表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
貴女への地図  作者: 高階珠璃
episode2 多角測量
18/45

 あの雨降りの日曜以降、少し芽依との肉体的な距離が縮まった気がする。芽依からくっついてくる機会は増えたし、キスもよくするようになった。といっても、あの日みたいに狂ったように求め合うようなキスはしていない。あくまで唇と唇が触れ合うだけの、こそばゆいキスだ。それだって勿論、芽依を近くに感じられて、心地よく、愛おしい。でもやはりどこかで、それを物足りないと思ってしまう自分がいた。酸欠と照れで顔を赤く染めた芽依を、今まで見たことのない服の下に隠された芽依の肌を、見てみたい。感じたい。早い話が、欲求不満なのだ。かといって強引に求めるのも、何だか芽依に申し訳ない。どうも俺から見ると、芽依はキスだけで満足しているように見える。でも顔を真っ赤に染めながら「したいよ」と言っていたのは、間違いなく本心だと断言できる。できたのだが……。考えれば考えるだけ、芽依のことがわからなくなる。考えすぎなのだろうか? 真知あたりに相談しようものなら、「うだうだ言ってないでさっさと押し倒しちゃえ」とでも言われそうだが。


 それでも俺たちの関係は比較的良好だった。相も変わらずウブな反応をしてみせる芽依は本当に愛おしい。この先に進みたい気持ちも大いにあるが、このままの穢れを知らない芽依を見るのも悪くない。なあに、まだ付き合い始めてからひと月ちょっと。気長にいくか。

 そう、思っていた。ついさっきまでは。



 ***



 今日は木曜日。俺は最後のコマまで授業が入っており、帰るのは六時過ぎになる。そして芽依の所属する美術部の活動日でもある。こちらも大体六時過ぎ。芽依の美術部は火・木の週二回活動しているが、火曜は午後に講義のない俺の方が帰りが早くなる。俺の大学の講義の時間帯的に、芽依の高校の下校時間とはかち合わない。つまり、木曜は一週間で唯一俺たちの帰宅時間が同じくらいになる。たまに帰り道で会うこともある。が、大抵はどちらかが先に帰宅している。元々短い通学時間。時間帯が同じといえど、道中で会うことなどほとんどない。だから、どちらが先に帰っているかは家に入ってみないとわからないのだ。

 その事実を、俺は完全に失念していた。いや、俺だけでなく芽依も失念していたのかもしれない。何って――。

 遠慮なく家の扉を開くと、そこには下着姿の芽依が、これから着ようとしたであろう、いつも部屋着にしている薄手のパーカーを持ったまま硬直していた。


「キャアアアアアッ!!」

 一瞬遅れて、部屋中に芽依の悲鳴が響く。芽依にしてみたらこれはあくまで反射的なもの。だが俺にしてみれば、何故悲鳴を上げられなくてはいけないのか。今まで肌を見せたことがないとはいえ、俺は芽依の彼氏だぞ。こみ上げてくる理不尽さに、勢いのまま芽依へと歩み寄る。芽依の悲鳴は、俺の理性までも吹き飛ばしてしまった。

「ちょっと央芽、何を……キャッ」

 俺のただならぬ様子に持っている服で身体を隠すことすら忘れ、ただただ怯えてしまっている。震える芽依の肩を力任せに掴むと、芽依が小さく悲鳴を上げた。そのことが余計、俺の怒りを助長する。

 涙目で、それでも懸命に俺を見上げる。そんな芽依の、半開きになった唇を強引に奪う。力任せに押し倒すと、口の中で芽依が呻き声を上げた。本気で痛そうな様子に、流石にやりすぎたかと心配になり、思わず力が抜ける。その隙に芽依は全力で俺の身体を突き飛ばすと、パーカーが手から滑り落ちるのに構わず、トイレに駆け込んだ。ちらりと見えた横顔からは、一筋の涙がはっきりと見て取れた。



 ***



「おーい芽依。悪かった。俺が悪かったから、頼むから出てきてくれ」

 あれから三十分。芽依の涙を見て冷静になった俺は、ずっとこうしてトイレの扉の前で芽依に詫びていた。でも中から聞こえるのは、微かな呻き声と、時折鼻を啜る音だけだ。芽依を泣かせてしまった。芽依を傷つけてしまった。一時の激情を抑えられないだなんて、これじゃあ付き合う前から何も変わってないじゃないか。あれほど芽依のことを傷つけたくないと思っていたのに。それなのに――。


 一時間が経って、日がすっかり落ちてしまっても状況は変わらなかった。外から付けるタイプの電灯なのだから、トイレの中は真っ暗だろうに。それでも出てくる気配はない。堪りかねて外からスイッチを入れると、扉の隙間から光が漏れた。そんな僅かな光では俺の心は満たされない。いつも隣で見せてくれる光り輝くような微笑みが今、無性に欲しい。いつものように年下らしからぬ余裕を見せて欲しい。いつものように芽依の暖かさを感じていたい。いつものように……!

 そんな俺の願いとは裏腹に、扉の向こう側からは、ただすすり泣く声のみが返ってきた。


感想、批評等くださると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ