1-11 チャラ男剣士と草刈りゴーレム:前編
その日はリティッタに休みをやったので、俺ものんびりと酒を飲みながらブルフレームの予備を組み立てていた。この街に来てからなんだかんだでゴーレムを10体近く売っている。商売としてはなかなか軌道に乗って来たのではないだろうか。
ちょうど酒が空いた昼過ぎ頃。
「だれかいるかい?」
外から馴れ馴れしい若い男の声が聞こえてきた。なんとなく気が乗らなかったが工房のドアを開ける。
「いらっしゃい」
そこにいたのは金髪ロン毛の見るからにチャラい男だった。歳は22、3くらいか。イケメンと言えばまぁイケメンで一応冒険者の格好をしているがオシャレにも気を使っている感がまた鼻につく。胸甲は金縁に複雑な紋章をあしらっていて、背中には高級そうなマントを着けていた。腰にはこれまた凝った作りの柄の細剣が下げられている。
チャラ男はニッコリと笑うと自己紹介をした。
「『月光一角獣』のケインって言うんだ。見ての通り冒険者さ。アンタは?」
うわぁ……と言いそうになるの堪えられた俺は偉いと思う。
「このゴーレム屋の店主、ジュンヤだ」
爽やか青年っぽく差し出される手を握り返し、中へ招く。ケインは工房の中をキョロキョロ見渡すと意外そうな声を出した。
「ゴーレムってもっと魔法使いっぽい部屋で作ってると思ってたんだけど、違うんスね」
「ああ、まあ実際はこんなもんだな」
マシンゴーレムと魔法で作る一般的なストーンゴーレム達との違いを説明してもよかったが、別にそんな義理も無いので止めておく。椅子を引出して座るよう勧めた。
「何か困りごとで?」
「ああ、草原迷宮の地下12階あたりなんだが厄介なのがいてさ」
俺は意外な言葉に少し驚いた。こんなチャラい奴がそんな所まで行ってるとは思わなかったからだ。この街では地下10階を抜けられれば初心者卒業と言われている。
「厄介なモンスター?」
「ああ、なんかウィッププラントって言うらしいんだけど、蔓がたくさん生えた草の化物っつーの?そんなのが道を塞いでいるんだ」
「道を塞ぐって事は、結構大きいのか」
「そう。太い所は高さが俺の身長の倍くらいかな。ンでそこに近付くと蔓がさ、ビュビュビュビュー!ってこっちに向かってきて鞭みたいに叩いたりして、油断すると引っ張られて、死ぬまで縛られてそれから養分にされちまう」
「そりゃあなかなかおっかないモンスターだな」
そうだろ?とチャラく相槌を打つケイン。実力はあるらしいのだがどうも信じられない。俺は彼が腰に差している剣を指差した。
「とりあえずその剣でズバズバ斬っちゃえばいいんじゃないか?」
「それがどうも魔法生物の類みたいでさ、剣で一本切ったと思ったらまた一本生えて飛んでくるんだよ。それで全然進めないし疲れるばかりなんだ。オレのパーティは剣士は俺しかいないし、炎の魔法飛ばしてもその蔓が盾になって本体に届かない。魔法と一緒に敵に突っ込んだら俺が燃えそうだし」
「ふぅん。ケインが斬るのと生えてくるのがちょうど同じくらいって事か?」
「たぶんな、アイツが手を抜いてるんでなければだけど」
俺は少し情報を脳内でまとめてみた。通路に立ちはだかる草モンスター。接近して倒したいが再生の早い蔓が邪魔。再生速度以上の攻撃速度が必要……か。超火力で蔓ごと本体を吹き飛ばすゴーレムでもいいけど、高価になりそうだしこのケインに危険物を与えるのも少し考え物だ。
「もしケインの代わりに誰か……たとえば俺のゴーレムがすごいスピードで蔓を斬りながら本体に近づいたとして、本体を倒す方法はあるのか?」
「ウチの魔法使いは困った事に近距離で威力を発揮する魔法ばかり覚えててさ。無事に近付ければ一気に焼き尽くせると思うぜ」
「そうか、じゃあちょっと作ってみるか。予算は?」
「一応銀貨50枚。その後も他の魔物と戦わせられるんだよな?」
「壊れなきゃな。壊れたら修理代貰えば直してやるが……そもそもちょっと50じゃキツイ。75くらい見といてくれないか?」
俺の言葉にケインが腕を組んだ。
「うーん、俺の独断じゃ難しいな。後払いでも?」
「あんま遅いと困るけどな。もう一つ、ケインの剣のスピードを見たい」
「剣のスピード?」
「そう。そのスピードを越えなければその草モンスターに接近できないだろ?」
わかった、と言ってケインは立ち上がり作業場の真ん中に立った。行くぜ!と剣の柄に手を掛ける。
ヒュン!ヒュン!
素早く振り抜かれた細剣が空に銀の弧を描く。俺はその速さにまた驚かされた。地下12階到達と言うのも嘘ではないだろう。
「なかなかの腕前じゃないか」
「へっ、まぁな。細剣の腕前はノースクローネでもなかなかのモンだってウワサなんだぜ」
その自慢は聞き流して俺は小さい砂時計を取る。大体1分くらいの時間を計測できるものだ。
「じゃあこの砂時計が落ちるまで数えながら振り続けてみてくれるか」
「ええー!めんどくせえ!」
ゴネるケインをなだめながらなんとか1分間剣を振らせる。速さにムラはあるものの全部で116回。だいたい秒間二振りというくらいか。
「ぜぇ、ぜぇ、これで……作ってもらえるのか?」
「ああ。なんとかやってみよう。四日後の朝にまた来てくれ」
「というわけで、そんなチャラい奴がやってきたんだ」
翌朝やってきた小さな助手、リティッタに飯を食いながらケインの依頼の話をする。
「お金をちゃんと払ってくれるんならいいんじゃないですか?」
サラダを食べながらのリティッタの返事はそっけない。
「リティはイケメン好きじゃないのか?」
「男は仕事の腕で選びなってお母さんが言ってました」
「そりゃあしっかりした教育ママだことで」
そう言いながらリティッタの母親を想像しようとしたがイマイチぴったりくるイメージは湧かなかった。それより今は依頼のゴーレムの方が大事だ。
「それで、その高速うねうね触手花どうするんですか?」
「なんだその気持ち悪いネーミングは」
「ご主人さまから聞いた感じだとそんな印象なんですけど」
お互いにおかしいな?と首を傾けてから本題に戻る。
「まぁ要は、再生するより速く多くの蔓を切ればいいんだろう。あんまりお金も貰えないしサクっと作って終わらせてしまおう」
「ご主人さまがそう言ってサクっと終わった仕事は無い気がしますねぇ」
ニコニコと人の仕事の腕の悪さをつつく意地悪な助手。
「うるさいな。剣士装備で組みかけのゴーレムがあっただろう、出してくれ」
「わかりましたー」
リティにゴーレムを用意させる間に大きな歯車とそれを回す補助のマナ・ダイナモを用意する。続けて両手に装備する剣の図面を書き始めた。
「随分変わった剣ですねぇ」
後ろから覗きこんでくるリティッタにその図面を渡す。
「私が鍛冶ギルドに頼みに行くんですかー」
「人手がいないし、俺は鍛冶の腕は半人前なんだ。頼むよ」
「もう、ホントに早く鍛冶できる人雇って下さい!」
プリプリと怒りながら鍛冶ギルドへ図面を持って行くリティッタ。確かに彼女に行かせるのは申し訳ないなと思うのだがいかんともしがたい。心の中で謝りながら、剣士ゴーレムの鎧を一旦全部外す。
(真ん中にシャフトを通さなきゃな……)
胴体中央にある魔導力炉を少し後ろにずらし、大きな歯車とシャフトを胸に仕込む。それから左右の上腕にも噛み合う歯車を挟みこむ。足首を重く安定性のあるパーツに差し替えて踏ん張りがきくように改造した。
本来剣士型ゴーレムは戦士型よりも俊敏に動けるような作りにするのがセオリーだが、今回は丁度両者の中間の性能になるかもしれない。
「駆動系はこんなもんかな」
外した装甲の中から使えるものを順に着け戻していく。胸の歯車の上には丸い装甲を付ける。蔓の攻撃だけをとりあえず防げばいいので、余計な重さの増える自衛用のトゲや刃物は取り付けない。
(意外と早く終わりそうだな)
と、窓の外を見ると陽がもう暮れかかっていた。そういえばリティッタが出て行ってから帰ってきていない。今日は鍛冶ギルドの方は休みを貰っているらしいがあの子は用事が終わったからと言って勝手に直帰するような性格じゃない。
「アイツ、誘拐とかされたんじゃないだろうな」
不安になって慌てて工房の入り口から外に出ると、当のリティッタは工房の傍で楽しそうに小さな猫と遊んでいた。俺はホッとしながら助手の頭をぺちんと叩く。
「……なにしてんだ」
「いや、この子久しぶりに遊びに来てくれたんでつい」
にゃーおとリティを庇うように鳴く……灰色の豹っぽい斑点があるがホントにこいつは猫なのだろうか。
「なかなか帰ってこないから心配したじゃないか」
「私もう13ですよ、心配されるような歳じゃないです!」
「そういうセリフはちゃんと帰ってからな……メシにしよう」
あーい、とふて腐れながら立ち上がるリティッタ。別れ際に頭を撫でられると灰色の猫はてくてくと歩き出した。
「今回は順調なんですか?」
食卓に皿を並べながらリティッタが俺に聞いてきた。今夜は大きなアロエみたいな肉厚の葉っぱをステーキにしたものが出てきた。異世界生活も二年目になるが食に関してはなかなか慣れない所がある。
「まぁな。いただきまーす……うまいなコレ」
「ふふーん、そうでしょうそうでしょう」
自慢そうに小さな胸を張るリティッタ。甘めの味付けであっさりと焼いてあり、果肉のジューシーさも相まって美味である。例えるなら焼きパイナップルに近いがそれよりもみずみずしかった。
「おばあちゃん直伝の料理ですから。おかわりもありますからね」
「そりゃありがたい。ああ、それで進捗なんだが」
フォークに刺したアロエステーキをむしゃむしゃと食ってから続ける。
「ばっちり順調だ。明日コマンドを組み立てて入れて、あとは剣を持たせればほぼ完成ってぐらいだ。だから明日は一日休みでもいいぞ」
てっきり喜ぶと思ったがリティッタは少し不満そうな顔をしている。
「ん?どうした?」
「私来なかったら、ご主人さまちゃんとご飯食べないじゃないですか」
「そんな事ないぞ。昼はどっかの食堂に行くし」
「朝と夜はどうするんですか?」
「朝は……めんどくさいから食べないで、夜はコイツかな」
そういって手元のワインを傾ける。
「ほらー!そんな雑な食生活だから心配なんです!」
「別に後期高齢者じゃないんだから大丈夫だろ」
「コウキだかトンチキだか知らないですけどダメです!それに夜私がいなかったら……なんかいかがわしいとことか行くかもしれませんし!最近この街そういうお店増えてますし!」
コイツは何を心配しているんだ。
「そんな店に行った事ないだろ」
「ご、ご主人さまも、お年頃ですから……」
「お前は俺のオカンか」
怒る前に呆れてしまった。しかしリティッタは急にフフンと勝ち誇った顔をする。
「そ、そうですよ!ご飯も洗濯もまかせっきりのご主人さまは、私がいないと全然ダメダメなんですから」
「……わかった。じゃあ晩飯だけ作りに来てくれ」
「はい!かしこまりました」
なんだか良くわからんが
当人が満足したようなので、話を拗らせないようにだまってメシをたいらげることにした。




