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「たはーっ旨え。やりきった後のご馳走は格別だあ!」
「もう、そんなにがっつかない。嬉しいのはわかったから」
唐揚げを三ついっぺんに頬張る剛史と、それをたしなめる知遥。そんないつもの微笑ましいやり取りが繰り広げられているのは、ファミリーレストラン『天津亭』。芽依の入学式の日、二人で行った中華料理専門店だ。あの時は芽依が見かけによらずよく食べることに驚いたが、剛史はその非ではないほど食べる。テーブルに並んでいる大盛りの炒飯と天津飯、ラーメン。二人前の餃子と三人前の唐揚げ、更に焼きそば。全て剛史が注文したものだ。あの若干空気の読めない中国人の店員も、俺たちにはばかることなく目を白黒させていた。剛史の食いっぷりは勿論凄いが、これだけ頼んで五千円を超えないというのも凄い。流石、味と安さをウリにしている天津亭だ。
「それで剛史、試験の手応えは?」
大量の唐揚げを炒飯で流し込んだのを見計らって訊ねると、剛史はいつもの不敵な笑みを浮かべて親指を立てた。
「お陰様でな。ちゃんと直前に抜けてたところを確認したから、基礎地理も完璧だぜ。これは央芽にも勝ったな」
「お、言うじゃねえか。だが俺も基礎地理は完璧だったからな。負ける気はしないぜ」
「いいや、アタシが一番だね」
「いや、ハルじゃ勝負にならねえだろ」
「なんですって!?」
元通りの関係に戻った剛史と知遥の、恒例の夫婦漫才。それに呆れながらも、やっぱりこの二人にはこういう掛け合いがお似合いだと思わされる。それに。
この二人がいなければ、今の俺たち――俺と芽依の関係も今ほど強くなってなかったのかもしれない。剛史に茶化され、知遥とのことを芽依に嫉妬され、気持ちを隠し、ぶつけ、傷つきあって。それらを乗り越えて今がある。まるで、芽依と付き合ってからのこの三ヶ月、多角測量をしてきたような気分だ。
多角測量、一つ一つの基準点を定め、基準点同士の距離、角度を一つ一つ丁寧に測る、江戸時代に徒歩での測量で精密な日本地図を作成した心の師、伊能忠敬も使ったあの測量方法だ。俺と芽依の地図――貴女への地図も、三角点を定め、多角測量で一つ一つ作っていったのだと思う。GPSのように簡単に地形を知ることができなくとも、俺たちはそれでいい。これからも幾度となく大きな山に遭遇し、遭難しかけるかもしれないけど、芽依と一緒なら乗り越えていける。そんな根拠の無い自身で、満ち溢れていた。
「そういえば央芽、お前よくこんないい店知ってたな。地元民でもないのに」
「そういえばそうよねえ。前にも来たことがあるとか?」
終わらない掛け合いをしてると思っていた二人は、いつの間にか俺へと話の矛先を向けていた。
「まあ、たまたまな。芽依と一緒に来たことがあって」
そう言った直後、剛史が露骨に嫌そうな顔をし、知遥の顔から感情が消えた。
「何だよ」
「かーっ、まーたノロケかよ。本当仲の良いことで」
「ねー」
二人の露骨過ぎる態度に、思わず溜息が漏れた。あの頃、芽依とこの店に来た頃はまだ付き合ってなかっただなんて言っても、多分変わらないだろう。変えるつもりもないけど。というか、あの頃は付き合ってないどころか、まだ自分の気持ちにすら気づいてなかったんだもんな。まだ四ヶ月前のことだというのに、随分昔のことみたいだ。
「おい、顔ニヤけてるぞ」
「また芽依ちゃんのこと考えてたのー? もう、和久君のスケベ」
そう言う二人の方が、間違いなく俺よりニヤニヤしてると思うんだけどね。
「そ、そんなことねえし!」
熱くなった顔を誤魔化すために、伸びきったラーメンを思いっきり啜った。
すごくスッキリとした終わりでしたが、まだ最終話ではありません。episode2は来週完結。そしてepisode3へと繋がります。
感想、批評等下さると嬉しいです。




