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1-18 姫様と騎士:後編


 「ジュンヤじゃないか」


 「ああ、ギェスか。久しぶりだな」


 声を掛けてきたのは最初の客のギェスだった。この前会った時は傷だらけだったが、今はだいぶ元気そうだ。


 「ギェスも武器を買いに?」


 「いや、俺はただの冷やかしさ。こんなお高い武器はおれの手に馴染まん。ジュンヤこそなんだ?冒険者に転職するのか?」


 「まさか。ゴーレムに持たせる武器を買いに来たんだ」


 ヒュウとギェスが口笛を吹く。


 「そりゃ景気のいい話だな。その辺の駆け出しが買えないような武器をゴーレムが持つのか」


 「事情があってな。取り回しの良い長さの槍で良い物があればいいんだが」


 「なるほどな。じゃあ……これなんかどうだ?」


 ギェスが一つのランスを指差した。ブレイドランスと名の付けられたそれは少し短めで名前の通り左右に剣のように刃が付いている。


 「変わったランスだな。突くだけじゃないのか」


 「ああ、迷宮の中で使えるよう少し短くしてその分斬り攻撃も出来るようにしたんだろう。使いこなせれば強いんだろうけどな……入荷されて三か月。ここに鎮座している」


 「なんでなんだ?」


 俺の疑問にギェスは、持ってみなとアゴで促す。慎重に手に取るが、見た目以上に重い。頑丈な造りなのだろうがそれでもこれは重すぎる。


 「コイツは……ちょっと難物だな」


 「ドワーフくらいの腕力なら使えるかもしれん。けどアイツラはこんなオシャレな武器は選ばないだろうな」


 はぁはぁと息を切らしている俺を笑いながら、ギェスは一緒にブレイドランスを棚に戻してくれた。


 「しかし、お前さんのゴーレムならコイツを使いこなせるんじゃないのか?」


 「そうか、なるほど……確かにコレはアリかもしれん」


 値札を見ると銀貨25枚の所に斜線が引かれ、特価!銀貨13枚と書かれていた。お買い得なので俺はこのランスを買う事にして店員に用意してもらう。


 続けて三階の防具フロアに向かった。シールドに関してはそこそこ大きめでシンプルな物がすぐに見つかったのでそれにする。銀貨7枚。合わせて20枚の出費だ。


 「ありがとうギェス、助かったよ」


 「なに、大したことじゃないさ。良くこの店は覗きに来てるからまたなんかあったら聞いてくれ」


 じゃあな、と言ってギェスは飲み屋の並ぶ通りの方へ去って行った。まるでホームセンター巡りが好きなオッサンのようだ。


 「良かったですね、ご主人さま」


 「ああ、リティッタもいい店を教えてくれてありがとうな」


 「後で甘い物、奢ってくださいね」


 「それが狙いか」


 まぁ結構大きな収入も入ったしそのくらいは良いだろう。その前に魔導具を扱っている店にも連れて行ってもらう。街外れ、ちょうど市庁舎を挟んで俺の工房から真反対に狭い石造りの店……メルテの魔導具という看板の店が建っていた。ドアを開けるといきなり地下に下りる階段があり、お客様はこの先にどうぞと壁に書かれている。


 「ここは……なんだか怖い雰囲気なので入った事はないんですが」


 暗い階段の中、少しビビリながら進むリティッタの後を付いていくとやがてろうそくの揺れる灯りが見えてきた。小さな小部屋には指輪や杖、ネックレスにドクロ、トカゲの干からびた物などおよそ魔法使いの使いそうな物が所狭しと並んでいる。その中の狭いカウンターで俺より何歳か年上のウェーブのかかったロングヘアの姉ちゃんがだるそうにキセルで煙草を吸っていた。薄い紫色の生地のローブがグラマーな体のラインをそのまま描いていてアダルティな感じである。


 「いらっしゃい、見ない顔ね」


 「あ、ああ。ちょっと物入りでね」


 「ふぅん、どんなのが欲しいの?」


 姉ちゃんはあくまで気だるそうな雰囲気を崩さない。商売人とは思えないユルい接客ぶりだ。


 「簡単な呪文とかで使える攻撃魔法の出るアイテムはあるかい?少し離れたところに火球が撃てる奴とか」


 「そうねえ、無くもないけど……」


 姉ちゃんはカウンターの後ろのどっちゃりと物が入った箱をひっくり返し始めた。俺ですら驚くほどのズボラな商品管理だ。ビビってたはずのリティッタの肩が別の意味でぷるぷると震えだした。


 「落ち着け、リティッタ。他人の店だ」


 「でも、わたし我慢できません!」


 「今は耐えてくれ、な」


 小部屋の入り口の方でなんとかリティッタを宥めていると、姉ちゃんがあったよー、と古びてくすんだ指輪を二つ出してきた。元は金色に輝いていたようだが適当にほったらかしてあったようでリングの中央に着けられた赤い宝石まで輝きが失われている。


 「これは?」


 「『火蛾の夫婦』って指輪。使い方はとっても簡単。両手に嵌めてこの宝石同士をコツンとぶつけると炎の弾が発射されるって仕組み」


 なかなかインスタントすぎる危険な魔導具の様な気がするが、そんなものを雑に箱に入れておくこの店の管理体制も怖くなってきた。


 「それ、いくらで売ってくれる?」


 「うーん、銀貨50枚とか」


 「とかってなんだ!?そんな雑に置いてあった物で!おまけにすげえくすんでるし!」


 思わず激しいツッコミを入れてしまうが、店主の姉ちゃんは気にもしないようだった。


 「一見の客の癖にうるさいなぁ。じゃあ銀貨40」


 「もう一声!」


 「ええい、38!これ以上は負からないよ!ツケの支払いがギリギリなんだから」


 (何のツケだよ……)


 俺は胸中で疑問を持ったがとりあえずそれについては忘れようと思った。銀貨38。高額ではあるけども手元の金で充分に買える金額だ。あとはこの指輪の威力がその金額に値するかどうかという所だが。


 「そもそもそんな立派なもんなのか?だいぶボロイ代物に見えるけど」


 「ほんとに失敬な客ね。いいわ見てなさい、おりゃ!」


 止める間もなく姉ちゃんは両手の指に嵌めた指輪をコツンとぶつけた。


 ボワァッ!!


 瞬時に指輪の先に大きな火の弾が現れこちらに向かってくる。慌ててリティッタの頭を押し下げながら屈む俺の頭の上を火球が高速で通り過ぎ後ろのドアやタペストリを焼いた。


 「なにすんだコラ!」


 「ご主人さま!か、火事になりますよコレ!」


 「あ、慌てない慌てない。こんな時にはこの『番の水啄木鳥』!これをコツンとぶつければ……」


 「おいやめろ!」


 またも止める間も無く、今度は大量の水が姉ちゃんの指輪から噴き出した。辺りの商品と共に俺とリティッタは溢れ出す水に地上まで流されていった。









 一週間後、また小雨が降る寒い日に依頼人の“お姫様”はやってきた。


 「いらっしゃいませ」


 リティッタが少し緊張気味にソフィーヤを招き入れる。ありがとうございます、と変わらぬ高貴な物腰で一礼したソフィーヤは工房の中に立つゴーレムを見てまぁ、と小さな両手を口元に当てた。


 「素敵な騎士ですね」


 「気に入っていただけたなら幸いです」


挿絵(By みてみん)


 ソフィーヤのために用意したのは、俺より一回り大きいくらいのがっしりとしたマシンゴーレム『ヴァルケルフ』。強固なフレームに二つの魔導力炉を持つパワータイプの機体だ。全身に厚い金属鎧を纏い、装飾を施した大きな銀色の盾を備えている。右腕にはあのブレイドランス。その中心部をくりぬき、先端部にはからは小さな砲門が覗いている。ブレイドランスの中に仕込んだ魔導具『火蛾の夫婦』から出る火球が槍の穂先から飛び出す仕組みだ。


 今の俺の持てる技術をフルに注ぎ込んだ会心作だ。この一週間ほとんど寝られなかったが、その甲斐はあったと思う。俺は簡単に操作方法をレクチャーすると、『ヴァルケルフ』を従える魔導杖を手渡した。


 「職人として、いい仕事が出来ました。またなにかあればいつでも来てください」


 「ありがとうございます、大事に使わせていただきますね」


 そういって可愛らしく微笑んだソフィーヤは、『ヴァルケルフ』を従えて雨の街に戻って行った。


 「綺麗な方でしたけど、どういう素性の人なんでしょうね」


 「さぁなぁ……まぁこちらとしては結構稼げたからいいけどさ」


 「でも、例の指輪が高かったせいで期待するほどじゃなかったですよ。ええと……差し引き銀貨23枚くらいですね」


 「なにぃ!?」


 思わぬ額の少なさに驚いてリティッタの書いた収支を読む。指輪の38枚もあるが調子に乗って中のフレームに高価な部品を注ぎ込んだのが仇となったようだ。


 がっくりと膝をつく俺の肩をぽんぽんとリティッタが叩いた。


 「職人としては一人前でも、商売の方はまだまだ初心者ですねご主人さま」


 「うるさいな」


 


 

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