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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 3-

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02 楽器屋巡り

 電車に揺られること、五十分弱――『KAMERIA』の一行は、ついにお茶の水に到着した。

 めぐるにとっては初体験となる、東京である。そちらの賑わいというものは、やはり仙台や千葉の比ではなかった。


「やっぱ日曜日は、混み合ってるねー! めぐるはスマホを持ってないんだから、迷子にならないように気をつけてよー?」


「は、はい。気をつけます」


 めぐるはなるべく和緒のほうに身を寄せながら、いざお茶の水の雑踏へと身を投じた。

 先頭を歩く町田アンナは、スキップまじりの足取りだ。彼女も二年以上ぶりの来訪であるという話であったが、臆するところはひとつもないようであった。


「さすがに全部のお店を回ろうってのは無茶だろうから、ネットで下調べしておいたんだー! まずは、中古のエフェクターも充実してそうなお店からね!」


「はいはい。あたしの用事は三十分もかからないだろうから、どうぞご随意に」


 そうして人間であふれかえった街路を進んでいくと、すぐさま楽器店が見えてきた。というよりも、同じ通りにいくつもの楽器店が並んでいるのだ。その光景には、めぐるも目を見張ることになってしまった。


「す、すごいですね。どうしてこんなにたくさんの楽器店が乱立してるんでしょう?」


「色々と、時代背景があるみたいですよ。ルーツを辿ると、昭和の初頭までさかのぼるみたいです」


 と、珍しくも栗原理乃が率先して答えてくれた。

 すると町田アンナも歩を止めないまま、くるんと顔を向けてくる。


「で、この先には古本屋なんかも密集してるみたいなんだよねー! 理乃も本当は、そっちに行きたかったんじゃないのー?」


「ううん。最近は、そんなに本を読む時間もないからね」


 そのように語る栗原理乃は、澄みわたった笑顔であった。

 まだまだめぐるや和緒が相手では遠慮が出てしまう彼女であるが、そういう表情は惜しみなく見せてくれるようになったのだ。それも、夏の間の変化であるはずであった。


「あー、ここだここだ! まずは、このお店からねー!」


 町田アンナの先導で、最初の楽器店に足を踏み入れた。

 めぐるの知る地元の楽器店より規模は小さく、その限られたスペースにこれでもかとばかりにギターやベースが並べられている。めぐるはもはや新しいベースを求める気持ちもなかったが、それでも何だか胸の躍る光景であった。


 町田アンナも鳶色の瞳を輝かせながら左右の楽器を見回しつつ、力強い足取りで進軍していく。やがて到着したショーケースの内側に、さまざまなエフェクターがずらりと並べられていた。


「おー、すげーすげー! こっから理想のエフェクターを探すのかって思うと、なんだかワクワクしちゃうねー!」


「は、はい。そうですね」


 しかし、こうまで膨大な数であると、どこから手をつければいいのかもわからなくなってしまう。そうしてめぐるがあたふたしていると、頼もしき和緒がクールに呼びかけてきた。


「あんたは空間系やらモジュレーション系やらのエフェクターをお探しで、そっち系はなるべくベース専用のやつから試したほうがいいって話だったよね。ベース用のエフェクターは、こっちの棚みたいだよ」


「あ、そうなんだね。かずちゃんは、どうやってベース用とギター用のエフェクターを見分けてるの?」


「それには、大きな秘密があってね。実は……ベース用のエフェクターには、『Bass』って書いてあるみたいなんだよ」


 和緒は真面目くさった面持ちで、そのように説明してくれた。

 めぐるはからかわれているのかと思ってしまったが、そちらの棚のエフェクターを確認してみると、確かに『Bass』と記載されているものが多い。それだけで、めぐるは「へえ」と感心することになってしまった。


「わたしの手もとにあるベース用のエフェクターって、トーンハンマーとソウルフードだけなんだけど……『Bass』って書いてあるのはソウルフードのほうだけだったから、そんな当たり前のことにも気づいてなかったよ」


「トーンハンマーってのを売り出してるアギュラーってのは、ベース専用のブランドらしいからね。いちいちすべての商品に『Bass』なんて記載する気になれなかったんじゃない?」


 相変わらず、和緒はドラム以外の機材に対しても造詣が深かった。

 それに感心しながら、めぐるはエフェクターを物色していく。だが、めぐるが求めるコーラスやリバーブやフランジャーといったエフェクターは、数えるほどしか存在しないようであった。


「うーん。フユさんも言ってたけど、やっぱりベース用のエフェクターっていうのは種類が限られるみたいだね。ラインセレクターでブレンドする前提だったら、ギター用でも使えないことはないだろうって話だったけど……」


 しかし、自前のエフェクターを試奏の場に持ち込むのは気が引けたし、ラインセレクターまで店頭で借り出しながら何も買わずに終わったら、余計に気が引けてしまう。めぐるとしては、悩ましいところであった。


「……そもそもあんたは、歪みのエフェクターを買おうとしてたときほど暴走してないみたいだよね」


 と、和緒がそのように言いつのってくる。


「そういえば、『SanZenon』の元メンバーさんにアドバイスをいただこうって話にもならなかったしさ。察するところ、あんたは自分の出したい音のイメージが固まってないわけだね」


「うん。『SanZenon』の人とかフユさんが出してる音は、すごく格好いいと思うんだけど……『KAMERIA』の曲でどういう風に使うかが、うまくイメージできないんだよね」


 いまだライブではお披露目していない『あまやどり』はバラード調の曲であるため、空間系やモジュレーション系のエフェクターが合うのではないかとイメージしている。が、バンド合宿の場でフユにいくつかのエフェクターをお借りしてみたところ、めぐるはそれほどの熱情をかきたてられなかったのだった。


「歪みの音にリバーブとかをかけると、すごく格好よかったんだけどね。でも今はラットやソウルフードを買うかどうか検討中の段階だから、そこでリバーブまで重ねたらいっそう考えがまとまらなそうだし……だから、歪み以外の場面で使えるエフェクターを探そうと思ってるんだけど……」


「あんたは衝動のおもむくままに突っ走ってきたんだから、頭であれこれ考えても答えは出ないんじゃない? 覚悟を固めて、試奏してみれば?」


 和緒の言葉に、町田アンナが勢いよく振り返ってきた。


「そーそー! 大事なのは、実際の音だからねー! めぐるも遠慮しないで、バンバン試してみなよー!」


「おやおや。カラーリングでエフェクターを選んだお人とは思えない発言でありますね」


「アレだって、オレンジ色のエフェクターを試しまくった結果だもん! じゃ、ウチはお先に試奏させてもらうねー!」


 そうして町田アンナは店員を呼びつけて、いっぺんに五台ものエフェクターの試奏をお願いしていた。彼女は本当に、目ぼしいエフェクターを片っ端から試すつもりであるのだ。


 それで勇気をかき集めためぐるも、店員に試奏をお願いする。一台の価格を二万円以下という条件に限定すると、その場で試すべきエフェクターは三台となった。


「それじゃあ、こちらにどうぞ」


 八台ものエフェクターを持ち出すことになった店員は、さすがに苦笑している。他のメンバーがいてくれなければ、めぐるも居たたまれないところであった。

 そうして案内されたスペースには、試奏用のギターやベースも置かれている。それを目にした町田アンナは、「ストラトかー!」と声を張り上げた。


「ウチ、普段はテレキャスなんだよねー! できれば、テレキャスを貸してもらえない?」


「テレキャスですか。まあ、いいですよ。こちらは販売用のギターなんで、取り扱いにはお気をつけくださいね」


「ありがとー! めぐるも、リッケンベースを借りたらー?」


「あ、いえ。うちは今、リッケンの在庫がないんですよ」


 ということで、めぐるは見知らぬベースで試奏に挑むことになった。楽器店やライブイベントでも、たびたび見かけた記憶のあるデザインだ。そちらはジャズ・ベースという名称で、部室にあるプレシジョン・ベースと並んでもっとも代表的なベースであるとのことであった。


(フユさんがいつか買おうと思ってるジャズ・ベースっていうのが、これだったのか。フユさんが使ってるベースとは、ずいぶんデザインが違うみたいだけど……でも、フユさんだったら似合いそうだな)


 フユの面影に胸を温かくしながら、めぐるは試奏に挑むことになった。

 が――バンド合宿の際と、印象は変わらない。素敵な音だとは思うのだが、『KAMERIA』の曲で使用するイメージがつかめなかった。


 そんなめぐるのかたわらで、町田アンナはギャンギャンとギターをかき鳴らしている。しかしそちらも、「うーん!」と首を傾げていた。


「なーんかちょっと、しっくりこないなー! 悪いんだけど、ラットも試させてもらえるー?」


 店員は肩をすくめたいのを我慢しているような面持ちで、町田アンナの要望に従ってくれた。そちらを繋いでギターをかき鳴らすと、町田アンナは「おー!」と声を張り上げる。


「やっぱウチは、ラットの音が好きなのかもー! それじゃーやっぱり、コイツより好みに合うエフェクターと巡りあえるかどうかだね!」


「ラットにも、色々と種類がありますけどね。ただ最近は品薄で、うちも定番のこいつしか在庫がないんですよ」


「あー、ラット・ターボとか、ファット・ラットとかだったっけ? それも試してみたいなー!」


 そんな風に言ってから、町田アンナは無邪気な笑みを店員に投げかけた。


「そーゆーのもぜーんぶ試してみて、けっきょく普通のラットに落ち着いたら、ここで買わせてもらうねー! 色々とありがとー!」


 店員も、こらえかねた様子で口もとをほころばせる。町田アンナの笑顔には、それだけのパワーが秘められているのだ。めぐるには、薬にしたくもない所業であった。


 そうして試奏を終えた一行は、最初の楽器店を後にする。町田アンナはひと仕事終えたような面持ちで、「うーん!」と大きくのびをした。


「これでウチは、ビジョンが固まったかなー! めぐるは、どんな感じ?」


「は、はい……もしかして、今日は何も買わずに終わるかもしれません」


「あはは! それならそれで、別にいーじゃん! こんなに楽しいんだから、時間の無駄にはならないっしょ!」


 そんな町田アンナのひと言で、めぐるも「はい」と笑うことができた。

 そうして一行は、次なる店舗を目指す。しかしその場には、最初の店舗と同じだけのエフェクターしか存在しなかった。


「こーしてみると、けっこー候補は限られるのかもね! まー、ウチも三万以上は出す気ないからなー!」


「ま、町田さんは、三万円ですか。一台のエフェクターに三万円なんて、すごいですね」


「うん! ウチはそんなあれこれエフェクターを買いそろえるつもりはないから、ちょっとフンパツしようと思ってさー! ちょうど今月で、ギターとかの返済も完了するしねー!」


 町田アンナはギターやアンプやギグバッグなどを買いそろえるために親から十万以上の資金を借りていたが、毎月の返済額は二万円以内という条件をつけられたために、完済に半年ほどもかかってしまったのだそうだ。そしてそれは、彼女がアルバイトばかりに集中しないようにという親心であったようだが――彼女は可能な限り働きまくって、浮いた資金はCDやファッションや飲食に注ぎ込んでいたのだった。


「ま、高けりゃいいってもんじゃないだろうし、ラットが一番好みに合うようだったらラットにしちゃうけどねー! そーいえば、めぐるは今日の上限をいくらぐらいに設定してるんだっけ?」


「わ、わたしはいちおう、二万円以内に収めたいなと思っています」


 五月から八月までの勤労で、めぐるの預金はなんと八万円に到達していた。その期間にギグバッグやシールドなどを購入し、通学用のバスの定期代なども捻出しつつ、ついにリッケンバッカーのベースに費やした金額を取り戻すことがかなったのだ。


 しかしまた、フユから借り受けたエフェクターを自前でそろえようとすると、ちょうど八万円ぐらいの金額に達してしまう。それでめぐるも、自重せざるを得なかったのだった。


(まあ、無理にエフェクターを増やす必要はないもんね。それよりも、スタジオでトーンハンマーとかラットとかを試すのが楽しみになってきちゃったな)


 そんな思いを胸中に秘めながら、めぐるは次なる店舗を目指すことになった。

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