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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 3-

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04 さくら事変

 軽音学部のステージが開始される午後の二時まで、めぐるは無心に過ごすことができた。

 その時間、めぐるはずっと皿洗いに励むことになったのだ。この面倒な仕事を引き受ける代わりに、めぐるは前日までの事前準備を一切免除されたのだった。


 使用済みの皿やカップを洗い場に持ち出しては洗浄し、それをまた教室にまで持ち帰る。ひたすら、その繰り返しである。おかしな感じにデコレーションされた教室ではメイドや執事や得体の知れないキャラクターの扮装をしたクラスメートが給仕に励んでおり、なかなか盛況なようであったが、めぐるにとっては他人事であった。


 和緒や町田アンナや栗原理乃も、自分のクラスで何かしらの業務に励んでいるのだろう。町田アンナに限ってはそちらの業務も楽しんでいるのかもしれないが、それもまためぐるの預かり知るところではない。めぐるにとって学校生活とバンド活動は完全に切り離されており、後者で充実した時間を過ごせれば何の不満も生じないのだった。


 昼休みには単身で部室まで出向き、登校中にコンビニで購入した弁当を胃袋に収めて、三十分ほど個人練習にいそしむ。ついでにブレザーとブラウスを脱いで、バンドTシャツの上からジャージを着込むことにした。あとは本番前にジャージを脱いで、首から上を隠蔽すれば、ステージ衣装の完成である。


 その後は、またひたすら皿洗いだ。

 面白い要素などひとつもなかったが、物流センターのアルバイトに比べれば労働と呼ぶほどの苦労でもない。機械のように働きながら、めぐるはただただステージの開始時刻を待ち受けた。


 そうしてついにやってきた、午後の一時四十分――次の当番であるクラスメートに仕事を引き継いで、めぐるは再び部室を目指すことになった。

 そちらでは、頼もしきバンドメンバーが勢ぞろいしている。和緒と町田アンナはめぐると同じ姿であり、栗原理乃は三つ編みにしたロングヘアーをアップにまとめていたが、首から下は制服姿のままだ。彼女は白いワンピースも準備していたが、私服姿で外をうろつくことは禁止されていたため、現地で着替えるしかなかったのだった。


「あー、やっと来た! ほらほら、さっさと体育館に移動するよ! ライブ前に、リィ様の準備をしないといけないんだからねー!」


 まずは町田アンナが、おひさまのような笑顔を向けてくる。それで数時間に及ぶ別離の物寂しさは、すみやかに解消されることになった。


「さー、出発出発! センパイがたのライブも、いちおー見物しておきたいしね!」


「は、はい。すぐに準備します」


 めぐるはロッカーのダイアルロックを解除して、ギグバッグとエフェクターボードを引っ張り出す。今日は昼休みにしかベースを弾いていないので、指先が疼いて仕方がなかった。


 そうして一行は一丸となって、体育館を目指す。

 その行き道でもあちこちに屋台が出されて、私服姿のお客たちがひしめいていた。どうやら運動部などは、飲食の屋台を出すのが通例であったようなのだ。こちらの高校はあまり文化祭が盛り上がらないという話であったが、めぐるとしては十分以上の賑わいであるように感じられた。


 体育館に足を踏み入れても、その印象に変わりはない。現在は吹奏楽部が搬出の作業に勤しんでいるさなかであったが、体育館に並べられたパイプ椅子にはそれなり以上の人数が座ったままであった。

 制服姿の生徒も数多いが、私服姿の人間も同じぐらい参じている。親子連れや老人などが休憩場所として活用しているのだろうか。かつての野外フェスよりもいっそう取り留めのない顔ぶれであるように感じられた。


 めぐるたちはいちおう人目をはばかる身であるため、そそくさと用具室を目指す。

 すると、その行き道に立ちはだかる者たちがあった。誰あろう、『V8チェンソー』の面々である。


「やあやあ。この日を心待ちにしてたよぉ。みんな、調子は如何かなぁ?」


 まずは浅川亜季が、のんびりと笑いかけてくる。真っ赤に染めた髪にたくさんのピアス、派手なスカジャンにダメージデニムといういでたちが、体育館にはひどく不似合いだ。そして、お気に入りのブーツをぬいで、来客用のスリッパなどをはいているのが、いっそう珍妙なところであった。


「ふん。今日まで練習をさぼってなかったか、しっかりチェックさせていただくよ」


 と、フユもいつもの調子でぶっきらぼうな声を投げかけてくる。今日はスパイラルヘアーを首の横でひとつに結わっており、エスニックな刺繍のロングカーディガンに黒のスキニーパンツといういでたちだ。まあ、体育館に不似合いという点では、浅川亜季と同様であった。


「さっき、『ケモナーズ』の子たちにも挨拶されたよー! やっぱあの子たちも、『KAMERIA』に興味津々みたいだねー!」


 ハルはTシャツにハーフパンツといういつもの格好に、ワッペンだらけのスタジアムジャンパーを羽織っている。無造作なショートヘアーと相まって、厚着になるといっそう男の子めいた姿だ。他の面々に比べれば無難なファッションであるが、こうして見るとやっぱりその辺りを歩いている人間よりもよほど華やかな印象であった。


「みんな、わざわざありがとー! 高校の文化祭なんて、普段はなかなか来る機会もないんじゃないのー?」


「うん。あたしなんて、中学校もまともに通ってなかったからさぁ。文化祭どうこう関係なく、高校の敷地内に足を踏み入れるのも初めてのことだねぇ」


「そんな社会不適応者は、あんただけだよ。まあ、見知らぬ高校の文化祭なんざに足を運ぶのは、私も初体験だけどね」


「あたしも卒業してからはお初だねー! すっかり私服に見慣れちゃったから、みんなの制服やジャージ姿が新鮮だなー!」


『V8チェンソー』の面々と相対していると、めぐるはますます満たされた気持ちになっていく。が、この場ではゆっくり語らっているいとまもなかった。


「じゃ、ウチらは準備があるからさ! ステージが終わったら、のんびりおしゃべりしようねー!」


「うんうん。楽しみにしてるよぉ」


『V8チェンソー』のメンバーとは、放課後に食事会をする予定であるのだ。それでめぐるも心残りなく、尊敬する先達たちと別れを告げることができた。

 あらためて用具室に向かうと、そちらではすでに軽音学部の先輩がたがスタンバイしている。そしてそこには、轟木篤子の存在も含まれていた。


「みんな、お疲れ様! 部長たちと『KAMERIA』を観るために、『ケモナーズ』の人たちまで集まってるみたいだね!」


 そのように声をかけてきたのは、二年生の男子部員たる小伊田である。彼は学校の制服とは異なる派手めなブレザーの姿であり、黒い山高帽をかぶっていた。


「みたいだねー! ウチらはすぐそこで、ブイハチのみんなと出くわしたよー!」


 轟木篤子の存在は黙殺して、町田アンナは小伊田に笑顔を返す。すると、セーラーカラーのジャケットにミニスカートという格好をした女子部員の森藤も会話に加わった。


「わたしたちも遠目で見つけたんだけど、自分たちだけで挨拶をするのはちょっと気が引けちゃったんだよね。よかったら、あとで一緒に挨拶をさせてもらえない?」


「えー? ウチらのライブのたんびに顔をあわせてるんだから、今さら遠慮する必要ないっしょ! ブイハチのおねーさんたちは、みーんな優しいし!」


「でもやっぱり、迫力がすごいじゃん。ハルさんだけだったら、こっちも気後れしないんだけどさ」


「あはは! アキちゃんなんかは、一番のほほんとしてるけどねー! じゃ、ライブが終わったら、みんなで挨拶しよーよ!」


 そうして会話が一段落すると、宮岡部長が近づいてきた。そちらはペイズリー柄の長袖シャツを羽織っており、ボトムはデニムのパンタロンだ。見ようによっては派手な格好だが、シャツの色合いがシックであり、本人の人柄もにじみ出ているのか、むしろ渋みのきいている印象であった。何にせよ、高校三年生とは思えない風格である。


「本番の開始まで、もう十分を切ってるね。みんな、段取りは頭に入ってる?」


「うん! 問題ナッシング! ウチらの出番は、二番目でいいんだよねー?」


「そう。あなたたちだったら、トリをまかせてもいいところだけど……そこはやっぱり、最上級生が責任を負わないとね」


 そう言って、宮岡部長は力強く笑った。


「それじゃあ着替えなんかは、あっちのパーティションの裏でよろしくね。テラたちが覗かないように、きちんと見張っておくから」


「だ、誰が覗くかよ!」と、寺林副部長が顔を赤くしてわめきたてる。彼は真っ赤なTシャツに迷彩柄のハーフパンツというラフないでたちであった。


 これで言葉を発していないのは、轟木篤子のみとなる。

 パイプ椅子に腰をおろした彼女はこちらに見向きすることもなく、ずっとベースを爪弾いている。彼女はチェックの長袖シャツにベージュ色のチノパンツという、ごく自然な私服姿であった。


「じゃ、また後でねー! センパイたちの演奏も、きっちり見届けるからさ!」


『KAMERIA』の一行は機材をおろして、パーティションの裏に回った。

 しかしこの場で手間がかかるのは、栗原理乃のみである。ブレザーの制服から純白のワンピースに着替えて、その上から『KAMERIA』のTシャツを着込んだならば、アイスブルーのウィッグと黒いフリルの目隠しを装着だ。そうして『リィ様』の姿になると、栗原理乃の白い面からすとんと表情が抜け落ちた。


「よーし! これでバッチリだね! リィ様の姿を見ると、こっちもテンションあがってきちゃうなー!」


「恐縮です」と一礼して、栗原理乃はさっさとパーティションの向こう側に舞い戻る。たちまち用具室には、驚嘆のざわめきが広がった。


「やっぱりその格好は、インパクトがすごいね。ていうか、雰囲気までがらりと変わってるのが、ちょっとおっかないぐらいだよ」


 ギターのチューニングに取りかかっていた宮岡部長が、そのような感慨をこぼす。小伊田と森藤は子供のように瞳を輝かせており、そして寺林副部長は驚愕の表情であった。


「な、なんだよ? こいつが、まさか……あの栗原だってのか?」


「ああ、そうか。テラは初めて見るんだっけ。こちらは栗原さんじゃなく、別人格のリィ様だそうだよ」


 宮岡部長は悪戯小僧のように微笑みつつ、轟木篤子のほうを振り返った。


「篤子も存分に驚かされたみたいだね。いっそう『KAMERIA』のステージが楽しみになったでしょ?」


 轟木篤子もまた、やぶにらみの目を驚きに見開いていたのだ。しかし彼女はすぐに「ふん」とそっぽを向くと、ベースの練習を再開した。


「あれ? あなたたちも、何か扮装するんじゃなかったの?」


 と、宮岡部長はけげんそうにめぐるたちを見回してくる。こちらは三名とも、ジャージの上着とブリーツスカートのままであった。


「今日のウチらは、リィ様の引き立て役だからねー! ま、あくまでビジュアル面の話だけどさ! 本番では、しっかり顔も隠す予定だよー!」


「ふうん。まあ、重要なのは演奏だからね。そっちは、期待させていただくよ」


 宮岡部長がそのように答えたとき、檀上のステージに通ずる出入り口から見慣れない男性が姿を現した。


「こっちのセッティングは完了しました。最初のバンドさんは、準備をお願いします」


「了解です。それじゃあ、出陣だね」


 宮岡部長と寺林副部長、それに小伊田と森藤の四名が、それぞれの楽器を手に階段をあがっていく。先輩がたの中でこの場に残されるのは、轟木篤子ただひとりであった。


「じゃ、ウチらも見物しよっか! ラスト一曲が始まったところで戻れば、十分っしょ!」


 そうして町田アンナがきびすを返そうとすると、栗原理乃が「お待ちください」と引き留めた。


「『KAMERIA』の出番まであと十五分ほどしかないのですから、私はこの場で待機させていただきます。私が行動をともにしていたら、みなさんが顔を隠す意味もなくなってしまいますしね」


「えー? だけど、そしたらこいつと二人きりになっちゃうじゃん!」


 町田アンナが眉を吊り上げると、轟木篤子は運指のウォームアップに励みつつ「ふん」と鼻を鳴らした。


「先輩に向かってこいつ呼ばわりってのは、如何なもんだろうね。おたがい高校生の間は、上下関係を重んじるべきじゃない?」


「……あんたが卒業したら、二度と顔をあわせる機会もないだろうけどね」


「それは来年の春に決めてよ。何も急ぐ必要はないさ」


 そう言って、轟木篤子はやぶにらみの目をこちらに向けてきた。


「あたしも急いじゃいないから、こんな場所でスカウトに励むつもりはないよ。それでも信用ならないってんなら、好きにすりゃいいさ」


 町田アンナは「むー」とうなりながら、オレンジ色の頭を引っかき回す。

 すると、栗原理乃が感情の欠落した声でなだめた。


「今の私は何を言われようとも、心を乱すことはありません。この御方ではなく私を信用して、みなさんは先輩がたのステージを見届けてあげてください」


「……そーだね。こいつは信用できなくても、リィ様だったら信用できるよ」


 と、町田アンナは眉を吊り上げたままライオンのように笑った。


「じゃ、行こっか! こっちのバンドは練習も見たことないもんね! どんなバンドなのか、楽しみだなー!」


 そうして町田アンナが出口のほうに足を踏み出したので、めぐると和緒もそれに続くことになった。

 このようなシチュエーションでなくとも、轟木篤子がひそかに町田アンナや栗原理乃に接触することは可能であるのだ。であれば、むやみに気を立てても詮無きことであるし――それに何より、めぐるは彼女たちを信用するのだと決意した身であった。


(それに……轟木先輩も、今は自分のライブに集中してるんじゃないかな)


 なんの根拠もなくそのように考えながら、めぐるは用具室を出た。

 すると、見慣れた面々が駆け寄ってくる。朝方に別れたばかりの、町田家のご一行だ。


「めぐるちゃんと和緒ちゃんは、やっと会えたねー! あれれ? リィ様は?」


「リィ様は、ライブ前の精神統一だよ」


「んー? おねーちゃんは、なんか怒ってるの? 眉毛がきゅーってなってるよー」


「怒っちゃいないさ! それより、センパイがたのライブをチェックしないとね!」


 壇上では、四名の先輩部員が楽器の音を鳴らしている。それに導かれたように、体育館の客席もいっそう人が増えていた。

 椅子には座らず壁際に立ち並んだ『V8チェンソー』の面々は、軽く手を振って挨拶をしてくれる。そちらに頭を下げてから、めぐるはステージに向きなおった。


 体育館の壇上というのは、ライブハウスのステージよりもいくぶん高さがあるだろう。そしてステージの広さは、野外フェスの会場に匹敵するはずだ。

 その広いステージに、二台のアンプとドラムセットが間遠に置かれている。部室の備品ではなく、レンタル品である。ステージの中央では森藤がマイクスタンドの角度を調整しつつ、キーボードの音を鳴らしていた。


「このバンドも、二人は女の子なんだねー! どーゆーバンドなの?」


「ウチも演奏は聴いたことないけど、日本のバンドのコピバンだってよ。けっこー有名なバンドだから、エレンも知ってる曲があるかもねー」


 明朗快活な下の妹と語らっている内に、町田アンナの眉毛ももとの角度に戻っていく。小麦色の頬を期待に火照らせている上の妹も、にこにこと笑っているご両親の姿も、めぐるの心を安らがせてくれた。


 そうして数分ばかりも経過すると、ついにセッティングが完了する。

 森藤は、屈託のない笑顔でぺこりと一礼した。


『それではこれより、軽音学部の演奏を開始します。トップバッターはわたしたち、「さくら事変」です』


 客席からはひかえめな拍手が打ち鳴らされ、十数名の生徒たちが壇の手前にまで寄り集まった。おそらく、バンドメンバーの友人たちであろう。場所は違えど、野外フェスを思い出させる光景である。


『わたしとベースの小伊田くんは二年生、ギターの宮岡部長とドラムの寺林副部長は三年生です。この後にはもっとすごいバンドも控えていますので、どうか最後まで楽しんでいってください』


 いかにも文化祭らしい前口上とともに、他の面々も楽器を鳴らし始める。めぐるの知るライブよりも、のんびりとしたスタートであった。


 そうして森藤はもういっぺんお辞儀をしてから、おもむろにキーボ-ドを弾き始めた。

 それなりにアップテンポだが、休符を入れてゆったりとした雰囲気に感じられるフレーズだ。やがて寺林副部長がこまかくシンバルを震わせると、それを合図にしてベースが加わり、最後にギターが細かいバッキングを重ねた。


 ステージの両脇に設置された巨大なスピーカーからは、ほどほどの音量で演奏の音色が流されている。体育館は客席も広大であるためか、やはりライブハウスよりも野外のステージに近い感覚であった。

 しかしまた、野外フェスとも異なる印象が強い。音は綺麗にまとめられていたが、厚みというものが足りておらず、そして天井が高いためかワンワンと反響しているように感じられた。


(あんまり……好きな感じの響きじゃないな)


 しかしまた、彼女たちの演奏している楽曲も、決して迫力を重視する内容ではないのだろう。寺林副部長は自分のバンドよりもパワーを抑えているようであったし、宮岡部長のギターも空間系のエフェクターを使用した軽妙な音色であった。


 そして、小伊田のベースというのは――ピック弾きであるのに、とても丸みのある音色であった。彼の人柄を示しているかのように、輪郭がぼんやりしていて、温かい音色であるのだ。めぐるとしては、バラード調の『あまやどり』で選んだ音と近い感触であった。


 そして、森藤の歌とキーボードが、何より鮮明に響きわたっている。

 キーボードはベースと同じリズムのバッキングで、アップテンポなのにゆったり聞こえるという印象にも変化はない。その上で、森藤の透明感のある歌声がのびのびと舞っていた。


(そういえば、今日はベースアンプにマイクが立てられてなくて、ラインの音だけがスピーカーで出されてるって話だったっけ)


 その割に、小伊田のベースはモコモコとした音色である。普通、ラインの音というのは硬質になりがちなはずであるから、彼は望んでそういう音作りをしているのだ。彼が使用しているのはオーソドックスなジャズ・ベースであり、その気になればもっとシャープな音を出せるはずであった。


(わたしはゆったりした曲以外で、こういう音を出したいとは思わないけど……でも、この曲にはこの音が合ってるんだろうな)


 めぐるは何だか、とても安らいだ心地であった。

 本質的に、めぐるはもっと激しい楽曲や音作りを好んでいる。宮岡部長や寺林副部長のプレイも、本来のバンドのほうがもっと魅力的であった。

 しかし彼らは、あくまで助っ人のメンバーなのである。この優しくて温かい演奏は、森藤や小伊田の意向が反映されているのだ。めぐるの好みには合わなくても、この演奏を否定しようという気持ちにはなれなかった。


 めぐるの好みとは関係なく、この世にはさまざまな音楽が存在する。

 それが、この数ヶ月でめぐるが学んだ真実のひとつであったのだった。

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