第007話 仕方がない ★
荷物を詰めながら先輩の話を聞いていく。
なんか前世がどうとか天使がどうとか話しているが、なんとなく、私の中にすんなりと入っていった。
「ほー……だから先輩って物知りなんですね」
昔から色んなことを知っているなと思ったし、知識量のすごさは感心してばかりだった。
「まあ、前世も含めて知識があるからな。いつも言っている平穏な生活が一番っていうのも前世の影響だ。前世は出世争いなんかでまったく平穏じゃなかったんだ」
この辺もわかる。
先輩は魔法学校でも努力してトップクラスに優秀だったし、話していると、かなり上昇志向があるように思えるのだ。
しかし、平穏が良いとか現状維持が良いとか言っているのでちぐはぐ感があるなと思っていた。
「それでこの天使ちゃん人形が本当に天使なんですか……」
かつて、私より先に卒業してしまった先輩の女避けとして贈った天使ちゃん人形を見る。
「天使のウェンディです。よろしくお願いします」
宙に浮いている天使ちゃん人形が腰を折って礼をする。
「ウェンディ、お前はどうする? というか、こんなことになってしまったが、いつ帰るんだ?」
「同行します。こんなことになってしまいましたし、逃亡のお手伝いをしましょう」
天使らしいけど、この人形に何ができるんだろうか?
「……お前に何ができるんだ?」
先輩も同じことを思ったらしい。
「色々です」
「そうかい……」
先輩が何かを諦めた。
「それにしても、先輩、なんでそのエリクサーを職場で作っちゃうんですか……」
「それについては本当にドジった。エリクサーと聞いて興奮しすぎたようだ」
まあ、エリクサーだもんね……
それだけのものではある。
「仕方がないですね。済んでしまったことです。よし、用意ができました」
荷物を詰め終わった。
本当はもっと持っていきたいものがあるが、魔法のカバンに空きもないし、諦めるしかない。
最低限の生活用品で十分だろう。
「よし、密輸用のカバンだ」
「はい」
寝室に行き、クローゼットからコロコロのカバンを取り出し、リビングまで運ぶ。
「それか……」
カバンを見た先輩がちょっと嫌そうな顔になった。
気持ちはわかる。
小柄な私でも小さいなって思うのに男性である先輩にはちょっと厳しい。
「はい。死ぬよりマシって思ってください」
「そう思うか。ウェンディはどうする?」
「私が入ると余計に狭くなるでしょうし、遠慮しておきます」
ウェンディちゃんはそう言って私の魔法のカバンに掴まって動かなくなる。
なんかそういうアクセントのカバンのように見えないでもない。
「まあ、女子ならそれもありか。エルシィ、閉めてくれ」
先輩がカバンに入り、膝を抱えた。
「はい。先輩、死ぬ時は一緒ですよ」
「そうならないように頼む。お前は交渉事が得意だし、上手く誤魔化せるはずだ。ほれ、金だ」
先輩が札束を渡してくれる。
「はい。それでは閉めます」
「頼むぞ」
先輩が入ったカバンを閉めると、最後に部屋を見渡す。
ちょっと名残惜しさもあったが、それよりも大事なのはカバンの中身だと思い、人が入った重いカバンを動かしながら部屋を出た。
そして、まっすぐ空港に向かう。
「……ウェンディちゃん、後ろについてきている人はいない?」
小声でまったく動かない人形に話しかける。
「……いません。大丈夫でしょう」
よし。
さすがにまだ部長達も話し合いだろう。
この国は貴族の権力が強いと同時に貴族同士でも権力争いがあるし、よく揉めている。
多分、功績を取られたくない部長と窓際に追いやられた部長なんかに功績をやりたくないと思っている他の貴族が揉めているのだろう。
先輩が言うように逃げるなら今だ。
キャスターが付いているとはいえ、先輩が入ったカバンは重いので苦労しながら歩いていき、30分程度で空港にやってきた。
まだ搭乗時間には間に合うはずだと思い、ランス行きの搭乗口がある受付に向かう。
そこには受付の男と帯剣した兵士がいた。
ここからが勝負だ。
「すみませーん。まだ乗れますかぁ?」
甘い声を出して、声をかける。
「ん? まだ乗れるが……ここはランス行きの搭乗口だぞ」
兵士の方が対応してきた。
「合ってます。ランス行きです」
「ふむ。理由を聞きたい。外国に行く場合は審査をしないといけないのでな」
出航まであと30分しかない。
審査なんか受けていたら今日飛ぶことができなくなる。
この状況で明日まで待つのは非常にマズい。
なんとかしなくては。
「すみませーん。理由は聞いてませんけど、上司にこの荷物をランスのルシャンドル伯爵に届けろって言われましてぇ……」
ルシャンドル伯爵なんか知らない。
「荷物? ああ、このカバンか? 中身は?」
「わかりませんけど、贈り物らしいです。中身は見るなって言われてます。あ、私、こういう者です」
宮廷錬金術師である資格証を見せる。
「宮廷錬金術師か……内密か?」
「はい……よくわからないですけど、お前が行けって言われました。あと、なんか一緒に酒を飲んでこいって……貴族の方と飲むなんて怖いですよー。絶対に逆らうなって言われてますしー……」
そう言うと、兵士がジロジロと見てくる。
足先から自慢の腰回り、さらには身長は小柄ながらにそこそこあると自負している胸を順々にいやらしい目で見てきた。
「そうか……気の毒にな」
「え?」
「あ、いや、何でもない。出発までは時間がないし、行ってくれ。大金をもらっているんだからせいぜい働いてこい」
うっせ。
こちとら努力してここまで来たんだ。
「わかりましたぁ……すみません、3等個室でランスまで」
兵士の審査が終わったので受付のおじさんに札束を渡す。
「はいよ……」
おじさんはお札を1枚1枚数えていった。
じれったいし、早くしてほしいと思うが、焦って怪しまれてはマズいと思い、笑顔を絶やさずに待つ。
「ん。確かに。じゃあ、飛空艇はあれだ」
おじさんがチケットをくれ、先にある大型の飛空艇を指差した。
「ありがとうございます」
礼を言うと、カバンを転がしながら飛空艇に向かう。
「……上手くいきましたね」
ウェンディちゃんが小声で囁いてくる。
「……うん。ここまで来れば大丈夫」
私達はね……
先輩はちょっと……
そう思いながら飛空艇までやってくると、すでに出発の準備をしていた。
「お客さーん、こっち、こっち。もう飛ぶよー」
若い男性の乗組員が手招きをしている。
「すみませーん」
「ギリギリだよ。今度からはもっと早めにね。あ、荷物はこれ? じゃあ、積むから」
乗組員はひょいっとカバンを持つと、飛空艇の下の方にある貨物室に運んでしまった。
「あ、ありがとうございます」
まあ、こうなるよね。
あんな大きな荷物を客室には持っていけない。
「早く乗って」
「はい」
頷くと、近くにあったタラップで飛空艇に乗り込み、チケットに書いてあった客室に入る。
そこはベッドもなく向かい掛けの席があるだけの狭い部屋だったが、一応は個室だった。
「ふう……」
席につき、一息つくと、飛空艇が浮かんでいく。
これで完全にこの国から逃げられる。
「あ、あのー、レスターさんは?」
対面に座っているウェンディちゃんが微妙な顔で聞いてくる。
「先輩はランスのレムっていう町に着くまであそこ」
「えー……」
密輸ってそういうことだ。
本来ならもう100万ゼルかかるはずなのに荷物として運んだから。
「しかも、到着まで丸2日かかる」
「えー……レスターさん、大丈夫かな?」
本人が提案してきた策だから大丈夫だと思いたい。
そのまま待っていると、飛空艇がランスに向けて進んでいく。
貨物室なんかにいて大丈夫かなと思いつつ、到着を待つことにした。
◆◇◆
寒い……
すごく寒い。
それにずっと体育座りだから身体が痛くなってきた。
しかも、すげー風の音がうるさい。
今、昼なんだろうか? 夜なんだろうか?
カバンの中だから時間の感覚もない。
いつ着くんだ、これ?
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