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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 3-

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-Track 1- 01 新たな季節

 めぐるに数々の思い出をもたらした夏休みが終了し――ついに、新学期が始まってしまった。

 しかしめぐるは意気消沈することなく、夏休みの期間と変わらぬ心持ちで通学路を歩いている。少なくとも始業式である今日に限っては午後から存分に部室を使えるので、意気消沈するのは授業が開始される明日からであった。


 それに、めぐるのかたわらにはスティックケースをさげた和緒の姿があるし、めぐる自身もギグバッグを背負い、右手にはフユから借り受けたエフェクターボードをさげている。たとえ授業が始まって部室を使える時間が激減しようとも、登校の時間にはけっきょく胸を弾ませることになるのかもしれなかった。


「でも、これから文化祭までは、先輩がたと部室の争奪戦になるわけだからね。それであんたがどれだけ落胆した顔を見せてくれるのか、今から楽しみにしておくよ」


「うん。そのときはかずちゃんに甘えちゃうかもしれないから、今の内に謝っておくね」


「おー、まだ夏休みのテンションを引きずってるみたいだねぇ。あんたが甘えてきたら、こっちも遠慮なくディープキスでもかましてやろうかな」


 軽口の叩き合いでは、決して引き下がらない和緒である。そこで張り合うつもりのないめぐるが「ごめんなさい」と謝罪を申しあげると、和緒はすました面持ちで頭を小突いてきた。


 そうして通学路を踏破しためぐると和緒は、裏門から部室へと向かう。まずは、持参した機材を部室のロッカーに収納しなければならないのだ。入学してからひと月ていどで軽音学部に入部しためぐるたちにとっては、もはやこちらが定期ルートであった。


 たいていは町田アンナと栗原理乃のほうが先に登校して、部室の鍵を開けてくれている。その日も和緒が部室のドアに手をかけると、抵抗なく開かれた。

 だが――そこに待ち受けていたのは、まったく見知らぬ女子生徒であった。


「あれ? どこのどちら様?」


 和緒がうろんげに呼びかけると、パイプ椅子で参考書を眺めていた女子生徒は不機嫌そうな視線を返してきた。


「それは、こっちの台詞だね。まあ、新入部員がぞろぞろ入部したって話は、風の噂で聞いてたけどさ」


「ということは、あなたが噂の幽霊部員さんですか。上級生に対して、失礼いたしました」


 和緒は怯んだ様子もなく、ポーカーフェイスで一礼する。

 女子生徒は「ふん」と鼻を鳴らしながら、起立した。


 中肉中背の、これといって特徴のない女子生徒である。セミロングの黒髪は首の右側でひとつにくくっており、黒縁の大きな眼鏡をかけている。あえて特徴をあげるなら、やたらとやぶにらみで目つきが悪いことぐらいであった。


 軽音学部の幽霊部員というのは三年生で、受験勉強が忙しいために二学期まで部活動に参加できないという話であったのだ。確かにぱっと見た限りでは、市内で有数の進学校に相応しい真面目そうな容姿であった。


(それで……たしかこの人も、ベースを担当してるんだっけ)


 めぐるがそのように考えていると、女子生徒はやぶにらみの目でめぐるの抱えたギグバッグとエフェクターボードを見比べてきた。


「あんたが新入生バンドのベーシストってわけね。ずいぶん立派なエフェクターボードじゃん」


「あ、は、はい。こ、これは知り合いからの借り物で……」


 めぐるが及び腰で答えると、その女子生徒はすべての興味を失った様子で参考書を学生鞄に突っ込んだ。


「悪いけど、部室の鍵を預かってもらえる? 他の連中も楽器を持ってくるって言うから待ってたんだけど、いつまで経っても来やしないからさ」


「承知しました。正式なご挨拶は、始業式の後ですね。……ちなみにあたしは磯脇和緒で、こちらは遠藤プレーリーめぐると申します」


「……三年A組、轟木篤子とどろき あつこ


 それだけ言い捨てて、女子生徒はさっさと部室を出ていった。

 そちらのドアが閉められてから、和緒はひょいっと肩をすくめる。


「心なし、あんたを見る目に不穏な光がちらついてたね。あんたがいびられたりしたらどこかの武闘派オレンジ頭さんが爆発しそうだから、勘弁してほしいところだよ」


「う、うん。わたしもおかしな事態にならないように、気をつけるね」


 めぐるがそのように答えると、和緒は思いもかけないタイミングで優しげな眼差しを覗かせた。


「あんたの側は、問題ないでしょ。普段通りに、ぼへーっと過ごしてればいいんじゃない?」


「ええ? わたしが中学時代にあちこちの人から反感をくらってたのは、かずちゃんもよく知ってるでしょ?」


「それは、あんたが周囲の人間に無関心だったからでしょ。今のあんたはバンドをやってる人間に対して興味津々みたいだから、そういう意味で先輩様の反感をあおることはないだろうさ」


 めぐるが目をぱちくりさせていると、和緒は内心を隠したいかのようにそっぽを向きながら、ノールックでめぐるの頭を小突いてきた。


「とにかく、あんたは変に気張らないで、普通にしてな。あの先輩様がヘンクツな人間だったら、きっとたらしこめるだろうさ」


「た、たらしこむ気はないけどね」


 めぐるは何だか落ち着かない気持ちで、先輩部員の女子生徒――轟木篤子の消えていったドアのほうに視線を移した。しかし、めぐるの視線を拒むように、そちらのドアはぴたりと閉まったまま動く気配もなかった。


                  ◇


 それから粛々と時間は過ぎて、あっという間に放課後がやってきた。

 本日は始業式とホームルームのみであったため、部室に到着した時点で午前の十時過ぎである。そしてその日は、ついに軽音学部の全部員が一堂に会したわけであった。


「まあ、こいつ以外はさんざん顔をあわせてるわけだけどね。三ヶ月半ごしに、ざっと紹介させてもらおうか」


『ジェイズランド』主催の野外フェス以来の再会となる宮岡部長が、苦笑まじりに口火を切った。和緒に負けないぐらい背の高い、三年生の女子生徒だ。めぐるの印象としては、バレー部やバスケ部などの部長が似合いそうな容姿と貫禄であった。


「こいつが勉強熱心な幽霊部員、三年A組の轟木篤子。パートはベースで、わたしや副部長の寺林とスリーピースのバンドを組んでる。去年のコンクールでは玉砕しちゃったけど、こいつだけはベストベーシスト賞ってのを受賞してるんだよね」


 部室の片隅には大きな戸棚が鎮座ましましており、そこに数々のトロフィーや盾が飾られている。その内のひとつが、彼女の功績であるようであった。

 その轟木篤子は、我関せずといった面持ちでパイプ椅子に座している。二年生の男女はどこか恐縮している様子であり、副部長の寺林は仏頂面であった。


「こいつがちょっとでも融通をきかせれば、夏休みの間も少しは練習できたのによ。文化祭まで、あと二ヶ月しかねえんだぞ?」


「あんたは進路より文化祭のほうが大事だっての? 悪いけど、こっちにはこっちの人生プランってものがあるんだよ」


 轟木篤子の不愛想な返答に、寺林副部長は「ちっ」と舌打ちをする。見た目は真面目そうであるのに、やたらと言動の荒っぽい人物であるのだ。めぐるたちが彼と顔をあわせるのは、宮岡部長にコンクールの話を持ち出されて栗原理乃が腹痛を起こして以来――およそ三ヶ月ぶりであった。


「で、四人の新入部員が入ったことはいちおう連絡しておいたけど、詳しい話はしてないからさ。各自、自己紹介をよろしく」


「はーい! 一年B組の、町田アンナだよー! パートはギター! どうぞよろしくねー!」


「い、一年C組の、栗原理乃です。パートは、ヴォーカルです」


「一年A組、磯脇和緒です。どうやら、ドラム担当みたいです」


「い、一年E組の、遠藤めぐるです。パートは……ベースです」


『KAMERIA』のメンバーが順番に挨拶をしても、轟木篤子は無言の無表情である。そこで苦笑したのは、やはり宮岡部長であった。


「こいつは根っから不愛想なんで、気にしないでね。森藤さんや小伊田くんは知った仲なんだから、そんな固くならないでよ」


 それは、二年生の男女の名前である。「はいっ!」と裏返った声で応じたのは、男子部員の小伊田であった。


「きょ、今日はひさしぶりに轟木先輩の演奏を拝見できるので、僕も楽しみにしていました。ど、どうぞよろしくお願いします」


「なんだよ。こいつだけ特別扱いかよ」


 寺林副部長が面白くなさそうな顔をすると、小伊田は意外な気安さでふにゃんと笑った。


「だって、副部長とは昨日も一緒に練習したじゃないですか。もちろん副部長のことも尊敬してますし、ドラムを引き受けてくれたことも感謝していますよ」


「へん。尊敬が聞いて呆れるぜ。お前らは受験生でもないんだから、もっと自主練を積んでおけよ」


「練習はしてますよ。ただ、才能が追いつかないだけです」


 言動の粗雑な寺林副部長も、後輩部員とは健全な人間関係を構築できている様子である。人格に難のあるめぐるは、それだけで尊敬できてしまいそうであった。


「センパイたちは、昨日練習だったんだー? ま、ウチやめぐるは昼からバイトだったもんねー!」


「うん。そのために、あなたたちのスケジュールを教えてもらってたわけだからね。お盆が明けてからは、いちおう週一ペースで練習してたんだよ」


 そのように答えたのは、宮岡部長だ。宮岡部長と寺林副部長は、小伊田や森藤のバンドも手伝っているという話であったのだった。


「それで、今後の活動に関してだけど……まずは、文化祭についてだね。二年生と三年生は、どっちのバンドも文化祭に出場する。一年生バンドも、出場の覚悟を固めてくれたかな?」


「えーっとね、実はまだ保留中なんだよねー! 何せウチらは、文化祭のステージってのがどんな内容なのかも、よくわかってないからさー! 持ち時間やら何やらかんやら、まずはそこから教えてほしいかなー!」


 頼もしき町田アンナが、率先して宮岡部長の相手をしてくれる。なおかつ、町田アンナも栗原理乃も、轟木篤子に特別な関心は抱いていない様子であった。


(まあ、わたしも朝方に出くわしてなかったら、きっと同じだったんだろうな)


 轟木篤子はめぐるを値踏みするように見て――その上で、興味を失ったようであったのだ。それが何に起因するのか、めぐるは少しだけ気にかかっていたのだった。


(でも、中学時代のわたしだったら……いや、今のわたしだって、クラスメートにどんな目を向けられても、別に気にしたりはしない。これがかずちゃんの言う、無関心じゃないっていう状態なのかな)


 めぐるがそのように思案している間に、宮岡部長が説明を始めていた。


「文化祭の細かいスケジュールはこれから決定されるけど、まあ軽音学部に割り振られるのはバンドごとに十五分間だね。出場バンドが三つだったら、十五分間以下に削られることはないはずだよ」


「十五分ってことは、三曲ぐらいかー! ステージは、やっぱ体育館なの?」


「うん。吹奏楽部とか演劇部とかと一緒で、体育館がステージだよ。ライトアップとかの演出はないけど、機材はそこそこいいものをレンタルしてもらえる。まあ、PAの設備は今ひとつだけど……あなたたちの迫力を伝えるのに不足はないんじゃないかな」


「僕も、そう思います! 『KAMERIA』だったら、きっと観る人みんなをびっくりさせられますよ!」


 三度にわたるライブ観戦ですっかり好意的なスタンスになってくれた小伊田は、実に純朴な笑顔でそのように言いたてた。女子部員の森藤も笑顔でうなずいており、副部長の寺林は仏頂面――そして轟木篤子は、やっぱり我関せずだ。


「うーん! 前にも言ったけど、ウチはあんまり文化祭とかにキョーミないんだよねー! 学校の行事とバンド活動って、ウチにとっては別物だからさー! なーんか、キュークツに感じられちゃうんだよねー!」


「それならこっちも同じ台詞を繰り返すけど、部室で練習してる以上は軽音学部に貢献する義務や責任ってものが生じるはずだよ。わたしたち三人は来年で卒業なんだから、残されるあなたたちに軽音学部の灯火を守ってもらわないとね」


 そのように語る宮岡部長は落ち着いた面持ちで、ただ眼差しだけが力強かった。


「他のみんなは、どう思ってるの? それぞれ意見を聞かせてもらえる?」


「クラスメートに自分の演奏を観られるってのは、小っ恥ずかしい限りですね。あたしも町田さんと同様に、学校生活とバンド活動がまったくリンクしてないもんで」


 まずは率先して、和緒がそのように応じる。

 そしてお次は、宮岡部長に視線を向けられためぐるの番であった。


「わ、わたしもその……学校の人たちにライブを観られるのは、気が引けてしかたないんですが……でも、部室をお借りしている以上は、どうにかしないといけないんでしょうし……」


「そろいもそろって、後ろ向きだね。それじゃあ、あなたは?」


 宮岡部長に視線を向けられた栗原理乃は、自分を奮い立たせるように凛々しい表情を浮かべた。


「その前に、ひとつお聞かせ願えますか? 文化祭のステージでも、扮装することは許されるのでしょうか?」


「扮装って、あのウィッグや目隠しのことだよね? うん、もちろん。公序良俗に反しない限りは、どんな格好をしても自由だよ」


「それなら私は、問題ありません。あとはバンドの方針に従いたく思います」


「主体性があるんだかないんだか、判断に迷うところだね。……この栗原さんだけじゃなく、みんな自分のライブを観られるのが恥ずかしいってわけ?」


「ウチは、恥ずかしいわけじゃないけどねー!」


「あなたはちょっと、黙っててもらえる? どうなのかな、磯脇さん、遠藤さん」


 宮岡部長の眼差しに、さらに強い力が加えられる。

 それでめぐるが言葉を失うと、和緒が「ふむ」と形のいい下顎を撫でさすった。


「扮装することは許されてるわけですね。それじゃあ、あたしらが顔や素性を隠してもオッケーなわけですか?」


「顔だけじゃなくて、素性まで? ていうか、あなたたちが軽音部の所属だってことは、周知の事実なんじゃないの?」


「いえいえ。けっきょくこうして二学期を迎えるまで、クラスメートと部活動に関して語り合う機会はありませんでしたね」


「……メンバーの四人全員が?」


 宮岡部長が疑わしげな視線を向けると、町田アンナはにぱっと笑った。


「ウチのクラスも、バンドとかにキョーミを持ってる人間がぜーんぜんいないみたいでさー! だから、軽音部の話題になることもなかったねー!」


「それは何とも、物寂しい話だね。……でも、ステージを観た人らが正体を突き止めようとしたら、隠しようはないんじゃない? 顧問の先生にまで口止めすることはできないだろうしね」


「そうまで執念深く正体を探ろうとするお人がいたら、まあしかたないですね。とにかくあたしは、学校で目立ちたくないんですよ」


 和緒がそのように言いつのると、宮岡部長は少しだけ眼光をゆるめた。


「あなたは黙って立ってても、人目を集めるビジュアルだもんね。もしかしたら、これまでにもそれで嫌な思いをしてきたとか?」


「まあ、そういった要素もなくはありません」


「そっか。でも、顔を隠してでも出場してくれるなら、こっちには何の文句もないよ。……遠藤さんは、どうかな?」


「は、はい。顔や名前を隠せるなら、わたしもずいぶん気持ちが楽になりますけど……」


 そんな風に応じながら、めぐるは和緒の横顔に目をやらずにはいられなかった。学校で目立ちたくないという言葉に嘘はないのだろうが、和緒がそれで嫌な目にあってきたというのは――めぐるにとって、まったく覚えのないことであったのだ。


(もちろん、わたしの知らないところで嫌な目にあってきたのかもしれないけど……それよりかずちゃんは、わたしを気づかってくれてるんじゃないのかな……)


 めぐるはそのように考えたが、この場で問い質すことはできなかったし、二人きりの場で問い質したところで素直な返事が返ってくる見込みはなかった。

 そうしてめぐるがひとりでまごまごしていると、町田アンナが「うーん!」と悩ましげな声をあげる。


「ウチはべつに、そこまで文化祭に出るのを嫌がってるわけじゃないんだけどさー! みんなでおんなじようなカッコしてたら、リィ様のインパクトが薄れちゃいそうじゃない?」


「ウィッグや目隠していどじゃ、あたしの羞恥心は払拭しきれないよ。三人でホッケーマスクでもかぶってたら、リィ様の美貌が際立つんじゃない?」


「おー、なるほど! ホッケーマスクはともかくとして、バックの三人で統一するってのはアリかも! そしたら、エレンあたりにアイディアを出してもらおっかー!」


 町田アンナが陽気に笑うと、宮岡部長は呆れた顔をした。


「あなたは、それでいいわけ? ていうか、今まで強情に渋ってたのは、何だったの?」


「だから、文化祭のステージのヤリガイってのがあやふやだったんだよー! いつもと違うステージ衣装っていう面白みがあるなら、ウチも燃えてきちゃうなー!」


 どうやらそれで、『KAMERIA』が文化祭のステージに出場することは決定されそうな流れであった。

 めぐるとしては、完全に気後れを払拭できたわけではない。ただ、素性を伏せてステージに立てるならば――『KAMERIA』でライブをやれること自体は、嬉しくてならなかったのだった。

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