1-14 男二人と踊る剣:後編
依頼を受けた翌日。肌寒さに震えて目を覚ます。外を見ると結構密度の濃い霧雨が降っていた。
(リティに休みをやってよかったな)
異世界では当然TVの天気予報みたいなものは無い。街の長生きしている年寄りに聞けばなんとなくはわかるかもしれないけど、それにしたっていいとこ5割当たるかどうかだろう。それでも畑や漁をやってるわけでもなし、どこかに通勤に行くわけでもないこの仕事。時々予想外の雨とか降ると逆に刺激的でもある。
鉄のストーブに火を入れて湯を沸かし炙ったベーコンとキャベツにキノコ、それに塩、コショウと少しのハーブを入れてスープを作る。リティッタに最近教わった料理で、簡単に作れて朝食にいいのでありがたい。腹に燃料も入れて目が覚めた所で二階の机で図面を描き始める。
(本体に関しては普通に鎧を着せるだけでいいはずだ。剣をへし折る武器を作らないと……ハンマーでは難しそうな話だったしまさかノコギリではないだろうし……)
地球にいた頃の事を思い出す。仕事で使っていた工具箱。その中で使えそうな物と言えば。
「ゴーレムのパワー次第だが……」
俺はゴーレムの図面の横にペンを走らせた。大体剣二本分の鉄が必要になるだろう。装甲を付ける部分を決めて、それから腕のパワーを上げるギア比の大きい歯車も設計する。肘の構成が変わる為アイドラ歯車も必要になる。
(43:11、いや12でいくか)
両腕を合わせればおよそ4割増しのパワーが出る。代わりに素早い動きが苦手になるが、ダンスサーベルに特化するためしょうがない。他の魔物とも戦わせたいと言われたら後で歯車を変えてやろう。
「本体はこれで良し。肝心の武器を……」
何枚も図面を描きなおし、納得がいくものが出来た時には夜になっていた。晩飯は街に食いに行こうと思っていたけれどもう疲れて面倒くさくなったので二階に行って寝る。
翌朝、リティッタの持ってきてくれたサンドイッチで何とか食いつなぎ、仕事を再開する。
「ちゃんと食べて下さいって言ってるじゃないですか」
紅茶を淹れながら俺を怒るリティッタ。もしかしたらこの子はこの世界での俺の母親なのかもしれない。
「アホな事考えてないでしっかり仕事して下さい。今日はお夜食作って帰りますから」
「ありがたい事だ」
炉から出した熱い鉄棒を一生懸命ハンマーで叩き、形を替える。節約のために鍛冶ギルドに頼まず自分でやろうと思った事を俺は激しく後悔した。全身汗だく、筋肉痛になりながら一日かけて作業を進める。夕方、疲れ果てて床に転がる俺にリティッタが皿を持ってきてくれた。
「はい、ご飯ですよ。冷めないうちに食べといてくださいね」
皿には大きなハンバーグにポテトサラダが山盛りになっている。
「こりゃまたパワーがつきそうだな」
「ご主人さまには頑張ってもらわないと困りますから」
「ホテルのディナーがかかってるからな」
嫌味っぽくそう言ってやったがリティッタは軽く受け流すように笑った。
「ご主人さまのための服も用意しておきますからね」
「そんなお洒落していかないといけないトコなのか?」
「そうですよ、この街一番のホテルなんですから」
この街っても冒険者が集まって大きくなった迷宮都市だろ、と言いそうになったが住民の気分を害するのもよろしくないので黙っておくことにした。
なんだかんだで三日後。あの『色眼鏡』の二人が工房にやってきた。
「首尾はどうだい若旦那」
「だなっす」
少しワクワク感を隠せないでいる二人に俺はもったいぶるように、ゴーレムにかけてあったシーツを取り払って見せた。
「おおおおお……お?」
「なんなんだなっす?」
案の定と言うか、ゴーレムを見た二人の脳内に?が並んだようだ。ゴーレムの本体そのものは特に変わった所のない人型で、少し肘周りに大きな歯車を使っているのが目立つくらいだ。
変わっているのは右手に持った武器の方だろう。
「この武器は?見たことが無い形をしているが……」
不思議そうに得物を見回すユアン。その視線の先にあるものは、地球で言うラジオペンチをデカくしたものだ。先が閉じているので変な持ち手の槍に見えるかもしれない。
「まぁこのままじゃわからないだろうから、ちょっと体験してもらいましょうか」
そう言って俺はのっぽのジョアンになまくらの剣を渡す。
「コイツであのゴーレムを頭から叩き斬って見てくれ。大丈夫、アンタに危害は加えないようになってるから」
「ええ……ホントに大丈夫っすか?」
俺がダイジョブダイジョブと怪しい南米人っぽいテンションで言うと、ジョアンはおどおどと剣を受け取るも、一人前の冒険者のらしくしっかりと正面に剣を構える。
「じゃ、じゃあ行くっすよ」
踏み込みながら上段から剣を振り下ろすジョアン。対するゴーレムはラジオペンチを両手に構えると、それを広げ剣を間に受け止める。
「っす!?」
「な、なんと!?」
驚く二人の前でゴーレムは両腕の馬力を上げ持ち手を締め上げた。バキィィン!と甲高い音を立てて刀身がペンチの圧力に負け二つに折れる。
「と、言うわけだな」
「アンタ、凄い道具を作るんだな……」
「だなっす……」
呆然と折れた剣を前に呟く二人。俺は二つの剣を回収し道具箱に入れた。後で炉に入れてまた練習代わりに一本の剣に打ち直しておこう。
「俺のいた所じゃ割とメジャーな道具でね、まぁこんな大きさじゃないんだが。どうだい、これでそのなんとかサーベルとも戦えると思うけど」
「ああ、これならいけるな、ジョアン!」
「だなっす!感謝するっす!」
二人は抱き合ってぴょんぴょんと喜んだ。いい歳のオッサンにしか見えないが心は純粋なのかもしれない。
「よし、すぐに討伐に行こう!」
この前とはうって変わって、ウキウキと工房から帰っていく『色眼鏡』の二人。
「なんか子供っぽい人たちですね」
「冒険者ってのはあれくらい純真な心を持ってないと出来なんじゃないか?」
「そんなんだから、みんな飲み屋のお姉さんに陰で笑い話にされてるんですよ」
あまり聞きたくなかった話である。
後日、『色眼鏡』の二人が飲み屋でダンスサーベル討伐の武勇伝を上機嫌で語っていると噂に聞いたので無事に俺のゴーレムも仕事をしたのだろう。その話も飲み屋の姉ちゃんが笑って聞いてるのかどうかはあまり考えたくない。
例のホテルの食事は大変美味かったが、リティッタに真っ白なガチガチのスーツを着させられたのと二人でお洒落して食事に行っている所を市長秘書のマーテに見られて笑われたのは大変閉口させられた。




