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何かきっかけさえあれば、剛史と知遥は仲直りする。そう思っていたが、そのきっかけというものに恵まれないまま、夏らしい暑さの混ざる七月に入ってしまった。今日は七月に入ってから最初のバドサークル。相変わらず、剛史と知遥は一緒にやらないばかりか、一言も口を利かない。ここまで来ると、もはや意地を張り合ってるだけだろう。二人とも意固地なところがあるからな。やれやれ。
このまま今日も何もなく終わるのかな――なんて思っていたけど、和泉の悲鳴とうずくまる知遥にそんな考えは一蹴された。
「おいどうしたんだ知遥」
「知遥ちゃん!」
「松村さんっ」
皆が口々に叫びながら駆け寄ると、知遥はむくっと顔を上げた。若干しかめられてはいるものの、思ってたよりは元気そうな顔だ。
「もーう皆大げさだってえ。ちょっと足くじいちゃっただけだから」
シューズとソックスを脱がされた右足は、痛々しいほど赤く腫れている。くじいたにしては重症っぽいな、こりゃ。
「おい剛史、肩貸してやれよ」
声こそ掛けないが、俺のすぐ後ろで心配そうな顔をしている。知遥はきっと歩くこともままならないだろうし、誰かが家に送っていかなければならない。ここは剛史こそ適任だし、仲直りするには絶好の機会だと思う。そう思って剛史を指名したのだが、剛史はなかなか首を縦に振らない。険しさなど消え失せた涙目の知遥から目を逸らすと、冷たく言い放った。
「これくらい大丈夫だろ。ハルだってそう言ってることだし」
「おい剛史!」
それはあまりにも酷いんじゃないか? そう言う間も与えず、剛史は運動着のまま荷物を抱え、体育館を出て行ってしまった。
「マジかよ、アイツ」
「あの、和久君。本当に大丈夫だから……痛っ」
無理に立ち上がろうとしたが、力なく崩れ落ちた。右足に全く力が入らないのだろう。全く、こうなったら――。
「ええっ、ちょっとそれはああっ!」
「無理しても悪化するだけだぞ。剛史が帰っちまった以上、俺が送ってくしかないだろ」
「だからっておんぶはやめてよおおっ」
知遥には思いっきり背中で暴れられるが、これ以外方法がないんだから仕方が無い。俺だってそりゃあ、同級生の女の子をおぶるだなんて照れくさいんだぞ。
「あの、和久さん。やっぱりここは私が責任を持って――」
和泉が、今にも泣き出しそうな顔で懇願してくる。
「いや、責任って。別に和泉が怪我させたわけではないじゃん。それにコイツん家バス停とは真逆だからな。来たら来たで、今度は和泉の帰りが心配になる」
毎日バスで一時間以上かけて通学しているという和泉。今から帰ったって八時を回るだろうに、さらに寄り道をさせるだなんて、俺にはできない。
「でも……」
「大丈夫だって。こんなの数日安静にしてたら治るから。それじゃ、俺らは帰るから」
和泉らの心配そうな視線を背中に受けながら、俺たちは帰路に着いた。
「しっかし、剛史。何なんだよアイツは。いくら喧嘩中だからって、まともに歩けないやつ置いてくか、普通」
「ごめんね」
「知遥が謝ることじゃないだろ」
背中にしがみついている知遥は、普段からは想像もつかないほどしおらしい。怪我が痛むのだろうか。それとも、剛史に見捨てられたのがよほどショックだったのか。普段と様子の違う知遥にどう接したらいいのかわからず、それが重かった。
「家はこっちの方だよな」
「うん。あそこのコンビニのとこを中に入って――」
「ああ大丈夫。最近ちょくちょく剛史の家に行ってるから。隣の家だろ?」
「うん」
背中から回された手に、心なしか力がこもった気がした。やはり剛史のことが相当心に引っかかっているみたいだ。
コンビニの横の路地を入ると、まもなく知遥の家だ。少し遅くなったから、芽依は心配してるかな。なるべく早く帰ってやらなきゃな。と、芽依のことを考えた瞬間、例のコンビニからその芽依本人が袋を提げて出てきた。
「芽依?」
「えっ央芽……と知遥さん? こんな時間に二人して何してるの」
一瞬で、芽依の顔が驚きから蔑みに塗り替えられた。
「ああ、知遥がサークル中に怪我しちまってな。それより芽依、こんな時間に一人で出歩くなんて危ないじゃないか。何か買うもんがあるなら言ってくれればいいのに。そうしたら帰りに買ってったんだから」
「だって央芽がいつ帰ってくるかなんてわかんなかったんだもん。それより、だからって何で央芽が? 剛史さんはどうしたの?」
本人は抑えてるつもりかもしれないが、芽依からいつもの冷静さは消え失せていた。最も、それが知遥の地雷を踏み抜くなど、いつもの芽依でも想像つかなかっただろうが。
「和久君、もう大丈夫だから、ここからは一人で帰るね」
「おい待て。お前全然大丈夫じゃないだろ」
「大丈夫……痛っ!」
無理やり俺の背中から降りた知遥が、力なく地面に崩れ落ちた。
「ほれ見ろ、言わんこっちゃない」
「えっ、ちょっと知遥さん!?」
さっきまで冷たい態度だった芽依も、思わず知遥に駆け寄った。
「しょうがないなあ。央芽、その荷物貸して。持ってってあげる」
「芽依……悪いな」
「芽依ちゃん……」
「そのかわり、ね」
芽依が知遥に目を向けると、知遥は観念したように力なく微笑んだ。
「芽依ちゃんご飯まだだよね? よかったら家で食べてかない?」
芽依が、異論なしとばかりに小さく微笑んだ。
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