1-15 眼帯と扇風機:前篇
暑い日差しが照りつける午後。俺は先日派手に壊されて帰ってきた『ラッヘ』の修理をしている所だった。黒ゴブリンの集団と派手に戦ったらしく、頭の兜から足裏のスパイクまで歪んでいないパーツが無い。こうなると全部炉に入れて新しく作り直した方が早い気がするが、オーナーのパーティは愛着があるから何とか直してほしいと言う。
そこまで言われるとゴーレム屋としても断りにくい。酷い所だけ部品交換をして、前より一回り大きいハンマーを持たせてやる。これでまた活躍してくれるだろう。
「邪魔するよ」
前触れもなく工房の入口から聞こえた中年の声に顔を上げる。片目に眼帯、くすんだ草色のマントを纏った男がフードを脱いでゆっくりと入ってくる。シーフか、もしくはトレジャーハンターという雰囲気だ。
「らっしゃい」
「ザッフだ」
ハシゴ椅子から降りて、差し出された手を握り返す。見た目に反して人当たりの良い男の様だ。
「ジュンヤだ」
「聞いている。いいゴーレムを作るってな」
「そらどうも。何か必要なのか?」
「ああ、そうでなければこんな暑い日に街はずれまで出てこない」
ザッフとニヤリと笑って、空いている椅子にドッカと座った。なかなかにベテラン冒険者の風格がある。という事は、要求されるゴーレムもそれなりの性能を求められるという事だ。話が長くなるかもしれないので、リティッタを呼んで茶を出すよう頼んだ。
「どんなのが欲しいんだ?盾持ち?戦士型か?」
「いや、実は厄介な魔物に遭遇してしまってな」
(ウチに来る客はみんなそんな事を言うな)
ザッフが事情を話し始める。17階でフェイントラビットという妙なウサギの集団に遭遇したらしい。体は大きくないが長い角を持ちなかなかに凶暴で数も多い。しかし一番の問題は別の所にあった。
「追いつめると紫色のな、煙だか霧だかを一斉に吐くんだ。それを吸っちまうとたちどころに眠っちまう。狭い通路なんで逃げ場も無いしどうにも困っている。魔法生物らしいからその先にお宝がありそうだと踏んでいるんだが」
「迂回して進め無いのか?」
「俺がそんな抜け道を見落とすとでも?」
ザッフが鼻を鳴らした。
「失礼した。……もう少し話を聞きたい」
俺はリティッタの淹れてくれた紅茶と茶菓子を勧めながらザッフのパーティメンバーについて聞き始めた。シーフのザッフをリーダーとして、レイピア使いの剣士、弓使い、回復魔法を使う司祭、雷魔法が得意な老魔法使いがメンバーで、ザコは剣士と弓使い、いざという時は魔法使いが強力な魔法で敵に電撃を浴びせるのが戦闘パターンだという。
「その魔法使いは風魔法は使わないのか?」
「初歩の竜巻魔法なら覚えているが、あの霧を吹き飛ばすには力不足でな。一気に電撃で焼こうとしてもどうも魔法に耐性があるのか効きにくい。接近さえできれば俺のダガーやレイピアでも倒せるんだが」
なるほど、必要なゴーレムは見えてきた。
「予算はいくらくらいある?」
「銀貨で30。本当に霧をなんとかしてくれるだけでいいからなんとかならんか」
17階まで降りているような冒険者が、銀貨30って言うのはちょっとケチくさい。たぶん材料費でトントンくらいになってしまう。リティッタに怒られない為にももう少し粘る事にしよう。
「ちょっと厳しいな」
「しかし、こっちも治療代とかで手持ちが無くてなぁ」
「じゃあ前金はそれでいいとして、どうだろう?その先にあるっていうお宝の内1割って言うのは」
ザッフが意外そうに答える。
「お宝があるかは確認できていないんだぞ?」
「アンタの読みでは、あるんだろう?」
今度はこっちがニヤリと笑う。ザッフはまいったなと無精髭を掻いた。
「若いから駆け引きには慣れてないだろうと踏んだが、やられたな。ちゃんと仕事のできるゴーレムを頼むぜ」
「ああ、任せておいてくれ。次はいつ潜りに行くんだ?」
「仲間の傷が癒えてからだ。早くて三日だな……できるか?」
「わかった、三日後の昼前に受け取りに来てくれ」
雨の中帰って行くザッフを見送ると、俺は図面を引く紙を広げながらリティッタを呼んだ。
「『ガルー』を一台ドックに出しておいてくれ。それからラルゴホイール、リーデルチューブ3本、薄い銀鋼板はまだあったかな?」
「こないだ使い切っちゃったかもです……炉に入れときますか?」
「頼む、大き目に作っておいてくれ」
「わかりました」
ぱたぱたと炉の方へ走って行くリティッタ。作業用に買ってやった革のスカートもだいぶ黒ずんできていた。もしザッフがお宝を見つけてくれたら新しいのを買ってやるか。
「まぁそれも、ちゃんと納品できてからなんだが」
今回は小型の飛行ゴーレム、『ガルー』をベースにする。大きさは1mくらいの、乱暴に言えば逆さにした鍋に羽を生やしたようなシルエット。その下にボウガンだの簡単な銃器だのをつけて戦闘に参加させるのだが、軽い武器しか吊り下げられないので小動物などを倒すのがやっとという攻撃力しかない。後は囮にしたりロープを渡したりというどっちかと言えば便利屋扱いされるゴーレムだ。
受けた依頼は攻撃力は求められてないから射撃武器は積まない。代わりに大きな……ありていに言えば扇風機をつける。これで眠らせる霧とかいうのを吹き飛ばす算段だ。どのくらいの勢いで噴出するのかわからないので出来るだけ強力な扇風機にしてやろう。暑い日には家で涼むのに使えるかもしれない。
頭の中で考えた機能をざっくりと図面に落とし込んでいく。扇風機なんか作ったことが無いので実際に組んでみなければ分からない部分も多い。時間もないしあまり図面の前で悩むよりは、手を動かした方が良かろう。
ドックにはリティッタが出しておいてくれた『ガルー』が吊り下げられていた。前に手が開いている時に作っておいた予備のゴーレムで、まだ武器も取り付けていなかったものだ。ザッフの依頼にはちょうどいい。俺は本体の下のフックに鎖を繋ぎ、直径1メートル近い大皿をぶら下げた。それに扇風機の部品に使う予定のホイールや羽根、歯車を乗せてみる。ある程度の所で大皿は下がり始め床についてしまった。こうなると『ガルー』の耐荷重量をオーバーしているという事になる。
「本体も軽量化しなきゃダメか」
「ちょっと面倒な依頼になりそうですね」
工房で作業している俺の所にリティッタが夕食を持ってきてくれた。麦パンにレタスとエチュー鶏を挟んだサンドイッチだ。麦パンはパサパサして嫌いなのだがまだまだ貧乏なウチの経営状況では、リティッタの用意する食事に文句は言えない。
「もっと金持ちの客が来てくれればな」
「お金持ちの冒険者なら、高級な装備やマジックアイテムで切り抜けちゃうんじゃないですか?」
「ごもっともだ」
そもそもお金持ちの冒険者なんて1%切るくらいしかいないだろう。この街には二千人近い冒険者がいると聞くが、だいたいどこの酒場に行っても刃こぼれした斧やベルトの取れかかった革鎧ばかりを目にする。ダンジョンに潜って魔物を狩ってもその素材じゃ宿代食事代に消えるくらいの金にしかならず、やはり古代金貨とか宝石とかを運良く見つけないと稼ぎにはならないらしい。
「逆に言えばゴーレムを買ってもらえるだけありがたいって事だな」
「最近は街にやってくる冒険者も少し減ったみたいですしねぇ」
ずずず、と茶を啜るリティッタ。コイツは時々お婆ちゃんくさいしぐさをする。本当に13歳なのか。
「じゃあお皿片付けたら帰ります。ご主人様も無理せずちゃんと寝て下さいね」
「ああ、ごちそうさん。明日もよろしくな」




