウを装備した『ラディゴ』。それぞれ『瀑龍』には劣るものの高い戦闘力を持つ攻撃型ゴーレムだ。
『ジュラッヘ』には前足を、『ラディゴ』には目や鼻を撃つよう魔操銃でコマンドを送る。尻尾から逃れた『瀑龍』は首や腹など皮膚の薄そうな所を攻撃させるがなかなか重傷を負わせられない。さっき見つけた宝石の原石を無くさないようにリュックに入れながら、俺は一生懸命三機のゴーレムを操った。
グォォォォッ!
トカゲが咆哮を上げる。ガンガンと樹を切るように斧を叩きつけていた『ジュラッヘ』が太い尻尾に弾き飛ばされ、砂地に転がった。その背中をオオトカゲの前足が踏みつける。ガリガリと全身の機械をフル稼働させて逃れようとする『ジュラッヘ』。しかしトカゲの重量に勝てずにどんどんと砂の中に埋もれ始めた。
(すまん、『ジュラッヘ』!)
奴には悪いが動きの止まった今がチャンスだ。『ラディゴ』にトカゲの両目を狙わせる。残り少ない矢の一本が右目を見事貫いた。予想外の痛手にか、トカゲが奇声を上げる。俺はベルトから、赤いマナ・カードを抜いた。
「赤き理、煉獄断罪の刃を成せ!劫火殲刀!」
魔操銃から真紅の光弾が発射され、『瀑龍』の刀身に轟炎が纏わり赤く灼熱した。蒼い侍のゴーレムが暴れ回るオオトカゲの喉元に踏み込み、その真っ赤な刀を掲げる様に突き上げる。
ズゥアッ!
皮膚を焼き焦がし、二本の刀が咽喉に突き刺さる。宿った炎が咥内から気道を奔り、苦しそうに開くトカゲの口からも火の粉が漏れた。『瀑龍』はそのまま一気に刀をクロスさせ、トカゲの喉を×の字に切り裂く。
巨大トカゲはバタンバタンと身を砂に打ち付ける様に悶え苦しんだ。やがて炎に神経を焼かれたのか、四肢もぐったりとし尻尾も砂地にだらりと横たえ、事切れた。
「なんとか、勝てたか……」
俺は全身の二酸化炭素を吐いて一生懸命酸素を取り込んだ。改めて迷宮は恐ろしい所だ。こんな魔物がうろついているなら、強いゴーレムを欲しがる客の気持ちもよくわかる。
『ラディゴ』をカードに戻し、踏みつけられていた『ジュラッヘ』の所に行く。『ジュラッヘ』は人間で言う背骨の所が完全にひん曲がっており、肩のメインフレームや両脚も壊れてしまっていた。とても再起動できない。残っている『瀑龍』もどこか動きはぎこちなく、あちこちの歯車に破損があるのが見て取れた。
「まったく、こんなんじゃおちおちその辺で休憩も……」
とりあえず水を飲もうと腰の水筒に手を伸ばした時、俺の足元がぐらりと揺れた。
「ウソだろ……」
振り返る俺の目の前で、砂地が先と同じように盛り上がる。それも一つだけではない。三つ、四つ……今しがた成仏させた大トカゲの仲間が砂の中から這い出し、揃ってこっちを感情の無い濁った黄色の目で見ている。
しばしの静寂の後、俺はかろうじて叫びを上げながらぐるりとUターンをかました。
「逃げるぞ『瀑龍』!!」
ゴーレムが俺の悲鳴に追随して全力で走りだす。トカゲ達もまたドスドスと俺達の後を追いかけ始めた。
そこから、何処をどうやって逃げたのかは全く記憶に無い。とにかくいろんな魔物から逃げまくり、傷を負いながら狭い階段で恐怖と渇きに震えている所をプレク達に見つけてもらい、俺は10日ぶりに地上へ帰還した。
「生きてるって、本当にすばらしいなぁ……」
平和なノースクローネの街並みを目の当たりにし、俺は泣きそうな声で神に感謝をした。
「ジュンヤは冒険者には向いていなさそうだな」
「そりゃなんの訓練も無く17階まで降りたらこうもなるだろうさ」
「むしろ、無事に生き残っていたのが奇跡に近いかもネ」
あははははと笑うジムマの手の中には、オレンジ色の宝石、オーファムサファイアの原石が光っている。俺と彼女たちで1個ずつ折半したものだ。俺も無事に目的を果たせたしプレク達にも損をさせないで済んだ。満足が行く結果となったが、もう迷宮探索はこりごりだった。少なくともしばらくは。
「とにかく目的が果たせて良かったよ。また何かあったらヨロシクな」
「ああ、本当にありがとう」
三人に礼を言い、俺はよろよろと通りを歩きだした。鍛冶ギルドに向かい、バーラムを呼び出してもらう。
「おう、ジュンヤ。迷宮に潜ってたんだってな……なんでぇ酷い恰好じゃないか」
砂だらけ傷だらけで年寄りみたいに歩く俺を見てバーラムは笑った。
「危うく死に掛けたよ。全く、安請け合いするんじゃなかった」
俺は手元に残ったオーファムサファイアの原石をバーラムに渡した。巨躯の鍛冶師はそのオレンジの宝石を見てぶるぶると武者震いしながら喜ぶ。
「おおう!確かに本物だ!凄いなジュンヤ、冒険者でもないのに!」
バシバシといつもの調子で背中を叩く親方から転ぶように逃げる。これ以上ダメージを負ったら本当に死んでしまう。
「こ、これでリティは解雇してもらえるか?」
「ああ、いいぜ。大した良い物を譲ってもらったからな」
満足そうに了承するバーラム。そこで、鍛冶ギルドの入り口から見知った小さい人影が出てきた。
「ご主人さま!」
「リティッタ、ただいま」
石畳の道にへたり込んでいる俺に駆け寄り、リティッタもまた俺をポカポカと殴る。
「どんだけ心配したと思ってるんですか!あんな置手紙だけ残して!来てくれたお客さんにも代わりに謝って大変だったんですからね!」
「悪かった、許してくれ!まじ痛い!」
あまりのマジ殴りにバーラム達が俺からリティッタを引きはがした。見ると、彼女のまだ子供っぽい顔は大粒の涙でぐずぐずになってしまっていた。
「リティ……」
「ご主人さまが、もし死んじゃったりしたら……わたしのために死んじゃったりしたらぁー……わだし、どうしたらいいか、もう怖くて、怖くて仕方なかったんでずよぉ……」
「悪かった、悪かったよ」
泣き崩れるリティッタを俺は地べたに座り込んだまま抱きかかえて背中に手をまわした。
「リティがしっかりしてるから、大丈夫だと思っちゃったんだ。ごめんな、もう勝手にどこかいったりしないから」
「約束、ですよ……」
「ああ、約束だ」
リティッタを抱いたまま、バーラムに手を借りて立ち上がる。
「優秀な社員を譲るんだから、大事にしてやってくれよ」
「わかったよ、さぁ、帰ろうリティッタ。風呂も入りたいし、お腹もぺこぺこだ」
「ホントにもう、仕方のないご主人さまですね」




