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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 3-

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02 前夜

 十月の最終金曜日――文化祭の前日である。

 文化祭は土曜日と日曜日の二日にわたって開催されるが、軽音学部のライブステージは初日の土曜日に割り振られている。ならばめぐるたちにとっては、その日こそが文化祭の本番でありすべてであった。


 その前日たる金曜日の夜、『KAMERIA』のメンバーはまたもや町田家に集合することになった。野外フェスの前日、二学期の始業式、お茶の水遠征の前日と、通算してこれが四度目の来訪であり、三度目の宿泊であった。


「初めてのライブの前日は、和緒以外だーれも眠れなかったもんねー! でも、野外フェスの前日はぐっすりだったっしょ? だから、ライブの前日は毎回うちに集まることにしよーよ!」


 町田アンナのそんな提案で、めぐるたちは招集されることになったのだ。体調を万全に整えておきたいと願うめぐるにとって、これほどありがたい申し出はなかった。


 そんなわけで、午後の六時まで部室の練習に励んだのちは、制服姿で町田家に直行する。その日も町田家の妹たちは、笑顔でめぐるたちを歓待してくれた。


「みんな、いらっしゃーい! 今日までずーっと会えなくて、さびしかったよー! もっといっぱい遊びにきてくれればいーのに!」


 下の妹である町田エレンなどは、姉とそっくりの満面の笑みである。上の妹の町田ローサはもう少し大人びた面持ちで、それでも他の姉妹と変わらない朗らかさで出迎えてくれた。


「すぐに夕飯の準備ができますので、とりあえず客間のほうにどうぞ」


 客間には、すでにめぐるたちの手荷物が置かれている。機材と学生鞄の他に宿泊の手荷物まで運ぶのは難儀であったため、事前に預けておいたのだ。まずはそちらの手荷物に詰め込んでおいたルームウェアに着替えてから、食事用の部屋に向かうことになった。


 そちらの部屋は、無人である。

 しかし、両手に料理の皿を掲げた下の妹が、すぐさま隣のキッチンから出現した。


「さー、理乃ちゃんたちはすわってすわってー! おねーちゃんは、お皿を運ぶのを手伝ってねー!」


「はいはい。せっかくの料理を焦がしたりしてないだろーね?」


 本日は平日であるため、ご両親は道場でコーチの職務に励んでいるのだ。かつて始業式の夜にお邪魔した際も、こうして三姉妹で食事の準備をしていたのだった。

 その日は急な来訪であったので、町田アンナが手早く追加の料理を仕上げてくれたものであるが、本日は事前に準備されたものを温めなおしているらしい。座卓には、ボリュームたっぷりの料理がところせましと並べられていった。


「これはまた、見慣れない料理のオンパレードだね。もしかして、噂のトルコ料理かな?」


「そーだねー! ママが日本人向けにアレンジしてるから、トルコ料理が初めてでも食べやすいと思うよー!」


 町田アンナの母親は、そのまた母親がトルコ系という話であったのだ。

 なおかつ父親は母親がブラジル系という話であるのだから、町田アンナには四ヶ国の血が流れていることになる。しかし何にせよ、町田アンナは町田アンナであり、めぐるにとっては大切なバンドメンバー以外の何ものでもなかった。


 そうしてすべての料理が配膳されたならば、未成年の六名で食事が開始される。トマトやジャガイモとともに煮込まれたハンバーグのような肉料理、バターの香りが芳しいインディカ米のピラフ、レモンがひと切れずつ添えられたレンズ豆のスープ、トマトやタマネギやキュウリなどが角切りにされた生野菜サラダなど、めぐるにとってはあまり見慣れない料理ばかりであったが、お味のほうは文句のつけようもなかった。


「明日はいよいよ『KAMERIA』のライブだねー! ひさしぶりだから、エレンもすっごく楽しみにしてたんだー!」


 と、下の妹が小学生とは思えぬ食欲を発揮させながらそのように言いたてると、上の妹もすぐさま言葉を重ねた。


「それに、高校の文化祭に行くのも初めてなんです。めぐるちゃんや和緒ちゃんのクラスは、どんな出し物をやるんですか?」


 和緒がポーカーフェイスで「郷土史のレポート展」と答えると、妹たちはそろって目をぱちくりとさせた。


「きょ、きょうどしって何ですか? レポート展っていうのも、よくわからないんですけど……」


「郷土史ってのは、その土地の歴史って意味だよ。江戸時代から連綿と続く我が市の歴史をレポートにまとめて、資料写真を展示したり、プロジェクターで解説したりするの。楽しそうでしょ?」


 気の毒な上の妹が言葉を詰まらせると、心優しき姉が「あはは!」と笑い声を響かせた。


「文化祭の出し物とは思えない内容だよねー! 多数決でそんなもんが選ばれるなんて、和緒のクラスは大丈夫なのー?」


「それだけ勉強熱心な人間が多いんでしょうよ。あるいは、イベント嫌いのヘンクツ者が集まってるのかな。どっちにせよ、あたしとしては心強い限りだね」


「ま、面倒の少ない内容だったんなら、ラッキーだねー! それで、めぐるのクラスはコスプレ喫茶だったっけ?」


「えー? めぐるちゃんもコスプレするのー? エレン、見てみたい!」


「あ、いえ……わ、わたしは皿洗いの当番ですので……」


「なーんだ、つまんなーい! めぐるちゃん、コスプレとか似合いそうなのにー!」


 それは果たして褒め言葉なのかどうか。とりあえず、めぐるとしてはあたふたしながら頭を下げるしかなかった。


「おねーちゃんのクラスは縁日で、理乃ちゃんのクラスは謎ときハウスなんだよねー! そっちは、面白そー!」


「どうだろうねー。ま、クラスの出し物がしょぼくっても、ウチらのライブで満足させてあげるよー!」


 やはり『KAMERIA』のメンバーでその身の情熱をあけっぴろげにしているのは、町田アンナただひとりである。和緒は相変わらずの調子であったし、栗原理乃は時おり静かな闘志を垣間見せるぐらいのものであった。


 そうして食事を終えたならば全員で後片付けをして、客間に移動する。そちらでは本日も、生音による合奏がお披露目されることになった。

 半分がたは妹たちへのサービスであるが、めぐるにとっても満ち足りたひとときだ。部室での練習がメインディッシュならば、こちらはデザートのようなものであった。


 二時間ばかりも合奏を楽しむと下の妹は就寝の時間となってしまうため、めぐるたちもシャワーをいただくことにする。ただしその時間でも道場はまだ使用中であったので、母屋のバスルームをひとりずつお借りする格好だ。メンバーを入れ替えながら三名ずつで語らうというのは、なかなか新鮮な体験であった。


 ただし、メンバーの誰が欠けたとしても、会話の内容がそうまで様変わりすることはない。ただし、町田アンナが不在の間は栗原理乃がいっそうまごまごしていたし、それは和緒がいない時間のめぐるも同様であった。


「めぐると和緒って、なーんか不思議な関係だよねー! 最初はめぐるが和緒に甘えてるのかなーって思ってたけど、その逆のパターンもしょっちゅうみたいだし!」


 町田アンナのそんな発言には、めぐるもいささかならず狼狽することになった。


「か、かずちゃんがわたしに甘えるなんて……そんなことは、ありえないと思いますけど……」


「えー? そんなことないっしょ! 和緒はめぐるにデレデレだもんねー!」


 これも和緒の言う、主観と客観の相違というやつが原因であるのだろうか。

 ともあれ、和緒が不在でよかったと感じるような会話は、それぐらいのものであった。


 そうして全員がシャワーを終えたならば、眠くなるまで歓談の時間だ。その時間も、めぐるはもちろんひとりでベースを爪弾いていた。

 この段階で、時計の針は十時を過ぎている。まだまだ眠気はおりていなかったが、また日が変わる頃には睡魔がやってきそうな予感がひしひしと感じられてならなかった。


「親御さんは、まだ道場なの? ずいぶん遅くまでレッスンしてるんだね」


「あっちでも、そろそろ後片付けを始めてる頃だよ! プロ練も、夜の十時までだからさ!」


「プロ練? プロの練習ってこと? こちらの道場には、格闘技のプロ選手が所属しておられるのかな?」


「うん! キックとMMAで、二人ずつね! あとはプロを目指してる連中とか試合を控えてるアマ選手とかも、一緒になって頑張ってるんだよー!」


 ギターではなく枕を抱えた町田アンナは、笑顔でそのように言いたてた。


「ウチもちっちゃい頃から、そーゆー人たちの頑張りを見てたからさー! 自分もいつかああなるんだって、自然にそんな風に考えてたんだよねー! でも、初めてのライブを体験して、世界がひっくり返っちゃったのさ!」


「門下生の誰かがバンドをやってて、そのライブを観にいったって話だったっけ? そのバンドが、そんなにかっこよかったの?」


「そりゃーもう! ただもちろん、初めての体験ってのがスパイスになったんだろうけどさ! それを抜きにしても、めっちゃかっちょよかったよ! ま、ブイハチはそれ以上のかっちょよさだったけどねー!」


 そんな風に言いながら、町田アンナはぎゅうっと枕を抱きすくめた。


「特にアキちゃんなんて、かっちょよさのカタマリだもんねー! 普段はぼへーっとしてるのに、あんなの反則だよー! みんなも、そう思うっしょ?」


「は、はい、もちろん。ただ……ライブ中は、どうしてもフユさんに目をひかれてしまいます」


「あたしもこの騒ぎに巻き込まれてからは、ついついドラムのプレイの分析に走っちゃうね」


「……私もあんな素敵な歌声を出せればなあって、いっつもそう思ってるよ」


 と、最後に発言した栗原理乃がおずおずと幼馴染の顔色をうかがうと、町田アンナは「もー!」と枕ごとその身を抱きすくめた。


「アキちゃんの話になると、理乃がいっつもジェラジェラしちゃうんだよねー! 理乃の歌声だってアキちゃんに負けてないって、なんべんも言ってるのにさー!」


「それはまったく同感だけど、あまりにタイプが違うから不安になっちゃうんじゃない? ……このプレーリードッグにとってのメガネ先輩みたいなもんさ」


 和緒が何気なくそのように発言したものだから、めぐるは心臓をバウンドさせることになってしまった。

 いっぽう町田アンナは栗原理乃の身を抱きつつ、変わらぬ笑顔である。


「そーいえば、そんなやつもいたっけねー! この二ヶ月ぐらいは顔も見てないから、すっかりボーキャクのカナタだったよー!」


「ほうほう。あたしらの知らないところでスカウトされる機会もなかった、と」


「あったりまえじゃん! そんなムカつくことがあったら、とーてい黙ってられないからね!」


 町田アンナはけらけらと笑ってから、よく光る鳶色の瞳でめぐるを見つめてきた。


「まさか、めぐるも不安がったりしてないよねー? いざとなったら、また緊急ミーティングだよー?」


「は、はい。大丈夫です。わたしはずっと、轟木先輩のことを忘れられずにいますけれど……もう、不安になったりはしていません」


 めぐるが本心でそのように告げると、町田アンナはおひさまのように笑った。その腕に抱かれた栗原理乃も、ほっとした様子で微笑んでいる。


「明日はライブの会場で、どうしたって顔をあわせてしまいますものね。遠藤さんがお気にされていないのなら、本当によかったです」


「はい。わたしは大丈夫です。……町田さんも、気をつけてくださいね?」


「めぐるがだいじょーぶなら、ウチだってだいじょーぶさ! あいつがおかしなこと言いだしたって、聞く耳もたないから!」


 町田アンナと栗原理乃の笑顔が、めぐるの心をいっそう安らがせてくれた。

 実のところ、轟木篤子のことを思い出すと、今でも胸が重たくなってしまう。しかしそれでも、めぐるは町田アンナと栗原理乃を信じると決めて、彼女たちに見合う立派なベーシストを目指すと誓ったのだ。よって、どれだけ胸が重くなろうとも、二人に見捨てられるという不安は抱かずに済んでいた。


(浅川さんはすごく格好いいけど、わたしが一緒にバンドをやりたいと思うのは町田さんと栗原さんだ。わたしもみんなからそう思ってもらえるように、頑張ろう)


 そうしてその後もめぐるたちは、心を偽ることなく歓談に励み――そうしてめぐるが抱いた予感の通り、日が変わる頃には安らかな眠りを授かることがかなったのだった。

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