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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 3-

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04 入場

 大荷物を抱えた『KAMERIA』の一行は、無事に目的地に到着した。

 駅裏のそれほど賑わっていない区域に存在するライブハウス、『ジェイズランド』である。めぐるにとっては三度目の来店であったが、やはり自らのライブの当日ということで、存分に胸を高鳴らせながら薄暗い店内に足を踏み入れることになった。


 一階のバーフロアは、無人だ。

 そこを通過して地下への階段まで到着すると、町田アンナはカートのハンドルから手を離し、電子ピアノのケースを正面から抱きすくめた。


「ちょっとちょっと。いっぺんに運ぶのは無謀じゃない? あんたが転げ落ちたら、我がバンドはギターとピアノとギタリストをいっぺんに失うことになるよ」


「そんなちまちま運ぶのは、めんどーじゃん! ギターとピアノを合わせても、二十キロもないんだからさ!」


 町田アンナは「よっこらしょ」とカートごと電子ピアノのケースを持ち上げて、地下への階段へと足を踏み出す。それだけの荷物を抱えているとは思えないような、力強い足取りだ。それに感心しながら、めぐるも後に続くことにした。


 無事に階段をくだった町田アンナは、カートを下ろしてから客席の扉を押し開く。

 普段は薄闇に包まれている客席に、照明が灯されていた。それでも通常の部屋よりは、いくぶん薄暗いようだ。その黄昏刻めいた空間に、ぽつぽつと人影が点在していた。


 そして、ステージは幕が開かれており、すでに最初のバンドが機材の搬入を始めている。まだ何の音も鳴らされていなかったが、めぐるはそれだけでまた胸を高鳴らせてしまった。


「あ、どうもお疲れ様です。えーと、バンド名をうかがってもいいですか?」


 と、バーカウンターでタブレットを操作していた人物が、小走りでこちらに近づいてくる。えらく体格のいい、スキンヘッドの若者だ。その姿に、町田アンナは「あれー?」と声をあげた。


「あんた、テンチョーさんのバンドのベースさんだよね! あんたもライブハウスのスタッフさんだったんだー?」


「はい。バーや受付の担当をしてます。……あ、もしかして、『KAMERIA』さんですか? 夏の野外で、ご一緒しましたよね」


 若者は、厳つい顔で柔和に笑う。それは確かに『KAMERIA』の前にステージを披露していた、ジェイ店長率いる『ヒトミゴクウ』のベーシストであった。


「あれからもう、三ヶ月ぐらいは経ってますよね。でも、その綺麗な髪の色で思い出しました。今日はよろしくお願いします」


「うん、よろしくねー! ほらほら、みんなも挨拶しないと!」


 町田アンナに急き立てられて、めぐるたちも頭を下げる。すると、若者は無邪気に「うわあ」と微笑んだ。


「ステージの下でも、みなさんは華やかですね。でも、ヴォーカルさんはまだいらっしゃらないんですか?」


「あはは! そう思ってもらえるなら、変身した甲斐があったね!」


 陽気に笑いながら、町田アンナは幼馴染の細い腕を肘でつつく。栗原理乃がフレアハットを外しながらおどおどと二度目のお辞儀を見せると、若者はきょとんと目を丸くした。


「あ、そちらがヴォーカルさん……なんですか? すいぶん雰囲気が違うみたいですけど……」


「それが、変身の効果だね! リィ様の登場は、ライブの開始をお楽しみにー!」


 町田アンナにつられたように、若者も笑った。とにかくこの若者は、柔和な気性であるようなのだ。


「ブイハチのみなさんから評判を聞いて、俺も今日のライブを楽しみにしていました。それじゃあ、こちらが今日のパスです。あと、シートの記入をお願いしますね」


「はーい! どうもありがとー!」


 いつぞやのイベントのように、四枚のステッカーと一枚の用紙が手渡される。ただ今回の用紙はクリップボードに留められており、ボールペンも添えられていた。ぱっと見た感じ、スケジュール表の類いではないようである。


「これは、セッティング表ってやつだよー! ステージの準備をするスタッフさんやPAさんのために、前もってあれこれ伝えておくんだよ! ウチが書き方を教えるから、みんなも覚えておいてねー!」


 一行は壁際まで移動して、そちらに荷物をまとめてから、あらためてセッティング表なるものを取り囲んだ。


「まずこの四角いスペースに、機材の設置場所を記入するんだよー! で、下の表には曲順と曲調と、どこでMCを入れるかと、あとは照明とかスモークとか演出の希望を記入するわけだねー!」


「へえ。そこまで事前に決めておくのか。確かにこれまでのイベントとは、ずいぶん趣が違うみたいだね」


「でしょー? とりあえず、書ける分はウチが書いちゃうね!」


 町田アンナが、可愛らしい字体ですらすらと空白を埋めていく。

 最初に記すべきはバンド名で、次はステージのセッティング図だ。ドラムセット、アンプ類、電子ピアノ、さらにはマイクの位置も書き記していく。電子ピアノとギターアンプの前にマイクの記号を書いたのち、町田アンナはメンバーの顔を見回してきた。


「歌うのはウチとリィ様だけだけど、MCで使うマイクもここに書くんだよねー。めぐると和緒も、いっちょMCにチャレンジしてみるー?」


「それは断固として、ご辞退申しあげるよ」


「あはは! いちおー聞いてみただけだよ! めぐるも、それでオッケー?」


「は、はい。ステージ上で喋るなんて……想像しただけで、足がすくんじゃいそうです」


「うんうん! MCってのも、大事なステージの一部だからねー! ウチももうちょい、MCのワザを磨かないとなー! ……で、お次は曲順とMCの場所だけど、どうしよっか?」


「ど、どうしようかと申しますと……?」


「今日は全部で五曲しかないから、あんまりMCを入れると勢いを止めちゃうよね。最初の二曲と次の二曲はぶっ続けってことにして、MCは三曲目と五曲目の手前ってことにしておこっか? ……あ、いや、オーラスの前で長々とくっちゃべるのはシラけるし、カバー曲の前には説明が必要かー。そしたら、一曲目の後に短いMCを入れて、次の二曲をぶっ続けにして、四曲目の前にMCってことにしよっか?」


「ちょ、ちょっと頭が混乱してきました。町田さんにおまかせしてもいいですか……?」


「だめだめー! MCタイムってのは、チューニングタイムでもあるんだしさ! そうでなくっても、こーゆーのはみんなで考えないと! てゆーか、こんなの事前に考えておくべきだったね! ウチもそこまで頭が回らなかったなー!」


 町田アンナはけらけらと笑い、めぐるは栗原理乃と一緒にあたふたする。すると、頼もしき和緒がぶっきらぼうに言い捨てた。


「だったらあたしは、第二案に賛成するよ。ただし、四曲目と五曲目の間でもちょっと調整の時間をいただきたいから、文化祭のときみたいにノンストップでスタートさせるのはご勘弁願いたいね」


「じゃ、そこは音を鳴らしながら時間をかせごっか! ウチらが騒いでる間に、和緒は調整を済ませちゃってよ!」


 そうしてMCの場所が確定し、次に曲調と演出の項目まで進んだところで、ついにステージから音が鳴らされた。

 ギターとベースとドラムの音が、思い思いに鳴らされる。ただし、ラインの音を鳴らすスピーカーは切られているらしく、すべての音色が普段のライブよりも遠い。これでは音量が足りないために、スピーカーの補助が必要になるわけであった。


(この人たちが……ええと、『マンイーター』だっけ。確かにちょっとだけ、『V8チェンソー』に似てるかも……)


 ステージ上で音を鳴らしているのは、いずれも女性である。『マンイーター』という名を持つこのバンドは、土田奈津実が在籍していた頃の『V8チェンソー』と似たところがあるという前評判であったのだ。


 もっともめぐるは土田奈津実の歌声を知らないし、今も楽器の音しか鳴らされていない。それでも『V8チェンソー』に似ているように思えたのは――ベースの音やプレイスタイルがフユに似ているためであった。

 それに、ベース本体もカラーリングは深みのある赤色であったが、細身のボディシェイプはフユの愛機とよく似通っている。ついでに言うならば、それを弾いている女性は金色の髪を細かいスパイラルヘアーに仕立てて、頭の天辺で結いあげていた。体格だけは小柄であるので、何だかフユの妹でも見ているような心地だ。


「おやおや……女子高生のみなさん、おひさしぶりだねぇ……無事にこの日を迎えられて、何よりだったよぉ……」


 と、どこからともなくジェイ店長が出現する。本日も彼女は黒ずくめの姿であり、ざんばら髪で痩せ細った幽霊じみた姿も相変わらずであった。


「でも、ずいぶん早いお着きだったねぇ……あんたがたはトップバッターだから、入り時間は四時二十分でかまわないって言っておいたろう……?」


「うん! でも、他のみんなは普通のライブが初体験だからさ! リハってのがどーゆー感じで進められるか、見ておく必要があるだろうなーって思ったの!」


 先月に二度目の対面を果たしてから、町田アンナはジェイ店長に対してもほとんど通常の言葉遣いになっている。それで気分を害した様子もなく、ジェイ店長はピアスの光る口もとに「そうかい……」と微笑をたたえた。


「それじゃあ、じっくり見物するといいさ……今日は逆リハだから、これがトリを務める『マンイーター』だよ……」


「うんうん! 手ならしの演奏でも、レベルが高いのは丸わかりだよー! こんなバンドと同じ日に入れてくれて、ありがとーでーす!」


「ふふん……ブイハチのイベントにはもっとイカついバンドが集まるだろうから、そのつもりでねぇ……」


 ジェイ店長は骨張った手を振って、どこへともなく立ち去っていく。

 その後はセッティング表の記載をいったん止めて、リハーサルの模様を見物させていただくことにした。


 これまで『KAMERIA』が体験してきたライブイベントにおいては、このリハーサルというものが省略されていたのである。初めて目にする光景に、めぐるはまた胸を高鳴らせることになった。


 しかし思いの外、リハーサルは淡々と進められていく。

 ただそれでも、一連の流れは知っておくべきであるのだろう。他者とのコミュニケーションや不測の事態というものを苦手にしているめぐるにとっては、なおさらであった。


 それに、町田アンナも語っていた通り、こちらのバンドはずいぶん演奏力が高いようだ。さすがに『V8チェンソー』ほどではなかったにせよ、それでもこれまで目にしてきたバンドの中で指折りの完成度であるように思えた。


 さきほどジェイ店長が語っていた「逆リハ」というのは本番と逆の順番でリハーサルを行うという意味で、「トリ」というのは本番で最後の出番を飾るという意味になる。そうしておおよそは、もっとも人気や実力のあるバンドがトリに選ばれるようであるのだ。この『マンイーター』というのは、トリに相応しいバンドなのだろうと思われた。


 いっぽう、これが初めてのフルステージとなる『KAMERIA』は、当然のようにトップバッターの出番とされている。よって、リハーサルは最後に行うわけであった。


 セッティング表を記載するのも、リハーサルを行うのも、三十分間のステージに挑むのも、めぐるはすべて初体験だ。

 不安の思いも、ないわけではない。しかしそれは、薄ぼんやりとした煙霧のごとき思いに過ぎなかった。それを上回る期待や昂揚が、不安の思いを霞ませているのだ。これより三時間ばかりも過ぎた後、大切なメンバーたちとステージに立っている姿を想像するだけで、めぐるは痛いぐらいに心臓が跳ね回ってしまうのだった。

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