1-13 男二人と踊る剣:前篇
1週間ほど客が来ない。そんな時もあるのだろうが、やはり客が途切れると気分が落ち着かない物だ。俺が手持無沙汰に道具に油を差しているとリティッタが話しかけてきた。
「ねぇご主人さま?」
「ん?」
振り返ってリティを見るが、当の本人はこちらを向いておらず箒を持ったまま玄関のそばを見ている。その先にはここに越してきた時からずっとある前の住人のボロいテーブルと椅子があった。テーブルの方はまだ古い、で済まされそうだが椅子の方は脚の高さもあっていないしロクに鉋もかけてないので座り心地もよろしくない。今まで客が来るとそこに座ってもらっていたが、応接用としては正直不合格の代物だろう。
「なるほど」
その一言に言いたい事はわかったというニュアンスを含め、俺は立ち上がった。
「どうしたい、リティッタ財務大臣」
「テーブルは、テーブルクロスを掛ければいいんじゃないでしょうか。ご主人さまが綺麗に使って下されば、ですけど」
「別に俺はそんな汚さんぞ……で、椅子は?」
「買うしかないんじゃないですかね。これ多分前の人が日曜大工で作ったような感じですよ」
この世界にもDIYという概念があるのだろうか。
「そんなに高い物でなければ、多少予算はあります」
「俺も接客用の椅子は欲しいと思っていたところだ……買いに行くか」
「そうですね、ちょうどお客もいませんし」
リティッタはそう言うと俺に皮肉を込めた笑みを向けた。
リティッタに連れてこられたのは、街の中心から少し離れた所にある家具屋だった。雰囲気を見るにどうもリサイクル品を売っているようだ。
「結構掘り出し物が売っていたりするんですよ。良い物が無かったらちゃんとした店に行きましょう」
(13歳なのにしっかりしてんな……)
ずんずんと店の中に入っていくリティッタの後ろ頭を見て俺は感心しながら後に続く。店内は、こういう店にありがちな感じで暗く空気が澱んでいた。天井からの小さなランプの光を頼りに棚やカゴが乱雑に積まれている通路を抜けて椅子コーナーに向かう。
「この辺ですかね……できればセットで同じものでキズが少なくてパッと見高そうに見える物があればいいんですけど」
その辺の商品のホコリやクモの巣の付き方から言ってもそれはなかなかに難しい要求に聞こえた。が、リティの歩みがふと止まる。
「なんか見つけたか?」
「結構良さげじゃないですか、コレ」
リティッタの指の先には木製の対の椅子があった。古びているが背もたれの所には彫刻が施されており見栄えは良い。あちこち見回してみた所割れている所や腐っているところも無さそうだ。職人がしっかり作ったという印象を受ける。傷はそこそこあるけどウチみたいな工房に置くには逆にちょうどいいかもしれない。
「んじゃこれで」
「値切ってきます」
それから金にシビアなリティッタが店長の爺さんと1時間ばかし交渉を繰り広げた。銅貨3枚分くらい俺はどうでも良かったのだがリティは一切退かない。なんとか目的の物は買えたが、この店ののれんは暫くくぐれ無さそうだ。
「銅貨3枚あったら余裕でごはんが食べられるじゃないですか。もったいないですよ」
「そうかもしれんが……ん?」
椅子を二つ担いで家路を戻ってみると、俺の工房の前で二人の男が立っているのが見えた。細いのっぽと小太りのコンビでどちらも冒険者風の格好をしている。
「いかん、客だ」
「ほんとだ、これはバッドタイミングですね」
重い椅子を持って進む俺を置き去りにして走り出す従業員。しょうがないので、俺も一生懸命家に向かって走り出す。
「どうも、ハァハァ、留守に、ハァハァ、していて申し訳、ハァ、無い……」
「いや、気にしないでくれ」
ヒィヒィ息を切らしている俺にいかつい恰好をしている小太りの方が意外にも紳士的な返事をしてくれた。二人を中に案内し、運びたての椅子に座ってもらう。
「始めまして、私は『色眼鏡』のユアン、こっちはメンバーのジョアン。湖迷宮を中心に探索をしている。便利なゴーレムを作ってくれると聞いてやってきた所だ」
「だなっす」
ジョアンと紹介されたのっぽが変な相槌で頭を下げる。二人とも30か40くらいの年齢だろう。硬い革鎧にポーチの並んだベルトを締め、あちこちにショートソードや投げナイフを入れるケースを付けている。本職の戦士と言うよりはシーフのコンビという風体だ。しかし俺達はそれよりも気になる事があった。
「ええと、色眼鏡というのは……そのトレードマーク的な?」
二人はパーティ名そのままにグラサンの様な濃い色の眼鏡を掛けていた。ユアンが赤、ジョアンが青。俺の質問に二人が頷く。
「一応幻惑の魔法避けという意味もあるが、チームのトレードマークみたいなもんだな」
「だなっす」
俺はとりあえず納得して話を進める事にした。
「ええと、ゴーレムが必要って事で……?」
「ああ、ちょっと湖迷宮の探索中に困った魔物の群れと出くわしてな」
「群れ?」
うむ、とユアンは両手を広げて見せた。大体1メートル半くらいか。
「ダンスサーベルという名前で、このくらいのだな、生きた刃物、とでも言えばいいのかな。とにかく剣の化け物が空を飛んで襲ってくるのだ。メイスを持って行ってぶん殴って曲げてもそのまままた襲ってくる。1匹2匹ならともかくこれが20匹近く沸いて通路を塞いでるせいで先に進めないのだ」
「地下15階の広間に繋がる通路なんだなっす」
ダンスサーベル。聞いた事の無い魔物だが聞いた感じだと攻撃自体はシンプルなのだろうか。戦うゴーレムを作る為にはもう少し生態を知りたい。
「ぶん殴って曲げても死なない?」
「試しに一匹捕獲していろいろ痛めつけてみたが、結局刀身の部分を折らないと死ななかったな」
「火攻めとか水攻めとか毒とかいろいろ試したけどダメなんだなっす」
だなっすにもだんだん慣れてきたところで作るべきゴーレムも見えてきた気がする。
「つまり……そのダンスサーベルを20匹へし折るゴーレムが欲しい、と?」
二人はうんうんと頷いた。
「スピードはさほどでもないが刀身を折るのには結構な力がいる。ドワーフを7、8人雇う訳にもいかんしなんとか頼めんか」
「頼むんだなっす」
大の男二人に頭を深々と下げられると、俺も断りようがない。懐も心もとないし元よりこちらも受けるつもりだ。
「わかったやってみる。予算と、次潜る予定の日は?」
「出来るだけ早く、一週間以内に頼みたい。他のパーティに後れは取りたくないんでな。予算は……銀貨60とかでどうだろう」
うーん、と腕を組んで唸る。今考えているアイデアだととんとんか少し足りないかもしれない。
「悪いけど素直に言うと70は欲しいかな……結構危険な魔物みたいだから、頑丈な物を用意したい」
「70か……むぅ……」
銀貨1枚あれば宿代(食事つき)で10日分にはなるらしい。銀貨10枚の差は大きい所だろう。
「やむをえん、“アレ”を出せジョアン」
「“アレ”って、“アレ”っすかアニキ?」
「……そうだ」
グズるジョアンをユアンが厳しい表情をしながら肘で小突く。数秒してやっとジョアンのポケットから出て来たのは二枚の紙……何かのチケットだった。
「これは?」
「ホテル・リャンパーニの食事優待券だ」
「リャンパーニの食事券!?」
なにそれ、と俺が聞く前に後ろにいたリティッタが食いついた。
「え?なんなんだコレ?」
興奮するリティッタと泣きそうになっている色眼鏡達に付いていけずキョロキョロする俺。
「ホテル・リャンパーニの食事券ですよ!すごく人気の高級料理で予約なんか全然取れないこの街1番の料理店なんです」
「へええ……」
なんだか凄いのかなくらいのリアクションの俺に涙ながらに頼み込むユアン達。
「楽しみに取っておいたチケットなんだが……これでなんとか一つ」
「わかりました!引き受けます!!」
「えええ」
俺の返事の前に勝手に了承するリティッタ。もうここで話をひっくり返すのも面倒くさいので仕方なく俺も頷いた。
「じゃあ5日くらいしたら形にできるようにしておくよ。ご来店どうも」
商談はひとまず落ち着き、小太りとのっぽのパーティは(トボトボと)街の方へ帰って行った。リティッタは嬉しそうに食事券をポケットにしまい込みながら言う。
「変わった人たちでしたね。二人だけみたいですし、あれで魔物を倒して先に行けるのかな」
「魔物退治だけが迷宮探索ではないだろうけど、それで詰まってウチに来たんだろうな。そのダンスサーベルの巣さえ抜けれればまた二人で先に進めると思ったんだろう」
「で、また強い魔物に出合ったらご主人さまの所に来てくれるわけですか?」
「今度はもうお食事券じゃ引き受けないけどな」
倉庫の方に行き作り置きしてあるゴーレムの素体を探す。剣士ゴーレムの『ケルフ』か戦士ゴーレムの『ラッヘ』か迷ったが、20本の剣に一気に襲われることを考えるとできるだけ装甲も厚い方が良い気がしてきたので『ラッヘ』のフレームを引っ張り出す。
(五日ならそこそこ時間はあるか……)
余裕と言うほどではないが図面を軽く引く時間なら取れそうだ。俺は大体のスケジュールを頭の中で組み立てるとリティッタの方を向いた。
「リティ、今日はもう上がっていいぞ。明日も休みでいい。明後日朝飯持って来てくれるか」
「わかりました!じゃあ明日はテーブルクロス縫ってますね」
「クロスを縫う?そんな事も出来るのか?」
首をかしげる俺にリティッタは小さな胸を偉そうに張った。
「できますよ!下宿先の織物屋さんの足踏みミシンを借りるんですけど。昔チキュウから来た人が作ったんですって」
地球人が時々こちらに迷い込むとは聞いていたが、ミシンを作れるような機械屋まで来ているのか。今度機会があったらぜひ拝見したいものだ。




