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俺たちの住む町も市街からはだいぶ外れた田舎だが、そこから更に奥地へと車を走らせること二十分程度。剛史の意外と大人しい運転で、俺たちは東海地方最大規模の大鍾乳洞へとやってきた。
「ここが例の鍾乳洞か。普段お目にかかれない、太古の地層に今垣間見えるというのか……!」
「ああ。しかもここは秩父中古生層――二億五千万年前の地層だ。滾るだろ!?」
「こんな貴重なものにお目にかかれるだなんて、なかなか無いぞ。こんなのをいつでも見られる環境で今まで生きてきただなんて……羨ましいぞ剛史!」
俺たち(特に俺と剛史)は居ても立っても居られなくて、大口を開けた入り口へと吸い寄せられる。芽依たち女性陣を気遣う余裕も正直無いが、まあ知遥が居れば大丈夫だろう。その代わりとばかりに入場料は彼女らの分も持とうとしたが、それは剛史と知遥にやんわりと断られてしまった。5人分ともなれば決して小さな額ではないというのに、全く。
洞内に入って、俺たちは生で見る地球の歴史に圧倒されていた。そして、黄金柱、股のぞき、猿ヶ石……と、特徴的な形の景色には名前がついている。これは確かに、知遥の言うように一般的な観光客でも楽しめるかもしれない。事実、後ろからははしゃぐ真知の声が聞こえてくる。チラリと振り向くと、楽しそうな真知を見て優しく微笑んでいた。俺と二人でいた時の暗さは微塵も感じられない、いつもの優しくて大人びた芽依だ。そんな芽依の瞳もキラキラと輝いている。今の俺には、引き出すことのない芽依の表情。それが見れたことが嬉しい反面、自分では引き出せないことが寂しい。でも、そうだよな。きっと芽依のためには、その方がいいんだろうな。
「さあ、ここからが一番の見どころだぞ! なんたって日本最大級だからな!」
剛史の叫び声にハッとする。いつの間にか、上の空になってしまっていたようだ。折角楽しみにしていた鍾乳洞に来たというのに。しばしの間純粋な気持ちになれると思っていたのに。それだけ、芽依の存在が大きいということなのだろう。大きく、なってしまった。
剛史が叫んでから少し歩くと、前方から激しい雨の音がした。この音、それも洞窟内。ひょっとしなくても――
「見えたぞ! これが落差約三十メートルの地底の滝、通称黄金の大滝だ。今日はなかなか勢いのいい方だぞ。ツイてるな俺ら!」
剛史の満面の笑みの後ろで、勢いよく落ちる水。力強く、それでいて儚い。よく大自然を前にすると自分の悩みなんてちっぽけに感じるとは言うけど、その気持ちが少しだけわかったような気がする。俺がうじうじしたって、芽依を傷つけてしまうだけだ。この滝のように、きっぱりと、さっぱりと、答えを出さなくてはいけないんだ。実家で母の一言があった時から、本当はそんなことわかっていた。ただ、決断できなかっただけだ。でも、半端な姿勢が一番芽依を傷つけてしまう。ならば、俺のすることは一つ。そうだよな。
しばらく歩くと、小さな分岐が現れた。少人数しか入れないとのことで、はしゃぐ真知と剛史、たしなめながらも足取りの軽い知遥が先に入っていった。残された俺らは、何となく気まずい。でも、入る前ほどじゃない気がする。それでも、芽依の顔を見るのは少しだけ怖い。また目を逸らされたらどうしようと、不安で仕方が無い。
三人が戻ってきたので、俺たちは二人で入った。すれ違う刹那剛史と知遥にウインクされ、そこでようやく、また気を遣われたことに気が付いた。
「うわあ……綺麗」
芽依が小さく声をあげた。俺も視線を上げると、そこには大きな鳥が翼を広げて今にも飛び出しそうな景色が広がっていた。鳳凰の間と名付けられたその空間は、時間の流れを忘れさせるほど雄大で引き込まれる。できることなら、ここでいつまでも二人で寄り添っていたい。でも、俺は――俺たちは、この場に名付けられた鳳凰のように、飛び立たなくてはいけない。今が、きっとそうだ。
「芽依」
「どうしたの、央芽」
久方ぶりに、芽依の顔を正面から見た。芽依は、真っ直ぐに俺の瞳を見つめた。逸らさずに、真っ直ぐと。俺も、芽依の瞳を真っ直ぐと見つめる。逸らさずに、でも吸い込まれないように。決意が揺らがないように。
「別れよう、俺ら」
「そっか。そうだよね……」
芽依の瞳から、雫が零れ落ちる。俺も同じだ。この雫が鍾乳洞のように新たな景色を形作るのは、いつになるのだろう。それは誰にもわからない。




