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1-19 肉食系女子と荷物持ち


 蒸し暑い夕方、看板を下ろそうかという頃合いだった。客が入り始め、騒がしくなる飲み屋街から明らかに酔っ払いと思える三人組がそれぞれ肩を組んでフラフラと俺の工房の方に近づいてくるのが見えた。酒の臭いが離れていても届くくらいで、当然男だと思ったが良く見ると三人ともガタイの良い女で驚く。


 鎧はあまりつけてないが大きな斧を持った戦士風、それにマントを羽織った魔法使い風、そして弓を持つしっかり筋肉のついた腕を持った女。陽気で明るく気のよさそうな連中だが残念ながら全員美人と言う程のレベルでは無い。真ん中の戦士風の女が俺の方に手を振って大声を上げた。


 「おうい、ちょっと待ってくれぇ」


 酒は好きだが泥酔者は苦手だ。しかし客となれば邪険にするわけにもいかず、俺は三人を工房に入れた。ちょうど鍛冶ギルドの仕事に向かう所だったリティッタが俺の耳に口を寄せる。


 「水持ってきますね」


 「頼む」


 アハハと何が楽しいんだかよく笑う三人がリティッタから水を受け取ってようやく少し落ち着いたのか、まともに話をしてくれた。


 「アンタが今ウワサになってるジュンヤ?」


 「ウワサかどうか知らないけどジュンヤだ。ゴーレムを作っている」


 そう自己紹介すると、三人はヤッター!と両手を上げた。戦士風の女が俺に握手する。


 「アタシはプレク。見ての通りの戦士。そっちは魔法使いのジムマであっちが弓使いのロパエ。三人で『レデュカの涙』ってパーティを組んでる」


 「ヨロシクね」


 「よろしく」


 順番に俺とリティッタは彼女たちと握手した。全員が酷く酒臭く近くにいるだけでリティは酔っぱらいそうだ。


 (お前はもう帰れ、後はなんとかしとく)


 (すいません)


 まだ子供のリティッタをこっそりと裏口に送ってから用件を聞く。


 「なんかゴキゲンなようだけど、うちのゴーレムが必要で?」


 「そうそう、そうなんだよ。いやー閉店に間に合ってよかった」


 「何か強いモンスターにでも出くわした、とか?」


 「いや、そうじゃないんだがウチらのパーティの長年の問題を解決してほしくてね」


 ?と首をかしげる俺に、プレクはまぁ聞いてくれやと説明を始めた。


 「ウチラのパーティはこの三人だ。見ての通り回復魔法を使う奴や薬師はいない。そして三人ともよく食いよく飲む」


 「ふむふむ」


 「そんなわけで、行きは傷薬にポーション、メシに酒を持ってって帰りは、まぁ見つかれば財宝をがっぽりって感じが理想なんだが……つまり行きも帰りも荷物がいっぱいなワケさ」


 「それでワタシ達は今まで荷物持ちの男を雇っていたんだよね、体力ありそうなムキムキの奴に声掛けてさ」


 なるほど、と納得して頷く俺。


 「ただその荷物持ちが長続きしなくてねぇ……」


 はぁーとため息をつく三人。


 「三人分の荷物を持たせるから、大変だったとか?」


 「いやー、それもあるかもだけど、それだけじゃなくて……」


 少し言いにくそうにもぞもぞする三人。結局ゴツゴツと肘を突っつきあって真ん中にいたプレクが少し恥ずかしそうに口を開いた。


 「まー、なんつーの?やっぱ何日も迷宮に潜ってくとさ、ストレスも溜まるしムラムラしてくるんだよな」


 「え?」


 「男と女だしさ、若い男雇ってるしこっちはこんなカッコだし、ちょっと安全な所でキャンプとか張るとどうしてもな。向こうだって満更でも無いって感じだし」


 「はぁ……」


 とてもリティッタには聞かせられない身も蓋もない話になってきた。が、まだ話が読めないでいる。


 「じゃあお互い別に問題は無いんじゃないのか?」


 「最初のうちはな」


 ロパエという三人の中ではまだまともそうな弓使いがそう答え、その後をまたプレクが繋いだ。


 「こっちは三人で男は一人。最初の夜なんかはそりゃもう喜んでズボン脱いでくれるんだけどよ、それが二日三日となると向こうも目に見えてやつれてくるんだな。荷物も持たないといけないしよ」


 「ああ……」


 同じ男として何となくわからんでもない、そんな爛れた性生活を送ったことは無いが。ていうか誰にも話してないけどまだ童貞なのだが。


 「それで結局迷宮から帰ってきたら辞めちまうんだよ。そんなんが何回も続くとさウチらの名前聞くだけで逃げる男もいるんだ。こんな美人三人とタダでヤれるっていうのにさ」


 「プレクがすごいガッつくからだよ、一晩で二回も三回も」


 「ンだよー、それを言ったらジムマだって酷いぜ?疲れたって言ってるのにアレにだけ強化魔法かけて無理やりギンギンにさせてさー。両手両足も捕縛魔法で縛り付けて上からのしかかって……」


 「ああ、アレは確かに見ていて酷かった」


 「なにさ!ロパエも結構隠れてつまみ食いしてるの知ってるんだからね!こないだの奴もう少しで地上まで帰れるって時だったのにそれで荷物おいて逃げちゃったじゃない」


 三人が酷い会話でワーワーギャーギャー喚いているのを見てられなくなった俺は、まぁまぁと無理やり間に割って入った。


 「つ、つまり荷物持ちのゴーレムを作ればいいのか?」


 「さっきさ、酒場で飲みながら話し合ってたんだよね。アタシとしてはやっぱ男がいた方が楽しいし頑張りがいもあるんだけど」


 「やっぱり探索中は探索に集中しないと効率も悪いし。男遊びは街に帰ってからにしようって」


 「なんならジュンヤに遊んでもらってもいいんだけど」


 ロパエがまるでボーリングでも行く?くらいのテンションでそう言うのを聞いて俺は背筋に冷や汗を流した。


 「う、ウチは五月蠅いのがいるから、そういうのはちょっと……」


 「え?さっきのコ!?ずいぶん若く見えたけど奥さんなの!?」


 「いや、まぁ、なんというか」


 否定してもしなくてもめんどくさい流れになりそうだった。俺は一生懸命仕事の話に戻る努力をする。


 「とにかく!どの位の分量の荷物を持てればいいか教えてくれ、戦闘用のゴーレムでないならできるだけ安く作るから」


 「ホント?助かるー!」


 「ジュンヤいい男ね。遊びたくなったら奥さんに隠れてシてあげるからね」


 「ズルイ!私もご奉仕してあげるー!」


 一瞬俺の心もグラついたが(嫁ではないが)リティッタのブチ切れる顔を見たくなかったので、早々に三人には帰ってもらう事にした。
















 「ずいぶん疲れた顔をしてますねご主人さま」


 翌朝、軽食を持ってやってきたリティッタに、挨拶代わりにそんな言葉を投げられた。


 「うるさい客だったからな」


 「ちゃんと寝ないといい仕事は出来ないっておばあちゃんが言ってましたよ……ふぁーあ」


 「お前だってだいぶ疲れてるんじゃないのか」


 大あくびをするリティの顔には少し隈ができていた。確か朝は下宿している裁縫屋の手伝いで、昼は1日おきくらいのペースで俺の店の仕事、夜は鍛冶ギルドに行って掃除やら食事やら洗濯の仕事をしている。13歳の女の子には結構なハードスケジュールだろう。


 「やっぱり、3つ職場掛け持ちはなかなか堪えますねー」


 うーん、と身体を伸ばしながらリティッタを見て俺はだんだん心配になってきた。


 「やっぱりウチの仕事降りるか?体壊したら元も子も無いぞ」


 「いやです!ここの仕事が一番稼ぎが良いんですから!」


 俺の提案を秒速で却下する従業員。そう言ってくれるのはありがたいが労働の資本は何より健康な体である。


 「じゃあ鍛冶ギルドの仕事をやめるか?」


 「そうしたいのはやまやまですけど、ギルドに一度所属すると抜けるのは難しいんですよね、違約金とか」


 「ふうむ」


 要は金さえ払えばいいのだろうか。俺は少し真面目に考える事にした。


 「近いうちにギルドに話をしに行くことにしよう。飯ありがとうな、今日は休んでていいぞ」


 「ありがとうございます。ご主人さまのだらしないベッドを片つけたら帰りますね」


 「ケツがむずむずするような事を言うんじゃない」


 まったくもー、オトコの人はだらしないんだからーと俺の言うことを聞かずに二階に上がっていくリティッタ。


 (もう少しドライなバイトを雇うべきだったな)


 今更言っても仕方のない事であるが。俺はため息をついてゴーレム作りに取り掛かることにした。


 「武器は……持てるようにだけ作っておいて必要ならアイツラに用意してもらうか」


 荷物を持つ、と言うのはゴーレムには酷く単純な、当たり前すぎる労働だ。生まれついての使命と言ってもいいほどだろう。魔物と戦う事に比べれば難しい機能も要求されず、シンプルな設計で済む。


 しかし迷宮の中に同行する以上、出来る限り積載量の大きいゴーレムをそれなりの大きさに纏めなくてはいけないという課題は残る。聞いたところによるとプレク達の持ち込む荷物の量は結構な物だった。


 (数日分のワインに肉に回復薬に毛布に……こんなの一人の男に持たせてたら、それだけでもヘバっちゃうよな)


 適正な雇用条件というのは難しい物だな、と俺は他人事のように思った。それから、バラバラにしたゴーレムの部品を工房に並べる。普段使っている戦士型などのフレームはそのまま使えないと思ったため、胴体を中心に入れ替えていく事にしたからだ。


 「脚の構造はあまり変えなくていいか……腕は少し長めに、主動力を下側に回してカーゴを中心に……」


 パーツを並べ替えては大型の計算機をカタカタと叩く。持ち運べないという欠点はあるものの電気を使わずに6ケタまでの計算ができる優秀な機械だ。師匠が昔ゴーレムの代金代わりに貰った骨董品だがまだまだ現役で使える。


 「荷物量が変わった時の重心バランスの変動値を自動計算させないといけないな。バランサーは標準値-4で、あとは足回りに余裕を持たせれば……」


 今まで作った事の無い用途のゴーレムの為、予想外に時間を食いそうだった。近いうちに前に売ったゴーレムのメンテナンスの仕事も入るのであまり手間取りたくもない。シンプルにを呪文のように繰り返し呟きながら作業を進める。中空二重構成のパイプをつくりこれで胴体のメインカーゴ部分を作り、両肩と両脚には開閉できる収納ボックス。宝物や魔物の角、爪を入れる用の厚手の袋を用意して、邪魔にならない所に括り付ける。


 「こんな、もんか……」


 ある程度形になった所で少し離れて眺める。細い手足にカゴのような胴体、そして平たい頭。自分で作ったモノに言うのも何だが不恰好だ。あの三人から機能はともかく見た目が気に入らないとか言われてもおかしくない。


 (好きな色でも聞いておけばよかったな……)


 悩んでいてもしょうがないので、少し考えてから倉庫から黒とピンクのペンキを持ってくる。よくわからんがギャルはこの色の組み合わせが好きだと聞いた。異世界の冒険者に通じるかわからないが鉄色の味気ないゴーレムを売るよりは良いだろう、と思う。


 ペンキを塗り終わった時にはもう夜が明け始めていた。換気の為に明けていた窓から涼しい風が入ってくる。疲れ切った俺はリティッタやあの三人が来るまで少し仮眠を取る事にした。


 


 


 



 「ご主人さま、起きて下さいご主人さま」


 リティの可愛い声と小さな手に揺り動かされて目が覚める。閉じたカーテンのせいで部屋は薄暗く、何となくだが既に朝では無いと体が感じていた。


 「今、何時だ?」


 「もう夕方ですよ」


 「夕方!?」


 うっかり寝過ぎたようだ。しまった、と唸りながらリティッタから受け取ったコップの水を飲み干す。


 「ここの所働き詰めだったから、疲れてるんでしょう。起こすのも可哀想なので寝かせておいてあげました。ご飯温め直しますね」


 「あ、ああ」


 俺の手からコップを回収しキッチンに向かうリティッタ。キッチンの方の窓からは確かにオレンジ色の日差しが差し込んできている。と、俺は来客の件を思い出した。


 「プレク達は?もう引き取りに来たか?」


 「昼前からいますけど、お客さんは来ませんでしたよ」


 「そっか」


 ではまたどこかで呑んだくれてからくるのだろうか。ほっ、と安心していると今度はリティッタから質問が飛んできた。


 「それにしてもまた悪趣味な色にしましたねご主人さま。そういう風に注文されたんですか?」


 「いや、でも見た目がアレだろ?少しはハデにした方がいいかなと思って」


 「どういう基準であんな毒々しい色にしたんですか」


 自分の半分くらいの歳の娘に美的センスを貶されてションボリしていると、工房の方から女の歓声が聞こえてきた。なんだ?と階段を下りていくと俺の作った運搬ゴーレムの前でぴょんぴょんと跳んでいるプレク達がいた。


 「あ、ジュンヤ!もうゴーレムできたの?」


 「コレ、すごい可愛い!ありがとうね!」


 「気に入ってもらえてよかった」


挿絵(By みてみん)


 起きたばかりのボヤっとしている頭でこの三人と会話するのはしんどかったが、好評を得られたようでなによりだ。俺は工房の壁に掛けてあった操縦用の魔操杖を渡して説明をする。


 「使い方は難しくない。この魔操杖を持った人間に自動的についてくる。この真ん中のボタンを押せば自動的に戦闘モードになる。とは言っても強くもないし、武器を持たせて自衛するってくらいの能力だけど」


 「できるだけ壊さないように大事に使うよ。ありがとうね。いくらで売ってくれるの」


 「そうだな……銀貨で40ってとこかな」


 「そんなんでいいの?じゃあ今払うね」


 40というのはそんなに少ない金額じゃないと思うのだが、プレク達はすんなりと払ってくれた。予想外に優れた冒険者たちなのだろうか。


 「おまけにチューもプレゼントしちゃう」


 「あー!ずるい!アタシもするー!」


 「じゃあ私も」


 銀貨を数えていた俺にいきなり三人がキスを迫ってきた。両の頬に数回ずつ、ブチュブチュとロマンチックでないキスをくれてから満足したように三人はゴーレムを連れて帰って行った。俺は頬を拭きながら後ろを見てリティッタを探す。


 「ほら、結構評判良かったろ……あれ?」


 後ろの階段の方を見るがリティッタはいない。改めて前を向くと怒りの形相と化したリティがドスドスと足音も荒く玄関に向かう所だった。


 「おいリティッタちょっと……」


 「知りません!ご主人さまのバカ!」


 バタン!とドアを叩きつけ、小さな従業員も帰っていってしまった。ゴーレムも客もいなく、一人取り残される俺。


 「別に悪い事してないじゃん……」 


 とぼとぼと二階に上がり食卓に着く。一人で食べる生温い夕食は寂しい物だった。


 それはそうと、プレク達の連れて歩く運搬ゴーレムはそのカラーリングもあいまってなかなかの注目度らしく、あれから同じタイプのゴーレムの注文が5件くらいあった。ありがたい事であるが、リティのご機嫌が直す方が俺には重労働であった。

 



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