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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 3-

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07 イエローマーモセット

 機材を抱えためぐるたちが用具室に舞い戻ると、そちらでも拍手が届けられた。

 手を打ち鳴らしているのは、宮岡部長と森藤と小伊田だ。わずか三名でも、その拍手はステージ後の大歓声と同じぐらいめぐるの心を満たしてくれた。


「みんな、お疲れ様。本当にすごいステージだったよ。めいっぱい覚悟を固めてたつもりだったけど、まんまと驚かされることになっちゃったね」


 宮岡部長はどこか清々しげな笑顔で、そんな風に言ってくれた。


「もっとあれこれ感想をぶつけたいところだけど、それはこっちのステージの後にね。それじゃあ、お疲れ様」


 この後は、三年生バンドの出番なのである。宮岡部長が青いギターとエフェクターボードを抱えて階段をのぼっていくと、仏頂面をした二名がそれに続いた。

 轟木篤子は、こちらを見ようともしない。

 その代わりに、寺林副部長が通りすぎざまに爛々と光る目を向けてきた。


「……一年坊なんざに、負けやしねえからな」


 そうして三年生の三名が壇上に消えてドアが閉められると、二年生の男女が子犬のように駆け寄ってきた。


「みんな、本当にすごかったよ! 観るたびにこんなレベルアップするなんて、もう驚きだね!」


「本当だよ! みんなの成長具合を楽しもうと思って、ずっと練習は覗かないようにしてたんだけどさ! びっくりしすぎて、心臓が止まっちゃいそう!」


 すると、いち早く紙袋の覆面を脱ぎ捨てた町田アンナが、「ありがとー!」と元気に応じる。その笑顔は汗だくで、オレンジ色の髪も風呂あがりのようにぺたんとしぼんでいた。


「ウチも、めっちゃ楽しかったー! しょせん文化祭とか思ってた自分が恥ずかしいよー!」


「そんな傲慢な心持ちだったのは、あんたひとりだけどね。あーあ。これまでと比べて五割増しの持ち時間だったから、五割増しで疲れたよ」


 続いて紙袋を脱ぎ捨てた和緒は、すぐさまスポーツタオルでショートヘアーをかき回す。それから、めぐるの頭を小突いてきた。


「あんたもさっさと、そいつを脱いだら? 酸欠で倒れても知らないよ」


「う、うん。そうだね」と答えながら、めぐるはまず大切なベースをクロスで拭き清めて、ギグバッグに収納する。それから紙袋を引き剥がすと、森藤が「わっ」と微笑んだ。


「遠藤さん、髪型を変えると印象が変わるね。ポニーテールとかにしたら、もっと可愛くなりそう!」


「あ、いえ……わたしはそんな、アレではないので……」


 めぐるは存分にまごまごしながら、和緒にならってスポーツタオルを取り上げた。

 すると、栗原理乃がそのかたわらをすうっと通りすぎていく。そして彼女は、そのままパーティションの裏に隠れてしまった。


「あー、リィ様も変身を解除しないとね! 手伝ってあげるから、ちょっと待っててー!」


 町田アンナは跳ねるような足取りで、幼馴染を追いかけていく。それを横目に、小伊田がめぐるに笑いかけてきた。


「僕たちもじっくり感想を伝えたいけど、それは先輩たちのライブを見届けた後だね。みんなは演奏が始まってから外に出たほうがいいと思うよ」


「え? ど、どうしてですか?」


「いま外に出たら、きっとギャラリーに囲まれちゃうよ。でも演奏が始まったら、みんなステージに目を奪われるだろうからね」


「うんうん! わたしたちも、いい場所を確保しないとね! それじゃあみんな、また後で!」


 小伊田と森藤は、いそいそと用具室を出ていく。

 それを見送ってから、和緒は肩をすくめた。


「確かに先輩がたの仰る通り、ここで出ていったらあんな暑苦しいもんをかぶってた甲斐もないだろうね。演奏がスタートしてから、こっそり出ることにしようか」


「う、うん、そうだね。Tシャツも着替えておきたいしね」


「まったくだよ。もう秋だってのに、暑苦しいったらないね」


「わっ! こ、こんなところで脱がないでってば!」


「あたしはカマドウマの次に、汗ではりついたTシャツの感触が嫌いなんだよ。えーと、替えのTシャツはどこだったかな」


 そうして汗だくのTシャツを着替えて、髪をおさげに結いなおすと、めぐるもようやく人心地つくことができた。

 パーティションの裏からは、リィ様の扮装を解いて制服のブラウスとスカートに着替えた栗原理乃と、同じく新しいTシャツに着替えた町田アンナが戻ってくる。栗原理乃は妙に凛々しい面持ちであり、町田アンナは満面の笑みであった。


「あらためて、お疲れさまー! いやー、ほんとに楽しかったねー! ライブをやるたんびに楽しさがぐんぐん爆あがりしてくのって、すごいよねー!」


「そ、そうですね。わたしもそう思います」


「でしょー? だから理乃も、心配することないって!」


「心配?」と、めぐるが小首を傾げると、栗原理乃は「はい」と首肯した。


「私もステージの上では、この上なく満ち足りた気持ちだったのですが……実際の出来はどうだったのかが気にかかってしまうんです」


「そんなの、お客の反応で丸わかりでしょー? 今までで一番の盛り上がりだったじゃん!」


「うん。でもやっぱり、『V8チェンソー』の方々みたいな専門家の意見を聞いてみないと……」


「センモンカって! そもそもライブなんて、自分たちが楽しいかどうかなんだから……わっ!」


 と、町田アンナが漫画か何かのように飛び上がった。

 その視線を追っためぐるも、思わず目を丸くしてしまう。細く開かれた扉から、『V8チェンソー』の面々がわらわらと忍び込んできたのである。


「みんな、お疲れさまぁ。感極まって、押しかけてきちゃったぁ。やっぱ先生がたに見つかったら、怒られちゃうかなぁ?」


「さて、どうでしょう。試しに生活指導の先生でも呼んでみましょうか」


「あははぁ。和緒っちの、いけずぅ」


 浅川亜季は、年老いた猫のように笑っている。その魅力的な笑顔だけで、めぐるは安堵の息をつくことができた。


「ど、どうもお疲れ様です。あの……外音は、どんな感じだったでしょうか?」


「ぐっちゃぐちゃだったよ」と、フユが冷然と言い捨てた。


「ま、ギターもベースもあれだけ歪ませて、おまけにピアノまで追加したんだからね。そりゃあもう、インド象の断末魔みたいな有り様さ」


「あはは。でもこれは、音作りよりも音響の限界なんじゃないかな! 見た感じ、スピーカーの出力もいまひとつだったしね!」


「うんうん。それにまあ、物足りない感じのへぼさではなかったよぉ。音のバランスはベストとは言い難い感じだったけど、そのぶん破壊力はマシマシだったしねぇ。六拍子の新曲も、最高の仕上がりだったなぁ」


 と、フユを除く両名は屈託のない笑顔である。


「オーディエンスの盛り上がりも、そいつを証明してたでしょ? 外音がへっぽこだったら、あそこまでの盛り上がりは期待できないさぁ」


「そっかー! それなら、よかったよー! ま、体育館の音響には、最初っから期待してなかったしねー!」


「うんうん。今日の演奏も極上だったから、それをもっと上等な環境で拝聴したいところだねぇ。ますます来月のステージが楽しみになっちゃったなぁ」


 そんな風に言ってから、浅川亜季はやわらかい視線をめぐるに向けてきた。


「だから、めぐるっちも心配しなくていいよぉ。あの野外フェスの動画みたいに、物足りない感じはしなかったからさぁ」


「あ、ありがとうございます。みなさんはそれを確認するために、バラバラの場所で外音の具合を確認してくれたんですよね?」


「ありゃ、気づいてたかぁ。ま、そういうことだよぉ。一番ステージから距離を取ってたフユにも、めぐるっちのベースの極悪さはしっかり伝わってたってさぁ」


「ふん。しょせんはインド象の断末魔だけどね」


 フユはぷいっとそっぽを向きつつ、横目でめぐるをねめつけてくる。


「……まあ、プリアンプでパワーを底上げした甲斐はあっただろうし、あんな極悪な音作りでも最低限の音ヌケは確保できてた。あとは、自分の耳で確かめな」


「自分の耳? それじゃあ、もしかして……」


「うん。あたしらは三人とも、スマホで録音しておいたんだよぉ。あとでみんなのスマホに送っておくから、静かなところで確認してみなぁ」


 フユの代わりに、浅川亜季がそのように説明してくれた。

 めぐるは『V8チェンソー』の三人全員に、「ありがとうございます」と頭を下げてみせる。ありがたさのあまり、涙がにじんでしまいそうだった。


「とにかくね、今日のライブもすごかったよ! 音響にちょっぴり難はあったけど、みんなの成長具合はばっちり確認できたしね! 理乃ちゃんのピアノなんて、度肝を抜かれちゃった!」


「ああ、理乃っちのピアノは冗談みたいな完成度だったねぇ。それがまた、『KAMERIA』の爆発力を倍増させたと思うよぉ」


「……歌のほうは、如何だったでしょうか?」


「歌も、もちろん完璧だったよ! 演奏がパワーを増せば増すほど、歌までパワフルになるみたいだね! 歌も演奏もひっくるめて、過去最高のかっこよさだったよ!」


 それだけの言葉をいただいて、栗原理乃はようやくほっと息をついた。


「それなら、本当によかったです。みなさんの演奏は素晴らしかったので、私の汚い歌声だけが沈んでいたらどうしようと思っていましたので……」


「あはは! 『KAMERIA』のみんなって、ほんとに謙虚だよねー! あんなすごいステージをできるのに、自信まんまんなのはアンナちゃんだけなんだもん!」


「ウチだって、技術が足りてないのは百も承知だけどさ! 楽しかったら、それでオッケーっしょ!」


 町田アンナが笑顔でそのように言いたてたとき、外から歓声が聞こえてきた。ついに三年生バンドが演奏を開始したのだ。


「あー、始まったかー。ムカつくやつもいるけど、ちゃんと見届けておかないとなー」


 町田アンナが口をとがらせると、浅川亜季が「おやおやぁ?」とチェシャ猫のように笑った。


「アンナっちでも、そんな台詞を口にするんだねぇ。なんかちょっぴり意外だなぁ」


「だってあいつ、ムカつくんだもん! めぐるを小馬鹿にしながら、ウチと理乃を別のバンドに引き抜こうとしたんだよー?」


「へえ」と目をすがめたのは、フユであった。


「そんな酔狂なやつが、高校の軽音部なんかに存在するのかい。そいつのパートは、何なのさ?」


「ベースだよー! 同業でめぐるを小馬鹿にするとか、いい根性してるでしょ? そりゃーあいつも下手じゃないけど、ウチは断然めぐるのほうが好きだし!」


「ふうん。そいつがどんな腕をしてるのか、じっくり見物させてもらおうか」


 フユはさっさときびすを返して、用具室を出ていってしまった。

 ハルは「あーあ」と困ったように笑う。


「お気に入りのめぐるちゃんを小馬鹿にしたとか聞かされたら、フユちゃんも火がついちゃうね。ステージの後でおかしな騒ぎにならないように、しっかり見張っておかないと」


「乱闘騒ぎは困りますよ。うちのオレンジ頭さんだって、その寸前だったんですから」


「ウチだって、もうキレたりしないよー! とにかく、ブチョーとフクブチョーのステージは観てあげないとね!」


 ということで、残るメンバーもフユを追いかけることになった。

 そうして用具室を出てみると、壇の手前にはたいそうな人数が密集している。ステージの最初から、『KAMERIA』の終盤と同等の人数が集まっているようだ。その光景に、今度は浅川亜季が「へえ」と口の端を上げた。


「こりゃあなかなかの人気だし、演奏もいいセンいってるみたいだねぇ。だけど、コピバンなのかぁ」


「うん。バンド自体は、けっこういい感じなんだよー。この三人で、ずっと仲良くやってりゃいいのにさ!」


 そんな言葉を交わしながら、一行はフユのもとを目指した。フユはパイプ椅子の最前列にふんぞり返っていたのだ。多くの人間が壇に押し寄せているためか、パイプ椅子には空席が目立っていた。


 そちらに腰を落ち着けるまでの間にも、もちろん演奏は続けられている。これは新たに加えられた課題曲の片方であったが、始業式の放課後に拝見した際とは比較にならないぐらい演奏がまとまっていた。


(週に一回の練習でも、こんなに完成度を上げられるんだ。やっぱり先輩たちは、すごいなぁ)


 めぐるは無用な不安感を抱え込むまいとあらためて自分を律しながら、先輩がたの演奏を拝聴した。


 宮岡部長は青いギターをかき鳴らしながら、雄々しい歌声をほとばしらせている。もとが男性の曲とは思えないほど、宮岡部長の歌声はそのメロディにマッチしていた。

 寺林副部長のドラムは、力強くて安定している。和緒のドラムほどシャープな音色ではないが、そのぶん生々しくて骨太の印象だ。フレーズそのものもシンプルで、どっしりと演奏を支えている感が強かった。


 そしてやっぱりめぐるが心をひかれるのは、轟木篤子のベースである。

 今日も彼女のベースは、過不足なくバンドサウンドをまとめあげていた。


 それほど輪郭はくっきりしていないのに、存在感は物凄い。

 ギターともドラムともしっかり絡み合い、心地好い調和を体現している。ギターやドラムが以前よりも安定しているため、いっそう魅力的であるのだ。それに彼女はひとつのエフェクターも使っていないのに、ピックの力加減だけで緩急をつけるのが巧みであった。


 そしてその姿は、この上もなく自然体である。

 無理に力んでいる様子もなく、かといって退屈そうにしているわけでもなく、ピックガードだけが白い真っ黒なベースを黙々と弾いている。黒縁眼鏡を外したその顔にも、表情らしい表情は浮かべられていなかった。


 そうして何事もなく一曲目が終了すると、宮岡部長が短い挨拶とともに次の曲のタイトルを告げる。何か有名な曲であったのか、ステージの鼻先に集まった人々の間から歓声があげられた。


 次の曲もミドルテンポであったが、一曲目よりもねっとりとしていて、艶っぽい曲調であった。

 プロのバンドのカバー曲であるため、曲の魅力やアレンジの素晴らしさは言うまでもない。もちろん無知なるめぐるは原曲を知らなかったが、こちらの楽曲も心から格好いいと思うことができた。


 それにやっぱり、彼らの演奏は魅力的だ。

 根本の部分では、決してめぐるの好みに合致していないのだが――それでもめぐるにとって、これは『V8チェンソー』の次ぐらいに魅力的だと思えるステージであったのだった。


 やがて最後の曲が披露されると、いっそうその思いが募っていく。

 それは、彼らが前々からレパートリーにしていたという楽曲であった。二ヶ月前の段階でも十分に魅力的であったその演奏に、さらなる魅力が上乗せされていたのだ。


 宮岡部長は汗をきらめかせながら、一心に歌っている。

 寺林副部長のドラムは、これまで以上にパワフルだ。ずいぶん気負っているようだが、やはりそれほど入り組んだフレーズではないので、ミスらしいミスはないように思えた。

 そうして轟木篤子も両名の勢いをいっそう盛り立てるように、力強くベースを鳴らす。その中低域がどっしりとした音色は、めぐるの心を震わせてやまなかった。


『ありがとう。「イエローマーモセット」でした。軽音学部のステージはこれで終了となりますので、この後は演劇部の公演をお楽しみください』


 最後の曲が終了すると、宮岡部長はわずかに息を切らしながらそのように告げた。

 客席から「アンコール!」という声が飛ばされると、汗で湿った前髪をかきあげながら苦笑する。


『タイムスケジュールの都合で、アンコールはできません。次のステージは卒業ライブだから、よかったらよろしくね』


『KAMERIA』のときに負けない歓声と拍手を浴びながら、宮岡部長たちはステージの脇に退いていった。

 ステージの前に集まっていた人々は名残惜しそうに散開し、こちらでは浅川亜季が「なるほどねぇ」とつぶやきをもらす。


「高校生とは思えないような完成度だったよぉ。これじゃあさすがのフユも、文句はつけられないんじゃないかなぁ?」


「ふん。しょせんコピバンだけどね」


 フユは、仏頂面でそっぽを向く。

 すると、ハルは「うーん」と可愛らしく小首を傾げた。


「確かにいいバンドだったし、その中でもベースは際立ってるみたいだね。でも、理乃ちゃんとアンナちゃんを引き抜くってのは、どうなんだろ? むしろ、アキちゃんとマッチしそうなプレイスタイルじゃない?」


「王道ロックを目指すなら、そうだろうねぇ。それでも理乃っちたちをスカウトしたってことは、それ以上の何かを目指してるんでしょうよぉ」


「それ以上の何かって?」


「そんなのは、本人にしかわからないけど……まあ何となく、イメージはできるかなぁ。とにかくあのサンダーバードのベースさんは、バンドサウンドを支えるのに絶対の自信を持ってるんだと思うよぉ」


 そんな風に応じながら、浅川亜季は『KAMERIA』のメンバーを見回してきた。


「ちなみに、『KAMERIA』のみんなは今のバンドに対して、どういう評価なのかなぁ?」


「そりゃまあ、上手だしかっちょいいと思うよー。この原曲のCD、ウチも持ってるしさ! めぐると出会う前だったら、あのベースにももっと魅力を感じたかもねー」


「……私はロックバンドというものに疎いので、あまり確かなことは言えません。もちろん演奏はお上手だと思いますけれど……『KAMERIA』の演奏のほうが、絶対的に好ましく思います」


「演奏力もさることながら、音作りのレベルも高いんでしょうね。あんまり大きな声じゃ言えませんが、最初のバンドとは雲泥の差でした。あっちもギターとドラムは同じ顔ぶれなんだから、そこにベースの影響力ってもんが出てるんでしょうかね」


「……そういえば、音響の悪さというものをまったく感じませんでした。きっとわたしなんかとは、音作りの完成度が比べ物にならないんでしょうね」


 めぐるがそのように発言すると、町田アンナと栗原理乃が勢いよく振り返ってきた。

 が、めぐるの顔を目にすると、町田アンナは笑顔となって、栗原理乃はほっと息をつく。


「フォローは、いらないみたいだね! ウチらは、めぐるの音が大好きだよー!」


「あ、ありがとうございます。わたしはわたしなりに、自分にとっての理想的な音作りを目指すしかありませんので……」


「うんうん。そこが彼女とめぐるっちの、最大の違いなんだろうねぇ」


 そう言って、浅川亜季はにんまりと微笑んだ。


「エフェクターにたとえると、めぐるっちはオクターブファズで、彼女はコンプレッサーなんだよぉ。めぐるっちも、コンプレッサーの用途はわかってるよねぇ?」


「は、はい。音を整える、ダイナミクス系のエフェクターですよね」


「そういうことぉ。彼女はバンド内において、コンプレッサーみたいな役割を果たしてるのさぁ。弱い部分を持ち上げて、飛び出た部分を圧縮する。そうやって、音を均一化するわけだねぇ。アンプ直のベースサウンドでそうまで楽曲全体のイメージにまで干渉できるなんて、ほんとにすごいことだと思うよぉ」


「ふん。それでこんな素っ頓狂なヴォーカルやギターまで飼いならそうなんてのは、大した根性だけどね」


 フユがそっぽを向いたまま言い捨てると、浅川亜季は「まったくだねぇ」と肩をすくめた。


「まあだからこそ、彼女は爆発力のあるメンバーを求めてるんじゃないかなぁ。彼女が個性の薄いメンバーと組んだら、さぞかし小ぢんまりとしたバンドに仕上がっちゃいそうだからねぇ。彼女はどんな相手でも、ロデオみたいに乗りこなす自信があるんだと思うよぉ」


「なるほどねー。だから、和緒ちゃんの魅力がわかんないわけか! 和緒ちゃんだって十分個性的なのに、見る目がないねー!」


 と、和緒に朗らかな笑顔を送ってから、ハルはめぐるに向きなおってきた。


「まあ何にせよ、和緒ちゃんと相性ばっちりなのは、めぐるちゃんなんだろうけどさ! 二人はリズム隊として、おたがいの魅力を引き立て合ってるもんねー!」


「うんうん。まったくもって、その通りだねぇ。……あと、あたしとしてはオクターブファズとコンプレッサーの特性を兼ね備えてる我がバンドのベース様にもエールを送りたいところだよぉ」


 フユはほんのり頬を染めながら、「やかましいよ」と浅川亜季の頭を小突く。

 浅川亜季は年老いた猫のような笑顔になりながら、『KAMERIA』のメンバーをあらためて見回してきた。


「まあ何にせよ、『KAMERIA』の持つ爆発力を平らにならすなんて、もったいない限りさぁ。どんなに枠からはみ出しても、『KAMERIA』には限界の向こうまで突っ走ってほしいもんだねぇ」


「あったりまえじゃーん! ウチらにとっては、めぐるが最高のメンバーなんだからさ!」


 と、町田アンナが珍しくも、めぐるの肩を抱いてきた。

 そしてその力強く輝く鳶色の瞳が、和緒のほうを見る。


「もちろん、和緒もね! ウチらはぜーったいあんなメガネ女にウワキしたりしないから、これからも頑張っていこうねー!」


「はいはい。もっと爆発力のあるドラマーがメンバー加入を願い出てきたら、思うさま苦悩するがいいさ」


「あはは! どんなドラマーでも、願い下げだよ! そもそもめぐるが、他のドラマーの加入なんて許すわけないじゃん!」


「も、もちろんです」とめぐるが町田アンナごと身を乗り出すと、和緒に頭を小突かれた。

 そして、栗原理乃が澄んだ眼差しを向けてくる。


「私とアンナちゃんも、遠藤さんとあの先輩に対してそういう思いを抱いているんです。どうかそのことだけは忘れないでください」


「……はい。ありがとうございます」


 そんな風に答えながら、めぐるは目頭が熱くなるのを懸命にこらえることになった。

 めぐるはもとより彼女たちを信用しようと決意した身であったが、また数々の温かい言葉によってそれを補強されたのだ。これで不安がったりしたならば、それこそ彼女たちの信頼を踏みにじることになってしまうはずであった。

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