1-22 闇の砂漠で宝石さがし:前編
息苦しく、暑く、そして真っ暗な空間を俺は彷徨っていた。
足元には延々と砂地が拡がる。だがここが夜の砂漠ではないのはその気温の高さと空に星が見えない事からもわかる。そもそも空どころか俺の頭上にあるのは石を組み合わせた天井なのだ。手に持ったランプの灯りでは、うっすらとしか見えないほどの高さだが。
もうここに来て三日になる。目印らしい目印も無い、異様に広い“部屋”の中を俺は延々と進んでいるのだ。
……ザッ。
うろうろと歩く俺の後ろで、気配がした。殺意を隠そうともしない、冒険者で無い素人の俺にもわかるほどの“背筋を震わせる”気配だ。
「ッ!」
バッと振り向き、手に持った魔操銃を気配に向ける。視界に入ってきたのは剣を持った黒い影、否、黒ずんだ錆色の骨だけで形造られた人形。蘇りを求めて生き血を啜る呪われた魔物だ。僅かな朽ちた布をまとい、生前持っていたと思われる錆びだらけの曲刀を変な角度で構えていた。
ビュゥ!
黒いスケルトンが剣を突きだしてくるのをかろうじて避ける。その次の瞬間には俺の横を歩いていた『瀑龍』が刀を振りおろし魔物の腕を切断していた。スケルトンが身を引く隙も与えず、『瀑龍』は両手の刀を“二”の字を切るように水平に薙ぐ。首と胴体を分断された黒スケルトンは乾いた砂地にドサドサッと死骸を(……もう死んではいるが)散らばらせた。
緊張を緩める。止めていた呼吸を再開し、肩で息をしながら周囲を見回す。敵は一匹だけのようでひとまず窮地を脱したようだったが……。
「やっぱりプロの冒険者に依頼した方が良かったか……」
俺は金と自分の命を天秤にかけた事を悔やみながら、『瀑龍』を連れて再び砂の上を歩き出した。
話は数日前までさかのぼる。
イーダ達からの依頼も終え俺は次の客が来るまでの間に厄介事を片付ける決心をした。すなわちリティッタの身受け、もとい引き抜きである。素直に事情を話すと気を使われて面倒な事になりかねない為、バーラムにもこの件は内密に頼んでおいた。
(オーファムサファイアを手に入れる……か)
砂漠迷宮の中で見つけられるという稀少な宝石。これを手に入れればリティッタを鍛冶ギルドから解約し、俺の専属にすることが出来る。まずは情報を集めなければなるまい。俺はリティッタには市長の所に行ってくると言って留守番を頼み工房を出た。通りの屋台で揚げドーナツを買い、そのまま市庁舎に向かうと、受付の女の子とマーテが談笑しているところに出くわした。
「あら、いらっしゃい」
「ああ、丁度よかった。砂漠迷宮の事で二、三聞きたいことがあるんだ。少し時間くれないか」
「いいわよ、ギルドの方に行く?」
市庁舎の裏側はそのまま冒険者ギルドに繋がっている。俺はマーテに従ってギルドの二階にある小会議室の一つに入った。手土産のドーナツを渡し席に着く。
「砂糖がかかってるから市長も食べれるだろう。二人で食ってくれ」
「わざわざ有難う。で、何かあったのかしら」
リティッタと鍛冶ギルドの件についてかくかくしかじか説明をすると、マーテは少し難しい顔をした。
「つまり出来るだけ早くオーファムサファイアを手に入れたいと」
「付け加えるなら出来るだけ安く」
「ますます難しい話ね」
持っていたファイル(依頼書ファイルのようだ)をめくりながらマーテが続ける。
「聞いての通り、オーファムサファイアは最近見つかった宝石で魔除け効果もありとても人気があるわ。加えて採集できる場所は砂漠迷宮の地下17階。魔物も多いし辿り着くだけでも大変な所よ。この一週間でオーファムサファイア収集の依頼は7件来ているけど、依頼を達成したパーティは2組だけね。17階に着いてもなかなか見つからないみたいだし」
「ちなみに、依頼の相場は?」
「平均で銀貨700枚」
額を聞いておおう、と机に突っ伏す。そんな金用意できるのは何年先になる事か。
(そうなると……)
素直に依頼を出す事をあきらめた俺は次の相談を切り出した。
「じゃあ……その17階まで道案内とボディガードを依頼するのはどうだろう。宝石探しはゴーレムで身を守りながら一人でやるから」
「本気なの?」
予想は出来たが、マーテは目を丸くして素で驚いた声を出した。ここまであからさまに呆れられると自分がバカなのかと思えて少し凹む。
「冷たい事を言うようだけど、お手伝いさんの為にそこまで危ない事をするのはどうかと思うわ。私達としてもジュンヤさんにケガをされたりしたら困るし、他の人を探す手伝いをしてもいいのよ」
「アイツ、なかなかの働き者でさ。気も合うしできれば一緒に仕事してもらいたいんだ。それに、人の縁は大事にしたい……余所の世界から来た身としてはな」
「もしかして、ホレちゃった?」
「バカ言え」
クスクスと笑うマーテ。話がそれそうなので、本筋に戻る。
「そうね、17階までのボディガードなら引き受けてくれるパーティはいるかもしれないけど……顔見知りの方が良いでしょうね。知らないパーティだといざって時に置き去りにされるかもしれないし」
「初対面の人間を一生懸命守る義理もないだろうしな」
「と、いうわけで今まで依頼を受けた人たちを教えてくれる?その中から実力がある人にボディガード依頼してみるわ」
「悪いな。よろしく頼むよ」
俺はそう言うと今までの客の面々を伝えた。そしてさらに明けた翌日。マーテに呼ばれて冒険者ギルドに向かった俺は、予想外のパーティーと対面する事になった。
「おー、遅いぞジュンヤ」
「早く出発するよー」
「食料も準備しておいた」
そこに待っていたのはあの肉食系パーティ、『レデュカの涙』の三人だった。ご丁寧に俺の作った荷物運びゴーレムまで一緒にいる。俺はダッシュでマーテに駆けより耳元で問い詰めた。
「マーテ、他にいなかったのか!?」
「彼女たちが一番安く引き受けてくれたのよ。破格の銀貨3枚!実力もアナタのお客の中じゃトップだったし他に選択肢は無いと思って」
よりによってコイツラがトップクラスなのか。確かに戦士タイプではなく荷物運びのゴーレムを作れと言うくらいだし戦力的には困って無いのだろうが……。振り返って本人たちに聞いてみる。
「プレク達は砂漠迷宮得意なのか?」
「つい最近、その17階に行けるようになったぜ。ウチラも随分強くなったもんだ」
「ジュンヤが困ってるって聞いて、それなら手伝ってあげようかなって」
「女の子の為に頑張って迷宮探索とかロマンチックじゃない?」
割と余裕そうな口ぶりなのだが、やっぱりこの三人と同行するのはなんだか落ち着かない。それでも他に頼るアテも無く、俺は仕方なく彼女らに護衛を依頼する事にした。
「でも、銀貨3枚ってそんなんでいいのか?」
「ああ、まぁ条件があるというか……もしオーファムサファイアが二個見つかったらアタシ達にくれよ。小さい方でいいからさ」
「もし見つかれば私達もそんなに損じゃない。賭けみたいなもんだな」
落ち着いている弓使いのロパエがそういうので納得する事にした。確かに宝石が見つかれば売るにしろ持っているにしろ彼女たち的には得になる。
「わかった、その条件でいいよ。よろしく頼む」
「決まりだな」




