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1-17 姫様と騎士:前篇


珍しく肌寒い雨の日降る日だった。雨粒が屋根から落ち、外の道具入れの蓋を叩く音で眼が覚める。まだ眠い瞼を擦りながら俺はだるい体を起こして時計を見た。


「中途半端な時間だな……」


二度寝するには遅く、起きて仕事に入るには早すぎる。寝坊をしてリティッタに怒られるのも嫌なので(アイツには一度正しい上下関係というものを叩き込まねばなるまい)ノロノロと起きだして茶を飲むことにした。湯を沸かし、茶の葉の入った缶を取りながら雨の降る外を見ていると、一階の玄関の前に傘を差して立っている人影が見えた。


(リティッタ……じゃないな)


彼女は傘を持っていないと言っていた。この地方ではあまり酷く雨は降らない。傘を持っているのはお金持ちの証らしい。


(金持ちのが俺の店に?)


金持ちの冒険者というのはあまり考えにくい。金に余裕があるなら優秀な他の冒険者を雇うだろう。そうで無ければ何か面倒な事情のある客か……。とにかく俺は着替えて玄関に向かう事にした。金持ちの客なら逃がす手は無い。


「何かご用で……!?」


ドアを開けた俺は、そこに立っていた人物を見て思わず息を飲んだ。美しい金髪に白い肌、細微な意匠が刻まれた胸甲と凝った刺繍の施されたマント、雨の中でも光を放つ金の柄のレイピア、そして高価な宝石のような透き通るエメラルドブルーの瞳を持つ女性……いや美少女がそこにいた。


(まるでお姫様だな……)


そのお姫様が寝起きのだらしない俺に上品に一礼する。


「朝早くからすみません、迷宮探索に強いゴーレムを作って下さるお店と伺いましてやってきたのですが……」


「あ、ああ。普段はまだ看板を出さないんだが……」


空を見る。本当に珍しい事に辺りは暗く雨は更に強くなるようだった。遠くではゴロゴロと雷鳴も鳴っている。


「こんな天気ですし、中へどうぞ」


「恐れ入ります」


相手に吊られて少し上品な言葉使いになる俺に頭を下げ、美少女は恭しく工房の中へ入る。椅子を出しランプに灯りを入れてから、沸いた湯で二人分の紅茶を淹れた。


「安物なのでお口に合うかわかりませんが」


「いい香り、ありがとうございます」


高貴な装いだが物腰は丁寧で、よく聞く厭味ったらしい貴族という感じではない。さりとて迷宮にお供も付けず潜るような身分の者でもなさそうだが……。


(考えていてもラチはあかんか)


「ええと、迷宮に潜られると?」


 俺の問いに美少女が頷く。


「申し送れました。私はソフィーヤと申します。頼りになる護衛をお願いしたくやって参りました」


尚更俺は混乱してきた。こんな美少女……16歳くらい?がゴーレムを連れて迷宮探索をする?


「どのようなのをご所望ですか?」


「私を魔物から守ってくれる……できれば長く使えて、頑丈なゴーレムだとありがたいです」


「なるほど」


もしかしたらお金持ちの道楽なのかも知れない。それにしてはこんな雨の中朝早くから真剣な顔をしているのが腑に落ちないが、あまりその辺りの事情を詮索しても嫌がられるだけだろう。俺は割り切って仕事に徹する事にした。


 「では、屈強な戦士のようなゴーレムを用意しましょう。頑丈なのがご希望という事ですが、これはお客さんの予算次第ですね」


 「頑丈な物はそれだけお高いという事ですか」


 「ありていに言えば、そうなります。俺も出来るだけ安くなるよう努力はしますが」


 では、と言いながらソフィーヤは懐から大きな金貨を1枚出した。金貨自体なかなかお目にかかれない物だが、彼女の出したのはその中でも珍しい古代で使われていたという神聖王国金貨だった。俺も実物を見るのは始めてだ。


 「これでいかがでしょう」


 「これなら立派なゴーレムを仕立てられますが……よろしいので?貴重な金貨だと聞いていますが」


 「はい、よろしくお願いいたします」


 一週間後、また来ますと言ってソフィーヤは雨の降る街中へ消えて行った。












 「それ、最近街で噂になっている“お姫様”ですね」


 朝あった事を話すと、リティッタが鼻息荒く食いついてきた。


 「やっぱりお姫様なのか」


 「いや、正体は誰も知らないみたいなんです。着ている物や話し方からそう呼ばれているんですが」


 「ふぅん……」


 魔導力機に剛性の高いアルバ鋼の歯車を繋ぎ上昇させた出力に耐えられるようにする。金貨など貰ってしまったからにはかなり質の高いゴーレムを出さないと掛けたばかりの看板に傷が付いてしまう。あの目立つ“姫様”について歩くゴーレムは相当冒険者の目を引いてしまうだろう。


 「どんな噂なんだ?」


 「何日か前から冒険者ギルドや酒場に姿を現しているみたいです。一緒に迷宮探索をしてくれる仲間を探しているそうなんですが、どのパーティとも折り合いがつかず結局まだ一人みたいですよ」


 「なんで折り合いがつかないんだろうな」


 「良くわからないですけど、あまり財宝を探しに行くというより迷宮の奥へ早く行きたいとか……ここに来たのは誰かにご主人さまの事を聞いたからじゃないですかね」


 「金には余裕があるみたいだが、それだけじゃ冒険者は雇えないって事なのか」


 ロマンのあるんだかないんだかわからない話である。一通りフレームの強化に目途のついたところで俺は梯子を降りた。


 「そうですよね、こんな珍しい金貨をポイって置いていったんですもんね」


 「これ、銀貨で幾らくらいになるかわかるか?」


 俺の質問にリティッタがウーンと唸る。


 「私だって金貨を扱ったことはないですから詳しくは無いですけど、百は下らないと思います」


 「そりゃあすげえな。よし、換金に行こう。その金貨が本物かどうかも確かめたいしな」


 工房の扉に休業の札を掛け街に行く。頼まれたゴーレムの為の武器も買わねばならない。俺はリティッタの案内で冒険者ギルドの近くの鑑定所にやってきた。市庁舎の管理の元、冒険者たちが迷宮で見つけた古代の装飾品やマジックアイテムを鑑定し買い取りをやっている所だ。


 並びながら何組かの冒険者の喜怒哀楽の姿を楽しむ。半分以上のパーティはがっかりしながら帰って行った。大喜びして買えるのは10組に1つあるかどうか。


 「なかなか厳しい世界ですねぇ」


 「命を懸けて潜ってるわけだからな。頑張って持ち帰ったのがクズ財宝だとわかったら泣くしかないだろう」


 リティッタと冒険者の諸行無常を語り合っているとやがて順番が回ってきた。大きなメガネが印象的な細い初老の男性のカウンターへ座る。


 「どうも、お待たせしました。お品は何ですか?」


 「コレなんだが、本物かどうか確かめてくれないか」


 懐にしまっておいた古代金貨を出す。一目見た男の目が見開いた。


 「お客さん、珍しいものを手に入れましたね」


 「古代神聖王国の金貨らしいなんだが、あんまり詳しくないモノでね」


 「学者でもない限り詳しい人はいないでしょうな、迷宮の中でごく稀に見つかる事があるようですが……詳しく鑑定するので少しお待ちください」


 そう言うと男はルーペを取出し慎重に金貨を見定め始めた。表裏、横の刻印、材質等など奥から本を取り出してきて何度も手元の金貨と見比べている。たっぷり10分以上かけて調べた男はニッコリと笑った。


 「どうやら本物みたいですね」


 それを聞いて俺とリティッタはホッと胸をなでおろす。


 「この鳥の紋章はフォースアイと呼ばれていまして、ここの大きな目の下に小さな目が刻まれています。偽物ではこの目が無い事が多いのですがこの金貨にはしっかりと入っていますな。それから横の文様、神聖王国に流れていたユーペル川をモチーフにしていると言われていますが独特のカーブがちゃんと41本刻まれております。裏面のこの国王の名前と年代にも相違はありません。これは旧暦974年ヅリンクル王の即位年の発行ですな、それから……」


 「ああ、もういい。本物ならそれで十分だ。それで、銀貨換算で幾らになる?」


 「そうですな、今の価値ですと……ざっと180枚くらいにはなりますかな」


 (180!)


 さすがに俺も腰を浮かしかけた。銀貨180枚なら銅貨にしたら90万枚だ。2、3年は余裕で遊んで暮らせる。しかしこれは今作っているゴーレムの材料費になるお金だ。残念ながら無駄使いは出来ない。


 「じゃあ、早速なんだが換金してもらえるか?」


 「貴重な金貨ですよ?持っていた方がよろしいのでは?」


 「そうしたいんだが次の仕事の元手で受け取ったものなんだ。それでこれから材料を仕入れに行かなきゃならない」


 納得した初老の男は頷いて奥の金庫から銀貨の束を持ち出してきた。しっかり三人で180枚数え、金貨を引き渡す。少し惜しい気もするが仕方ない。頑丈な鍵のついた革のカバンにしまい、男に礼を言って鑑定所を出た。


 「それで、これから何を買うんですか?」


 「武器と盾が欲しい。普通の剣とかなら俺でも作れるが、今回は時間があまり無いし出来るだけ上質な奴がいい。それから魔導具を扱っている所があれば教えてくれ」


 本当は一から十まで自分で揃えたい所なのだが、現実問題なかなか難しい物だ。


 「わかりました。じゃあこっちの武器屋さんから行きましょう」


 リティッタに案内されたのはゲイルズ武具百貨店という看板のかかった割と新し目の大きな建物だった。りっぱな門構えで入り口にはゴツイ鎧が二つ、警備兵のように並んでいる。


 「ノースクローネ一番の武器屋で、最近建て直した店です。冒険者相手の商売で相当儲かってるらしいですね。それでもいい武器が揃うって評判ですけど」


 「なるほど、武器に鎧に盾に弓、なんでも取り揃えてあるんだな」


 武器のデパートと言う感じか。俺は早速並んでいる品を順番に見始めた。壁に掛けられている武器は腕のいい職人が作ったようでどれも歪みなどなく丁寧な仕上がりだ。そしてどれも一様にいいお値段がする。安い剣でも銀貨5枚からだ。鍛冶ギルドで直売している剣の倍はする。買い物に来ている冒険者も普段安い酒場で見るような連中とは違う雰囲気だ。


 「剣……斧……鎌……確かにどれも出来が良いけどしっくりこないな」


 「槍や長物は二階にあるみたいですよ」


 「槍か」


 長物は狭い迷宮では冒険者に嫌われやすいと聞いていたのであまり考えなかったが、護衛用のゴーレムならそれもありかもしれない。リティッタを連れて上がると壁中にずらりと槍やハルバードが並べられており、それを見ている客の中に見知った顔があった。

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