第008話 高飛び成功! ★
「もう一度言ってみよ」
余はイラつきを隠さずに目の前で頭を垂れているレスターの上司だったバカに命じる。
「……レ、レスター・ハートフィールドの行方がわからなくなりました」
「ほう? 何故?」
「逃げたのではないかと……」
逃げたのではないかと、ではない。
逃げたんだ。
バカが!
「何をしている!? 何故、捕らえておかなかった!?」
「レスターは忠誠心の厚い男だったので……」
アホか!
「どうせくだらない功績の奪い合いをしていたのだろう? バカが! まずは捕らえ、その身を拘束せねば意味がないだろう!」
「も、申し訳ございません」
チッ!
使えぬ。
まったく使えぬ男だ。
「大臣、報告を聞かせてやれ」
隣にいる大臣を促すと、大臣が一歩前に出た。
「レスター・ハートフィールドの行方は不明。それと同時に同じ部署に勤めていたエルシィ・ヘミンズリーも同様に行方不明です」
「おい、エルシィとは?」
バカに聞く。
「エルシィはレスターの魔法学校の後輩です。仲が良く、いつも一緒にいるようです」
「そうか、そうか。余の調査では恋人同士らしいぞ」
男女がいつも一緒にいるっていうのはそういうことだろう。
「そ、そうですか……」
ハァ……
「レスターを家に帰し、その恋人のエルシィも家に帰したんだったか?」
「は、はい……」
「お前はバカか? レスターが本当に忠義心が厚い男でその身を国家のために捧げようとしていたとしよう。それを恋人が許すと思うか?」
一緒に逃げようって言うとは思わなかったのか?
「も、申し訳ございません。ですが、エルシィも忠義心に厚い人間でして……」
もう少し、マシな言い訳は思いつかないのか?
「1人ならば逃げられるのかと悩み、動けないのが人間だ。しかし、2人なら行動を起こす。ましてや、それが恋人同士ならなおさらだ。バカがっ! 大臣!」
大臣に続きを話すように命じる。
「エルシィ・ヘミンズリーは昨日、緊急の仕事と称して大きな荷物を持ち、飛空艇でランスに飛び立ったとのこと」
大臣が説明すると、バカが頭を上げ、信じられない顔で大臣を見た。
バカでもその荷物の中身がレスターなのはわかるらしい。
「わかったか? お前の言う忠義心に厚い2人は見事に即日で行動を起こし、とうに他国だ。すでに逃げられたんだよ」
「そ、それは……」
ハァァ……
「わかったな? じゃあ、もういい。そいつを二度と余の前に出すな! 首を刎ね、市中に晒せ!」
そう命じると、2人の兵士が左右からバカを抱える。
「へ、陛下っ! お待ちください! 私が説得して呼び戻してみせます! 陛下っ! ッ! 離せ! 離さんかっ! 私を誰だと――」
バカが騒いでいたが、兵士に連れていかれ、扉が閉まると、静かになった。
「ハァァ……どいつもこいつも使えん」
「陛下、いかがなさいますか?」
大臣が聞いてくる。
「まずはレスターとエルシィの一族を皆殺しにせよ」
「2人共、孤児で家族はいません」
そうか……
そんな逃げることに躊躇しないであろう軽荷の孤児2人を家に帰したのか。
何だ、それ?
実は余が天才であいつが普通なのか?
じゃないと、あのバカの頭の中身が理解できんぞ。
「頭が痛くなりそうだ……」
「心中、お察しします。ですが、済んでしまったことより今後のことです」
「わかっておる。エリクサーを作れる人間を他国にやるわけにはいかん。庶民の身で宮廷錬金術師になれる逸材ならどこの国も欲しがるし、すぐに召し抱えるだろう。こうなってしまっては仕方がない。刺客を送れ。余のものにならないなら殺せ」
おそらく自分の才を高く買ってくれるであろう国に仕えるはずだ。
そして、ある程度の信頼を勝ち取った後にエリクサーを出し、地位を絶対的なものにする。
「かしこまりました。やはりランスですか?」
ランスに飛んだわけだからな。
しかし、普通に考えればそこからまた動くだろう。
何しろ、エルシィは資格証を出してランスに行っているのだからこちらがそれを把握しているのはあの2人も百も承知なはず。
「ランスはウチと同盟国だ。まずないだろう」
庶民でもそのくらいのことはわかっているはずだ。
「となると、ゲイツですかね?」
ゲイツはウチと長く敵対している。
あの2人はウチの情報を持っているし、行くならそこだ。
「ああ。間違いなく、ゲイツだ。密偵を送れ。そして、レスターとエルシィを殺せ」
「はっ!」
あー、イラつく。
なんでウチの貴族はバカしかおらんのだ。
◆◇◆
イラド王国を出発して2日が過ぎた。
すると、昼過ぎには飛空艇が降下し始める。
「ようやくですね……レスターさんは大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だと信じるよ。それよりもすぐに降りるから人形の振りをして」
「わかりました」
ウェンディちゃんがカバンに抱きつき、動かなくなる。
私も降りる準備をすると、飛空艇が着陸したので急いで出入口まで行き、その場で待つ。
すると、どんどんと後ろに人が集まってきたのだが、乗組員の1人が人ごみをかき分けて出てきた。
「どうぞー」
乗組員が出入口を開けたので我先にタラップを降りていくと、貨物室の前に荷物がまとまって置いてあったので自分のカバンの前でかがんだ。
「……先輩、先輩」
「……レスターさん、生きてますかー?」
私達が小声で声をかけると、カバンの中からバンバンと叩く音が聞こえた。
ほっ、大丈夫のようだ。
「すぐに出ますのでもうちょっとだけ待ってください」
良かったーと思いながらカバンを運んでいくと、空港を出る。
町はぽつりぽつりと家がある程度であり、特に舗装をされているわけでもなく、田舎町のように思えた。
初めて来たが、空港があるとはいえ、レムの町はそんなに大きな町ではないようだ。
「……エルシィさん、ひとまずはどこか人気のないところでレスターさんを出しましょう」
「……そうだね」
カバンを運びながら進んでいくとちょっとした裏道があったのでそこに入る。
そして、周囲を見渡し、誰もいないことを確認すると、カバンを開けた。
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