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なろうコン、および10月放送なろうラジオ朗読コーナーに応募しました。
バスで五十分、電車で三十分。その間隣に座る芽依とはほとんど言葉を交わさなかった。というのも、心地よい揺れに誘発されて、俺がずっと寝てしまったことが原因だ。疲れが溜まっていたのもあるが、それでも芽依には申し訳ないことをした。
「わりいな、寝ちゃってて。退屈しただろ」
「ううん。央芽の寝顔がおかしかったから、むしろ笑いを堪えるのが大変だった」
そう言う芽依は、目に涙を滲ませていた。
「えっ……嘘だろ?」
「ふふふーどうでしょー」
涙を拭いながら笑う。もしかしてマジなのか? 自分の寝顔なんて見たことないから、確かめようがないけど。
「――とりあえず外では寝ないようにするよ」
芽依は「そうだねー」と言いながら、俺の肩に手をついて耳元に口を近付けた。
「でも央芽ずっと私の肩に顔埋めてたから、多分他の人には見えてなかったよ」
耳元で囁かれ、俺の全身が熱を持った。直に芽依の吐息を感じたからなのか、ワンピースから伸びるむき出しの肩や二の腕に顔を埋めていたという事実を知ったからなのか、それはわからないが。……両方のような気もするし。
「その、大丈夫だったか? 涎とか」
「――逆にノースリーブの服でよかったね」
「ごめん。マジごめん」
「いいよーもうっ。そんなに気にしてないから」
軽く俺の腕を叩きながら、軽く言ってくれる。
「ありがとな」
「今更でしょ」
ありがとな。ここ最近、なるべく自然になるよう、気まずくならないよう努めてくれて。そしてごめんな。それでも俺は、この気持ちは変わらない。むしろ膨れるばかりだ。正直真知の提案がなかったら、今頃こうして隣にいることも叶わなかったと思う。同じ失敗を繰り返していたと思う。
「あっお母さんの車だ。行こ、央芽」
「ああ」
由実姉のぎこちない運転に冷や冷やすること五分、芽依の家。芽依が生まれ育った家に着いた。ごく一般的な二階建て一軒家なのだが、一階は廊下をとっぱらって全てリビングにしているため、体感では広く感じる。その感覚が懐かしい。
「それで、二人ともどうする? 六日まで家にいるんでしょう」
今日は五月三日。今年のゴールデンウィークは六日が日曜に当たるので、後半は四連休になる。今日はゆっくりと家で過ごして、明日は三人で外出。という段取りはすでに真知によって(半ば強制的に)決められていた。そして明後日、五月五日は――
――芽依の誕生日だ。
***
姿の見えなかった真知は、ほどなくして帰ってきた。近所の和菓子屋に行っていたそうだ。
「うわあ、懐かしい」
その中身を見た芽依がそうこぼした。
「懐かしいったって、ひと月程度だろ」
「だってこっちにいる時には毎日食べてたもん。この大福」
さっそく、弾力でいえば芽依の頬といい勝負そうな大福を、幸せそうな表情で頬張る。
「……よくそれで太らないな」
「ホントそれ。お姉ちゃんのその体質羨ましすぎる」
普段の食事だって、女子にしてはよく食べる方だと思う。その上そこまで甘いものを食べていたなんて。
「大丈夫よ。私だって真知の歳の頃はけっこう肉ついてたし」
「まあ、そうだけどさ……」
俺はそっと真知の身体を頭の先からつま先まで眺めた。確かに若干ムチムチしているが、男からしたら余裕で許容範囲だろう。むしろ身体だけなら芽依より真知に惹かれる奴も多いと思う。完璧なプロポーションの姉を持つと苦労するんだろうな。俺だって歳が離れているとはいえ、少なからず美形の兄ちゃんと比べられた。それと同じようなものだろう。
芽依が大福から離れられなくなったので、なし崩し的にお茶の時間になった。俺たちが手土産に持っていった静岡茶を、由実姉が淹れてくれた。それが思いの外旨かったので、今度家用に同じのを買ってみよう。
こうして芽依や真知、由実姉とのんびりまったりとした時間を過ごしていると、不思議とそれが当然のことかのように、ストンと腑に落ちる。何年も会っていなかったのに。そもそも昔の落ち着きないガキンチョの俺たちが落ち着いてお茶なんてしてたはずもないのに。
「不思議だな」
三人の視線が集まる。
「こうしていると違和感がなさすぎて、自然すぎて、まるでずっと一緒に寄り添ってきた家族みたいに思えてくる」
芽依と真知がそれに共感するかのように頷いた。だが由実姉は――。
「由実姉?」
石像のように固まっていた由実姉の手から、湯呑が滑り落ちた。茶色い破片の飛び散る音で我に帰った由実姉は、俺たちの怪訝な視線から逃れるようにお茶の残骸をかき集める。
「ごめんね……ごめんね……」
ただそう呟く由実姉を三人で慰めた。その瞳は俺たちを通り越してどこか遠くを見ているような気がした。
***
しばらくして落ち着いた由実姉と、その旦那さん――芽依や真知の父である芳克さんも交えて焼肉パーティーとなった。俺ん家――和久家なら命懸けの争奪戦となるのだが、ここ月野家は比較的まったりとしている。芽依も真知も結構食べるほうだけど、焦らなくても充分な肉があることを分かってか、不毛な争いはしない。それどころか俺の分の肉まで焼いてくれようとして、慌てて止めたくらいだ。
「それで、央芽君は地理を勉強するために遠州大を選んだのか」
芳克さんがTシャツの袖を更にたくしあげて言った。トライアスロンを趣味にしているだけあって、芽依の太ももより太そうな筋肉隆々の二の腕が眩しい。
「そうなんです。そういえば芳克さんも文学部でしたよね?」
「ああ。俺は文学科の日本文学専攻だったけどな」
そう言って豪快に三枚の肉を一気に頬張った。それを流し込むようにビールを煽るのを、由実姉に厳しくたしなまれていた。あんだけいかつい見た目をしておきながら、由実姉には尻に敷かれっぱなしだ。それは昔も今も変わらないらしい。
「お父さん、相変わらずたくさん飲むね」
「本当に。身体壊しても知らないよ」
「……スマン」
そして娘二人にも頭が上がらないらしい――って、それでいいのかよ父親。でもうん。確かに芳克さんは飲みすぎだと思う。
「そうだ、央芽知らないでしょ。お父さんとお母さんの馴れ初め」
芽依がこちらに顔を寄せて、そう訊いた。強い肉の臭いに混じって、微かに芽依の匂いがした。
「おい、何で芽依が知ってんだ?」
「私が教えたんだけど?」
「いや、それなら――うん。しゃーない」
芳克さんいくらなんでも由実姉に甘すぎるでしょ。でも確かに聞いたことないし、興味もある。物心ついた時には既に夫婦だった二人の出会い。
「私も知らないよ! お母さん何でお姉ちゃんにだけ話したのっ?」
「まだ真知にはそういう話は早いかと思って。芽依に話したのだって引っ越す直前くらいよ」
でも……、と言ったまま真知は反論出来なかった。俺からしたら、早すぎることなんてないと思うけどな。芽依のことについてズバズバと言ってのけたのを思い出して、そう感じた。
「まあまあ、央芽にも真知にも今から話すから、それで勘弁して」
「――うん」
普段勝気な真知も、芽依には素直だ。それだけ姉のことを信頼しているのだろう。
そうして、芳克さんは恥ずかしそうに顔を埋めて、由実姉は懐かしそうに顔を綻ばせている横で、芽依は二人の始まりについて語った。二人の出会いは高校時代まで遡る――。
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