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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 3-

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83/327

-Track 3- 01 ブッキング

 お茶の水で機材を新調し、その後に『V8チェンソー』のメンバーと対面した九月の第一日曜日から、粛々と日々は過ぎていった。


『KAMERIA』にとっては、もちろん練習の日々である。夏休みが終了して、週に二回は先輩がたに部室を譲ることになったので、メンバーが集まっての練習時間はずいぶん短縮されてしまったが――その分は、短い時間でも身になるように集中して練習に取り組むしかなかった。


 何せ、十月の終わりには文化祭が控えており、そのひと月後には通常ブッキングのライブというものも敢行することが決まったのである。これでは、奮起するしかなかった。

 ちなみに通常ブッキングのライブの会場に選ばれたのは、当然のように『稲見ジェイズランド』であった。かつての野外フェスにおいて手渡されたジェイ店長の名刺を頼りに、電話をかけることになったのだ。


『パルヴァンさんの野外フェスを荒らしたって噂は、あたしも聞いてるよ……まったくブイハチの連中は、おふざけが好きだねぇ……』


 めぐるもスマホのスピーカー機能で、ジェイ店長のけだるげな声を拝聴することになった。あの幽霊じみた面相を思い出させてやまない、陰気で間延びした声である。


『で……ブイハチのイベントに出る前段階として、普通のライブも体験しておきたい、と……それは感心なことだねぇ……もちろんこっちは、大歓迎だよ……まあ最近はどこのライブハウスでも経営が厳しくって、どんなバンドでも大歓迎なんだけどさぁ……せっかくだったら、こっちも面白みのあるバンドをお迎えしたいしねぇ……』


「ありがとうございまーす! できれば十一月か十二月の土日や祝日にお願いしたいんだけど、空いてる日はありますかー?」


『そりゃあ十二月だったら、まだスカスカだけど……ブイハチのイベントのオーディションを兼ねてるってんなら、十一月にするべきじゃないかねぇ……じゃないと、あいつらが誘おうとしてるバンド連中も、二月の予定が埋まっちまうだろうからさ……』


 そんなジェイ店長の助言もあって、ブッキングの日取りは十一月の最終土曜日――こちらの文化祭のちょうどひと月後に決定したわけであった。


 あとはもう、ひたすら練習の日々である。

 持ち時間が三十分ということは、最低でも五曲は仕上げないといけないのだ。その気になれば六曲でも詰め込めそうなところであったが、それはこちらの準備が間に合いそうになかった。


「『小さな窓』と『転がる少女のように』、『あまやどり』と六拍子の新曲、あとは『SanZenon』のカバー曲できっちり五曲だもんねー! 今から別の新曲を仕上げるのはしんどそうだし、カバー曲も正式に課題曲にしちゃおーよ!」


 町田アンナがそのように提案し、メンバー一同がそれを受け入れることになった。ひそかに練習を積んでいた『SanZenon』の『線路の脇の小さな花』も、十一月のライブでお披露目されることになったのだ。それでめぐるは、いっそう奮起することになったわけであった。


「だけどそれなら、元メンバーさんに了承をいただいたほうがいいのかねぇ。バンド活動に造詣の深いオレンジ頭さんは、どのようにお考えで?」


「えー? インディーズバンドの楽曲の権利とか、よくわかんないけど! 普通だったら、いちいち断りを入れたりしないんじゃない? ダメって言われても、ウチはあの曲やりたいし!」


「ふむ。お断りされたら、こちらのプレーリードッグも甚大なダメージを受けそうなところだね」


「そ、それはそうかもしれないけど……でも、何も言わずにライブで曲を使っちゃうのは……ちょっと申し訳ないかも……」


 ということで、和緒は数ヶ月ぶりに『SanZenon』の元メンバー――『ちぃ坊の猫屋敷』なる動画チャンネルの管理人にメッセージを送ることに相成った。


「おひさしぶりです。先日は、大変お世話になりました。こちらのメンバーもそちら様にお教えいただいたエフェクターでもって、日々練習に明け暮れております。つきましては、『SanZenon』の『線路の脇の小さな花』をライブで演奏させていただきたく思うのですが、ご了承をいただけますでしょうか? ……いくら何でも、文章が固すぎない?」


「いーのいーの! もし断られちゃったら、こっちは大ピンチなんだから! めいっぱい下手に出ておかないと!」


「はいはい。それじゃあ、送信っと」


 その返事は、五分後ぐらいに送られてきた。

 その内容は、『えっ』のひと言である。


「これはちょっと、望み薄かな?」


 和緒は肩をすくめ、めぐるは胃に鈍痛を覚えることになった。

 それが解消されたのは、およそ一分後である。


『ごめーん! びっくりしすぎて、送信ボタンを押しちゃった! うちらの曲をカバーしてくれるの? そんなの初体験だから、もうびっくりだよー! うれしすぎて、なんて言っていいかもわかんなくなっちゃう!』


 めぐるは胸を撫でおろし、和緒はまた肩をすくめることになった。

 そしてその一分後に、また新たなメッセージが届けられてきた。


『あのさ! もしよかったら、ライブ映像か何かを動画で送ってくれない? どんな感じになるのか、チョー気になるし!』


「『チョー気になるし!』だってさ。『SanZenon』が十年以上も前に解散してるんなら、もうそれなりのお年だろうにね」


 和緒はそんな風に言っていたが、メッセージから引用した部分を可愛らしい裏声で表現したものだから、町田アンナは大笑いして、栗原理乃は飲みかけのドリンクでむせることになった。数ヶ月前、初めてメッセージを送った際にも見られた光景である。


 ともあれ、そちらの問題も解決した。

『SanZenon』の元メンバーに自分たちの演奏を確認されるというのは気が引けてならなかったが、向こうが望むのであれば断ることもできないだろう。自分たちの演奏力では完全な再現を目指すことはできず、また、自分たちの好みでさまざまなアレンジを加えることを事前に通達した上で、動画を送る約束を交わすことに相成った。


 そうして日々は流れすぎ――あっという間に、十月である。

 十月の頭には、中間試験というものも存在する。そちらを終えてから三週間後に文化祭という、実に慌ただしいスケジュールであるのだ。めぐるたちの通う高校は頑なに三学期制を貫いていたが、伝統行事を重んじようという校風と学力の維持というもののバランスを取るのに四苦八苦している感が否めなかった。


「どうやらこちらの高校は、文化祭もさほど盛り上がるもんではないみたいだね。まあ、三週間しか準備期間がないなら、それも当然だろうけどさ」


 和緒などは、そのように評していた。

 まあ、めぐるにとっては些末な話である。『KAMERIA』でライブを行えることは嬉しくてならないが、客入りや盛り上がりに関しては最初から期待をかけていなかったのだ。そもそも素性を隠してステージに立ちたいなどと考えているめぐるたちに、そのようなものを期待する資格はないはずであった。


「ま、文化祭は自分たちで演奏を楽しめりゃ、それでオッケーっしょ! もちろんやるからには、かっとばしていくけどさ!」


 町田アンナはそのように宣言していたし、めぐるも気持ちは同様であった。

 そうして試験期間の間は部室を使うこともできず、めぐるの生活もいささかならず沈滞してしまう。合計で二週間近くも合奏を楽しめないというのは、めぐるにとって苦痛でしかなかった。


 その無念は、自宅における個人練習にぶつけるしかない。めぐるはいまだに、深夜の三時過ぎまで個人練習に没頭するのが常であった。部室で練習をできる日もできない日も、そこに変わりはないのだ。試験期間もけっきょく自宅で教科書を開く事態には至らず、ベースを弾いているか『SanZenon』の音源を聴いているか『KAMERIA』の練習音源を聴いているか――食事とシャワーとトイレの時間を除けば、それがめぐるの生活のすべてであった。


 そういえば『KAMERIA』を結成して以来、和緒とおたがいの家を行き来する機会も失われている。まあ日曜日を除けばほぼ毎日顔をあわせているので、めぐるが物寂しく思う理由はなかったが――ただひとつだけ、決して忘れてはならない事項が存在した。


「十月になって、だいぶ涼しくなってきたよね。そろそろどこかに遊びに行く?」


 めぐるはゴールデンウィークに看病してもらったお礼として、遊楽の費用をすべて受け持つという約束を交わしていたのだ。それから間もなく、五ヶ月が経とうとしているのだった。


「おや、そんな懐かしい話を覚えておいでだったのかね。それにしても、よりにもよって試験期間中にそんな話題を持ちかけてくるとはねぇ。とことん先延ばしにしたいっていう願望の表れなのかな?」


「そ、そんなことないよ。わたしだって、かずちゃんと遊びに行けるなら楽しみだよ?」


「それはそれは、小っ恥ずかしいお言葉を賜り、恐悦至極。……いっそそんな約束は取りやめて、あたしの下僕に成り下がるっていう道は如何かな?」


「ううん。わたしはかずちゃんの友達でいたいから、この約束を守ろうと思うよ」


「だから、小っ恥ずかしい言葉を連呼するんじゃないよ、マイフレンド。思わず赤面しちゃうでしょうよ」


 顔色ひとつ変えないポーカーフェイスで、和緒はめぐるの頭を小突いた。


「だけど、前にも言ったでしょ。遊びに行くのが十年後でも二十年後でも、約束を破ったことにはならないさ。おたがい忙しい身なんだし、そんな慌てて計画を立てる必要はないんじゃない?」


「そうかなぁ。でも、約束をいつまでもほったらかしにしておくのって……なんだか、気持ち悪くない?」


「いや、べつだん。その約束がある限り、あんたはあたしのもとから離れられないわけだしね。それもなかなか、小粋な呪縛じゃん」


 めぐるが思わず言葉を失うと、今度は頭をかき回された。


「いやいや。マイフレンドとしての立場を放棄するなら、約束を破っても離れ放題じゃん。最初から、論理が破綻してるよ。……ってぐらいのツッコミはできないもんかね?」


「で、できないよ。それに、わたしは……何があっても、ずっとかずちゃんの友達でいたいって思ってるし……」


「だから、小っ恥ずかしい言葉を連呼するんじゃないっての」


 和緒は苦笑して、めぐるの鼻の先をぴんと指で弾いてきた。今日は和緒らしいコミュニケーションのオンパレードである。


 それでめぐるは、むやみに胸が詰まってしまった。和緒とは毎日のように登下校をともにしているので、二人きりの時間も不足していないように思っていたのだが――しかしやっぱり、時にはこうして自分の思いを口にするべきであるのかもしれなかった。


 そんな一幕とともに試験期間を乗り越えたならば、また練習の日々である。

 文化祭ではクラスの出し物というものも存在したが、『KAMERIA』のメンバーは誰もがもっとも負担の少なそうな役割を受け持ち、放課後の練習時間は何とか死守してみせた。めぐるのクラスの出し物はコスプレカフェという珍妙なものであったので、めぐるは当日の食器洗いを長時間受け持つことで、事なきを得た。


 そうして怒涛の勢いで、日々は流れすぎ――

 めぐるたちは、ついに文化祭の前日を迎えることに相成ったのだった。

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