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爆発魔法の発動直後、立ちこめる黒煙のなかに亜人型モンスターの影が見えた。
ふらふらと立ちあがるコボルトが二匹。
突進して一匹に散弾を叩きこんだ。小型の狗亜人はもんどりうってひっくりかえった。
先台を引き、空薬莢を飛ばしながら銃口をふる。
おきまりのように敵発見の吠え声をはっするもう一匹の口に銃剣を突きたてた。
先の曲がり角からゴブリンの群れが現れた。ウォーリアタイプだ。生意気にも石弓を持っている。
わめきながらでたらめに石弓を乱射してきた。
散弾銃の先にぶらさげたままのコボルトの身体を楯にして矢をうけた。
ゴブリンたちの背後で二発目の薬瓶が発動した。広範囲大気凝固魔法。吹き荒ぶ絶対零度の霜にさらされ、悪鬼の群れはきらめく彫像と化した。
串刺しのコボルトはすでに息絶えていたが銃剣を抜く手間をはぶいて引き金をしぼった。狗頭は下顎を残してきれいになくなった。
中途半端に霜をあびて瀕死でのたうつゴブリンに速射を見舞ってとどめをさした。
銃を左手に持ちかえて反転させ、鷲掴みにした四発の散弾を筒状弾倉に滑りこませる。クアッドリロード。暇を持てあました銃使いのたしなみだ。
その間も足を止めずに進みつづける。
ジーナには手前から奥にむけて順路にそって薬瓶を仕掛けてもらった。
おれは攻撃魔法が梅雨払いしてくれた通路を突き進めばいい。
弾ける紫電、噴きあがる爆炎、凍てつく冷気。狭い迷路のそこかしこで幻想的な暴力が存分に猛威をふるっていた。暗視ポーションで青白くなった視界にはまばゆいほどだ。上空から俯瞰できたなら万華鏡のようだろう。
モンスターにとってはたまったものではない。術者がいないのに突如として攻撃魔法の集中砲火にさらされるのだ。まさにカオス。
空前であり、おそらく絶後。迷宮地下六階はダンスフロアのようにカラフルで騒々しい地獄の戦場と化していた。
おれも敵も、とにかく止まらずに踊りつづけるしかない。
「ハンクくん。あそこよ。そこの通路」
ジーナが示した道を曲がった。
目の前には土色の壁があった。瞬間、大きな疑問符が思考を占めた。
それが突進してくるゴーレムの巨体であると理解したときには轢かれていた。
軽々と宙を舞い、壁面に背中をぶつけた。
息が止まり、意識がとびかけた。
「ハンクくん」ジーナの悲鳴がひどく遠く聞こえた。
ゴーレムの後方で爆炎が噴きあがった。むなしく壁と天井を焦がしている。
モンスターも動いているのだ。こちらが期待したとおりに薬瓶の効果範囲でじっとしてくれているわけがない。
巨躯をかがめてやっと通路におさまるゴーレムは窮屈そうに右足をふりあげた。
――まずい。踏みつぶされる。
炎の赤光を背負った巨大な影は死を連想させるにはじゅうぶんだった。
おれは咄嗟に左手で自分の右胸で叩いた。ガラスが割れて腹が濡れる。緊急時の保険として外衣の内側に防御障壁魔法の薬瓶を忍ばせていた。
一瞬にしておれの身体の周囲に琥珀色の膜が出現した。
ゴーレムの丸太のような足がふりおろされる。直下型地震のごとき衝撃が四囲を圧した。
一撃で障壁はひび割れたが、かろうじて受けとめてくれた。
転がって距離をとり、ゴーレムの伸びきった右脚を撃つ。銃が壊れるんじゃないかというほど素早く排莢と装填を繰りかえして撃ちまくる。
粘土と木片が弾け、四発目で膝下を切断した。ゴーレムは前のめりでつっぷした。
動けなくなりながらもゴーレムの穴ぼこ状の目は監視カメラのようにじっとおれを捉えていた。
ぞわりと総毛だつ。アースゴーレムは土と木の精霊で比較的おとなしいモンスターとされていた。
しかし初めてエクスデアでモンスターに怖気と殺意をおぼえた。
「おごりだ。味わいな。くそ野郎」革帯から三本の小型薬瓶を抜き、投げつけた。
爆発、火炎、電撃のカクテルだ。
植物と粘土の混合物はかたちを保てなくなり、ようやく動かなくなった。
「ハンクくん。だいじょうぶ?」ジーナが心配して近づいてきた。
「だいじょうぶじゃない。全身が痛い。くそ」
泥臭い戦いかただ。ゴーレムの土くれが口にはいり、実際に泥臭い。
ちらりと考えてしまう。シュートやほかのユーザーのように剣や魔法を極めていればこんな戦いかたをせずにすむのか。
目的の倉庫に到着した。
「だれかいるか? 助けにきた」
「いるわ! ここよ。助けて」
女の声がかえってきたが姿は見えない。
部屋のすみに積まれた木箱の裏で淡い光がともった。
回りこんでのぞきこむ。
ローブの女がかがんでいた。
その足許には騎士の恰好をした男が倒れていた。
「ヒール! リライブ!」
光の正体がわかった。女は両手をそえて男に回復と蘇生の魔法を連発していた。
「……なにをしているんだ?」見ればわかるが思わずおれは訊いた。声はうわずっていた。
「助けてよ! 彼に魔法が効かないの。それに血! こんなに血がでてる。どうなっているのよ!」
どうなっているのか。わかりきっている。
男は死んでいた。
腹部には内臓がのぞくほどの傷があり、どう見ても致死量の血液がてらてらと石畳を濡らしていた。顔はすっかり蒼白で、薄く開かれた口と目は乾くままになっている。
濡れた毒々しい赤、乾ききった虚無の白。直視に堪えないが目をはなすことができない。その対比は死生観と現実感を刃のように突きつけてくるようだった。
さきほどの考えを即座に否定する。シュートのようなユーザーならスマートに戦えるのか。否だ。
剣の達人と大魔法使いを演じているだけのアプリのヘビーユーザーにこんな修羅を経験させるべきなのか。断じて否だ。
シュートもバミューも、タウン組もレイド組も、ある一つの点において共通していた。いまだにただのアプリだったころのようにふるまっている。
こんなことが起こるようになってしまったエクスデアで、おなじように物事を考えること自体が勘違いはなはだしい。
骸に回復魔法をかけつづける女に怒りさえおぼえた。
「ここからでるぞ。その死体はおれが運ぶ」
「死体って……。バカいわないで! なにいってるのよ!」
「うるさい。黙れ。そうなりたくなければついてこい」
あえて冷たく告げた。
現実逃避したい気持ちはわかるが、いいかげん目を覚ますべきだ。
苦労してモンスターを一掃したかいあり、帰り道に抵抗はなかった。
男を担ぎ、泣きじゃくりながらうわ言を繰りかえす女を連れて、迷宮を脱した。
外は陽が落ちかけていた。それでも新鮮な空気が心地いい。ようやく怪物の死臭から解放される。
潜っていたのは小一時間ほどだがずいぶんと長く感じた。
遺跡で二人のユーザーが待ちかまえていた。シュートとクナイだ。
「ハンク! さっきの爆音はお前か! まさか一人で迷宮にはいったのか! なにを考えているんだ!」
駆けよってくるなりシュートはきんきんのアニメ声でまくしたてた。しかしおれが背負った男の亡骸を見て言葉を失った。
「……彼は?」
「見てのとおりだよ」
クナイが硬直するシュートを押しのけた。立ちふさがり腕を束ねる。
「あなたにいろいろと訊きたいことがあるのだけれど」
「また今度な。二人を町に帰してやってくれ」
おれは男の遺体を道標のかたわらに横たえた。
すっかりおとなしくなったシュートは道標に触れ、空いた片手をおっかなびっくりというふうに亡骸の胸においた。
ファストトラベルの際は手に持った物品も一緒に転送される。物体になりさがってしまった男にも適応されるだろう。
クナイはものいいたげにしながらもすすり泣く女に寄りそって肩を抱いた。
「あなたはどうするの?」
「さすがにくたびれた。ちょっと休む」
「町のみんなにはどう説明すればいいのよ」
「まかせる。うまいことやってくれ」
両脚を投げだして座りこんだ。周囲を見わたす。まだジーナにお礼をいっていない。
迷宮入口に純白のドレスを見つけた。片手をあげる。
ジーナは微笑み、ひらひらと手をふって消えていった。
はたと道標のほうをふりかえる。
転送の青い光に包まれて消える寸前、シュートとクナイはおれとジーナのやりとりを見つめていた。




