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騒動の翌日。ほかにやることがないのでおれはいつもの酒場で安酒をなめていた。
ミリアンがしびれを切らしたようにため息をついた。
「ハンクさあ、なんかあったの?」
「どうして?」
「異人の連中がいやにピリついてるし。あんたもヘコんでるしさ」
「ヘコんでるって、おれが?」
「隠したいならもっと上手に振る舞いな」ミリアンは両手の人差し指で口角をさげて仏頂面をつくってみせた。顔にでていたらしい。
「……いろいろあってな。異人が一人死んだんだよ」少し迷ったが正直に告げることにした。ミリアンに隠す理由はない。
「ありゃま。あんたらはみんな魔法で生きかえれるんじゃないのかい。死ぬことなんてあるんだね」
「どうやらそうらしい」
ユーザーが失われたのは初めてではない。
しかしこの町の住人がメーンになった迷宮レイドで犠牲者がでたのは初めてだった。
そして死体が消えずに物体として残りつづける明確な死も初めてのことだった。
ほかの町のコミュニティからの噂話でそういったことが起こりうるとはまことしやかにささやかれていた。
実際に負傷するユーザーが現れ始めた時点で誰もが心のかたすみでおびえていたことだ。
しかし圧倒的な存在感をはなつ亡骸を前に危惧は確信へと変わった。
その恐怖が抑止となってバミューもやつの狂信者も少しはおとなしくなるだろう。
ただし、いい薬になったというには少々刺激が強すぎる。効く薬には副作用がともなうものだ。
今回の事件が引鉄となってあらたな面倒が巻き起こるきがしてならなかった。
「ちなみにあんたたち異人は全員で何人ぐらいいるの?」
ミリアンが珍しくおれのこと以外で質問してきた。気を遣われているのかもしれない。
「三千人前後らしい。今はもっと少ないかもしれないけど」
前後期のテストプレイ募集枠は六千人。目覚められなくなった日にエクスデアにいたのはおよそ半数ということになる。
王都に住む頭のいい大人ユーザーたちが対策委員会なるものを立ちあげており、三か月ほど前の人口調査で判明した数だ。
「へえ。そんなにいるんだ。そのわりにはみんな好き勝手にしてるよね。あんたを筆頭に」
「耳が痛いな。まったくそのとおりだよ」
王都のかしこい連中が旗をふってもユーザーは一丸になろうとせず、状況は事件発生当時からほとんど変わっていない。
各々がアプリだったころから慣れ親しんだ町に根づき、独自のコミュニティをつくり、それぞれの問題に頭をかかえて生活していた。
タカ派の連中はユーザーに協調性がないのは委員会の怠惰であるとせめている。みごとなまでに自分たちのことを棚にあげているし、そもそも土台無理な話だと思う。
なにせ、面倒ごとに首をつっこもうとしなければ命の危険はなく、生きていくのに不自由はしないのだ。
そうなれば果然、危機感は欠如する。その他大勢のハト派が積極的に動こうとしないのは自明だ。
もっとも、ミリアンがいうようにこんなところで飲んだくれているおれがとやかくいうことではないけれど。居酒屋で酔っぱらって世間にくだを巻くおっさんと変わらない。
結論。やっぱり酒でもかっくらわなきゃやってられない。
「よっしゃ。今日は呑むぞ。女の子呼んでくれ」
「そういう店じゃないよ。つーかあんたいつも呑んでるだろ」
「じゃあ一番高い酒だしてくれ」
「秒でつぶれて便所の住人になるくせに」
くそう。いきつけの店になじみすぎるのも考えものだ。
きっとおれのような男がツケで飲み、店で寝泊りを始め、ついには店員として働くのだろう。ここ最近、ミリアンの作ったまかない以外で飯を食った記憶がない時点ですでにアウトなきがする。
玄関扉の鈴が鳴った。
予想はしていたが来客はクナイだった。
「チェンジ。和風SM嬢を呼んだおぼえはない」
クナイはぴきりという擬音が聞こえそうなほど柳眉を引きつらせた。腰の短刀の鯉口を切る。
「なんの話かわからないけど、殺していい?」
「冗談です。ユーザー同士の殺しあいはご法度です」
「まっとうなユーザーならね」
クナイは含みありげにいって、空席を一つ挟んでカウンターの席についた。
「昨日のあれはなに?」
「あれとは?」
「とぼけないで。あなたはどうやってたった一人で迷宮から二人を連れだしたの?」
「隠密スキルの高い友人と毒ガス爆弾のおかげかな」
「お友達のことは置いておいて、毒ガス爆弾ってなに? そんなアイテムは存在しないはずよ」
「薬瓶だよ。猛毒魔法と爆発魔法の薬瓶を使えば簡単にできる」
「わたしは薬師のスキルを持っているけど、クラフトにそんな組みあわせはない」
「スキルもクラフトも関係ない。現実とおなじように工夫できる世界なんだぞ。配置と比率を考えて、二つを接着剤でくっつけて袋にいれれば完成だよ」
クナイをはじめ、ほとんどのユーザーにとっての物づくりとは、作製スキルを高めて魔法の作業台に触れれば、はい、上手にできましただ。アイテムはそれで完成し完結しており、それ以上のことははなから考えない。
ゲーム脳の弊害といえばそれまでだが、しかたのないことでもある。エクスデアはクローズドベータ段階であり、毒ガス爆弾をこさえるようなマニアックな研究をするユーザーが少ないのは当然だ。
「お友達については? 幽鬼のように見えたけれど、あんな召喚獣はいないでしょう」
「召喚獣じゃない。デイライト・レイスだ。葡萄酒農家のクエストがあっただろ。彼女はそのボスだよ」
怪訝そうに眉間にしわをつくっていたクナイはさらにしわを深くした。
「からかっているの? 昨日はみんなの質問ぜめをごまかすのに苦労したのよ」
迷宮レイドではぐれた二人は自力で入口付近まで脱出し、力つきたところを偶然おれたちに発見された。そういう話で落ち着いたらしい。
さいわいといっていいものか、生存者の女はまともに事情を説明できる状態じゃなかった。
おれも疲れていたし面倒だったのでクナイとシュートに一任したが、思いのほかうまいことやってくれたようだ。
「今からみんなに見たままを説明してきてもいいのよ」
「事実なんだからしかたないだろ。彼女の名前はジーナ。白日の月を地面にたらせば現れる」
「なぜその特殊クエストの隠しボスがあなたの指示に従うのよ」
「おれ以外にだれも話そうとしなかったからじゃないか。ジーナはレイスだけどいいやつだよ。きちんと話せばわかってくれる」
「そこの店番の現地人のように、というわけ?」クナイは腕を組んでミリアンをじろりと見すえた。「わたしが話をしたいといったら、あなたとおなじように応対してくれるの?」
「さあな。やってみたらいいじゃないか」おれは肩をすくめ、すっかりぬるくなった水割りをすすった。
クナイは咳払いをして薄い唇を引きつらせた。どうやら笑顔のつもりらしい。
「はじめまして。わたしはクナイ。あなたの名前は?」
「ミリアン。女がてらに一人でこの酒場を切り盛りしているよ。注文は?」
「よろしく、ミリアン。さっそくだけどNPCとしての自覚はあるの?」
「お客さん。なにをいっているのかわからないよ。注文は? ドードターキーとエールがおすすめだよ」
「……自我に目覚めてどれぐらいたつの? その前の記憶はあるの?」
「お客さん。なにをいっているのかわからないよ。注文は? ドードターキーとエールがおすすめだよ」
ミリアンは困り顔でまったくおなじ台詞をくりかえした。おれは思わずふきだした。
クナイがにらんでくる。ほほがわずかに紅潮していた。いちいち短刀を抜こうとしなければかわいげがあるのだが。
「おれをにらむな。現地人にも好感度があるんじゃないか。足しげくかよえばお前にも心を開いてくれるようになるかもな」
ミリアンの真意はわからない。しかし故意にモブとして振る舞っているのはあきらかだった。クナイの目を盗み、舌をだしている。
「……ウィスキーをロックでちょうだい」対話をあきらめたクナイは嘆息まじりに注文した。
しぶいオーダーだ。クナイは現実ではいい歳なのかもしれない。新社会人のように水の焼酎割りをすすって酒飲みをきどっている自分がはずかしい。
琥珀色の液体をのどにほうりこんだクナイはグラスを拝むようにがくりとうなだれた。わずかに震える声でひとりごちる。「まいったわ。エクスデアで初めてお酒を呑んだけど、旨いのね」
なんてこった。すべてがさまになっているじゃないか。ハードボイルドなジャズの演奏が聞こえてきそうだ。これからは姐御と呼ばせてもらおうか。
姐御はグラスの氷をゆらした。「そのお友達とあなたの知恵を使えば迷宮も攻略できるんじゃないの?」
「前にもいっただろ。仮にできたとしても現実に帰れる保証はない。広場の文言を妄信するきにはなれない」
「でも、やってみないとわからないでしょう」
「やってみてからじゃあ手遅れなんだよ」
「どういうこと?」
「迷宮の攻略がレイド組にとっての唯一の希望なんだぞ。正気をつなぎとめている最後の堰といってもいい。もしそれが空振りだったら連中はどうなると思う。半年前に逆戻りだよ」
クナイは目を見開いてしげしげとおれを見つめた。
「驚いた。そこまで考えているのね」
「見くびっていたか?」
「最大限に見くだしていたわ。アウトローをきどる世をすねたクソガキだと思ってた」
ひどい。思ったままでいてくれればいいことだった。この世界の女は正直者ばかりか。
「おれからも一ついいか。あんた、なんでシュートのところにいるんだ?」
クナイと長時間話すのははじめてだがまるで印象が変わった。きっと今の姿がクナイの素なのだろう。
年端もいかない少年ユーザーを黒衣の双剣ともてはやしてよろこぶタイプには見えない。
「女にはいろいろな貌があるとだけいっておくわ」クナイは冷たく笑い、グラスをいっきに干した。
ふたたび玄関扉の呼び鈴が鳴った。来客の多い日だ。
シュートとエドガだった。珍しい組みあわせだ。
エドガは動けるぐらいには回復したようだ。胸当ての隙間からのぞく包帯が痛々しい。
しかしそれ以上に二人の沈みきった表情のほうが痛々しかった。
「ハンク。こんなところにいたのか。また問題がおきた」
昨日の今日じゃないか。というかなぜおれに報せる。トラブルバスターになったおぼえはない――そんな不平不満とため息を水割りの残りで腹に流しこんだ。
色をつけた代金をカウンターにおいて席を立った。
最近、つくづく実感する。
世界にもバイオリズムがあるのだろう。
深刻な病が様々な合併症を引き起こすように、悪いことは次から次へと巻き起こる。
その点、ユーザーという不純物をとりこんだエクスデアは末期といえた。
いや、エクスデアからしたら有害な物質を排除しようとする健全な働きなのかもしれない。




