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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 3-

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06 楽屋にて

「うちらは今年の七月ぐらいに、『ジェイズランド』のレギュラーバンドにしてもらったんだけどさ。ちょっとプライベートの都合があって、野外フェスには参加できなかったんだよねー」


 そのように語り出したのは、『マンイーター』のギタリストである坂田美月であった。

 場所は、『ジェイズランド』の楽屋である。荷物を運び込んだ『KAMERIA』のメンバーがそこで開場の時間を待っていると、コンビニで夕食を調達した『マンイーター』のメンバーが舞い戻ってきたのだ。


 めぐると町田アンナはスタッフにお願いしてベースとギターを楽屋に持ち込み、それを爪弾きながら彼女たちの話を拝聴している。ただ先刻から口をきいているのはもっぱら坂田美月のみであり、ドラムの亀本菜々子は旺盛な食欲を満たすのに忙しく、ベース&ヴォーカルの柴川蓮は――少し離れた場所にぽつんと陣取り、威嚇のうなり声をあげる番犬を思わせる風情でめぐるたちをにらみつけていた。


「だから、あなたたちのステージはまだ観たことがないんだよ。なんか、『パルヴァン』の野外フェスなんかはけっこうな話題になってるみたいだよね」


「そうなのかなー? ウチら、よそのバンドの人たちとあんまり交流がないから、よくわかんないんだよねー!」


 こういう際に応対役を担ってくれるのは、もちろん町田アンナである。リィ様の姿をした栗原理乃は生ける人形と化してしまうし、和緒は面倒くさがりであるし、めぐるはコミュニケーション不全症候群であるのだった。


「それにまあ、あの日のライブが楽しかったのは、半分がたブイハチのおかげだからねー! ウチらのジツリキは、今日のライブでがっつり判断してもらいたいなーって思ってるよー!」


 オレンジ色のテレキャスターを抱えた町田アンナが笑顔でそのように言いたてると、柴川蓮はいっそう物騒な目つきになってしまう。

 坂田美月はそちらに苦笑を届けてから、さらに言いつのった。


「あのさ、レンレンはブイハチがからむと冷静でいられないから、あたしから聞かせてもらうね。……あなたたちは、どういうきっかけでブイハチのみなさんと仲良くなったの?」


「最初のきっかけは、めぐるだねー! めぐるがアキちゃんのお店でベースを買うことになったんだよー!」


「え? アキさんって、楽器屋の店員さんなの?」


「ううん! アキちゃんのじーちゃんが、楽器のリペアショップをやってるんだよー! アキちゃんは、そこで店番をしてるの!」


「へえ、それは知らなかったなぁ。でもまあ、そういうご縁だったんだねぇ。……レンレンも、納得した?」


「するわけないじゃん!」と、柴川蓮はたちまちいきりたった。


「どうしてベースを買ったぐらいで、そんなに仲良くなれるのさ! ブイハチが高校生バンドに興味を持つなんて、ありえないでしょ!」


「ステイ、ステイ。……ごめんね。もうちょっと詳しく聞かせてもらえる? その後は、どういういきさつで仲良くなったの?」


「えー? よくわかんないけど、めぐるがブイハチのみんなにアドバイスしてあげたんでしょ?」


「ア、アドバイスというほどのことでは……ただ、たまたま『SanZenon』の話になって……それが何か、『V8チェンソー』が立ち直るきっかけになったみたいです」


 めぐるが小さくなりながら答えると、坂田美月は「さんぜのん?」と小首を傾げた。


「十年ぐらい前に解散した、めっちゃかっちょいーバンドだよ! その動画とか音源とかのおかげで、ブイハチはスランプ脱出できたんだってさー!」


「あ、そうだったの? ブイハチってナツさんがぬけてから低迷しちゃったけど、六月ぐらいにいきなり復活したんだよね」


「そーそー! ま、ウチやリィ様なんかは、それが初めてのブイハチだったからさ! スランプ中のことは、よくわかんないんだよねー!」


「なるほど……そういうことだったのかぁ」


 坂田美月はずいぶん感慨深げな面持ちになりながら、また柴川蓮のほうを振り返った。


「ブイハチが低迷から脱出するきっかけになったんなら、レンレンにとっても大恩人じゃん。もうキャンキャン騒がないで、レンレンも『KAMERIA』のみんなと仲良くさせてもらいなよ」


「ふん! そんなちびっこの言葉なんかに、ブイハチのみなさんが影響されるもんか! ブイハチのみなさんは、自力で立ち直ったんだよ!」


 話がどのように転んでも、柴川蓮は対抗心を燃えさからせるばかりである。

 すると、ずっと静かにしていた和緒がついに口を開いた。


「確かに『SanZenon』の話題になったのはたまたまのことですし、ブイハチのみなさんは過剰に感謝しているように思いましたよ。たぶん浅川さんは最初からこのプレーリードッグのことを気に入っていて、フユさんとハルさんもそれに感化されたっていう流れなんじゃないですかね」


「プレーリードッグって、めぐるさんのこと? 確かに、ちょっと似てるかも」


 坂田美月が楽しそうに微笑むと、カップうどんをすすっていた亀本菜々子も同じ表情を浮かべた。言葉の内容はともかくとして、めぐるを安心させてやまない善良そうな笑顔である。


「あと補足するなら、このプレーリードッグは取り憑かれたみたいにベースの練習に没頭してたんで、それがブイハチのみなさんの興味を引いたんじゃないですかね。あとは何となくウマが合って、野外フェスやバンド合宿にお誘いされることになったんです。そこには町田さんの社交性なんかも大きく影響しているはずですよ」


「うんうん。ちょっと話しただけで、アンナさんが魅力的なのはわかるもんね。和緒さんもクールでかっこいいけど」


 坂田美月がそのように言いつのると、町田アンナも小首を傾げながら和緒のほうを振り返った。


「なーんか和緒は、かしこまってるよねー。めぐるのために、頑張ってる感じ?」


「というより、ナンパ男を撃退してくれた感謝の念がそうさせるのかもね」


「あー! 和緒も理乃に負けないぐらい、そーゆー連中をひきつけるだろうからねー! やっぱ美人って、大変だなー!」


「やかましいわ」と、和緒は舌を出す。

 その姿に、また坂田美月は微笑んだ。


「和緒さんも、ただクールなだけじゃなさそうだね。これだったら、ブイハチのみなさんが仲良くしたいって考えても不思議はないんじゃない?」


「関係ないね!」と、柴川蓮は怒れる柴犬の形相で吠えたてる。


「ブイハチのみなさんが、ちょっと仲良くなったぐらいの相手とセッションしたり合宿に誘ったりするもんか! どうして高校生バンドなんかが、そこまで目をかけられるのさ!」


「ああもう、堂々巡りだね。だったらいっそ、ご本人たちに聞いてみなよ」


「そ、そんなこと、本人に聞けるわけないじゃん!」


 と、柴川蓮はたちまち取り乱してしまう。

 和緒は形のいい下顎に手をやりながら、「ふむ」とつぶやいた。


「もういっぺん確認させていただきますけど、みなさんはブイハチと交流を持ってないんですか?」


「うん。イベントとかでご一緒したときに、ちょろっと挨拶させてもらったぐらいだね。もともとフリークなのは、レンレンだけだしさ。あたしらが昔のブイハチに似てるって言われるのは、レンレンが歌と作曲を担当してるからだと思うよ」


「もちろんあたしたちも、ブイハチはかっこいいと思ってるけどね」


 と、ようやく食事を終えた亀本菜々子も発言した。


「ただ、あたしたちがブイハチのみなさんに近づいても、レンレンはこうやって取り乱しちゃうからさ。それで余計に、交流を深める機会がなかったの」


「う、うるさいよ! 下手に近づいたら、嫌われちゃうかもしれないじゃん!」


 顔を真っ赤にした柴川蓮は、ソファに座ったまま地団駄を踏む。

 そういう姿を見ると、めぐるはどこか微笑ましい心地であった。


「なんか、もったいないなー! 『マンイーター』はかっちょいいし、メンバーのみんなも楽しいから、ブイハチと仲良くなれるんじゃないのー? なんだったらウチらも協力するから、ブイハチのみんなとおしゃべりしてみたら?」


 心優しき町田アンナがそのように提案すると、亀本菜々子は「いやいや」とずんぐりとした手を振った。


「実はあたしらも何度かチャレンジしてみたんだけど、いざ本人を前にするとレンレンはガチガチになっちゃって、何も喋れなくなっちゃうんだよ。で、リードを切った犬みたいに逃げちゃうの」


「えー? それでライブは大丈夫なのー? 今日だって、ブイハチのみんなは観に来るんだよー?」


 柴川蓮の柴犬めいた顔が、赤から青に変じた。


「な、なんでブイハチのみなさんが来るのさ! 今日はブイハチのみなさんと交流の深いバンドも出てないはずだよ!」


「ウチらのチケットを買ってくれたんだよー。それで、二月の――」


 そこで和緒が、町田アンナの口をふさいだ。

 柴川蓮はこれまで以上に取り乱して、ソファから立ち上がってしまう。


「ス、スタジオ! スタジオに入ろう! ブイハチのみなさんが来場するなら、ちょっとでも練習しておかないと!」


「なに言ってんのさ。もうすぐ開場の時間なんだよ? あたしの胃袋が落ち着くまで、小一時間は必要だしさ」


「じゃ、じゃあ、個人練してくる!」


 柴川蓮は壁に立てかけてあったギグバッグとエフェクターボードをひっつかむや、楽屋を飛び出してしまった。

 坂田美月は「やれやれ」とひょろ長い身を起こす。


「またリードが切れちゃったよ。あたしが連れ戻してくるから、カメちょんは待っててね」


「アイ・サー。こんな時間からスタジオに入ったら、『KAMERIA』のライブを見逃しちゃうもんね」


「まったくだよ」と苦笑を残して、坂田美月もひょこひょこと退室していった。

 亀本菜々子は大きくふくらんだお腹を抱えながら、『KAMERIA』のメンバーをのんびり見回してくる。


「レンレンの言う通り、ブイハチのみなさんが生半可なバンドに目をかけるわけがないからさ。あなたたちのライブを観たら、レンレンも目を覚ますと思うよ」


「あはは! 期待に応えられるように頑張るよー!」


「うんうん。ていうか、リハの段階であたしはけっこう納得できてるけどね。センスも演奏力も、高校生離れしてるもん。ただレンレンはブイハチ効果でおもいっきりハードルを上げてるから、まだ納得できないんだろうね」


 そう言って、亀本菜々子はまた朗らかな笑顔を見せた。


「レンレンのこととは関係なく、あたしも期待させてもらうからさ。みんな、頑張ってね」


「うん! ありがとー! 『マンイーター』のライブも楽しみにしてるよー!」


 町田アンナがそのように応じたところで、スタッフがひょこりと顔を覗かせた。


「それじゃあ、オープンします。客席に出るときは、ギターとベースをステージに戻してくださいね」


「はーい、了解でーす! じゃ、お客さんを出迎えないとねー!」


 町田アンナは最後にギターをかき鳴らしてから、勢いよく立ち上がった。

 ずっと指板に指を走らせていためぐるも、あたふたとそれに続く。開場の時間となったならば、演奏のスタートまで残り三十分であるのだ。


 こちらの楽屋は一階に存在するため、コンクリートが打ちっぱなしの階段を下ってステージを目指す。階段をおりると不要の機材が山積みにされたバックヤードというスペースで、その向こう側がステージであった。

 ステージには幕が下ろされているため、バックヤードと同じぐらい薄暗い。めぐると町田アンナがそれぞれの楽器をスタンドに立てかけると、後をついてきた和緒が低い声音で呼びかけてきた。


「お二人さん。今日のライブがブイハチ企画のオーディションを兼ねてるって話は、しばらく内密にしておいたほうがいいんじゃないかな?」


「あー、それでさっき、いきなりウチの口をふさいできたの? でも、なんで?」


「それがわからないほど、あんたは頭の中身までオレンジ色なのかな?」


「色は関係ないっしょー! だって、そんな話はいつまでも隠しておけないじゃん!」


「だからせめて、『マンイーター』のライブが終わるまでは黙っておこうって話だよ。それが原因であちらさんのメンタルがぐずぐずになっちゃったら、あまりに気の毒でしょ?」


「あー、なるほど! やっぱ和緒は、優しいねー!」


 町田アンナは、陽気に笑う。同意を示すためにめぐるがうなずくと、何故か和緒に頭を小突かれてしまった。


「でもそれなら、ブイハチのみんなにも伝えておかないと、まずいんじゃないかなー? 客席で『マンイーター』の人らと出くわすこともあるだろうしねー!」


「じゃ、あたしから連絡しておくよ。あちらのバンドさんの内情を隠したまま説明するのは、ちょっとばっかり難儀だけど……まあ、ナンパ男を撃退してくれたお礼に、ない知恵を絞ることにするか」


 和緒はさっそくスマホを取り出しながら、楽屋へと戻っていく。

 町田アンナは小走りでめぐるのそばに寄ってくると、温かい手で肩を抱いてきた。


「なんかあれこれ騒がしくなっちゃったけど、とにかく頑張ろーね! そんでもって、『マンイーター』の人らとも仲良くなれるように、頑張ろー!」


 めぐるは心を偽ることなく、「そうですね」と答えることができた。

 めぐるは最初から、柴川蓮のことを好ましく思っていたのだ。フユを敬愛しているというのはめぐるも同様であるのだから、そんな相手に嫌われたくはなかった。


(でも、その前に……まずは、ライブを頑張らないと)


 本番の開始まで、残り三十分である。

 黒い幕の向こう側からは、激しいBGMとお客のざわめきが伝わってきており――それがまた、めぐるの胸を高鳴らせてやまなかったのだった。

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